オラつくあの娘は炎の龍なのです<1>
それから数日、僕らはスローライフで過ごしました。
太腿の傷は治らないものの、ヒュリアは毎日、剣の修練をしています。
剣を振るときの彼女の表情は壮絶で、修練が終わるまで近づくことができません。
自分の今の状況に対する焦りとか怒りのせいでしょうかね。
なんとか早めに彼女の望みを叶えられるような方法をみつけたいところです……。
僕の方は『倉庫』の中に入り、在庫品と霊器の確認をしました。
『倉庫』に入るには、ただ入りたいと念じるだけでOKなんです。
出るときも同じで、とっても簡単、手間いらずです。
『倉庫』の中はかなり広くて、壁も天井も床も真白です。
穀物なんかが入った袋、肉や魚の入った箱、牛乳や水の入った甕、それに、むき出しの材木や石材なんかが、大雑把に並べられてますが、まだまだスペースに余裕がありますね。
それと、壁の一方に、ドライフラワーで作られた壁飾りがついているのを見つけました。
中心には紫色《むらさき色》をした涙滴型の大粒の宝石が、はめこまれてます。
多分これが、オペ兄さんが言っていた僕の『霊器』でしょう。
これのおかげで消滅せずにいられるということなので、二礼二拍手一礼で参拝しときました。
お賽銭はないですけど。
霊器の下には、たくさんの花や葉、木の実や枝などが入った箱が置いてありました。
中をのぞくと、さわやかな良い香りがします。
詳しくないですけど、たぶんハーブとかじゃないでしょうか。
『羅針眼』が、以前の設定を引きつぐ、って言っていましたから、もしかすると前の『耶卿』か『耶宰』の趣味だったのかもしれません。
一方、ヤルタクチュさんの方はといいいますと、ときどき現れては『結界』の外でゆらゆらと揺れ、こっちの様子をうかがってます。
でも『結界』の中にまで入ってこれないので、しばらく揺れた後、何もせずに地中に戻っていきます。
このまま『結界』の中にいれば、とりあえず安全なんですけど、いつまでもこうしてはいられません。
食料と水の問題があるからなんです。
何もせずにいれば、必ず底をついてしまうでしょう。
とりあえず食料の方は大丈夫そうですけど、水の方がちょっと心配です。
『倉庫』の中には、かなりの水が保管されてはいるんですが、生きているヒュリアにとって、日々《ひび》、水はかかせないものです。
節約しても、せいぜい一ヶ月が限度でしょうね。
周りに井戸とかがないか確認したんですけど、見当たらないんですよ。
ヒュリアの話では、森の中に小川が流れているのを見たということなので、以前はそこから水を汲んでいたのかもしれません。
でも僕は外に出ることができませんから、汲みに行くのは無理だし……。
とにかく余裕のあるうちになんとか水を補給する方法を考えないと。
雨水をためるなんてのもありますが、それには『結界』を解かなきゃなりません。
そうなれば、ヤルタクチュが攻撃してくるでしょう。
いわゆる、痛し痒し、ってやつです。
あと気にかかっているのは、耶代から言われてる任務のことです。
一体あの恐ろしいヤルタクチュをどうやって無力化すればいいんでしょう。
しかも絶滅させてはいけないって、難しすぎやしませんか。
話合いなんてできる相手じゃありませんし。
だけど無力化に成功すれば、水や食料の問題の突破口になるはずです。
てなわけで、最近の僕のルーティーンは、ヒュリアが眠った後に外へ出て、夜空にある白と黒の月をながめながら、懸案中の問題を解決する手段を考えることです。
だからその夜も、いつものように屋敷の外で、ぼーっと考えこんでいたわけです。
ふいに、森の方に気配を感じて、そちらに目を向けました。
すると、いつのまにか人影が現れてるんです。
今度はオレンジ色ではありません。
人影は、ずんずんと空地を進み、『結界』の前までやってきました。
ありえないことです。
だって、普通の人間ならヤルタクチュにつかまって喰われますからねぇ。
僕の中で警戒のサイレンがなりました。
『結界』のすぐ側に立った人影を、月影が照らします。
光の中に浮かび上がったその人物は、へそ出しショーパン姿で赤い髪の女の子でした。
「おい、てめぇ、誰に断って、ここに家を建てやがった」
開口一番、女の子は因縁をつけてきました。
身長は僕より頭一つ分くらい低いですかね。
少したれ気味の青い瞳が、上目づかいでにらんできます。
年は15から16歳ぐらいでしょうか。
一見、可愛いんですけど、伝わって来る殺気は、ヤクザ千人分ぐらいあります。
「ここには元々、俺のダチの家があったんだ。よそ者が勝手に手を出していい場所じゃねぇんだよ」
「ど、どちら様ですか?」
ビクビクしながら尋ねました。
「なんだ、てめぇ、人間じゃねぇな。――耗霊か?」
「耗霊?」
「まさか、この屋敷の『耶宰』だとか言うんじゃねぇだろうな」
「あ、そうなんです。よくご存知で」
相手が『耶宰』のことを知っていたので、ちょっと驚きました。
「マジで『耶宰』だとぬかすのか……? どこのどいつが召喚しやがった」
「召喚……、ですか……?」
そういえばオペ兄さんもそんなことを言ってたけど、誰が召喚したかは、わからずじまいでした。
「それがわからないんです。気づいたらここで『耶宰』になってましてね」
「ふざけたこと、言ってんじゃねぇぞ!」
女の子は激怒し、右手の拳で『結界』をぶんなぐりました。
『結界』は大きくたわんで、今にも破れそうになります。
ヤルタクチュの根を切断するほどの強度がある『結界』が破れそうになるなんて……。
この女の子は一体……?。
「『耶代』の儀方を使った術者がいるだろうがっ! そいつはどこにいやがるっ!」
そのとき屋敷の中からヒュリアが出て来ました。
「大丈夫か、ツクモ。強烈な殺気を感じたんだが……」
どうやらヒュリアも女の子の殺気を感じとったみたいですね。
緑の仮面をつけ、腰に剣を提げ、戦闘態勢です。
「おう、やっと出てきたか。てめぇが『耶代』の術者だな」
僕は慌てて否定します。
「いや違うんです、彼女は『耶卿』になっただけで、『耶代』の術者じゃないんです」
「しらばっくれんな!」
再び拳がうなり、『結界』をなぐりつけました。
今度はさっきよりも、『結界』のたわみ方が大きくなっています。
チャイムの音がして羅針眼が立ち上がり、視界の中に赤い文字が現れました。
『結界の損耗率が8割を超えました。損耗率が9割を超えると、結界を維持できなくなります。外圧により結界が消滅すると再発動に、1時間以上の待機時間が必要となります』
こりゃまずい、もう一度なぐられたら、『結界』が無くなっちまうよぉ……。
なんとかしないと……。
頭をフル回転させて、解決策を探しました。
「お前は何者だ! 見たところ帝国騎士ではなさそうだが。私にかかった賞金目当ての冒険者か?! ならば容赦はせんぞ!」
ヒュリアは腰の剣を抜きながら、言い放ちます。
帝国が回した手配書には、生死を問わず、ヒュリアの身柄を引き渡せば多額の賞金を支払う、と約束されているそうです。
ヒュリアに剣を向けられ、女の子は、こめかみをピクピクさせました。
挑発しないでぇ、ヒュリアぁぁ。
「おもしれぇ、俺とやろうってのか。いい度胸だ」
女の子は右の拳を左の掌に何度も打ちつけ、不敵に笑います。
こりゃマジ、詰んじまったかって思ったんですけど、ふいに、ひらめいちゃいました。
『羅針眼』の備考欄を開き、上から順にオペ兄さんのヒントを調べていきます。
そして、これを見つけました。
『激アツな俺娘にはキャラメルを与える』
確かに、この女の子は、俺娘だし、服装やオラついた感じは激アツと言えなくも無いですよね。
だとすれば……。