龍とはらすかす姫<7>
狂猛な歯の並ぶ口を大きく開いて突進してくる竜。
首を下げてヒュリアに噛みつこうしますが、素早く体を躱され、反撃を食らうことになります。
クズムスを首筋に叩きつけられたのです。
しかし羽毛と硬い表皮のおかげで、刃は通らず、無傷でした。
苛ついた竜は首を何度も大きく振ったかと思うと、人の三倍ぐらいある頭をヒュリアにぶつけます。
頭の直撃を受けたヒュリアは、吹飛ばされて地面を転がり、僕らの傍まで戻って来てしまいます。
でもそれは計算ずくだったようで、アレクシアさんの前で立上がると、小声で指示を出しました。
「一つ策を思いつきました。私はこれから竜を連れて出口へと向かいます。あなた方は竜の後を追いかけて走ってください」
「竜を連れていく?」
無言で頷いたヒュリアは、後ろを振返って状況を確認します。
竜が、身体の向きを変え、また突撃の体勢になっていました。
ヒュリアは素早くアレクシアさんに何事か耳打ちした後、突っこんでくる竜の脚の間に飛びこんでスライディングし、後ろへ抜けます。
獲物を見失い、僕らの目の前で動きを止める竜。
そこで僕らの存在に気づき、歯をむき出すと、襲いかかろうとしました。
竜背後に抜けたヒュリアは、クズムスを構え直すと、一瞬動きを止めます。
するとまたクズムスが薄赤く光るのが見えました。
ヒュリアは光り始めたクズムスを振りかぶり、竜の尾の先端に斬りつけます。
その途端、竜は、周囲の空気を震わすほどの音量で、ギーと鳴いたのでした。
かなり痛がってるみたいです。
ただ、金属製のごっつい鍵を斬ったクズムスでも、竜の尻尾を切断することはできませんでした。
「あのクソ女、急所に斬りつけやがったな!」
フセインが泡を食ったように叫びます。
尻尾の先が急所らしいですね。
目を怒らせた竜は、ヒュリアを探して振返ります。
アレクシアさんの頭上ギリギリを、竜の尻尾が通過していきました。
ヒュリアはといえば、素早く岩壁の前に移動して立止まり、そこでクズムスを構え直しました。
竜は彼女を見つけると、今までの倍以上のスピードで頭から突っこんでいきます。
ぶつかる寸前、ヒュリアが横に跳んで逃げると、竜は、そのまま壁に頭突きをくらわせる恰好になりました。
頭は壁にめりこみ、バラバラと岩が崩れます。
かなりの威力です。
ヒュリアは、竜の後ろに回りこみ、もう一度尻尾に斬りつけます。
壁から頭を引抜いた竜は、さっきよりも大きな鳴声を上げました。
激怒してますな。
ヒュリアは、するすると滑るように移動し、今度はフセイン達の前で立止まります。
すぐ目の前に、やって来たヒュリアを見て、フセインは片目を見開きます。
「てめぇ、まさか……」
でも気づくのが、遅すぎました。
既にその時には、怒りで見境が無くなった竜が、再度、ヒュリアに向かって突進してきていたのです。
それを見計らっていたヒュリアは、ギリギリで横へ飛退きます。
当然、竜はキュペクバル達に突っこむわけです。
顔に似合わない甲高い悲鳴を上げ、躱そうとするキュペクバル達。
しかし、突進のスピードが更に上がっていたので、完全に逃げ遅れてしまい、踏み倒され、カギ爪に引裂かれ、肉片と血が一面に散乱することになりました。
結局、生き残れたのはフセインを含めた四人だけでした。
竜は自分の飼い主達を踏みつけながら周りを見回し、ヒュリアを捜します。
その頃ヒュリアは、盗賊達の中に斬りこんで、既に何人か倒しているところでした。
変わり身の早さが、ハンパないのです。
彼女を見つけた竜は、もちろん今度は盗賊達へ突っこんでいくのでした。
竜に蹴散らされ、あちこちで盗賊の悲鳴が上がります。
しかし当のヒュリアは、盗賊達を斬り倒しながら、流れるようにその間を抜けて出口へと走っていました。
竜は盗賊を踏み潰しながら、彼女を追いかけます。
フセインは、なんとか竜を宥めようと、あの妙な声で呼びかけますが、届いていないようです。
完全にやらかしたっていう顔で竜の後を急いで付いていくキュペクバル達。
僕らのことは、忘れてるようです。
この滅茶苦茶な状況。
盗賊のリーダー判断が正しかったってことです。
いやむしろ、これを予測し、実現させたヒュリアが凄いというべきかも。
竜の後についていけば、勝手に道がひらけていくわけですから。
竜の通った後には、人間だった“もの”の残骸が点々と残されていました。
まさに地獄です。
「さあ行きましょう」
呆然としてるアレクシアさん達に声をかけました。
三人は、それをきっかけに出口に向かって走り出します。
前方からは、盗賊達の悲鳴が聞こえてきます。
「てめぇら何やってる! その仮面の女騎士をさっさと捕まえろ! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」
フセインの怒鳴り声が響きます。
そう言われてもねぇ。
盗賊達も困っちゃうよなぁ。
忍者みたいに洞窟の壁に張りついて、なんとか竜の突進をやり過ごしたのに。
下手に竜の前に出れば、今度こそ踏み殺されちゃいますからねぇ。
洞窟は途中から90度近く左に曲がっています。
曲がり終えた先に、出口が見えました。
もうすぐ脱出できそうだってホッとしかけたとき、フセインがまた怒鳴りました。
「残りの竜を全部出せ! 出口を塞げっ!」
竜まだいんの?
ヤバくない?
すると前を走っていた最初の竜が足を止めました。
出口の近くにある横穴から、二頭の竜が姿を現わしたからでしょう。
もちろん竜が止まれば、僕らも当然動けなくなるわけで。
フセインは、やっと落着いた最初の竜の傍に行き、あの妙な声を出して命令しました。
声を聞いた三匹の竜は殆ど動かず、首だけを前後左右に激しく動かし始めました。
盗賊達に囲まれて、よく見えませんが、ヒュリアに喰らいつこうと追回しているようです。
前方を二頭の竜と盗賊達に塞がれたヒュリアは、進ことができず、竜達と真向勝負せざるを得なくなっていました。
かなりマズいな。
なんとか助けにいきたいけど。
「ずいぶんとナメた真似をしてくれるじゃねぇか?」
進めなくなった僕達の前に、フセイン達が戻ってきました。
全員が苦々しげに顔を歪めてます。
首飾りの中からでも、キュペクバル達の殺気が伝わってきました。
とにかく、数を減らすか、あわよくば全員動けなくしてしまいたいところです。
なので、素早く恃気を集め、キュペクバルに向かって炎弾を連射しました。
ところが、ふいに現れた薄青い光のドームが、フセイン達を包み込み、炎弾はドームにぶつかって全て飛散ってしまいました。
結界を使えるみたいですね。
「なんだ今の炎弾? あの薬を飲んだやつは、身体が痺れて、魔導も使えなくなるんじゃなかったか……?」
フセインの部下達は答えられずに首を振ります。
まあ、首飾りに入ってる地縛霊がやったとは思いもよらないでしょうね。
「まあいい。だが薬が効かねぇとなりゃ、この先、面倒だ。奴隷商人に売りつけるつもりだったが止めだ。女どもは殺しちまっていいぞ。――男の方は殺すんじゃねぇぞ。大事な金づるだ」
フセインの命令を受け、部下達が剣を抜放ちます。
その背後では、ヒュリアが三頭の竜の攻撃を受けて、壁際に追詰められているのが見えました。
あっちもピンチ、こっちもピンチです。
何か打開策がないか考えていると、アレクシアさんが思ってもいない行動に出ました。
「それ以上近づくな!」
アレクシアさんが、タニョさんの背中にピッタリとくっついたことで、僕は視界を奪われ、目の前が真暗になります。
でも真暗になる寸前、彼女の剣がタニョさんの首に宛がわれるのが見えました。
「――この男を助けたければ、竜を止めろ!」
アレクシアさんが一喝しました。
なるほど、剣を宛がったのはタニョさんを人質にとるためだったんですね。
へっ?
待て、待て?
タニョさんを人質?
何か、おかしくないか?
「な、何をするかっ!」
タニョさんが動揺した声で叫んでます。
そりゃそうでしょね。
「すみません、これは逃げるための演技です。すこし我慢してください」
アレクシアさんが囁きます。
「おお、そうであったか……」
タニョさん即座に納得したようです。
「てめぇ、仲間を人質にするってのか……?」
困惑気味のフセイン。
「仲間?! 違うぞ! たまたま同行しただけのことだ。――早く竜を止めろ! この男を殺すぞ!」
「わ、我輩が死ねば、身代金は手に入らんぞぉぉっ! この女の言う通りにして早く助けんかぁぁっ! 愚か者どもめぇぇっ!」
タニョさん、ちょっと演技過剰ですって。
わざとらしいったらありゃしない。
面倒臭そうな舌打の音がして、フセインの身も蓋もない言葉が聞こえてきました。
「ったく、しょうがねぇなあ……。もういい、全員殺しちまえ」
「で、でも頭、そんなことしたら、マリフェトの政府が本腰入れて俺たちを追ってくるんじゃ……?」
「くだらねぇ気を使うのはもうやめだ。どうせ、そこらじゅうの国から追われてんだ。今更ビビって何になる。身代金と引換えに、こいつの生首を返してやりゃあいいだけの話よ」
「この恥知らずめぇぇっ! 我輩までも殺すというのかぁぁっ!」
絶叫するタニョさん。
ヒュリアの予想通りですな。
そして、あのギッ、ギュ、ギッ、という声が聞こえました。
フセインが竜に命令してますね。
「レクシィ!」
ユニスの悲鳴とともに、視界が急に明るくなりました。
アレクシアさんが、タニョさんを突放したせいです。
さっきまでタニョさんがいたところに、巨大な竜の顔がありました。
竜は口を大きく開き、アレクシアさんに襲いかかります。
彼女は咄嗟に身をかわしますが、竜の口は執拗に追ってきます。
ついには壁際に追詰められるアレクシアさん。
僕は竜を牽制するために炎弾を撃ちました。
炎弾が当たると竜は、しばらく火だるまになってたんですけど、すぐに消えてしまいます。
それに火がついたままでも、竜は何事も無かったかのように、攻撃を続けてくるんです。
これがヒュリアの言っていた魔導への耐性ってやつでしょう。
鶏が餌をつつくように連続で噛みついてくる口をアレクシアさんは、ギリギリでよけてましたが、息があがり、つまずいてしまいます。
すぐさま凶猛なカギ爪のついた脚が、倒れた彼女を踏み潰そうとしました。
咄嗟に結界を張って守ります。
竜の脚が、薄青い光の壁の上で、ギリ止まりました。
あぶねぇ、あぶねぇ……。
「ありがとう……、ございます……」
仰向けになり肩で息をするアレクシアさん。
「大丈夫ですか? 動けますか?」
「は、はい……」
「息が整ったら、すぐに脱出さないと。結界にも限度がありますから」
竜はイライラした感じで何度も踏みつけてきます。
へんっ、まだまだ大丈夫だね。
でも事態は悪い方向へ進みます。
「レクシィ!」
ユニスの悲鳴がしました。
声の方を見ると、彼女はタニョさんと一緒にキュペクバルに捕まっていたのです。
「おいっ、お前ら、そのまま動くんじゃねぇぞ。さもないとこいつら殺すからな」
ギョロ目を細めて楽しそうに言うフセイン。
周りの部下達もニヤニヤしています。
動くなってことはつまり、このまま竜の踏んづけ攻撃を受け続けるってことで……。
それはつまり、いつか結界の限度が来るってわけで……。
つまり、あの片目のウザいオッサンは、このまま踏み潰されろ、って言ってるのです。
性格悪いねぇ。
絶対ドSだな。
これがキュペクバルかぁ。
そりゃ滅ぼされるわけだ。
「どうすれば……」
アレクシアさんが藁にもすがる感じで胸の上にある僕を見下ろします。
いや参った。
何も思いつかん。
こういうのを万事休すって言うんかな。
だけど、僕の日ごろの行いが良いんでしょうか。
突然、正義の味方が現れたのでした。
「てめぇ、何者だっ?!」
怒鳴った途端、フセインは腹を思いきり蹴られ、ゲロりながら崩れ落ちます。
ざまぁ見ろ、変態オヤジめっ!
部下のキュペクバル達も次々に殴り倒され、ユニスとタニョさんは無事救出されました。
そして正義の味方は、僕らを踏みつけている竜の横腹にも猛烈なパンチを打ちこみます。
さすがの竜も、ギューと鳴いて横倒しになり、動きを止めました。
「大丈夫ですかぁ?」
ワンパンで竜をぶっ飛ばしたのは、青く輝く美しい鎧で身を包む人物。
そう、誰あろう、我らの期待の星、ジョルジ君なのでした。
「おう、ジョルジ君! グッドタイミング! さすが英雄を目指すだけあって、登場の仕方がカッコいいねぇ」
「そ、そうですかぁ?」
頭をかきながら照れてるジョルジ。
「この方は……?」
ジョルジの手を借りて立上がるアレクシアさん。
彼女の目は青く美しい鎧に釘付けです。
「僕らの仲間のジョルジ君です」
ちょっとドヤ顔で紹介します。
顔は見えてないんですけどね。
「レクシィ!」
丸々とした人影が走って来てアレクシアさんに抱きつきます。
そして泣き出しました。
「良かった、ユニス……」
アレクシアさんは、胸元にある、おかっぱボブの頭を優しく撫でました。
「青い鎧の御仁、助かりましたぞ……」
映画にでもなりそうなエモいシーンなのに、タニョさんが割込んできて、一気にギャグ漫画に変わります。
「――我輩はマリフェト13枢奥卿家の一つである……」
口ひげをひねりながら、また偉そうな肩書きを宣おうとするタニョさん。
「いげね、こだごとしてらんねかった。ヒュリアさんをお助けせねば」
タニョさんを完無視し、ジョルジは二頭の竜が暴れている方に目を向けました。
無視されたタニョさん、口をパクパクさせてます。
ジョルジの視線の先では、左右から連続で噛みついてくる二頭の竜の口を、体捌きと剣捌きで躱し続けているヒュリアの姿がありました。
でも動きが、かなり鈍くなっている気がします。
疲労が溜まってるんでしょう。
あれじゃ、いつまでもつかわかりません。
ヒュリアを助けるために駆出そうとするジョルジ。
しかしその刹那。
倒れていた竜が、彼の足首に噛みついたのでした。
「うわぁぁっ!!!!」
不意打ちを食らい、声を上げるジョルジ。
何度も頭を蹴飛ばしますが、竜は、頑なに放そうとしません。
それどころかジョルジを引倒しながら起上がります。
そして頭をぐるぐると回転させ、ジョルジごと壁に叩きつけたのでした。
しかも一度で終わりじゃありませんでした。
足首を咥えたまま、壁に何度も叩きつけるのです。
壁が崩れるほど叩きつけられるうちに、ジョルジの身体から目に見えて力が抜けていくのがわかりました。
しまいには、青い鎧が消えて元の姿に戻ってしまいます。
竜の口から脚一本で、ぶらさげられているジョルジ。
まるでタロットカードの“吊るされた男”のようです。
「ジョルジ! しっかりしろ!」
声をかけますが反応がありません。
危険な状態です。
もしジョルジが何かの拍子に爆発したら……。
全て終わりです。
問題は、それだけじゃありません。
ヒュリアにも危機が迫っていました。
彼女の右肩に、竜が噛みついているのです。




