異世界食堂うらめし屋<3>
チェフチリクの背に乗って耶代に戻る頃には、もう夕方近くになってました。
耶代に入ってすぐ、『脱躰』します。
「すいません、遅くなりましたぁ。――ついに土地、買っちゃいましたよぉ」
声を掛けたんですけど、リプがありません。
なんか雰囲気が暗いです。
とくにユニスは目を赤くして、思いつめた表情をしてますね。
ジョルジ君とアレクシアさんは困り果てた感じで、アティシュリはテーブルの上に片肘をついて寝転びながら、ユニスを見てます。
「なんかあったんですか?」
「ユニスがアヴジに帰りたいって言い張ってよ。お前みたいな化物と一緒にいたくないんだと」
ヘソをかきながらアティシュリが説明してくれました。
「どういうことだ、ユニス?」
チェフチリクが、イケボで尋ねます。
「こんな化物と暮らしたくない! 怖いし、気持ち悪い!」
ユニスが嫌そうに僕を指差します。
うーん、化物の自覚はあるんですけど。
真正面から言われるとちょい凹みます。
「あくび亭に帰りたい!」
「龍のあくび亭を再開させることはない。あれはフアトとエリフの店だ。あの二人が死んで、店も死んだのだ」
あくまでも優しい感じで諭すチェフチリク。
「帰りたいっ!」
「ユニス、この耶代は君らの安全を守るのに最適な場所だ。しかもここには魔族だということを気にする者もいない」
下唇を噛むユニス。
そういえば、今おもいついたんですけど、二人とも魔族の象徴である角が見えませんね。
アレクシアさんは両耳の上のシニヨンで隠してるんでしょうけど、ユニスのは、どこにあるんだろう?
「――自分は君らを救ってもらう代わりに、耶代の店長になる約束をした。ここにいられないと言うなら君らの守護が難しくなるだろう。ヤムルの所に戻ってもらうしかない」
「どっちも嫌っ!」
「ユニス、いい加減にしなさいっ! チェフ様に向かって、そんな言い方して!」
堪忍袋の緒が切れたのかアレクシアさんが怒鳴りつけます。
ユニスはいきなり立上がると、キッチン横にある廊下にかけこみました。
「ユニスっ!」
アレクシアさんが後を追っていきます。
足音の感じだと、階段を上って二階へ行ったみたいです。
「すまんな、ツクモ。子供の言うことだ、大目に見てやってくれ」
恐縮ぎみのドラゴン店長。
「わかってますよ。あのくらい年頃って難しいですから」
ユニスは13歳でしたよね。
地球で言えば中一とか中二です。
反抗期の真最中じゃないですか。
30代ぐらいのお父さんやお母さんを突然、ジジイとかババアって呼んだりなんかして。
それに比べれば、地縛霊を化物って言うのは間違ってません。
しかし正しさとは、ときに他人を傷つけるのだよ、ユニス君。
ぴえん……。
「すいません、お騒がせして」
アレクシアさんが気まずそうに戻ってきました。
「あの子、客室に閉じこもってます」
「いいですよ、どうせあの部屋は、お二人に使ってもらうつもりでしたから」
新設されたゲストルームのことです。
「こんなに気を遣ってもらってるのに、化物よばわりなんて……。本当に申し訳ありません」
頭を下げたアレクシアさんは、これまでの経緯を語ってくれました。
「――あの子、父親のカリトン様を亡くしてから、あまり他人と打解けなくなりました。学校の友達とも上手くいかずに、無視されたり、悪口を言われたりしてたらしいんです。そんな状態が一年以上続いて、あの子の精神は不安定になってしまいました」
バシャルにもあったんだ、学校のイジメ問題。
ユニスの態度が気になったのは、そのせいだったのかも。
僕自身も同じような目に遭ってたんで、ピンときたんでしょう。
「体調も悪化して、医師にしばらく通学を控えるように言われました。自宅学習をする彼女の護衛と教師を兼ねて派遣されたのが私なんです。――スタヴロフに追われてウラニアを脱出し、パトリドスを敵視する人間の中で暮らすことになって……。とても辛そうでしたけど、あの子なりに頑張ってたんです。でも母親のネリダ様の死を知らされたとき、とうとう倒れてしまって……」
ユニスもかなり悲惨な目に遭ってますね。
ヒュリアにしてもジョルジにしても、耶代はそういう人達を保護してるのかもしれません。
「数日、起上がることもできなかったんですが、龍のあくび亭の老夫婦は手厚く看病してくれました。私達が魔族だと知っても、彼らは本当によくしてくれたんです。だからユニスも心を許し始めていました。それなのに、またこんなことになるなんて……。ユニスもきっと自分が、我がままを言っているとわかってるはずです。でも心身ともにボロボロで、つい憎まれ口を叩いてしまうんだと思います」
「気持ちが落着けば、ここで暮らすことが最善だと理解できるだろうが……」
チェフチリクはアゴを撫でながら大きく息を吐きました。
「ちょっと様子を見てきても良いですかね、アレクシアさん」
自分で言っといて、ちょっと驚いてしまいました。
こんなこと言うつもりなかったのに。
「構いませんが、中から鍵をかけていて、入れてくれませんよ」
「その点は大丈夫です。耶代内の鍵は、すべて耶宰である僕が管理してますんで。でも無理に開けたりしませんから安心してください」
トイレの鍵も、お風呂の鍵も、『配置』を使えば難なく開けられます。
おっと、だからって覗いたりしませんよ、ジェントルマンですから。
まあ、死ンドルヤン、ですけどね。
イジメのトラウマから立直れるかどうかは、自分の心によるって思います。
どんなに良いアドバイスや温かい言葉も、受取る側の心に余裕がなければ、ちゃんと届かないんです。
今のユニスには、それが無いんじゃないかと。
イジメられっ子の先輩としては、何とかその余裕を彼女に持たせてあげたいなって。
ほんのちょっとの間でも良いんです。
辛いイメージから離れられたら、きっと視界が広がって、忘れていたものがまた、見えるようになるはず。
本当に自分を思ってくれてる人の温かさとか、優しさとか……。
ただ、これは僕の経験なんで、正しいかどうかはわかりませんけど。
お節介かなぁ。
こんな風に他人と関わろうとするなんて思ってもみませんでした。
ずっとこういうのを避けてきたのに……。
二階へ向かおうとする僕の肩に、突然、小さな灰色の影が現れました。
そいつは前脚を上げて立上がり、ククククと鳴きます。
「お前、ついてきたのか?」
昧昧鼬は、右前脚を上げたり下げたりしてます。
「ああ、そいつな。害にならねぇから連れてきた。本人も来たがってたしな。――ここに住むからよろしくって言ってるぜ」
アティシュリが欠伸しながら通訳してくれました。
無責任なことしといて事後報告かよ。
「いやいや、どうすんですか。エサとか、棲処とか」
昧昧鼬が、キキココと鳴きます。
「エサは自分で獲るし、棲処かは台所横の居間にしたから、この食堂には迷惑かけねぇってよ。――そいつネズミとかゴキブリなんかを食うから、けっこう重宝するんじゃねぇか」
おおっ、それは良い。
あのこげ茶色のガサガサ動き回る狼藉者を見ると、身体中にサブイボが出ますからねぇ。
あいつらを食ってくれるって言うなら、大歓迎です。
請負にした責任もあるし、仕方ないすね。
「――わかったよ。では今日から耶代の住人として認めよう」
昧昧鼬は、ククククと鳴いて、また右前脚を上下に動かしました。
「そんじゃ、呼名をつけさせてもらおうかな。昧昧鼬だと長すぎるんだよね。――えーと、イタチだから、タッチでいいか」
「はーっ、ホント名づけの才能ねぇなぁ、てめぇはよ」
アティシュリが呆れてます。
「いいんですよ。簡単な方が呼びやすいんですから。――よし、じゃあ今日から、お前はタッチね」
タッチは僕の首の周りを走り回ります。
意外と喜んでくれてますね。
「じゃあ、ちょっとユニスのところへ行ってきます。――お前はここにいろ、タッチ」
肩から降ろそうとすると、タッチがココココって鳴きました。
「一緒に行くって言ってるぜ」
「いいけど、邪魔はしないでくれよ」
ゲストルームは階段を上ってすぐの左側です。
とりあえず扉をノックして、声をかけてみました。
「ユニスちゃん、ツクモだけど、ちょっといいかな」
何の返事もありません。
「ちょっと話がしたいんだけど」
「ほっといて!」
強めの拒絶です。
「まあ、そう言わずにさ」
「もう、ウザいって!」
年頃の娘を持つお父さんの気持ちが少しわかりました。
なんか、せつなくなる。
でも、どうしたもんかなぁ。
心の余裕って、どう作ったらいいんだろ……。
悩んでいたら、ふいに天から閃きが降ってきした。
「甘いもの好きかな?」
女子の定番ですよね。
「アイスクリームっていうお菓子があるんだけどぉ、食べたくない?」
部屋の中は静かなままですけど、ちょっと気配が変わったような。
「牛乳を甘くして、冷たく凍らせたもんなんだけど、これが美味しくてさ」
こういう説得は、アティシュリで練習済みです。
「一口でもいいから、試してみない?」
部屋の中がゴソゴソいって、鍵が外れる音がしました。
扉を少しだけ開けて、ユニスが顔を半分のぞかせます。
「アイスクリーム?」
「そうそう。美味しいよぉ。――入ってもいい?」
ユニスは扉を全開にして僕を入れると、ベッドに腰掛けました。
すぐにアイスクリームを具現化してユニスに手渡します。
アイスを一口食べた彼女は、大きく目を見開きました。
「美味しい……」
その後しばらく、隣のベッドに腰掛けてアイスを食べるユニスを眺めていました。
食べ終えたユニスは空になった器を僕に向かって突き出します。
「おかわり」
内心、笑っちゃいましたけど、何も言わずに、もう一度アイスを具現化しました。
「こんなの、初めて食べた……」
ユニスはアイスをじっと見つめます。
そして徐に話し始めました。
「――我がままだって、わかってる。でも怖いの。初めて会った人と一緒に暮らすなんて。きっとデブだとかブスだとかって思ってるんだろうなって。そう考えるだけで、もう辛くて、じっとしてられなくなるの。きっとまた仲間外れにされるって気がするの。だったらそうなる前に、自分から出て行った方がまし……」
何も言わず、ただ聞いていました。
仲間外れ……。
嫌な言葉です。
二杯目のアイスが綺麗に無くなりました。
「イケるでしょ。アイス」
「うん……」
空になったアイスの器を受取るとき、タッチが素早く腕をつたってユニスの肩に移動しました。
「この子、ついてきたんだ」
タッチがユニスの頬にキスします。
ちょっと嬉しそうなユニス。
「イタチだから、タッチって名前つけたよ」
ユニスが、ぷっと吹き出しました。
「――仲間外れってさ、すごく嫌な言葉だよね」
ユニスの顔がこわばり、動きが止まります。
「そういうことする奴らって仲間って言えるのかなって時々考えるんだ。本当の仲間だったら、そんなことしないでしょ。仲間って言葉は温かくて、力強くて、人が大切にしなきゃならないみたいに言われてる。でもそれは絶対じゃない」
心に溜まっていた怒りが、堰を切って流れだしていきます。
「世の中には、仲間とか友達っていう言葉で人を縛って、利用したりイジメたりしてくるような奴らもいる。そいつらは仲間でも友達でもない、“敵”なんだよ」
「敵……」
「君は仲間外れになったんじゃない。敵から解放されたんだ。だから自分を責めたり、苦しんだりする必要はない。解放されたおかげで生き残れたんだって思うべきなんだよ。――ヒュリアとジョルジは君と似てる。自分のせいじゃないのに反逆者とか犯罪者にされて世界から締出されたんだ。だからあの二人は君の気持ちがよくわかると思う。君も彼らを怖がらなくて大丈夫だよ」
「私、二人の仲間になれるかな……?」
「きっとなれるさ」




