異世界食堂うらめし屋<2>
「自分はチェフ・スニギュブレと言う」
「ではチェフさん、今日は土地の購入でしょうか?」
「ああ。アヴジで酒場を経営していたのだが、ザガンニンに店を移転させようと考えている」
「なるほど」
イナンチ君はヒュリアを、ちらっと見ましたけど、それ以上興味を示しませんでした。
まあ、バシャルでは奴隷なんて、ありふれてるんでしょう。
「どの程度の広さの土地を考えてますか?」
「広ければ広いほど良いのだが」
さすが店長、よくわかってらっしゃる。
『転居』が周囲にどんな影響をおよぼすか、わからないですから。
できるだけ広い場所を用意しとかないと。
「ザガンニンは、とっても人気が高いんですよ。キュペクバルが滅んだことで、西沿岸地域での漁業が安全になって、漁獲高が以前の10倍以上に増えてます。ザガンニンは南西部の漁港から運ばれる海産物の集積地であり、中央部や南東部の街へ、それらを送るための中継地にもなってますんで、今商売するには最適な街と見られているからです」
イナンチ君は後ろの棚から本を取出して、カウンターに置きました。
厚めの表紙をめくると中には地図が描かれています。
「現在、売買可能な空地があるのは西地区の南側のいくつかだけです。他の場所は、ほぼ売却済みでしてね。それに空地があるといっても、細かく区画されていて、広いものはありませんよ」
「その土地を見てみたいのだが」
「わかりました。じゃあ今からお連れしますね」
イナンチ君は嬉しそうに言って、地図を脇に抱えてカウンターの中から出てきました。
フットワーク軽くて、良いね。
こうして僕らは彼の後について、ザガンニンの西地区へと向かうことになったのです。
「――いや、ずっと局の中にいると息がつまりましてね。こうして物件の確認に出るのは、息抜きにもなるんです」
両手を上げて伸びをするイナンチ君。
それで嬉しそうだったんだ。
屋内で事務仕事ばっかりしてると、肩が懲りますよね、ホント。
「ザガンニンの街は大きく五つの地区にわかれています。中央区は官公庁に、北地区は工業や卸商に、東地区は住宅に、西地区は商業にあてられ、南地区は商業と住宅が混在しています。現在南地区の土地販売は終了しているため、商人は西地区の土地を購入するしかありません」
イナンチ君は聞いてもいないのにベラベラとしゃべり続けます。
ちょっと、ウルサイ。
「しかし、その西地区の土地もほぼ購入されつくし、残っている場所はあまり立地条件が良くないものばかりです。ザガンニンは二年前、キュペクバルが帝国に滅ぼされてすぐに建設され、同時に土地の売買も開始されたのですが、半年もしないうちに、ほとんどの土地が売れてしまったんです。これはマリフェトにおけるザガンニンの位置的な利便性によるところもあるのですが、もう一つ大きな原因がありまして……」
「大きな原因?」
「ええ、土地の買占めです」
前を歩いていたイナンチ君はチェフチリクの隣にまで下がってきて、ひそひそ声になりました。
「調整局としては、原則、一個人に対して一区画の土地の売却だけを認めています。一個人が多数の土地を購入することは許していません。しかし、購入後の権利の移動に関しては干渉しません。それを悪用し、最初に調整局から土地を購入するとき、個人の名義を多数借りて行い、その後、彼らから実際の購入者が単独で手に入れるという悪質な手法が使われたのです。これにより多くの土地が、とある個人によって買占められました。――ご存知でしょう? 悪名高きエルデム・ポラトですよ」
「エルデム・ポラトか……。風の噂でよく聞く名前だ。ポラト商会の会長だな」
イナンチ君は腕を組み、渋い顔で頷きました。
「ここだけの話ですが、まさに守銭奴とはあいつのことでしょう。金のためなら他人の迷惑などお構いなしです。ポラトの買占めでザガンニンの土地の価格は100倍以上に跳ね上がりました。零細な個人商人には手が出ないほどの高騰ぶりです。ポラトの買占め以前に土地を購入できた人は幸運ですよ。――おっと、到着しました」
大通りからかなり離れていて、建物と建物の間にある、なんだか陰気で狭い所へ案内されました。
狭いのに、さらに杭が打たれて四分割されてます。
購入は一個人につき一件しか許可されないので、このうちの一つを買うってことになるんでしょうけど……。
四つ合わせても耶代の敷地の半分くらいしかありません。
その上、一区画金貨500枚だそうです。
現在、うちの全財産は金貨50枚。
こりゃ無理ですな。
「あまりに狭すぎる」
さすがのチェフチリクも溜息をついてます。
「やはりそうですか。狭い上に、水はけも悪く、ずっと買い手がつかずに売れ残ってる場所ですからね。それじゃ一応、別の物件にも行ってみますか。まあ、どこも似たような感じで、おきに召すとは思いませんが」
その後、いくつか見て回りましたけど、確かに似たり寄ったりで、とても耶代を『転居』できる広さじゃありません。
「これでは話にならないな。広い土地はもう残っていないのか?」
「うーん、そうですねぇ……。実は一件だけあるにはあるんです。西地区の一番端、西の城門のすぐ側の土地なんですがね。そこは分割命令が解除になり、土地が合併されて広い状態で売られています。水はけも日当たりも良いし、大通りにも面しているんですが……」
ずいぶん好条件なのに売れてない?
何が問題なのさ?
「――呪われてるんです」
「呪われてる?」
真面目な顔で頷くイナンチ君。
ほほう、呪いですか。
ラノベではおなじみの設定ですな。
もしかして、土地に地縛霊がついてるとか。
ひゃー、怖い!
「何が起こるというのだ?」
「実はですねぇ、建物を建てようとすると、大工達がおかしくなるんですよ。病気になったり、精神を患ったり、しまいには自殺する者までいましてね。所有者は何度も工事をしようとするんですが、その度に支障がでまして……。結局、使物にならず、土地は街に返還されました」
「街には主教がいるだろう。土地の浄化をしていないのか?」
「もちろん、主教様は何度も浄化をしてくださいました。でも、その後も事故は止まないんです。主教様にさえ浄化できない恐ろしい土地なんですよ」
「興味深いな……。案内してもらえるか」
イナンチ君、マジで言ってんの、みたいな顔してます。
「いや、その土地は近づくだけで気分が悪くなるっていう、とても危険な場所なんですけど」
「案内するだけだ。君は近づかなくていい」
「本当に行くんですか?」
「是非とも頼む」
「――わ、わかりました」
チェフチリクに強く言われて、イナンチ君は仕方なく“呪われた地”へと僕らを案内するのでした。
ザガンニンを走る8本の大通りのうちの一つ、中央から真西に向かう西通り。
そこを歩いていくと前方に西の城門が見えてきます。
すると、それまでは賑やかだったのに、ある場所に差掛かったとたん急に静かになりました。
右側を見ると建物がなくなり、枯草がそよぐ野原が広がっていました。
通りを行く人は、このあたりまで来ると小走りになってます。
少しでも早く離れようとしてるみたいです。
「ここが、そうです」
「なるほど」
目を細めて野原を眺めるチェフチリク。
「入っても構わんか?」
「構いませんが、気分が悪くなったりしたらすぐに引返してください。僕はここで待ってますんで」
「ヒュリア、ツクモをしばらく貸して欲しい」
ヒュリアは首から僕を外して、チェフチリクに渡しました。
「君もここにいろ」
ヒュリアに言い置いたチェフチリクは、僕を首にかけて“呪われた土地”の中に入ったのでした。
広さは耶代の敷地の3倍以上あります。
これなら『転居』しても周りに迷惑はかけないでしょう。
「どう思います? チェフチリクさん」
イナンチ君から離れたので、やっと声が出せます。
「ツクモ、君には見えないか?」
チェフチリクは前方の一点を見つめてます。
そこには建設途中で放棄された建物の残骸がありました。
「何がです?」
「そうか、君になら見えると思ったのだが。――まあそういうものかもしれんな」
「何のことですか?」
「――あそこに耗霊がいる」
「耗霊って?! 僕のお仲間ですか?」
「ああ、二体いるな」
うへっ、ホントにいたよ地縛霊。
でも、僕には見えません。
「そもそも、耗霊同士が互いに認識できるのかは、自分らにもわからん。あらためて聞いたことも無いしな。思うに君は耶宰になり、彼らとは一線を画するから、見えないのだろう。――おそらくあれが“呪われた地”の原因の一部だ」
「耗霊って、どんな風なんですか?」
「そうだな、人型をした紫色の靄と言ったらいいだろうか。それが、ときにゆっくりと、ときに素早く、動き回っている」
想像すると、絵面が怖ぇぇぇ……。
まだ昼間なのにぃ。
「原因の一部ってことは、他にも何か?」
「ああ。――この“呪われた地”の最大の元凶は、耗霊ではなく、水銀鉱床にある」
「水銀鉱床?」
「この土地の地下全域にわたって、多量の水銀が見える。水銀は低温で気化し、それを吸った者に様々な障害を引起こす。鉱床は、広範囲に分布し、建物はそのほぼ中心にある。気化量が少なくても長くこの場で作業すれば身体に支障がでても不思議ではない」
水銀かぁ。
あんまり見かけなくなりましたけど、以前は体温計とかに使われてましたよね。
子供の頃、見た記憶があります。
体温計が割れて水銀が流れ出たとき、触るなって母親に言われたっけ。
触ったら死ぬって脅かされたなぁ。
まあ、体温計の水銀は金属水銀なんで少し触っても毒性が低いから大丈夫。
けど、それが蒸発したものを吸込むと中毒になってマジで危ないです。
水銀は気化しやすいですからね。
今は冬場だから大したことないでしょうけど、気温が高い夏場にこんなとこで作業してたら、そりゃおかしくなりますわ。
「それで、水銀にやられて死んだ大工が耗霊になって、さらに事態を悪くしたと?」
「大工の耗霊かどうかはわからん。ただ、過去に死人が出た場所には耗霊が集まりやすくなるのだ」
「じゃあ別の場所から来た可能性もあると?」
「その通りだ。だが出自がどうあれ、耗霊に変わりはない。耗霊は時が経つと生者から英気や恃気を奪うようになる。それが呪いに輪をかけたのだろう」
水銀中毒と耗霊のダブルパンチってわけです。
「主教が耗霊を浄化しても、治まらなかったのは、元々、水銀が原因だったからだ。浄化では物理的な汚染を除去できないからな」
「そういえば、霊龍様方は、耗霊を浄化するのが仕事だとかってアティシュリさんが言ってましたけど」
「そうだ。自分らが耗霊を見つけたときは、速やかに浄化するか、滅却することになっている」
「じゃあ、今から浄化するんですか?」
「いいや、浄化は後でシュリに頼む。まずはこの土地を買うことだ。この広さなら『転居』に支障はないし、おそらく値段も格安だろう」
「水銀の方はどうするんです」
「自分は、土の精霊を司る壌土龍だ。土地の地下構造を変えることなど、造作も無い。これ以上、水銀が蒸発しないように、より深い地層へ封じ込める」
「なるほど、そうでしたね」
チェフチリクが土地を買うって伝えると、イナンチ君は目玉が飛出すくらいに驚いてました。
そして調整局に戻る道すがら、考え直した方がいいですよ、って何度も言ってきたのです。
心配してくれてるんでしょうけど、やっぱウルサイ。
結局、今日は見学だけと思ってたんですが、いつのまにか土地を買う運びとなりました。
値段は金貨1枚。
さすが事故物件、安いですな。
これで土地の登録証を受取れば、晴れて地主となるわけです。
ただ登録証の発行に数日かかるそうなので、一旦、人喰い森に戻ることにしました。
耗霊の浄化と水銀の処理は、地主になってからです。




