巡礼者の歌<1>
風が大分冷たくなってきてる。
冬が、もうすぐそこまできたんだって思う。
まだ村には雪がふってないけど、山の頂上のあたりは白くなってる。
ふもとに雪がふり出せば、もう山に入ることができなくなるから、今のうちに冬を越すためのキノコやムウロをできるだけ収穫しとかなくちゃいけない。
でも、もうこの辺の森には、ほとんどムウロもキノコも残っていない。
きっと他の人が、とっていったんだ。
担いでるカゴの中にあるムウロとキノコは、まだ目標の三分の一もとれてない。
だけどここで、これ以上収穫するのは難しいと思う。
こうなったら、谷を渡って、奥の森に行くしかない。
父さんには、危ないから行くなって言われてるけど、宿屋で料理が出せなくなったら大変だ。
気合を入れなおして、人があまり近づかない深い谷のある方へ向かった。
まだ、お昼前なんで谷を渡る時間は充分ある。
今日は先休日で、学校が休みだったから、父さんに言って朝から森に入ることにしたんだ。
谷は、すぐ近くで誰でも行けるけど、渡るのは難しい。
橋もないし、向こう側へ跳び移るには、幅が広すぎるからね。
でも僕には秘密の方法があるんだ。
谷沿いにしばらく歩いていくと、太くて高い樹が立っていて、幹には蔦がからみついている。
その蔦は谷をまたいで、向こう側にある別の樹の枝まで伸びている。
だからそれをつたって、谷を渡るってわけさ。
大人が真似したら体重が重くて、きっと蔦が切れしまうだろうけどね。
ここには何度も来てるから、樹に登るのはお手のものさ。
でも、蔦にぶらさがって進むのは、なかなか大変なんだ。
谷はとっても深いので、落ちたらお終いだからね。
まずは両手でぶらさがり、その後、両足を持上げて蔦にからめる。
そして両手と両足を交互に動かして、慎重に進むんだ。
なんとか渡り終わって、地面に降りた。
蔦を握りすぎたんで両手に力が入らない。
でも、ふにゃふにゃしてて面白い。。
蔦を渡るといつもこうなるんだ。
前を見ると暗くて深い森があった。
その森は、ほとんど人が入ってないから、ジメっとしていて、いつも少し怖い感じがする。
だけど、そんなことを気にしてられない。
ムウロとキノコを探しながら奥へ進んだ。
思ったとおり、そこらじゅうの枝に、たくさんのムウロが生っていた。
赤、黄、黒のムウロの実は、そのまま食べても美味しいけれど、砂糖と一緒に煮込んでマルメラダにして、瓶に保存しておく。
焼きたてのプソミにつけて食べると、とっても美味しいんだ。
太い木の根元には、食べられるキノコをたくさん見つけることができた。
嬉しくなって、周りを気にせずに取り続けた。
カゴが一杯になるほどの収穫に大満足さ。
大きな石に腰掛けて一休み。
お腹が空いたので弁当を食べてると、周りから強い獣臭がしたんだ。
いつのまにか、十匹くらいの狼にとりかこまれていた。
僕よりも身体が大きい灰色狼だ。
奴らは牙をむきだし、低い唸り声を上げている。
大失敗だ。
もっと周りに気を配るべきだったのに……。
どっちを向いても逃げ道が無い。
残された手段は戦うことだけだ。
腰に提げていた山刀を抜いて逆手に握り、胸の前に構える。
そして殊依式を使うために、精神を集中させた。
僕が持つ殊依式は『療己』功と『揮霍』功だ。
療己功は自己治癒の力で、簡単な傷ならすぐに治せる。
でも他人の傷は治せないし、命に関わるような深い傷は、治すのに時間がかかる。
揮霍功は、人間達が使う亢躰術よりもずっとすぐれたもので、攻撃力、防御力、敏捷性の三つを一度に強化することができる。
でも長く使うことができないから、なるだけ早めに決着をつけなきゃならない。
だから、こっちから打って出ることにしたんだ。
揮霍功を使って、ふつうの三倍以上の速さで狼に近づき、山刀で斬りつけていく。
即死でなくても、脚を斬って動けなくした後で殺せばいい。
五匹を殺して、三匹は脚を斬った後で止めをさした。
最後に群れの親玉だと思う一回り大きな狼と一対一で戦うことになった。
速さでは僕が有利たけど、攻撃力と防御力は、むこうが上だ。
こっちの武器は山刀一つなのに、相手には爪や牙があるし、灰色の毛皮は革鎧みたいなものだからね。
攻撃をかわすのが精一杯で、なかなか反撃できない。
揮霍巧が限界に近づいていた。
息が苦しくなり、動きが遅くなってるのがわかる。
このままだと、やられてしまう。
一か八かの勝負をしなきゃならない。
羊の毛皮でできた上着を脱いで左腕に巻きつける。
親玉が襲ってきたので、逃げずにワザと地面に押倒された。
人の二倍くらいある大きな顔が目の前にある。
首に噛みつこうとしたので、口の中に左腕をつっこんだんだ。
親玉は左腕を噛んだまま、ときどき頭を振って食いちぎろうとしてる。
腕の皮膚に牙の先が当たってるのを感じる。
食いちぎられてたまるか。
山刀を思いきり親玉の左目に向かって振り下ろした。
大きな目玉に山刀が深くつきささる。
親玉は小犬のような悲鳴を上げ、僕を宙に放り投げた。
空中で一回転して地面に落ちる。
落ちたところには枯葉が積もってたから大して痛くなかったけど、斜面だったんで転がってしまった。
どれだけ転がったかわからないほど転がった。
ようやく止まったので、ふらふらしながら立上がった。
自分が落ちて来た方を見上げてみる。
狼と戦っていたところは、かなり高くて、登って戻るのは無理だってわかった。
今いる場所は周りを崖に囲まれていて、お椀みたいに窪んでいる。
登れるようなところがないか辺りを探してみた。
すると向こう側の崖に、岩を削ってつくった粗末な階段を見つけた。
さっそく、そこに向かう。
でも途中、妙なものが目に入った。
それは岩壁にすえつけられた金属の扉だった。
近づいてみると、扉は鈍い銀色で、岩壁と一緒に木の根に覆われていた。
よくわからないけど、とっても古いもののように見えるし、逆にとっても新しいもののようにも見える。
手をかけて、開けようとした。
だけど、ビクともしない。
鍵がかかってるのかと思ったけど、鍵穴は見当たらない。
どうやって開けるのか全然わからない。
扉の表面には、何か文字のようなものが書いてある。
でも、見たことのないもので読めなかった。
扉は諦めて、階段を上ることにした。
上がりきってから窪地の縁を半周すると、狼達と戦ったところに戻れた。
あの親玉がいなくなってたのでホッとしたよ。
危なく死ぬところだったけど、それなりの収獲もあった。
八頭分の狼の毛皮が手に入ったからだ。
うまく処理すれば、いい毛皮になる。
動物の皮をはぐのは、そんなに難しくない。
それほど時間もかからずに、毛皮の束のできあがりさ。
毛皮の束を蔦でしばり、カゴの上にのせて肩にかつぐ。
狼の肉も意外と美味しいので持っていきたいけど、荷物が多すぎて運べない。
だから一頭分の片脚の太腿を切取って持帰ることにした。
谷を渡るときは荷物に、丈夫で長い蔦の一方の端を、ほどけないようにしっかり結んで、もう一方の端に石をくくりつける。
その石を向こう側に投げておいてから僕だけが谷を渡る。
そして石にくくった蔦を引張れば簡単に荷物を渡すことができるんだ。
僕が暮らす村は、スリノスって呼ばれてる。
山間にあって、人口は100人ほど。
銀鉱山があって昔は賑わってたらしいけど、銀がとりつくされてしまってからは大した仕事もないんで、人が減っていくばかりなんだ。
だから子供も、僕を含めて10人ぐらいしかいない。
若い人は、仕事を求めて村の北にあるパゲトナスっていう大きな街へ出ていってるんで、残っているのは老人ばっかりだ。
僕の父さんはそんな村で、唯一の宿屋をやってる。
名前は『潮騒』。
山中にあるのに、『潮騒』って変だよね。
でも理由がある。
三年前に死んだ母さんが海辺の村の出身だったからなんだ。
母さんが死んで父さんは長く落ちこんで、しばらく飲んだくれていたけど、今は立直ってる。
僕もそんな父さんを助けるために、できるだけ宿屋の仕事を手伝うことにしてるんだ。
中央通りを抜けて、村の東側までいくと林檎園の傍に、二階建で赤い屋根をした建物が見えてくる。
あれが『潮騒』だ。
玄関から戻らずに裏に回って、勝手口から中に入った。
「ただいま!」
「おう、早かったな。どうだった」
父さんは料理中だ。
「いっぱいあったよ」
カゴを台の上にのせ、フタをあけて見せる。
父さんが、中をのぞいた。
そして、目を丸くする。
「こりゃ大したもんだ、あと2,3回行けば、今年の冬を越す分は足りるだろうさ。ありがとよ、キツォス」
父さんは大きな手で僕の頭をごしごしって撫でてくれた。
「それからこれ見てよ、父さん」
下に置いておいた狼の毛皮と肉を台の上にあげた。
「――狼の毛皮と肉だよ」
一人で狼を八匹も倒したことが嬉しくて、胸を張ったんだ。
でも父さんの顔が急にけわしくなった。
「おまえ、狼と戦ったのか?」
その顔を見て、しまったって思った。
「う、うん……、でも傷の一つもつけられてないよ……」
「まさか、谷の向こう側に行ったんじゃねぇだろうな」
「だ、だってもう、こっち側はとりつくされてるから……」
「この大バカ野郎が!」
父さんのゲンコツが頭に落とされる。
激痛だ。
台を回りこんできた父さんは僕を強く抱きしめた。
「母さんが死んじまって、家族はもうお前しかいねぇんだ。お前にまで死なれたら、俺はどうすりゃいいんだよ」
「ごめんよ、父さん……。もう行かないから」
父さんの名前はニロス・マクリ。
今年で34歳だ。
母さんの名前はヤンカ・マクリ。
生きてれば33歳だった。
僕の名前はキツォス・マクリ。
11歳だ。
僕らパトリドスは人間と違って頭に角が生えている。
父さんは両耳の上に1本ずつ、母さんは額に1本だけあった。
僕は母さんに似て額に角が1本ある体質で、むずかしく言うと『エナス』ってことらしい。
父さんみたいな二本角を持つ体質は『ディオ』って言うそうだ。
僕は、自分の一本角を鏡で見ると、いつも母さんのことを思い出すんだ。
母さんは海辺の村からパゲトナスに出稼ぎにきていたとき、父さんとしりあって結婚した。
父さんはパゲトナスで働き続けるつもりだったけど、母さんは爺ちゃんがスリノスで宿屋をしてるって聞いて、そこで働きたいって言い出したらしい。
父さんは最初いやがってたけど、母さんにしつこく言われて、爺ちゃんを手伝うことにしたんだって。
爺ちゃんと婆ちゃんは親から引き継いだ宿屋を自分の代で閉めるつもりだった。
でも、父さんと母さんが宿屋を継ぎたいって言い出したんで、続けることにしたんだ。
しばらくして爺ちゃんと婆ちゃんが死んで、父さんは宿屋を改装した。
そのとき名前も『潮騒』に変えたんだ。
元の名前は、『熊の穴』だったんだって。
「――父さん、魚、焦げてる」
かまどの上で焼いていた塩漬けの魚が、もうもうと煙を上げていた。
「いけねぇ」
父さんは急いで揚焼鍋を火から外した。
「――ん、大丈夫だ。炭になっちゃいねぇ」
慣れた手つきで、魚を皿に移し、塩漬けのラハノの葉とパタタを付け合わせに添えた。
「キツォス、プソミと一緒に、こいつをお客に出してくれ」
「わかった」
僕は、焼き魚の皿と、朝焼いたばかりで良い香りがするプソミのカゴを持って、食堂に向かった。
『潮騒』は宿屋だけでなく、食堂もやってる。
1階が食堂、2階が宿屋なんだ。
食堂にいるお客は一人だけだった。
後姿を見てすぐに誰かわかった。
「お待ちどうさま」
客の前に、すばやく皿とカゴを置く。
「やあ、キツォス君。こんにちは」
「こんにちは、ジェファさん。毎度どうも」
彼女の顔を見ないように、すばやく頭を下げて、台所にもどろうとしたんだけど……。
「まあ、待ちたまえ」
クスクスと笑ったジェファさんが僕を呼び止めた。
「――なぜ君は私を避けようとするのかね」
僕は立止まり、下からそっとジェファさんの顔を見た。
青い髪と褐色の肌、青い瞳と赤い唇。
ジェファさんは、人間じゃない、妖精族のロシュだ。
ものすごい美人で、あまりに綺麗すぎるから、緊張して正面から顔が見れない。
「べ、別に、避けてるんじゃないです……」
「ではどうしてかね? 一応私は客だぞ。君の対応は失礼なものだとは思わんか?」
失礼と言われてドキッとしてしまった。
『潮騒』に悪い評判がたったら困る。
「す、すいません……。ジェファさんがあまりに綺麗すぎて、顔が見れないんです」
正直に訳を話して、謝ったんだ。
「ははははっ……」
ジェファさんはそれを聞いて大笑いした。
「可愛いなあ、君は。――こっちへ来てもらえるか」
側に行くと、ジェファさんは僕を抱き寄せて、ほっぺたに赤くて柔らかな唇を押しつけた。
恥ずかしさとドキドキで身体が熱くなったんだ。
「大きくなったら、もっと良いことを一緒にしよう……」
そう言ったジェファさんは唇を舌で舐め回しながら、ものすごくヌメっとした目つきで見てきた。
僕は怖くなって、台所へ逃込むことしかできなかったんだ。




