龍とはらすかす姫<8>
「ヒュリアぁぁぁっ!」
叫んではみたものの、どうすることもできません。
ヒュリアはもう一匹の竜が噛みつこうとするのをクズムスで払いのけ、どうにか持ちこたえています。
使い古した革の防具が、竜の牙が食込むのを抑さえているようですが、それが裂けてしまえばヒュリアの肩は食いちぎられてしまうでしょう。
もちろんアレクシアさんに助けを頼むわけにもいきません。
死にに行けと言うのと同じですから。
思考がフリーズしてしまった僕をよそに、ジョルジを咥えてる
竜が、また頭を回し始めました。
もう復体鎧が消えているので、岩壁にぶつけられたら即死確定です。
どうするぅぅぅ……。
考えろぉ、考えろぉ……。
必死に打開策を探します。
『羅針眼』の『備考欄』を開いて、ヒントが無いか確認してみました。
竜、魔族、盗賊、キュペクバル……。
色んなワードを連想し、当てはめたり言換えたりしてみますが、この状況に合うようなヒントは見つかりません。
竜の頭の回転速度が、どんどんとあがっていきます。
そして、最後の一撃がジョルジに与えられようとした刹那……。
白い光が竜の首の中央に閃きます。
それに続いて、どすんという地響。
僕は思わず目を伏せました。
壁にぶつけられたジョルジの頭が砕け散る映像が脳裏に浮かびます。
ところが……。
顔を上げてみると白く輝く人物が、ジョルジを抱きとめて立っていたのです。
何が起こったのかわからず、竜の方を見ました。
ジョルジを壁にぶつけようとしていた竜の頭は綺麗に無くなっています。
首は、あの白い光が閃いた辺りで斬られいて、切口から大量の血が噴出していました。
地面には斬りおとされた竜の首が転がっています。
さっきの地響は、首が地面に落ちたせいだったんですね。
一方、首を失った身体は壁にもたれかかるように倒れ、ずるずると崩れ落ちていきました。
「そこのあなた、彼をお願いできるかな?」
白く輝く人物は、アレクシアさんを呼ぶと、ジョルジを地面に寝かせました。
近くで見て分かったんですけど、白く輝いてるのは、全身を覆ってる白い鎧のようです。
なんかジョルジの復体鎧に、ちょっと似てる気がしますね。
アレクシアさんがジョルジの様子を確かめようと腰を下ろした途端、白い鎧の人は、ふっと掻き消えました。
動きの方は昧昧鼬に似てますね。
一体、誰なんでしょう?
まあ、こっちの味方だとは思うんですが。
あっ!
いかん!
ヒュリアは?!
急いで、目を遣ります。
ヒュリアは噛みついていた竜の右目に何度もクズムスを突刺していました。
痛みに耐えかねた竜は口を放す代わりに、ヒュリアに頭をぶつけます。
壁に吹飛ばされるヒュリア。
クズムスは竜の目に刺さったままでなので素手になってしまいます。
それを見計らったように、もう一匹が襲いかかりました。
ヒュリアは壁に、ぶつけられたショックでまだ立上がれていません。
「ヒュリアぁぁっ!!」
僕の叫び声とシンクロしたかのように、あの白い光がまた、竜の首に閃きます。
光が消えると同時に、竜の頭は首からズレ、そして地面に落ちていきました。
頭を失った胴体は横倒しになり、切口から、ひっきりなしに血があふれ出ています。
クズムスが突刺さったままの竜は、見えない敵の姿を求め、周りを見回していました。
しかし唐突に動きが止まります。
再び白い閃光が、その首に走ったからです。
まるでスローモーション動画のように、フリーズした竜の頭が、首から転げ落ち、胴体は血を撒散らしながら倒れていきました。
竜の頭の傍に姿を現した白い鎧の人は、目玉に刺さっているクズムスを掴み、引抜きます。
起上がったヒュリアは、ふらふらしながら歩いていき、白い鎧 の人の前に立ちました。
白い鎧の人がクズムスを差出すと、ヒュリアは無造作に受取り、軽く頭を下げます。
「大丈夫? 歩けるかい?」
尋ねられたヒュリアは、また黙ったまま頷き返しました。
白い鎧の人はヒュリアの無事を認めると、こちらに向かって歩いてきます。
声からすると中の人は男性でしょうね。
チェフチリクほどのイケボではありませんが、爽やかな感じです。
だけど……。
あんなに太い竜の首を、簡単に斬落とすなんて……。
ヒュリアは細い尻尾の先さえ斬れなかったのに……。
技量の差?
それとも剣の切味の違い?
それよりも気になるのは、あの白く輝く鎧だよね。
もしかして、ジョルジと同じ?
白の復体鎧?
歩いてくる白い鎧の人の陰からヒュリアが顔を出し、仮面の口元に人差し指を立ててみせます。
たぶんこちらの素性を黙ってろってことでしょう。
アレクシアさんとユニスにもヒュリアの考えを共有しときます。
白い鎧の人は、驚きと恐怖で固まっているタニョさんの前で立止まりました。
「ブニャミン・タニョ殿ですね?」
強張った顔で頷くタニョさん。
白い鎧の人がその場に跪くと、顔を覆っていた兜らしき部分が消えて、素顔が現れました。
やっぱジョルジのときと同じですね。
ゆるくウェーブのかかった黒髪、褐色で切長の瞳、形の良い鼻と薄めの唇。
とっても端整なお顔ですが、決して女性っぽくなく、やんちゃな少年って感じがします。
うぐぐぐっ!
イケメンじゃ!
まごうことなきイケメンが現れたのじゃ!
わしらのような三軍男子からみれば、まさに永遠の敵よぉっ!
許すまじっ!
おお、許すまじぃぃぃっ!!!
「私はイドリス・ジェサレットと申す者。ムジャデレ殿からの依頼により御助けに参った次第です」
跪いたまま御辞儀をするイケメン様。
でも、イドリスって……?。
もしかして、英雄の人……?
「御爺様が?! そうか……。さすがは御爺様。事なかれ主義の父上とは一味違うな。――うぬっ?!」
突然、目玉をひんむくタニョさん。
そして、跪いているイドリスに顔を寄せます。
「お主、今、イドリスと申されたか? もしや英雄イドリス殿か?」
立上がったイドリスは、メンズモデルみたいなキメ顔で頷きました。
おうおう、いちいち、かっけぇなぁ。
やってらんねぇぜ。
ったくよぉ。
「ふむ、昨今の名士に救われるとは、人質冥利につきるとはこのことよ。ふぇふぇふぇ……」
一応ジョークなんでしょうけど……。
みんな、すん顔ですって……。
「イドリス」
入口の方から、白髪頭で口元も白髭に覆われた爺さんがやってきて、イドリスに呼びかけました。
歳は70代位でしょうかね。
でも眼光が物凄く鋭いのです。
只者じゃない感がハンパないです。
「――手前の盗賊どもは、全部片付け終わったぞ」
爺さんの後ろには一目で精強ってわかる戦士達が十人ほど付従ってます。
「そうか。じゃあ奥の掃除も頼んだ。それと、そこに転がってるキュペクバルどもは、とりあえず縛り上げておこうか」
「わかった」
イドリスの指示で爺さんと数人の戦士達は洞窟の奥へと進んでいきました。
残った者は縄でキュペクバルを縛っています。
「ところでブニャミン殿。あの仮面の女性や倒れている青年、そしてこちら女性達とは、どのようなご関係でしょうか?」
「うむ、こちらの女性達は我輩とともに囚われていたのだ。仮面の御仁とあの青年は彼女らを助けに来たらしい。我輩は、そのついでに助けられたのだ」
「そうでしたか」
イドリスがユニスの側にやってきます。
「君、ケガはないかい?」
背後に豪華の花をデコって、ユニスに優しく問いかけるイドリス。
王子様キャラ全開ですな。
でもユニスは、にこりともせず、じっとイドリスを見つめ返します。
「ん、何? どこか具合でも悪いのかな?」
「――あなた、疲れない?」
意表をついたユニスの切返しです。
「えっ?」
困惑するイドリス。
「大して心配もしてない相手にも愛想振りまいちゃって……」
ほう、ユニスちゃん、意外とヤルね。
「ユニス! ダメよ!」
アレクシアさんがユニスの肩に手を置いて窘めます。
「すいません、まだ子供なものですから……」
ユニスの代わりに頭を下げるアレクシアさん。
「ああっ、全然、気にしてませんよ」
でも、ちょい顔が、ひきつってますって、イドリスさん。
「――この度は、お助けくださり、ありがとうございました」
あらためて、お礼を言うアレクシアさん。
「いえ、こちらの都合でお助けしただけのことです。礼を言われるほどのことはありません。――ところで、皆さんは、この後どうされますか? 我々はブニャミン殿をマリフェトまで送り届けるために南へ向かいます。よかったら同行しませんか。スルスクラムの森は危険な場所ですから、外に出るまでお守りできますが……」
「申し出はありがたいが、こちらにも都合があるので、同行は遠慮させていただく」
アレクシアさんが口を開く前に、ヒュリアが素気無い口調で答えました。
「そう……ですか……、別に無理強いするつもりはありません」
閉口ぎみのイドリス。
断られるとは思ってなかったみたいです。
「ただ、今回の件、心から感謝している。あなたが来なければ皆、命を落としていただろう」
気まずそうなイドリスに向かって、ヒュリアは深々と頭を下げました。
「はは、そんなに畏まらずに」
「礼と言ってはなんだが、私達にできることがあれば、させていただこう」
うへっ!
ヒュリア!
そんなこと言わないでぇぇ!
今、お金無いだんよぉぉ!
「そうですか……。だったら……、英雄党のことを宣伝してもらえませんか?」
ふうっ……。
助かったぜ……。
金じゃないんだ……。
「英雄党?」
「我ら英雄党は、助けを望む者、困っている者がいれば、どこへでも駆けつけ、適正な料金で援助解決する仕事をしています。もし周りにそんな人がいたら、英雄党を紹介してもらいたいんですよ」
やっぱ金とるんかい。
「なる……、ほど……」
ヒュリアも、いまいち納得できてない感じで。
結果、英雄様に直球をぶつけてしまいます。
「英雄が、金をとるのですか?」
「ええ、人間、飯を食わなければ生きていけませんので。それには、どうしても金が必要になります。偽善者と思われるかもしれませんが、現実は厳しいですからね」
苦笑いしながら答えるイドリス。
でも誤魔化さないところは好感が持てます。
「安心してもらおう。タニョ家は今回の件に関して、多額の報酬を出すだろうからな」
タニョさんは胸を張り、ここぞとばかりに宣言しました。
「すんません……、オラ……、気ぃ失っちまったみてぇで」
ジョルジが目を覚ましました。
「うん、お仲間も大丈夫のようだ」
ジョルジの無事を確認し、イドリスはタニョさんの前に戻ります。
「では、ブニャミン殿、外に簡単な食事など御用意してありますので、出立前に、しばし御休息ください」
「おお、ありがたい。さすが英雄、卒の無いことよ。――どうだ、仮面の御仁、その方らも一緒に馳走にあずからんか?」
「ありがたいお話ですが、連れを待たせているので、我らはここでお別れいたします」
そうそう、ボロがでる前に退散、退散。
「そうか、それは残念だな。――ならば」
タニョさんは着けていた指輪を外し、ヒュリアに渡しました。
「世話になった礼だ。タニョ家の家紋が入っておる。マリフェトを訪れた際は、それを官吏に示すがよい。便宜を図ってくれよう」
「――ありがたく頂戴しましょう」
ちょっとためらっていたヒュリアでしたが、素直に受取ることにしたようです。
僕らが立去ろうとしたとき、イドリスがヒュリアの側に駆け寄ってきました。
「以前どこかで会わなかったかな?」
「気のせいだろう」
あくまでもドライに対応するヒュリア。
「そうか……」
こうして、訝しげな顔をしてるイドリスを残し、とうとう僕らは洞窟からの脱出に成功したのでした。
抜穴の入口に向かおうとしたとき、ヒュリアの肩に昧昧鼬が現れました。
ククククと鳴いた昧昧鼬は、すぐに肩から飛降り、森の中へと誘います。
たぶん霊龍達は、もう森に移動してるんでしょう。
もうすぐ陽が昇る頃だと思うんですが、森の中は相変わらず真暗なままでした。
雨雲が垂れ込めているせいで月明かりさえありませんから。
『倉庫』からまたランプを取出して、皆に配ります。
オレンジ色の光がつくと、やっと落着いた気分になりました。
昧昧鼬の先導で、かなりの時間歩くと、前方に野原が広がりました。
野原の中央に、ほんのりランプの灯が見えます。
「おい、ここだ!」
灯に照らされたアティシュリが、手を挙げてます。
もちろんチェフチリクも一緒です。
壌土龍の姿を見つけたアレクシアとユニスは走り出し、彼が広げた腕の中に飛込みました。
チェフチリクに縋りついた二人は、肩を震わせ、泣き始めます。
「二人とも無事で良かった……。随分心配したぞ……」
優しく響くチェフチリクの美声を聞いて、二人の泣き声は一層大きくなりました。
「――ヒュリア、ジョルジ、ツクモ、よくやってくれた。心から礼を言わせてもらおう」
チェフチリクは、深く頭を下げました。
二人が泣き止むまでの間、僕はヒュリアとジョルジの治療にあたります。
もちろん泣き止んだアレクシアとユニスの傷も、ちゃんと治しておきました。
治療が終わったところで、気になってたことをヒュリアに尋ねてみました。
「あのとき、アレクシアさんに、何を言ったの?」
洞窟でヒュリアは、アレクシアさんに何を耳打ちしたんでしょう。
「ああ、あれか。――危なくなったら、タニョ殿を盾にしろと言ったんだ。奴ら、当面はタニョ殿を殺せないと思ったのでな」
なるほど、それでアレクシアさんはタニョさんを人質にしたわけですね。
スルスクラムの森にまた霧雨が降り始めました。
軽い食事を済ませた後、二柱の霊龍は、堂々たるドラゴンの姿へと戻ります。
炎摩龍の背にはヒュリアとジョルジ、壌土龍の背にユニスとアレクシアさん。
もちろん僕は定位置であるヒュリアの胸元に納まってるわけです。
全員の搭乗が完了すると、二柱の霊龍は巨大な翼をはためかせ、宙へ舞い上がりました。
雨を避けるために雲の上に出る霊龍達。
道中、東の空が明るくなり、太陽が昇り始めます。
最初、オレンジだった陽光は、目の前で、まばゆいばかりのゴールドに色を変えていきます。
ありがたい光景ですなぁ。
僕らの前途を祝福してくれているようです。
とりあえず、拝んどきましょ。
余談ですけど、バシャルでも太陽と月は東とされる側から昇るみたいですね。
数時間後、人喰森に到着した僕らは、なつかしい我家の前に立ちました。
なんか随分久しぶりな気がします。
一日しか経ってないんですけどね。
ユニスとアレクシアさんは、初めて見る耶代に興味深深のようです。
中に入るとユニスが感嘆の声を漏らしました。
「さてと、話をすすめる前に、まずは腹ごしらえといきましょうか」
四人掛けのテーブル席にヒュリア、ジョルジ、アレクシアさん、ユニスが座り、お隣のテーブルにアティシュリとチェフチリクが陣取ります。
寒い中、空を飛んで来たんで、温かいものがいいでしょう。
なので、野菜かき揚げの天ぷらうどんを具現化します。
俺はキャラメルな、って言うアティシュリを抜きにして、五人前です。
「何これ? 良い匂い」
うどんから立ち上る湯気を吸い込んだユニスの丸いお腹が、グーと鳴りました。
思えばこの腹のおかげで、とっても“はらはら”させられましたよねぇ……。
まあ無事でなによりでした。
全員、箸は無理なので、フォークを使ってもらいます。
では、いざ実食!
麺が口に入ると、四人の人族は目を丸くして声を上げました。
「美味しいーっ!」
賞賛の嵐が食堂内に吹荒れます。
チェフチリクも、麺を口に運ぶ手を止めません。
どうやら、天ぷらうどん、成功のようです。
ならばこっから、本題の食堂開店、いってみましょうかね。




