異世界食堂うらめし屋<1>
天ぷらうどんを食べ終わったところで、一つイベントがあるのです。
霊器は4人が座っているテーブルの中心に置かれてまして、そこから出ていくってだけなんですけど……。
ユニスとアレクシアさんのリアクションがちょっと楽しみですな。
「えっと、それじゃ今から外に出ますね」
一応、ことわっておいてから脱躰を使いました。
「――きゃーっ!」
おお、悲鳴、キターっ!
なんか怖がられるのが快感になってきてます。
「どうもぉ、ツクモでぇす」
愛想よく手を振ります。
「いやーっ!」
涙目のユニスに、どんぶりを投げつけられました。
素早く僕の前に立ったアレクシアさんは、背後のユニスを守るために、フォークを逆手に握って構えてます。
「あ、あなたが、ツクモさんなんですかっ?!」
にらみつけながら、アレクシアさんが聞いてきました。
「あははっ、怖いのは見た目だけですよぉ。真の姿は、内気で優しい好青年なんですから」
「大丈夫だ、アレクシア。ツクモには何の害もない」
チェフチリクが庇ってくれました。
「まあ、頭は空っぽだけどよ」
アティシュリが庇ってくれません。
アレクシアさんはフォークをおろして、自分の席に戻りましたけど、眉間のしわが、まだ強い。
ユニスはこっちを見てくれません。
うつむいて、ちょっと震えてますね。
慣れるまで仕方ないかな。
とりあえず、話を進めます。
帝国の騎士が来る前に引越しないと。
「えーと、耶代の引越し先についての相談をしたいんですけど」
「ツクモ、ユニスさんとアレクシアさんには、休んでもらったらいい。あんな目にあったのだからな」
ヒュリアは、うつむいているユニスを微笑ましく眺めています。
「じゃあ、アレクシアさんとユニスちゃん、二階で休まれますか?」
「ユニス、あなた休ませてもらいなさい。私が皆さんのお話を聞いておくから」
ユニスは首を振ります。
「ここにいる……。仲間外れは嫌……」
軽く溜息を吐いたアレクシアさんは、肩をすくめました。
「――私達にかまわず、どうぞお話を進めてください」
「そうですか」
ユニスのことが、ちょっと気になりましたけど、今はノータッチで。
まず、店長の件についてですけど、これは壌土龍様に決定です。
「もちろん、やらせてもらおう。いかようにも使ってくれて構わん」
だそうです。
本人も、やる気まんまんです。
まあ、こっちは最初から心配してません。
一番の問題は“どこ”に引越すかです。
「どっか良いとこ、ありませんかね?」
皆の顔を見回しますけど、ヒュリアもジョルジ君も困ってます。
「私達は人間の国については、あまり詳しくないので……」
アレクシアさんとユニスも思いつかないようです。
ちなみに、パトリドスは人間を『エネコス』って言うみたいですね。
「それについちゃ、一つ思い当たるとこがあんだけどよ」
アティシュリがキャラメルを口に放り込みます。
「――俺の在所の近くに最近、新しい街が建設されたんだよ」
「アティシュリさんの家の近くってことは、マリフェトってことですか?」
「おおよ。街の名前はザガンニンだ。タヴシャンの言う条件にも合ってるぜ」
ザガンニン。
ザリガニが、忍者の格好したような名前ですな。
確かあの口ひげタニョさん、マリフェトの御偉いさんじゃなかったっけ。
タニョさんの指輪を見せれば便宜を図ってくれるかも。
うむ、運命を感じてしまいますね。
あんな、おっさんに。
なんかキモい。
「――そんじゃ、アティシュリさん、ヒュリアと一緒に、ちょっと連れてってもらえませんか。どんなんか見てみたいんで」
「やだね。俺はお前の使走りじゃねぇんだぞ」
「マリフェトって、そんな遠くないんでしょ? いいじゃないすかぁ」
「やなこった」
アティシュリは歯をむきだし、イーっていう顔をしてます。
こういうとこ、子供なんだよね、このドラゴン。
「自分が連れて行こう」
チェフチリクが、イケボで手をさしのべてくれました。
さすがはドラゴン店長、頼りになりますな。
「助かります、チェフチリクさん。どっかのイケず姉さんとは大違いですよ」
「なんだ、なんだ、俺のことを言ってやがんのか、コラぁ? もっぺん、黒こげになってみっか、ああん?」
立上がって詰め寄ってくるドラゴン姉さん。
ああ、やだやだ、きっと地球だったらこんな感じでカツアゲとかすんだろうなぁ。
「――キャラメル、三日間、抜きにしますよ」
とりあえずマウント、とっときましょ。
「くっ! お、俺が……、そ、そのくらいで……、引下がると……でも……」
そう言いながら、後ずさりして椅子に戻り、ぐったりと肩を落とすドラゴン姉さん。
顔に縦線が、びっしり入ってます。
はいはい、よぉく反省してくださいね。
「じゃあ、ヒュリア、ちょっとザガンニンに行ってみようと思うけど、大丈夫?」
「ああ、問題ない。――帝国の動向はわからないが、用心に越したことはない。なるだけ早く転居すべきだ。チェフチリク様、よろしくお願いします」
「了解した」
頷いて立上がり、すぐさま外に出ていくドラゴン店長。
仕事が速い。
「よし、それではジョルジ、君には耶代の第一階層守護者の役目を与えよう。アレクシアさんとユニスちゃんのことを頼むぞ」
お化け仲間であるガイコツ君主様のような口調で命令します。
「お任せくだせぇ。――第一階層守護者かぁ! なんかカッコ良いべぇ!」
目をキラキラさせてるジョルジ君。
まあ言換えると、一階食堂の店番ってことなんすけどね。
モチベを上げとくのは大事ですから……。
もう一度、霊器に化躰して、ヒュリアの胸元に戻ります。
そしてドラゴンの姿になったチェフチリクの背に乗り、僕らはザガンニンに向かったのです。
ザガンニンは人喰い森から北西の方向にあります。
しばらく飛んでいると左手にパトラマ火山が見えてきました。
麓から頂上まで一本の木も生えてなくて、山肌は赤茶けてます。
そして火口には、アティシュリの棲処があるわけです。
周辺の人達は、火山から出入りするアティシュリを見ると、その日はラッキーデイって思うみたいです。
霊龍は、彼らにすれば神様みたいなもんですからね。
でも真の姿を知ったら、きっとガックシすんだろうなぁ。
火山を過ぎてすぐの森に空地を見つけたチェフチリクは、そこに着陸します。
ここからは例のごとく歩きです。
ドラゴンのまま、街まで行ければ楽なんですけどね。
ショック死する御老人とか、ひきつけを起こす御子様が出たら困りますから。
30分以上歩いて、ようやく森を抜けると、目の前に高い城壁が見えてきました。
チェフチリクが店をやってたような小さな村にはありませんでしたが、さすがに大都市になると立派な城壁に守られてますな。
城壁には所々に城門があって、数人の衛兵が見張りをしています。
ヒュリアはそれを見て、仮面をつけました。
「ところで、こういう街に入るときって、通行証とか身分証とか必要なんじゃないんですか?」
「ああ、国などが発行した身分証や旅券、同業組合の組合員証などの提示が必要になる」
「ヒュリア、持ってんの?」
「いいや、持っていない」
うへっ、どうすんのさ。
入れないじゃん。
「――大丈夫だ。自分が持っている」
チェフチリクは胸元から小さな金属のタブレットを取出しました。
黒銀色でホームベース型をしていて、表面に文字が彫ってあります。
「これはアヴジ王国の商業組合の組合員証だが、自分のものしかない。だからヒュリアには自分の奴隷になってもらう。そうすれば身分証は必要がなくなる。人ではなく所有物とみなされるからな。構わんか?」
「問題ありません」
「すまんな、恥をかかせて」
チェフチリクは地面から土を一掴み手にとります。
「手を貸してくれ、ヒュリア」
ヒュリアが右手を差出すと、チェフチリクは彼女の手の甲に土を押付けました。
押付けているチェフチリクの手が一瞬、紫に輝きます。
手を離すと、ヒュリアの手の甲には、土で描かれた、こげ茶色の文字がありました。
『チェフ・スニギュブレ』と読めます。
「奴隷は通常、主人の名前を身体に焼印される。今描いた土文字は焼印の代わりだ。後で呪印を解けば、何も残らないから安心してくれ。衛兵がそれを見れば、君を奴隷と認めるだろう。――人間社会での自分の通り名はチェフ・スニギュブレ、アヴジ王国ディルパス村にある『龍のあくび亭』の主人だ。覚えておいて欲しい」
「わかりました」
文字が、こげ茶色だから、ちょうど肌に焼きつけたように見えるわけです。
いや、アティシュリと来なくて正解でした。
チェフチリクだからこそできるこの見事な対応。
ドラゴン姉さんには、こういう細やかなことは期待できませんからね。
夜になったら城壁を越えて忍び込めばいいだろうが、とか言いそうですもん。
街に入ろうとする人の列に並んで順番を待ちます。
番が来たところで、チェフチリクは衛兵に組合員証を提示し、ヒュリアの手の土文字も見せました。
陰険な顔つきの衛兵は、偉そうに頷きます。
上手くいったようです。
まったく地球でもバシャルでも入国審査って、なんか怖いわぁ。
愛想の良い人もいるんですけどねぇ。
新しく建設されたせいかわかりませんが、初めて目にするザガンニンの街並みは、なんか爽やか感じです。
建物の壁は綺麗なクリーム色のレンガ、屋根は青色に統一されてます。
灰色の石畳が敷かれた通りには、たくさんの往来があって、両側には色んな店が並び、活気にあふれてますね。
いや、久しぶりに都会に戻ってきたって感じで、ちょっとアガるわぁ。
ずっと森の丸太小屋暮らしでしたからね。
「で、どうするんです?」
「土地を見つけたなら、ザガンニンの役所に住民登録をして、次に商業組合に入会する。それから土地を買い、建物を建てるという具合だな」
地球と大して変わりないですね。
ザガンニンの役所は街の中央区と呼ばれる地域にあるみたいです。
ちなみにザガンニンの城門は八つあり、中央から放射状に伸びる八本の大通りと繋がってます。
街の中心、八つの大通りが集まる場所には円形の広場があって、聖師フゼイフェの大きな像が立っていました。
広場の周囲には役所や組合、『藩主』の屋敷なんかが並んでいます。
藩主っていうのは、知事みたいなもんですね。
「まず土地調整局に行って、目ぼしい土地を探そう。この街はかなり人気が高いようだ。耶代の転居に適した土地が残っているといいがな」
僕らは役所の隣にある土地調整局の建物に入りました。
土地の売買は普通、売り手、買い手、証人の三者立会いで行われますけど、こういう城郭都市は違います。
街の土地は、調整局が管理し、売買には局の認可が必要になります。
さらに所有者になると土地台帳に記入されちゃうのです。
街の土地は限られてますから、勝手な売買をされると混乱をまねくからってことみたいです。
「どうぞ、座ってください」
僕らの担当になってくれたのは、たぶん小食なんだろうなって感じの線の細い青年でした。
チェフチリクはカウンターをはさんで、青年と向き合うように座席に腰掛けます。
ヒュリアはチェフチリクの後ろで立ったまま控えます。
奴隷っていう役回りですから、ご主人の横に座るなんて、できないわけです。
「僕はイナンチ・テズガタルって言います。どうぞよろしく」
ペコリと頭を下げるイナンチ。
お役人様には珍しく腰が低いタイプです。
なんかホッとしました。
上から目線の偉そうなやつだったら、どうしようかと思ってましたから。




