異世界食堂うらめし屋<4>
「なんで私に優しくしてくれるの? 化物って言ったのに?」
ユニスの瞳が真正面から僕をとらえます。
「僕もね、昔、君と同じような目にあったんだ。いじめられて仲間外れにされて、居場所がなくなって、誰も信じられなくなって……。でもね、ある女の子が助けてくれたんだ。その子が僕にとって本当の仲間であり、友達だったかな……」
黎女がいてくれたから、僕は助かりました。
でも僕は、黎女を助けられませんでした。
それを思うと今でも心が苦しくなります……。
「君にも本当の仲間ができれば、楽になれるって教えたかったんだ。その後は、ゆっくり時間をかけて、自分を取戻していけばいいからさ」
タッチがククククと鳴いて、またユニスの頬にキスします。
「タッチも、そう思うんだ」
ユニスは人差指で、タッチの頭を優しく撫でます。
その後、ベッドから立上がり、ぺこりと頭を下げました。
「ごめんなさい、ツクモさん。化物なんて言って……」
「いいの、いいの、そういうの慣れてるから」
「だけど、やっぱり見た目、少し考えた方がいいかも……。夜に見たら気絶しそうだもん」
「そう……なんだ……」
「せめてヒュリアさんみたいに顔隠したら?」
そういえば、今まであんまり外見のこと気にしてきませんでした。
考えてみると、僕、オールヌードなんだよねぇ。
全然、セクシーじゃないけど。
恥ずかしっ!
ヒュリアもジョルジも最初に驚いた後は何も言いませんでしたが……。
もしかして気を使わせてたとか……?
これから店も始まるし、やっぱり考えた方がいいかなぁ。
「チェフ様とみなさんにも謝らなくちゃ」
ユニスは少し元気がでたみたいで、軽い足取りで食堂に降りていきました。
それから七日後。
ヒュリアと僕はチェフチリクの背に乗って、再びザガンニンへ向かうことになりました。
今回はアティシュリも一緒です。
もちろん第一階層守護者とユニス達は、お留守番です。
土地の登録証を受取るためですけど、それだけじゃないんです。
『転居』する前に、どうしても外せない重大イベントを開催するためでもありました。
森の中に降りてすぐ、ヒュリアは仮面をつけ、ドラゴン達は人の姿になりました。
チェフチリクはいつもと変わりません。
だけど……、アティシュリは今まで見たことの無い姿になってます。
目だけを残し、赤いベールで顔の下半分と頭を覆い、服装はいつものヘソ出しコーデじゃなくてヒラヒラの赤いロングドレスです。
「なんか見違えちゃいますね」
「黙ってろ、ツクモ……」
ジェノサイダーの目つきになるドラゴン姉さん。
「いや、褒めてるんですって」
「うっせぇわ!」
綺麗な格好してんのに、口調は、いつものオラオラです。
「――いいか、今から俺はシュリ・ジェネタイトだかんな。こいつは俺が人前で耗霊の浄化をするとき使うもんだ」
「シュリ・ジェネタイトは東の大陸では、かなりの有名人だ。敬意をこめて『熾恢の巫女』と呼ぶ人間もいる。彼女に耗霊の浄化を頼めば、失敗することはないと言われているからだ。“呪われた地”の浄化と悪評を消すにはもってこいの人物と言えるだろう」
チェフチリクが補足します。
「へぇ、アティシュリさんて有名人だったんですねぇ」
「てめぇ、俺を、おちょくってんのか、ああん?!」
アティシュリはヒュリアの胸元にある僕を、にらんできます。
視界が巫女様の顔で一杯になっちゃいました。
「シュリ、行くぞ。時間が惜しい。今日中に全て終わらせたい」
チェフチリクが、たしなめます。
「ああ、わかってる。このアホ耶宰が、うるせぇからだ」
なぜドラゴン姉さんがこんなことになっているかというと、さっき話した重大イベントをするためなんです。
これから“呪われた地”についてる二体の耗霊を浄化するわけですけど、ただ浄化しただけじゃ、土地についた悪評まで消すことはできません。
ザガンニンの人達に、もうこの土地は安全ですよ、って宣伝する必要があるんです。
そうしないと誰も店に来てくれないですからね。
そこでドラゴン店長は一計を案じ、自分で浄化するのではなく、シュリ様に頼むことにしました。
シュリ様は、浄霊業界?の有名人らしいので、彼女が浄化してる姿を見せれば、ザガンニンの人達も安心するってわけです。
城門でのチェックで、アティシュリが身分証を見せると、衛兵達がザワザワし始めました。
控えていた兵までが裏から出てきて、アティシュリに握手やサインを求めてきます。
アイドルの握手会みたいです。
「シュリ様のご高名は、かねがね耳にしております。この街に貴女が参られるとは、我らにとっても誇らしいかぎりです」
下腹の出た衛兵の隊長らしきオッサンが、鼻の下を伸ばしてアティシュリの手を握っています。
でも、握ってる時間が長い。
握り方も気色悪い。
あきらかに、セクハラです。
マスクしてる女性って、なんか綺麗に見えますからね。
「わたくしも、この街に来られて光栄です」
目で笑ってみせるシュリ様。
わたくしとか言ってますけど……。
きっとハラワタは、煮えくり返ってるに違いありません。
長いセクハラの後、まずは土地調整局に向かいました。
その道すがら、後ろから野次馬がついてきます。
歩いているうちに人数が増えていき、調整局に着く頃には1000人ぐらいになってました。
調整局に入ると痩せっぽちのイナンチ君が僕らを見つけ、手を挙げました。
チェフチリクはイナンチ君と向かい合ってカウンター席に座ります。
ヒュリアはチェフチリクの後ろに立ち、アティシュリは隣に座りました。
「どうもスニギュブレさん。土地の登録証はこの通り、無事にできあがりましたよ」
イナンチ君は、大学ノートぐらいある四角い金属のタブレットをチェフチリクの前に置きます。
「記載に間違いないか、確認してください」
チェフチリクがタブレットに目を通している間、イナンチ君の視線はアティシュリに注がれてます。
興味津々みたいですね。
まあ、全身真赤で、顔を隠した女性が近くにいれば、目がいって当然かもしれません。
「間違いはないようだ」
「そうですか、良かったです。――失礼ですが、こちらは奥様ですか?」
イナンチ君、聞かずにはいられなかったようですね。
「いや、彼女は耗霊の浄化のために自分が呼んだのだ。――シュリ・ジェネタイト、名前ぐらいは知っているだろう」
「ええっ?! ――まさか、この方が『熾恢の巫女』様ですか!」
大声を出すイナンチ君。
後ろで働いている同僚の皆さんが驚いてますって。
慌てて起立したイナンチ君は、アティシュリに向かって身体が二つ折りになるくらいに深くお辞儀をしました。
「お初にお目にかかります。僕はイナンチ・テズガタルと言います。どうぞよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
アティシュリは座ったまま会釈を返しました。
他の局員達が、ザワつき始めます。
ここでもシュリ様人気が爆発です。
局員達は自分の仕事を放り出して、イナンチ君の後ろに集まってきちゃいました。
「これから“呪われた地”で彼女に『浄霊の禦儀』を行ってもらうつもりだ。もし時間があれば見にきてもらっても構わん」
この『浄霊の禦儀』ってのが、重大イベントの名称です。
さすがドラゴン店長、人を集めることを忘れてません。
いろんな人にアティシュリの浄化を見てもらえば、土地が正常になったっていう事実が、どんどん広がっていきますから。
「本当ですか!」
目を輝かせたイナンチ君は、同僚達に言います。
「手すきの人も一緒に見学させてもらいましょう。シュリ様はこれまで一度も浄化に失敗したことがないと聞いてます。その禦儀が見られるなんて、こんな機会は滅多にありませんよ」
局員達はイナンチ君の提案に、もろ手を挙げて賛同しました。
こうして僕らは、ほとんどの局員と外で待ち構えていた野次馬を引連れて“呪われた地に”向かうことになったのです。
なんか来日したKポップアイドルみたいです。
シュリ様人気すげぇわ。
“呪われた地”に到着すると、その前の通りには、さらにたくさんの人だかりができてました。
シュリ様が『浄霊の禦儀』をやるって聞きつけたんでしょう。
引連れてきた人と合わせると見学する人数が、ハンパ無いほどに膨れあがってます。
でもシュリ様は、どれだけ人が増えても完無視を決め込んで、さっさと“呪われた地”の中へと進んでいきました。
今回も、ヒュリアは外から見守り、僕はチェフチリクに同行します。
建物の残骸付近までくると、アティシュリが、ぼやき始めました。
「ああっ、マジで、ウゼぇなぁ人間どもはよぉ。あとからあとから湧いてきやがって。それと城門のオヤジ、なんだありゃ。マジで気色悪かったぜ。ベタベタ触りやがって。この姿じゃなかったら、炭にしてるとこだぜ」
素に戻るとすぐこの調子です。
「まあ、そう言うな。お前に興味があるから、あれだけ集まってくれたのだ。あの数なら『熾恢の巫女』が土地を浄化した事実が街全体に広がるのに、そう時間は、かからんだろう」
アティシュリは忌々しそうに舌打ちした後、建物の残骸へ目を向けます。
「おお、いるいる。――滅却するほど成長は、してねぇな。あれなら浄化できるだろう」
「――ところでなんですけどぉ。浄化と滅却ってどう違うんですか?」
素朴な疑問です。
「そもそも耗霊とは死後に、冠導迪と壇導迪が絡み合うことによって生まれる。浄化とは、この二つの導迪の絡まりを解く作業のことと言っていい。絡まりが解かれると、霊は元の姿を取戻し、異相次元、つまりあの世に旅立つことになる。これに対して滅却とは、絡み合いを解くことができない耗霊を消滅させることを言う。もちろん消滅した霊はあの世に行けず、分解されて元素となる」
ドラゴン店長の丁寧な解説は相変わらずです。
ちなみに冠導迪は理気界にある白い樹のことで、壇導迪は黒い根のことを言います。
「さてと、そんじゃあ、ど派手にぶち上げるか」
アティシュリはそう言うなり、両腕を横に広げました。
すると彼女の身体全体が青く光り始めます。
「いくぜっ!」
猛烈な力がアティシュリの身体から発散され、周囲に広がります。
すると瞬く間に、燃え盛る炎の壁が現れました。
壁はアティシュリを中心とした半径2メートルくらいの円筒形をしています。
炎の壁は急速に回転しながら、どんどん半径を広げていきます。
かなり高さもあるんで、赤色の竜巻みたいです。
竜巻は枯草を同心円上に焼きながら成長し、最終的に“呪われた地”一杯の大きさになりました。
野次馬から歓声と拍手が聞こえてきます。
見ごたえのあるアトラクションですからねぇ。
竜巻の外側は炎と熱風が渦巻いて危険ですけど、内側は平穏そのもの。
枯草の焼けた臭いがそよ風に吹かれて漂ってくるだけです。
「目くらましは、これぐらいでいいだろう。そんじゃあ、本番の浄化をやっちまうか」
アティシュリは顔を覆っていたベールと取ると大きく口を開きました。
そして建物の残骸目がけて白い炎を吹き出したのです。
白い炎は残骸の周辺を舐めていきますが、物を焼いたりはしていません。
代わりに、目に映らなかった二体の耗霊を白く浮き上がらせたのです。
僕は初めて、お仲間である耗霊の姿を見ました。
浮上がった形からすると、一体は大人の女性、もう一体は小さな子供のようです。
耗霊は白い炎に焙られながら、しばらくじっとしていましたが、突然激しく光ったかと思うと次の瞬間、跡形も無く消えてしまいました。




