龍とはらすかす姫<4>
「『倉庫』か……。つまりは魔導による空間への干渉だな。しかし、自分ら霊龍にさえ不可能なことを、どうして人間がなし得たのだろうな……」
ティーカップのお茶を見つめ、チェフチリクは呟きます。
「まあ、それもそうだけどよ、考慮すべきは『転居』の方だろうぜ」
アティシュリは腕を組んで顔をしかめてます。
もちろん口にはハムサンドでなくキャラメルが入ってるわけです。
「確かにな……」
「俺は今でも半信半疑なんだがよぉ。本当に『耶代』は空間転移できんのか、ツクモ?」
「さあ、僕に聞かれても、わかりませんて。でも『耶代』さんが言ってるんだから、できんじゃないすかね」
「まったく、お気楽な『耶宰』だぜ。――そもそも空間に穴を開ける『倉庫』でさえ、ぶっとんでんのによぉ……」
「昔から三大禁忌への魔導による干渉は、理論的には考察されてはいたが、具体的に実現したことは無い。しかしビルルルは『錬換』で存在の禁忌を、そして『倉庫』で空間の禁忌を克服してしまった。――そして『転居』か……。魔導を志す者ならば、一度は夢に描く術法の一つではあるな」
そこでハムサンドを一口食べるチェフチリク。
二、三度咀嚼したところで、目を丸くします。
なかなかイケるっしょ、ハムサンド。
「やっぱ、あの『錬換』てのも、凄いことなんですかね?」
「なんだ、てめぇ知らねぇでやってたのか。そもそも、ある物質を全く別の物質に変えるなんてことは、まず不可能なんだよ。それをビルルルは『錬換』によって成功させちまった。――すげぇに決まってんだろう、アホめっ!」
はいはい、すげぇ、すげぇ。
どうせ僕みたいなアホにはわかりませんよぉだっ。
「『転居』ってもんの実際の『施法』や過程は分からねぇ。だが、自分の思った場所に一瞬で転移できんなら、ほぼ無敵だろうぜ。敵の攻撃を受ける前に相手の死角に転移して攻撃すりゃ、それでお終いってなもんよ」
呆れたように鼻を鳴らすアティシュリ。
「でも僕が転移先にいなきゃいけないし、出来るのは一度だけみたいですから、それほど使える機能ってわけじゃないと思いますけどね」
「諸説粉粉あるだろうが、『転居』の実現は前代未聞の快挙に違いない。自分は、この未曾有の好機に立会えることを非常に喜ばしく思う。――しかし、結局、ビルルルとは何者だったのだろうな。あらためて考えさせられる」
感慨深げに顎を撫でるチェフチリク。
「さあな。ただ、あいつは普通のロシュやサフとは、どっかズレてたじゃねぇか。浮世離れというか、常識が無ぇというか。まさに変態と呼ぶに相応しい女だったろうよ」
霊龍様達のとりとめのないおしゃべりが続きます。
こういうとき、ひっかかってることを聞いておきましょ。
「あのぉ、ところで……、ヤムルハヴァっていうのは、どなたですかね?」
チェフチリクとの会話を切上げ、眉を上げるアティシュリ。
「あんっ、ヤムルハヴァ?」
腕を組んだままのドラゴン姉さんは、ヒュリアの胸に下がる僕をまさに見下しながら答えてくれました。
「――俺たちの同胞で『水明の座』を受継ぐ『スラレジダルハ』だ」
なんか霊龍の紹介するとき、ドラゴン姉さん、いつも偉そうですね。
箔をつけたいんでしょうか。
セコい。
「ウガリタ語で『スラレジダルハ』は……」
「水の龍ってことだね」
『水明』ってからには、水ですもんね。
「そ、そうだ……」
ヒュリアは説明を止められて、ちょっと悲しげです。
でも、そういう顔も良いよぉぉぉ。
「じゃあ『再臨の時』っていうのは……?」
アティシュリとチェフチリクの表情が一気に引締まります。
「てめぇは、余計なことに耳聡いなぁ、ツクモよぉ。そいつについては今説明するつもりはねぇな。いつか機会がありゃ、話してやる」
いつもの口やかましい感じじゃなく、ゆっくりと、そして警告するかのように語るドラゴン姉さん。
なんか、怒鳴られるより、ずっと怖い……。
どうやらヘヴィでシリアスな事情がありそうですねぇ。
この話をこれ以上掘るのは止めときましょ。
「だったら、あの昧昧鼬って、どんな奴なんです。なんか転移とかしてません?」
「ああ、あれか……。ありゃ、転移してんじゃねぇ。闇にまぎれてるだけだ。あいつには『闇』の精霊が宿ってんだよ」
「『闇』ですか」
魔導師が使役できる元素は、炎、土、水、氷、風、雷、光、闇の八つです。
そしてそれぞれの元素には、そこから生まれた精霊がいます。
精霊には五つの階級があって、下から、微精霊、劣精霊、普精霊、優精霊、精霊王、となってます。
んで、妖獣なんかに宿ってるのは、劣精霊か普精霊らしいです。
「八元素のうちでも、光と闇は、特殊だ……」
チェフチリクが解説してくれます。
「それ以外の六元素は通常、世界に微粒子として存在している。ただ、炎と氷は幾分、光と闇に近い性質を持つので、これらを四殊の元素として一括にすることもできる」
自慢げに鼻を鳴らすアティシュリ。
炎も特別なんだって、言いたいんでしょうかね。
「光と闇の元素の特殊性とは、どちらも粒子のような具体的な形をとらないところにある。つまりそれらは、元素間に働く力であり、ただ『輝き』や『暗がり』のような『場』によって存在を確認することしかできないのだ。それゆえ、性質上の違いから六元素と区別し、それらを『充素』と呼ぶこともある。このような事情から、光と闇の照応性を持つ魔導師は、他の元素魔導における通例の『発動の態様』とは、幾分異なる手法を執らねばならない」
いやいや、また、むつかしい話じゃのう。
「ただ、このような特殊性から『光』と『闇』を使役できるものは非常に稀であり、人間では、ほぼ皆無と言って良いだろう。妖精族には照応性を取得する者が現われるが、やはり数は少ない。――この二つの元素の使い手として高名な者が過去に存在している」
ほう、ほう、それはどちらさんですかのう。
「光魔導については、聖師フゼイフェ・ギュルセル。闇魔導については、賢者アイダン・オルタンジャだ」
おうおう、こりゃあ、三傑の方々じゃあ。
ありがたや、ありがたや。
「そしてこの特殊性は妖獣などにもあてはまる。つまり光と闇の精霊を宿す妖獣もまた、数が少なく稀なのだ」
じゃあ、あのイタチ君は、かなり貴重な人材?ってことなんですね。
「ツクモが指摘した昧昧鼬の転移に似た動きは、身体を『闇』の場で覆って姿を隠しているだけの単純なものに過ぎない。また、わずかな時間で移動しているようにみえるのは、単に、あのイタチの動きが速いというだけのことだ」
なるほど、忍者が壁と同じ柄の布で隠れるようなもんですか。
「ところでだ、前もって言っとくことがある。こいつは、ほとんどの人間が知らねぇし、おそらく言っても信じねぇかもしれねぇ。だが人間が魔族に抱く嫌悪感や偏見を除くのに必要なんでな。――いいか、聖師フゼイフェは、魔族と人間との間に生まれた存在、『止揚種』だってことよ」
「――フゼイフェ様が、魔族と人間の止揚種?! それは本当ですか?!」
アティシュリの暴露に、ヒュリアは、かなりショックを受けてます。
止揚種っていうのは、どうやらハーフってことらしいです。
「嘘なんかつくわけねぇだろ。ただ、これを知ってんのは、帝国やマリフェト、オクルでも限られた者だけだ。それに、奴らは絶対に外には洩らさねぇから、当然、巷にも伝わってねぇわけよ。だが、まごうことなき事実だぜ。まあ、三傑と崇められる聖師様に魔族の血が混じってるなんて言えるわけがねぇわな。下手すりゃ、国の存亡にかかわるからよ」
ヒュリアは険しい表情で黙りこんでしまいました。
逆に、ずっと黙って聞いていたジョルジは、楽しそうに微笑んでます。
「だからよ、相手が魔族だからって高慢な態度で接したり、軽蔑したような言葉を吐くじゃねぇぞ。所詮、俺たちから見りゃあ、妖精も、魔族も、人間も、同じ人族なんだからよ。つまらねぇ偏見は今のうちに捨てとけ。いいな」
これ、バシャルの人にしたら、どデカいスキャンダルなんでしょうけど。
外から来た僕には、いまいちピンときませんね。
だって魔族だろうが、人間だろうが、そのハーフだろうが、バシャルを守った偉い人なんでしょ。
素直に受入れれば良いだけの話です。
まあでも、バシャルじゃまだまだ人権なんていう理念が普及してないみたいですしね。
奴隷もいるし、貴族や庶民なんかの身分差別もありますから。
魔族なんて呼ばれてる時点でイメージ悪いし、その血が流れてると知られれば、ハブられて終わり、みたいな?
ああ、ヤダヤダ。
虐めと同じだわ。
気まずい感じで皆のテンションが下がったんで、話題、チェンジで。
「えー、僕の方から御報告したいことがありまぁす」
「ちっ、『耶代』がまた何か言ってきやがったのか?」
あからさまに嫌そうなドラゴン姉さん。
「はい、御察しの通りです。実は『耶代』さんから新しい任務が二つ提示されたのでありまぁす」
『羅針眼』に示された新しい『任務』を読上げます。
ついでに、ポカンとしてるジョルジに、耶代のことと、任務のことを簡単に説明してあげました。
ジョルジは、あの家、生ぎてんですかぁ?!、って目玉が飛び出そうなくらいに驚いてくれました。
いつも良いリアクション、ありがとう。
一方、任務の内容を聞いた炎摩龍様が首をひねってます。
「古代の疫病? そんな話、聞いたことがねぇぞ。――お前はどうだ、チェフ」
壌土龍様は首を振ります。
「初耳だな」
もちろんヒュリアとジョルジにも、わからないみたいです。
「じゃあ、『尸童』の方は、どうですかねぇ?」
「それも、わからねぇなぁ。言葉的には依代に近いもんのように聞こえるが、それ以上は何とも言いようがねぇ……」
頭を掻きむしるアティシュリ。
「確かに似てはいるな……」
顎を撫でるチェフチリク。
どうやら皆、『尸童』っていう言葉自体初めて聞いたようです。
「けどよぉ、そんな重要なこと、なんでタヴシャンに聞かなかったんだぁ、てめぇは。あいつなら何か分かったかもしれねぇだろう。間抜けが」
いや、炎摩龍様のおっしゃることは、ごもっともですけど。
でもさ、食堂だの、従業員だの、引越だの、問題が山積みで、そっちまで気がまわらなかったんだから仕方ないじゃん。
生きてるときだって頭の良い方じゃなかったし……。
高校の成績も中の下だったし……。
模試の判定は殆どDだったし……。
ぴえん……。
「気にするな、ツクモ。きっと時がくれば自ずと判明するに違いない。ただ、耶代の任務は、私にとっても重大な意味があるのだろうから、常に気を配っておくことにしよう」
すかさずヒュリアのフォローが入りました。
わかってくれるのは、君だけだよぉぉぉ……。
てなとこで、お食事会は、お開きなりましたが、一つ付加えておくと、チェフチリクがハムサンドを気に入り、食堂の献立に加えたらどうだと提案してくれました。
700年余り店をやってきた壌土龍さんの御意見は貴重ですからねぇ。
きっとこれから始める食堂の指針となってくれるでしょう。
『倉庫』に食器を片付け、ヒュリアの胸元に戻ると、程無く、あのキッキッという鳴声が聞こえ、ヒュリアの肩に昧昧鼬が現れました。
小さな偵察兵の話によると、魔族の娘達は洞窟の一番の奥にある檻の中に捕まっているようです。
それと、ここから見える入口以外に、崖の脇に出られる抜穴があるらしいです。
ラッキーなことに抜穴は檻の裏側にあって、岩陰に隠されているみたいです。
だからきっと盗賊団は知らないでしょう。
知ってたら塞いでますもんね。
かなり狭いようですが、そこを通れば上手く逃げられそうです。
「――今回の作戦ですが、単純な陽動でいこうと思います。そこで、すみませんが、チェフチリク様にも御手伝い願いたいのです」
ヒュリア参謀本部長、現る。
カッコいい……。
「言ったはずだぜ、ヒュリア。俺達は人間同士の争いには介入しねえってよ」
「承知しています。しかし“争い”に介入しなければよろしいのでしょう?」
「んー、まあ、そうだなぁ……」
頭をかきながら渋々認めるドラゴン姉さん。
ヒュリアは、悪戯っぽく微笑みます。
その笑顔、写真に残しときてぇぇ。
きゅんポイントが、どんどん加算されてくぅぅ。
「賊との戦闘を請うているのではありません。チェフチリク様には、地響を立てて頂きたいだけなのです」
「地響?」
「はい。――洞窟内にいる者は、少なからずある不安を抱かずにはおれないものです。それは、いつか洞窟が崩れるのではないか、という恐れです。ゆえに、チェフチリク様には“崩れない程度”に洞窟を振動させ、盗賊達が外へ逃出すよう仕向けていただきたいのです。私は奴等が外に出ている間に、ユニスさん達を救い、抜穴から脱出します」
「なるほどな。チェフなら地面を操作できるからな。レケジダルハの面目躍如ってやつだ。それに、その程度なら“介入”したとは見なされねぇだろうよ」
軽く何度も頷くチェフチリク。
「確かに自分になら造作もない。分かった。その役目、引受けよう」
「良かった。よろしくお願いします」
ヒュリアが頭を下げます。
「いや、頭を下げるのは、こちらの方だ。君らには本当に感謝している。自分らが救出できるなら事は簡単だったのだが……。自分らが、ここまで人間同士の争いへ介入しないよう注意を払っているのには、それなりの理由があるのだ」
「おい、チェフ、こいつらに理由を話す必要はねぇだろう」
アティシュリの目つきが鋭くなります。
「いいや、それは違うぞ、シュリ。こちらの願いを命がけで叶えようとしてくる相手には、可能な限り誠実に接するべきだ」
チェフチリクも負けじと睨み返します。
二柱の龍は、しばらくにらみ合っていました。
人間と地縛霊は、二龍から漏れ出る強烈な圧に耐えながら、それを見守るしかできません。
この重く静な戦いは最終的に、アティシュリが肩をすくめ、勝手にしろと言捨てたことで決着がつきました。
するとチェフチリクはヒュリアに向直り、霊龍の秘密を語り始めたのです。
「もし『世界秩序』が、人間の争いへの介入を逸脱行為とみなしたならば、自分らは『龍の座』を奪われてしまうことになる。『龍の座』を失うということは、自分らにとっては死に等しい」
『龍の座』?
それってつまり、『炎摩の座』とか『壌土の座』とかってゆうことですよね。
それと、『世界秩序』って、何?




