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~異世界の新たな領地で、水田開発に取り組みます⑩~


      ◇


「あ、ばあちゃん! 子爵様も来てくれたんですね。ありがとう。案内するからね。」

 テレスを伴ったスート子爵が現れると、受付テントがざわついたが、物怖じしないミクが出迎えた。

 僕と3人娘は、早朝のファーレを出発して、昼からのゲラン伯爵領の水田造成「水の郷」の完成式に間に合わせていた。



「ほう、きれいな郷が出来たもんじゃな。」

 ミクが先導して郷を案内すると、リリィに手を引かれたテレスが感心して声を上げた。

 郷には広大な水田地帯が広がり、その中心に豊かに水を湛えた用水路が流れている。石垣積みになった水路の岸辺にはきれいな花が咲き、石垣は水中も水に浸かっていない部分も、様々な生物が棲みやすそうだ。水路には既にたくさんの小魚が泳いでいる。

(はて、水が随分豊富に流れているが‥‥?)

 テレスが用水路を見つめて不思議そうに首を傾げている。


 水路から水を汲み上げる水車は、機能的なだけではなく情緒ある景観を造り出している。

 幹線水路から水車で汲み上げられた水は、田んぼに給水するための小さな水路を流れていく。この枝水路にも、もう小魚が住み着いていた。

 既に給水されている水田では、田植えが済んでいる部分もあった。

「なんと! 広大な郷の隅々まで水が行き渡っているではないか!?」

 テレスが驚きの表情を見せている。


 領民が、農作業中に休憩する「あずまや」のような小屋が随所に設置されており、これも景観を考えた配置となっている。


 リリィに手を引かれたテレスに、ミクが笑顔で声をかけた。

「この郷の一番のウリを、見てもらうわよ。」


 用水路の最上流部付近に、水路と繋がった大小いくつものため池が配置されている。そして、ため池の縁には、菖蒲のような水辺に咲く花が植えてある。

「これは、ため池っていうんだよ。雨が降って小川が増水したりして、水に余裕がある時に、ここに水を貯めておくの。貯まった水は、水が足りなくなった時に使えるんだよ。」


「お、‥‥おお!」

 テレスがため池に駆け寄ろうとして、つんのめりそうになって、

「テレス様、慌てないで下さい。」

 リリィが抱きかかえた。

「おお‥おお! こんなやり方があるのか、水不足から領地を守る、こんなやり方が‥‥。」

 驚くテレスの様子をみて、ミクとリリィが顔を見合わせて微笑んだ。


 テレスが、はっと気づいて振り返った。

「この郷には、既に豊富に水が流れているが、なぜじゃ? なぜ、セレス様は、水をこんなに融通してくれるのじゃ?」


「それは、セレス様が認めてくれたからだよ。私達が作った郷を。」

 ミクが笑顔で答える。

「色々考えて、作ったんですよ。‥‥あっ、ため池の縁の花、教えて頂いた、セレス様がお好だったという花にかなり近いと思います。」

 リリィも水辺の花を指さして微笑んだ。


「わしが言っているのは、そんなことではない!!」

 テレスが、周りが驚く程の大声を上げた。

「セレス姉様が、わしを許すはずがないのじゃ! この辺りの里を、民を、許すはずがない!!

なのに、なぜじゃ? なぜにこんなに豊かに水が流れて‥‥なぜじゃ!?」


 混乱するテレスに、

「ばあちゃん。セレス様は、最初からみんなの事を恨んでなんかいないんだよ。

人が自分達の事しか考えない開発をすれば怒るけど、それだけだよ。多くの生き物、環境に配慮していることを認めれば、きちんと水を流してくれる。」

 ミクが説明するも、

「う、うそじゃ!うそじゃ!」

 叫びながら、頭を抱えてうずくまってしまったテレスにリリィが駆け寄って背中をさする。


「嘘じゃないのです。」

 いつの間にかそばに来ていたヴィーが、セレスに声をかけた。

「それを分かってもらうために、今日は準備をしているですよ。」

「そうだよ。式典の後でばあちゃんが、セレス様と会えるようにするからね。」

 ミクの言葉に驚いて顔を上げたテレスに、優しく微笑んでうなずくリリィだった。


   ◇


 昼から始まった「完成式」だったが、夕方近くになって、締めの「奉納舞」を迎えていた。水車小屋の隣に創った特設ステージには、舞姫・シリアが登壇している。

 そのすぐそばの用水路の石垣には石積みの階段が設置してあるが、これは野菜等の洗い場へ降りるためだが、今日はヴィーたち3人が、洗い場に並んで座っている。

 3人は巫女の(コスプレ)衣装を着て足を用水路に浸けて、胸の前で手を繋いでいる。


 従者の笛の音に合わせて、シリアの舞が始まった。

 シリアの舞は、これまでの2回の舞と比べると「神事」に近い雰囲気がある。精霊に近づくため、神聖な儀式の様相の舞となっているのだ。

 それでも踊るシリアの姿は美しく、会場からは大きな声援と拍手が送られた。


 舞を小休止させて、シリアが壇上で一礼する。そして用水路の階段に腰かけた3人娘に声をかけた。

「そっちはどうだ?来てくれているのか?」


「水精さんたちは、もう来てくれているよ。水車で小さな水路や田んぼにまで回ってくれているから、もう準備万端だよ。」

 ヴィーと手を繋いだミクが、シリアに答えた。


「よし。ではお前達、やってくれ!」

 シリアの合図に3人は、強く心を寄せた。そしてヴィーが、

「水精さん達、お願いなのです。大きな水域を作って下さいです。少しの間だけ‥‥セレス様が、おばあちゃんとお話をする、少しの間だけで良いから。」

 ヴィーの言葉の一言、一言が、電気のようにピリピリと水を通じて伝わっていく。

 すると、周辺の用水路や田んぼの水面が青く輝きだした。


 輝きだした水面は、パシャパシャと波を立てると、水滴を立ち上らせた。

 辺りには、水滴が浮かんだ雨に包まれたような空間「地上の水域」が出来上がった。

 それを見たシリアが、再び激しく舞い始めた。すると、


『‥私は、私は、そこへ行けるのですか?』

 遠くから声が聞こえて来た。

 その声は美しく澄んでいるだけでなく、どこか神々しく、人のものではないように感じられた。

 その声を聞いて目を見開いて驚く人物がいた。テレスだ。

「姉さま! その声は、セレス姉さまなのですか?!」

 特設ステージのすぐそばで、舞を見ていたテレスが、立ち上がって大きな声を上げた。


 僕がすかさずテレスに駆けよった。

「セレス様は、あなたを恨んでなどいません。ここへお呼びしますので確かめて下さい。」


 辺りが小雨に包まれたように煙る中に、再び遠くから、

『行きたい。私はそこへ行きたい!! でも、力が足りない。もう少しだけ力を貸して‥‥』

 聞こえてきた声に、激しく舞うシリアが汗を流しながら歯ぎしりする。

「くそう、届かないのか‥‥これでも届かないのか!」

 先程から、シリアから淡い光が炎の様に立ち上がり、それが渦を巻くように空に立ち上っている。


 その時ミクが叫んだ。

「ばあちゃん! 呼んで! セレス様を呼んで!!」

 ヴィーとミクも

「お願い! 呼んであげて!!」


 その声を聞いて意を決したように頷いたテレスが叫んだ。

「姉さまーっ! セレス姉さまーっ!!」


 すると、セレスの泉の方角から、『テレス! 今行くわ!』という声と共に、こちらへ向かって大きな虹が延びて来た。

 その虹がこちらへ到達すると同時に、辺りは雨だけでなく深い霧に包まれた。


 深い霧の中から声がする。

「テレス、どこですか? 私のかわいいテレス。どこですか?」

「ここです。姉さま! テレスはここです!」


 いつの間にかテレスは、小さな子供の頃の姿になっていた。

「ちんちくりんのきかん坊」だった頃の姿に。

 そして思い出した。そんなテレスを、セレス姉さまだけは「私のかわいいテレス」と呼んで可愛がってくれていたことを。


「姉さま、セレス姉さまーっ!」

 すると霧の中から、あの頃の少女の姿でセレスが現れた。

「ね、姉さまーっ!」

 小さなテレスが駆け寄ると、セレスは腕を伸ばして迎え、抱きしめてくれた。

「テレス!私のかわいいテレス!」


「姉さま、ごめんなさい! わしは怖くて、怖くて、姉さま一人を生贄に‥‥ごめんなさい! ごめんなさい!! ずっと…ずっと謝りたかった。ごめんなさい!!」

 泣いて詫びるテレスの頬に優しく両手を当てて、

「テレス。あなたが謝ることなどないのです。私は救いたかったのです。領内を、家族を‥そして可愛いあなたを。だから泣かないで‥‥泣かないで‥‥」

 再び優しく抱きしめた。


 風が吹いて霧が薄くなって来た。

「テレス、私はもう行かねばなりません。」

 セレスは立ち上がると、幼いテレスを見下ろして優しく微笑んだ。

「姉さまっ! 折角会えたのに‥‥嫌じゃ! 姉さまーっ!!」

 泣き叫ぶテレスをもう一度抱きしめると、

「私はいつでも、あなたやみんなの事を見守っています。だから泣かないで‥‥」


 ビュッ!

 強い風が吹くと霧も晴れて、セレスの姿はどこにも見えなくなっていた。

「姉さまーっ!」

 セレスを呼ぶテレスの姿も、元の年老いた姿に戻っていた。


「姉さまーっ!」

 呼んでも、もうセレスは答えない。

 しかし、その代わりに3人の娘達の笑顔があった。

 ヴィーが、

「おばあちゃん、会えたですね! セレス様に会えたですね!」

「お、お前たち‥、あ‥‥ありがとう!」

「ばあちゃん!」

「テレス様!」

 ヴィー、リリィ、ミクが駆け寄って、テレスと抱き合った。


 その姿を見ながらシリアがステージを降りてきた。

「あやつら、高位の精霊の魂を救うなど‥‥。とんでもないことを思いついて、そして、それをやり遂げてしまった。」

 小さくため息をついてから、僕に向かって微笑んだ。


「あの3人は‥僕の仲間たちは、誰かのためとなると凄い力が出せるんです。それは‥人で非ざる方のためにも‥‥本当に誇らしくて‥‥愛おしいです。そ、そうだよな、ヴォルフ!」

 自分で言っておいて少し照れてしまった僕は、誰かに振ろうと思ったのだが、

 ヴォルフは「うおーーん!」と雄叫びをあげながら泣いていて、全く使い物にならなかった。

  


「君達には、どれ程お礼を言っても足りない‥‥君達は、母の人生を救ってくれたのだ。」

 スート子爵から熱烈なお礼を言われて、恐縮してしまっている3人娘を見ながら、僕はこの仕事が一段落したら取り掛からなければならない一大イベントの事を考えていた。


 並行して準備を進めている公太子ロメル殿下とリーファ姫の婚礼式典のことを。


 ゲラン伯爵のファーレ侵攻によりロメル殿下の婚礼式典は3ヶ月ほど延期されたが、その間僕らは伯爵領の再興に掛かり切りだったため、延期されたとはいえ式典までは、あと1ヶ月くらいしかない。

 招待客の選定や招待状の発出、式典会場の準備等、先行して進めることは公爵家で進めてもらっていたが、花嫁衣装や招待客に振舞う料理、式典会場での催し物、警備の段取り等、やらなければならないことは山ほどあるのだ。


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