龍とはらすかす姫<5>
「正面突破ってホント大丈夫なの、ヒュリア?」
頼りになりそうなのはアレクシアさんだけです。
しかもタニョさんとユニスを守りながら戦わなければなりません。
「わからないが、やるしかない」
後ろを振り返るヒュリア。
ユニスとアレクシアさんが顔をこわばらせてます。
「なるだけ私の後から離れないように。――アレクシア、あなたは護衛官だと聞いている。戦えますか?」
「まだ麻痺薬の効果が残ってますが、大丈夫です」
「では、ユニスさんを守ることに専念してください。道は私が切開きます」
そのときヒュリアの右肩の上に、ふっと小さな影が現れました。
昧昧鼬が戻ってきたみたいです。
ククククと鳴いてますが、ドラゴン姉さんがいないと何を言ってるかわかりません。
「抜穴作戦は失敗した。正面突破で脱出することになったとチェフチリク様達に伝えてくれ」
ヒュリアの言葉を聞いた昧昧鼬は、クッキクッキと鳴いてすぐに姿を消しました。
昧昧鼬がいなくなると、ヒュリアは首の後ろに手をまわし、首飾りを外します。
「それと、これを渡しておきます」
首飾りをアレクシアに手渡そうとするヒュリア。
「ちょつと! 何してんの、ヒュリア!」
僕が声を上げるとユニス達がぎょっとしました。
首飾りがしゃべれば、そりゃ驚きますわな。
「ツクモ、二人を守って欲しい。私にはクズムスがあるからな」
「ヒュリアの腕前は知ってるけど、あの数だよ?!」
「私が元勇者だと言う事を忘れたのか?」
冗談めかすヒュリア。
これから戦いが始まりそうなのに、この感じ……。
相当自信ありと見ました。
「――わかった、君を信じるよ」
ふっと笑ったヒュリアは、僕をアレクシアさんの手の上に置きます。
不安そうに僕を眺めている二人。
とりあえず挨拶しときましょうか。
「初めまして、アレクシアさん、ユニスちゃん。僕はツクモって言います。どうぞよろしく」
「は、はあ、ど、どうも……」
アレクシアさんが、ぎこちない感じで頭を下げました。
ユニスの方は、うわっと言いながら人差し指で僕をつついてきます。
引いてる感じの二人にヒュリアが説明してくれました。
「ツクモは魔導を操る強い霊体で、その宝石の中に入っています。持っていれば、必ず守ってくれますから」
盗賊のことを全く気に留めることなく背中を向けていたヒュリアに怒声が飛びます。
「てめぇ、何者だ?!」
リーダーらしき盗賊が前に出てきてました。
でも偉そうなだけで、全然強そうには見えないですね。
盗賊の人数は、さっきの倍ぐらいには増えていますが、なぜか襲ってきません。
不思議に思っていると、盗賊達がヒュリアの顔をまじまじと見ているのに気づきました。
どうやらあの仮面を気にしてるみたいです。
薄暗い洞窟の中、いきなり現れた正体不明の緑の仮面。
魔人とか化物の類かと思って警戒するのも当然ですよね。
ヒュリアもそれに気がついたみたいで、両手をだらりと垂らし、少しうつむきかげんになって盗賊を脅かすように低い声で言いました。
ジャパニーズユウレイスタイルです。
「酒場の老夫婦の耗霊に頼まれ、その怨みを晴らすためにやってきたものだ」
盗賊達はみな、ぎょっとしてます。
どうやらこいつら全員、顔が悪いだけの雑魚キャラみたいです。
あのくらいの脅し文句、いまどき小学生だって怖がりませんよ。
こりゃ逆立ちしてもヒュリアに敵わないでしょう。
ヒュリアの脅しにハマったリーダーは、あたふたしながら周囲を見回し、部下に命令します。
「ふ、ふざけやがってぇ。――やっちまえ!」
リーダーの側にいた下っ端の三人は、俺たちかな、って顔を見合わせた後、へっぴり腰で剣を抜き、ヒュリアに襲いかかりました。
正面から垂直に斬りつけてきた最初の奴の剣を、ヒュリアは半身になって、ふわりとかわし、そいつの首元あたりをクズムスで水平に、なぎ払いました。
盗賊は何が起こったのかわからない様子で動きを止めます。
その途端、身体から首が落ちて、切口から大量の血が噴き上がりました。
降りかかる血を避けながら散歩でもするかのように歩を進めるヒュリア。
右から来た二番手の奴が、バットを振るように横から首元に斬りつけてくるのを、腰を落としてかわし、立ち上がる勢いに任せて、そいつの喉にクズムスを突き刺し、すぐに引き抜きます。
血が溢れてくる喉を片手で押さえ、自分の死が信じられないような顔で二番手の盗賊が、くず折れました。
左から悲鳴のような叫び声を上げながら来た三番手が、左肩口から斜めに斬り下ろしてきた剣の鎬に、ヒュリアはクズムスを滑らせながら勢いを殺し、同時に身体を左回りに半回転させました。
回転したことで、二人は束の間、至近距離で肩を並べることになります。
ヒュリアは、振り下ろされたことで力をうしなった盗賊の剣の上を滑らせるようにクズムスを動かしていき、一気に身体を逆回転させると敵の左腕ごと脇腹から背中をクズムスで切裂きました。
斬られた左腕が握った剣からぶら下がり、脇腹から血を噴出しながら、結局、三番手も倒れることになったのです。
驚いたことに、一連の流れの中、剣と剣がぶつかって火花を散らすようなことはありませんでした。
ただクズムスがこすれたり、風を切る音だけが微かに聞こえただけです。
時代劇とかのチャンバラを見てると、相手の攻撃を防ぐために自分の剣を打合せますけど、ヒュリアは一度もそれをしてません。
だからほとんど音がしなかったわけです。
息を切らすこともなく、クズムスを振って、こびりついた血を払い落とすヒュリア。
呆然としている盗賊達を尻目に死体の手から剣を二本拾い上げた彼女は、アレクシアさんとタニョさんにそれを渡しました。
アレクシアさんとタニョさんは、驚きと恐怖が入り混じったような顔で、おずおずと剣を受取ります。
いや、無理もない。
ほんのわずかな時間で、何事もなかったかのように三人も倒しちゃったんですから。
背筋が寒くなるような剣の冴えです。
トゥガイと戦ったときの熱さが、全くありません。
ヒュリアと盗賊達の力量に雲泥の差があるってことなんでしょうね。
いつのまにか地響きも止み、しわぶき一つも無く、しんと静まりかえる洞窟。
その静けさとヒュリアが身にまとう静けさが重なって、まるで空間全体が凍てついてしまったかのようです。
「ビ、ビ、ビビってんじゃ、ね、ねえぞ! か、数はこっちが多いんだ。い、い、一斉にかかるんだよっ!」
静寂を破ったのは盗賊のリーダーでした。
自分が一番ビビってるくせに、周りの部下達にツバを飛ばしながら命令してます。
でも誰一人、かかっていこうとする者はいません。
ヒュリアは自分の方から盗賊達に向かって、一歩足を進めます。
すると盗賊達全員、一歩後へさがります。
彼女が二歩進むと、盗賊達は二歩さがります……。
なんだ、なんだ、こりゃコントか?
「――お前らじゃ勝てっこねぇよな」
盗賊達の後ろから野太い声がしました。
ガタイの良い大男が十人ほど前に進み出てきます。
見た感じ、みんな2メーター以上の背丈がありました。
あと、男達の額や頬には緑色の刺青がほどこされてます。
例のキュペクバルって奴等でしょうかね。
「す、すいません、フセインさん。あいつ妙な技を使いやがって……」
盗賊のリーダーは、キュペクバルの先頭に立つ一回り大きな男にぺこぺこしてます。
このフセインってやつが真のヘッドってことなんでしょう。
フセインの右目には革の眼帯がかかってますが、開いている左目は蛙みたいにギョロギョロしています。
そのギョロ目が軽蔑する風にヒュリアを見下ろしました。
背丈がヒュリアの1.5倍ぐらいあるんですよ。
「お前の使う剣術、俺達は嫌というほど見てきたぜ。敵の動きを先読みして剣筋をかわし、剣の勢いを殺した後に反撃する小汚ねぇやり口。戦士としての誇りを持たねぇ帝国の玉無し騎士様がお使いになるもんだ」
フセインが毒づくと、他のキュペクバル達は一斉に大笑いしました。
「脳みその替わりにクソが頭に詰まったキュペ猿が使う腕力だけの無様な剣術よりはましだ」
ヒュリアが吐き捨てるように言います。
それを聞いたキュペクバル達の笑い声がピタリと止みました。
彼らの激しい憎悪のこもった目がヒュリアに向かいます。
血走ったギョロ目を細めたフセインが口元を歪めました。
「言ってくれるじゃねぇか、女騎士さんよぉ。てめぇみたいな奴をさんざんいたぶった後で尻に肉棒をつっこんで内臓をかき回しながら殺すのが楽しくてよぉ。股開いて待ってろや」
うわぁ、下品な下ネタぶっこんできたよ。
クズムスを握るヒュリアの手に力がこもるのがわかりました。
「ならばその貧弱な肉棒、全て斬落として串焼きにし、餌として豚にくれてやろう」
もう、ヒュリア、年頃の女の子が、そんなはしたないこと言っちゃだめですよぉ。
思わず噴出しちゃったじゃない。
忌々《いまいま》しそうに舌打したフセインは、首を回して怒鳴りました。
「おいっ、竜を一頭、連れて来い!」
竜?
ヒュリアの身体がピクリと反応します。
動揺してる?
「フセインさん、狭い洞窟の中で竜を使うのはマズイんじゃねぇですか……」
盗賊のリーダーが反対します。
その途端、フセインはリーダーの横面をひっぱたきました。
リーダーは吹っ飛んで、部下達にキャッチされてます。
「俺に口ごたえするってのか?」
フセインのドスの利いた声に怯えたリーダーは、ぶるぶると首を振りました。
「――ツクモ、気をつけてくれ。キュペクバルは竜を操つる技術を持っている」
ヒュリアの声が硬いです。
「竜って何なの?」
「竜は巨大な蜥蜴のような生物だ。生息する場所によって様々《さまざま》な種類がいて、どれも攻撃力、防御力に優れている。さらに厄介なのは、魔導に対して高い抵抗力をそなえていることだ。キュペクバルは、この竜を人工的に交配させ、さらに強力な新種をつくりだし、実戦に配備したんだ。帝国が長い間、キュペクバルを攻め落とせなかったのは、竜に苦戦したからだ」
「て、帝国は、戦竜を全て処分したと聞いておるぞ!」
タニョさんが非難するように声を上げます。
「ツクモ、とにかくユニスさん達を頼む」
「竜に勝てるの?」
フセイン達は勝ち誇った感じで、にやにやしてます。
「私が竜を引きつける。その間になんとか脱出してくれ」
「ちょっと待ってよ! それって勝てないってこと?!」
「タニョ殿!」
ヒュリアは僕に答えず、タニョさんに呼びかけました。
「何だ?」
「マリフェトの方々《かたがた》は博愛の精神に富み、気高い志をもたれていると聞きますが、それは事実でしょうか?」
「もちろんだ」
口ひげをひねりながら胸を張るタニョさん。
「ならば、そこにいる女性達を守っていただけますよね?」
「そ、それは……」
「――いただけますよ、ねっ?!」
有無を言わせない強い口調で問いかけるヒュリア。
問いかけというより、もう命令です。
「し、承知した……」
完全に言わされた感のあるタニョさん。
「よろしくお願いします」
ヒュリアは軽く頭を下げました。
「ヒュリア、本当に大丈夫なんだよね?!」
「タニョ殿の援護も頼んだぞ、ツクモ」
「ちゃんと答えようよ!」
「――できる限りのことは、してみるつもりだ」
振返って僕を見つめるヒュリア。
仮面の下の表情はわかりませんが、相当ヤバい感じが声から伝わってきました。
だったら僕は君と一緒にいるべきじゃないのかい。
そう言おうとしたとき、盗賊達の後側が騒然となります。
そして人垣を分けるように大きな影が現れました。
ずんずんと二足歩行でやってきたそれは、テレビなんかで見る恐竜にそっくりです。
ただ、ティラノサウルスみたいに凶暴そうなやつじゃなく、茶色の羽毛を生やした、デカい鶏みたいな方でした。
凶暴じゃないとは言っても、口はワニみたいで鋭い歯がずらっと並んでるし、足先には鋭いカギ爪が見えます。
フセインは近づいてきた竜の首や頭を、まるで犬でもあやしてるかのように撫でまわしました。
竜は気持ち良さそうに目を閉じてます。
しばらくあやした後、フセインが首筋をポンポンと叩くと竜は目を開け、頭を上げました。
竜の頭は、フセインの背丈の二倍近い高さにあります。
洞窟の天井に届きそうです。
フセインは、ヒュリアを指差し、ギッ、ギッ、ギッと妙な声を立てました。
声を聞いた竜は目玉をむき出し、ヒュリアに向って威嚇するように口を大きく開け、カラスみたいな鳴声を上げました。
そして唐突に走り出すと、彼女に突進していったのです。




