巡礼者の歌<2>
ジェファさんは十日ぐらい前に、ふらりと村にやってきた。
彼女は村長にかけあって空家を借り、そこで生活してる。
村の集会で紹介され、しばらくここに住むって知らされた。
彼女は巡礼者なんだって。
東の大陸中を旅しながら古い墓地や寺院をめぐって参拝してるらしいんだ。
うちに泊まればいいのにと思うけど、錬金術をするので他の客の迷惑になるからって。
ウラニアは人間の出入りを厳しく取り締まってる。
でも、妖精族は歓迎してるんだ。
1000年前の災厄の時、化物がウラニアを襲ってきた。
人間は何もしてくれなかったけど、ロシュの賢者アイダンとサフの医聖エフラトンが、たくさんの命を救ってくれた。
このときの恩義があるから、ウラニアは国内での彼らの自由をできる限り認めてるんだ。
今、東の大陸に、どれだけの妖精族がいるのかは知らない。
大人達の話からすると、とても少ないみたいだ。
だから、ウラニアが妖精族を歓迎しているとしても、なんで彼女がこんな山の中にいるのか、とても不思議な気がした。
もちろんジェファさんは集会で、その理由も話してくれた。
この辺りにも、古い墓地があって、そこに詣でたいからなんだそうだ。
でも、あまりに古いものなので、場所がどこだかわらない
だから墓地を見つけるまで、村にいることにしたんだって。
巡礼者って、お金持ちで暇人なんだって感じた。
お墓に詣でるためだけに、こんな田舎にまでやってきて、家まで借りて、しかも昼と夜には必ず食事をうちでとる。
貧乏人には、そんなことができないから。
「ごちそうさま」
ジェファさんの声がした。
「ああ、どうもお粗末さまで」
父さんが挨拶しに、食堂へ出ていった。
お得意様だからね。
彼女のおかげで、今年の冬は心配なく過ごせそうなんだ。
「――墓地は、みつかりましたかね」
「いや、まだなんだ」
「そうですか、早く見つかるといいですな」
「私もそう願っているよ。――じゃあ、また夜に」
「はい、ありがとうございます」
父さんは下げた皿を持って食堂から戻ってきた。
流しで皿を洗うのかと思ったら、何もせずに大きな溜息をついて、ぼーっとしてる。
「どうしたの、父さん」
「うん? ああ、なんでもねぇ。――そうだ。言っとくことがあったんだ。今晩、大口のお客がくるぞ」
「へぇ、めずらしいね」
「パゲトナスのお役人さん方だ」
「お役人?」
「ああ、なんでもここの銀山の再調査をしに来たみたいだ。まあ、飯を食うだけだがよ。泊まりは村長の家だそうだ」
「そっか、でも良い儲けになるね」
「そういうことよ」
「再調査って、もしかしてまた銀が出るのかな」
「かもしれねえな」
もし銀が出たらまた村が賑やかになるかもしれない。
たくさんの鉱夫が来てくれれば、うちも繁盛する。
そうなってくれたら、どんなにかいいだろう。
もうすぐ、パンジャの月だ。
東の大陸では、どこの国でも『奉迎祭』が開かれるんだ。
元々は人間のお祭りで、パトリドスには関係なかったんだけど、今はウラニアでも開かれるようになったんだって。
パゲトナスでも、道に露店がならんで、あちこちで歌や踊り、演劇なんかの出し物がおこなわれる。
周囲の村からたくさんの人がやってきて、三日間、飲めや歌えの大騒ぎになるんだ。
うちの村はパゲトナスにわりと近いから、奉迎祭の時分には少しだけにぎやかになる。
パゲトナスで宿がとれなかった人が、うちの村に泊まることがあるからなんだ。
でもお祭りが終わればまた、さびしいくらいに村はひっそりとしてしまう。
もし銀が見つかったら、いつでもお祭りみたいになって楽しいんじゃないかな。
そんなことを考えると、なんだかお役人のことが待ち遠しくなった。
いい知らせを持って来てくれたらいいな。
わくわくしながら料理の仕込みの手伝いや狼の毛皮のなめしなんかをしたんだ。
太陽が沈み始めた頃、食堂からたくさんの足音が聞こえた。
「亭主、予約してたもんだが」
「いらっしゃい」
低い男の声がして、父さんが応対に出ていった。
そしてすぐに戻ってきて、片目をつぶってみせた。
「例の客だ。男が八人。どいつも、のんべえの顔してるぜ。今のうちに酒樽を運んどこうか」
父さんは客が相当飲むだろって予想した。
だから林檎酒の樽を二つ、倉から台所へ運ぶことにしたんだ。
運び終えてすぐ八人分の酒を客達の前に持っていった。
しばらくすると食堂がにぎやかになった。
豪快な笑い声もきこえる。
うちの林檎酒は自家製で、近隣でも美味いって評判だからね。
パゲトナスの高級店にだって負けないよ。
父さんはその後、料理にかかりっきりになって、僕は酒のおかわりで台所と食堂をいったりきたりさ。
客は、顔中ヒゲだらけのゴツい男ばかりだ。
役人てことだったけど、みんな山賊みたいな顔をしてる。
ヒゲのせいで歳がいくつか、よくわからないけど、老人ってわけでもなく、角も立派で、働き盛りって感じだ。
「童、手伝いか? 偉ぇじゃねぇか。ほら小遣いやるよ」
場をしきってる一番ガタイの良い二本角の男が、僕に銅貨を何枚か握らせてくれた。
ぶくぶくに太ってるんじゃなくて、固太りってやつだ。
もう林檎酒を五杯飲んで、六杯目に入ってる。
顔が真赤だ。
ガタイはいいけど、そんなに酒が強そうには見えないな。
酒のお代わりを受けて台所に戻ると、賑やかだった食堂が突然、ピタッと静かになった。
どうしたのかなってのぞいてみると、褐色の宝石みたいな人影が佇んでいた。
口をあんぐりと開けた男達の16の目玉が、いっせいに人影へ向けられている。
人影は僕を見るといつものように、赤い唇に薔薇の花みたいな微笑をうかべたんだ。
「こんばんは、キツォス君。めずらしく繁盛しているな」
「いらっしゃい、ジェファさん。こっちの席へどうぞ」
男達から離れた席へジェファさんを案内した。
「今日は、何かおすすめがあるかね」
「今朝とりたての狼の肉がありますけど」
ジェファさんはまた、あのヌメっとした目つきをした。
「ほう、狼か。久しぶりに食してみたいな。それをもらえるかね」
「わかりました」
台所に戻って父さんにジェファさんが来たことを伝える。
「狼の肉が食べたいんだって」
「そうか、じゃあ腕によりをかけなきゃな」
腕まくりする父さん。
やっぱり女の人に良いとこ見せたいんだろうな。
あんなに綺麗だしね。
母さんが死んで三年。
やっぱり父さんもさびしいんだろうって思う。
もし新しいお母さんをむかえるって言われたら、どうしよう。
死んだ母さんに悪いなって気もする。
でも笑って許してくれそうな気もする。
相手はどんな人だろう。
父さんと同い歳くらいの女の人は村にいないから、パゲトナスにでもいかないと見つからないんじゃないかな……。
そのとき、急にジェファさんの顔が浮かんだ。
違う、違う。
首をおもいきり振って、それを打消した。
あの人はロシュだ。
誇り高い妖精族はパトリドスなんか相手にしない。
それに歳だっていくつかわからない。
妖精族はパトリドスの数十倍の寿命があるって話だから。
でも、あんな綺麗な人が母さんになってくれたら……。
「てめぇ、何しやがる!」
食堂から男の怒鳴り声がした。
声の雰囲気で、ケンカだってわかる。
「ちっ、始めやがったか」
父さんが舌打ちして、食堂へと向かった。
僕も後についていく。
でもそれはケンカじゃなかった。
あの固太りの男が、ジェファさんの横に立って怒鳴ってたんだ。
「――君が無遠慮に腕をつかむので、払い落としただけだ」
ジェファさんは、普段と変わらない口調で言返してる。
「お高くとまりやがって。俺たちと酒を飲むのがそんなに嫌だってのか!」
男は目を三角にして口から泡を飛ばした。
大分、酔ってるみたいだ。
「せっかくの狼の肉を、一人でゆっくり味わいたいだけなのだよ」
ジェファさんは男に向かって、またあのヌメっとした目つきをして微笑んだ。
今まで怒鳴っていた男は、その笑顔を見て口調が柔らかくなった。
「なあ、ちょっと一緒に飲んでくれるだけでいいんだよ。あんたみたいな美人がいりゃ、酒も一層美味くなるってもんだぜ」
「君達は私のおかげで酒が美味くなるだろうが、私は君達のおかげで料理が不味くなる。悪いが遠慮させてもらおう」
「てめぇ!」
男がジェファさんの左肩をつかんで、引張った。
ジェファさんと男じゃ、三倍くらいの体格差がある。
力づくでやられたら、ひとたまりもない。
「ちょっと、お客さん!」
父さんが声をかけて止めようとしたけど、遅かった。
服が破れてジェファさんの肩から胸までがはだけてしまう。
そして、ジェファさんの大きくて形の良い乳ぶさが、あらわになった。
あまりに綺麗で、僕は彼女の胸から目をそらせなかった。
「なにしてんだ!」
父さんは激怒して、固太りの男につかみかかった。
「うるせぇ!」
固太りの男は父さんの顔をぶん殴った。
父さんの身体は宙を飛んで、となりの食卓の上に落ちる。
その勢いで食卓が、ぐしゃりとつぶれた。
「父さん!」
父さんに駆け寄って肩をゆすったけど、目を開かない。
でも息はしてるから、たぶん気絶したんだと思う。
「へへへ、良い身体してるじゃねぇか」
固太りの男が、いやらしい目つきでジェファさんを見つめた。
「亭主がいなければ、狼の肉が味わえないではないか。つまらんことをしてくれるな、君は」
ジェファさんは胸を隠すこともせずに立上がり、男と向かいあった。
よだれをたらしそうな顔をして、ジェファさんに右手を伸ばす男。
ジェファさんは自分に伸ばされた男の手首を左手でつかまえた。
つかまれた男は目をパチクリさせてる。
押しても引いても腕が、びくともしないからだ。
「ふむ、殺してもいいが、この店を生臭い血で汚されるのは興ざめだ。お仕置き程度で勘弁してやろう」
ジェファさんがそう言った途端、バキバキって音がして、固太りの男は絶叫した。
男の手首がジェファさんの手の中で、つぶれていたんだ。
男は我を失ってジェファさんに、つかみかかかった。
ジェファさんは全く取乱すことなく、男の横面をひっぱたいた。
男の身体が吹っ飛んで壁に叩きつけられる。
そしてズルズルと壁をつたって床に倒れ、動かなくなった。
「てめぇ!」
残りの男達が目を怒らせてジェファさんへ向かっていった。
「何をしてるっ!」
ついさっき食堂に入ってきた一本角の男が怒鳴った。
スラリとして背が高く、髪をキチンと整えていて、ヒゲも生やしていない。
ちょっと見は優男だけど、目つきの冷たさが普通じゃない。
氷のような目で、にらまれた男達はさっきまでの勢いを無くして気まずそうにしてる。
一本角の男は店の中に進んできて、ジェファさん、固太りの男、父さんを観察した後、男達に命令した。
「この痴れ者を村長の家まで運べ!」
一本角の男の厳しい声が飛んだ。
男達は急いで固太りの男を担と、すごすごと出ていった。
「だいたいの事情は見ればわかる。私の部下がもうしわけないことをしたようだ。私は国からこの村に派遣された内務局のエウゲン・ガリノスと言うものだ。――そこに倒れているのは、ここの亭主か?」
「はい」
返事をした僕に近寄り、父さんをのぞきこむエウゲン。
「命に別状はないか?」
「はい、でも気絶してるみたいで」
「そうか」
エウゲンは懐から革袋を二つ出して、その一つを僕にくれた。
「お詫びと言ってはなんだが、これで許して欲しい」
中を見ると、金貨がたくさん入っていた。
「こんなに……」
「今日の代金と壊れた物の弁償にあててくれ」
エウゲンはその後、ジェファさんの向かった。
あいかわらずジェファさんは胸を隠そうともしない。
「あなたにも、申し訳ないことをしてしまったようだ」
エウゲンはもう一つの革袋をジェファさんに渡した。
「こんなものあなたには意味がないかもしれないが、許してもらえるとありがたい」
頭を下げるエウゲン。
「ふむ、金か。これだけあれば新しい服も買える。ありがたく頂戴しておこう。私もあの者の手首を砕いたからな。お相子だ」
「感謝する。もしまだ何か不都合があったら私に言ってきてくれ、当分村長の家にいるのでな」
エウゲンはそういい残すと食堂を出ていった。
「父さん、父さん!」
呼びかけるけど、まだ意識が戻らない。
「どれ、私が寝台に運んでやろう」
ジェファさんは父さんを腰に抱え、台所の隣にある寝室へと運んでくれた。




