龍とはらすかす姫<3>
てなわけで、チェフチリクさんの優しさに打たれ、さらには従業員のリクルートのため、魔族の姫の救出に向かうことになったのですが……。
皆の衆!
遂に、遂に、このときが来たってばよぉ!
アニメやラノベの主人公みたいにドラゴンの背に乗って飛ぶ。
どんだけ待ちに待ったことか。
乗客はどうなってるかといえば、霊器に入った僕は、もちろんヒュリアと一緒に、そしてついでにジョルジも、アティシュリの背に乗ることになりました。
全員俺が乗せんのかよ、ってドラゴン姉さん、グチってましたけど。
まあ、ジョルジを一人で乗せるには不安がありますからね。
そして……。
巨大な翼が閃めき。
周囲に嵐を巻起し。
ドラゴンは大空へ舞上がります。
祝、初ドラゴン!
テンションMAX!
やっぱ、すげぇぜ、この速度、この高度!
しかも壁がないから臨場感がハンパないのよ!
こりゃたまらん!
うぇーいっ!
あっ!
えーと……。
こほん。
ちょけ過ぎたこと、お詫びいたします。
ところでジョルジのことなんすけど、胸の傷が完治してないはずだから、耶代に残るよう言ったんです。
そしたら、ヒュリアさんだって脚さ治ってねぇですけんど、って突っ込まれました。
まあ、そうなんだけどって困ってるとヒュリアが、切れぬ剣でも無いよりはマシだ、って同行を許しちゃって。
ジョルジは散歩に連れ出してもらえた小犬みたいに喜んじゃうわけです。
カワイイ奴よ。
アティシュリさんの見立てだと、確かにジョルジの傷は、ほとんど治ってるみたいです。
だから筋トレさせたり、ヒュリアに剣術を習わせたりしたんでしょうね。
タヴシャンさんは、10日以上の期間に分けて、毎日治癒術を少しずつかけて治療するのよ、って言ってたんですけど。
三日くらいで、ほぼ完治してますよね。
これって、たぶん復体鎧のおかげっことなんでしょうか。
あんなの出し入れできる時点で、人間離れしてるのは確かですよね。
そんなこんなでフライトは進み、太陽が中天を越えます。
昼飯にしたいところですけど、ドラゴンの背中じゃ、そうも言ってられません。
不思議と風圧とかは強くないんで、食べようと思えば食べられるんですけど、安定性がないんですよね。
落着いて食べられる環境とはいえないので、とりあえず我慢してもらうしかありません。
アティシュリに、あとどのくらいかかるのかって聞いたら、宵口には着くぜ、ってことでした。
霊龍様は相当速いですけど、それでも日暮までかかるとは。
アヴジ王国南部のディルパス村までは、かなり距離があるみたいですね。
ところで、アヴジ王国はジョルジの生まれ故郷だそうです。
彼の家は代々猟師で、狩りのためにスルスクラムの森にもよく入っていたらしいです。
その頃は盗賊団の住処なんかはありませんが、それでも危険が一杯で、油断すれば命を失ってもおかしくなかったとか。
ジョルジの生まれたオクバシュ村はアヴジの北部にあります。
後でちょっと寄ってみるかい、って提案すると、別に行きたくねぇんで、と顔を曇らせました。
故郷に良い思い出がないんでしょうかね。
太陽がかなり地平線に近づき、空がオレンジ色に染まるころ、ようやくディルパス村に付近到着となりました。
当然着陸となるわけですが、霊龍様は思いっきり目立ちますんで、直接村に降りることはできないのです。
なので、村の手前の森に降りて、そこから歩くことになるわけです。
森の中を歩いていると陽が沈んでしまい、月明かりを頼りに進むことなりました。
これからはランプを用意しとく必要がありそうです。
小一時間ほど歩いてると、やっと木々の間から、ポツポツと人家の灯が見え始めます。
チェフチリクの経営する酒場、『龍のあくび亭』って名前だそうですけど、村の西側にあるとのことでした。
ディルパス村には外敵を防ぐための囲いもなく、出入り、し放題です。
不用心すねって言ったら、チェフチリクが、自分が来てからこれまで外敵に襲われたことは皆無だって教えてくれました。
確かに、村の中には掘立小屋みたいな家ばっかりで、金持ってんぞって屋敷は一つもなさそうです。
「ここだ……」
ふいにチェフチリクが立止まり、ポツリと言いました。
目の前には月明りに照らされた、青く古びた木造の建物があります。
褪せた看板の掠れた文字が、『龍のあくび亭』であると言っていました。
きっとオープンしているときは、客の賑やかな声と美味しい料理の匂いで溢れていたのかもしれません。
でも今はひっそりとして、わずかに酒と焼いた肉の匂いが残っているだけでした。
建物の横に、墓標が二つ並んでいます。
きっと老夫婦のものなんでしようけど、もう店そのものが御墓になってる、そんな気がします。
事件当日の真夜中過ぎ、いかつい男達が数人、縄で縛った二人の女性を肩にかついでスルスクラムの森へ向かうのを、猟師が目撃しています。
ただ森はかなり広いので、その先どちらに行ったのかまではわかりません。
チェフチリクは上空から盗賊の住処を探したようですが、深い木立に隠されて見つけられなかったそうです。
店内のランプに火が点ると、酒場はオレンジの光に満たされます。
束の間、営業をしていたときの活気あふれる雰囲気を取戻したようでした。
「で、何を探せって言うんだ、ツクモ?」
「何をじゃなくて、手ががりになりそうな物なら何でもです」
「ちっ、偉そうに。てめぇは何もしねぇんじゃねぇか」
アティシュリが口を尖らます。
そりゃそうでしょ。
現在、私、優雅で美しい首飾りの中におりますので。
雑用は下級国民にお任せいたしますわ、オホホホホホ。
とりあえず酒場に寄ったのは、盗賊の居場所を特定する遺留品なんかを発見できるんじゃないかという僕の提案からでした。
遺留品……。
テレビの刑事ドラマから仕入れた知識です。
もちろんツケヤキバですけど、きっと何かあるでしょ。
だいたいドラマじゃ、何か重要な手がかりがみつかって。
そっから犯人の手口なんかが発覚しますもんね。
だけど。
世の中、そう甘くありませでした。
かなりの時間、探しまくって頂きましたが、何も見つかりません。
「おい、こりゃ、無駄骨じゃねぇのか……?」
アティシュリさんの視線が痛いです。
でも、現場百遍だ、ってベテラン鬼刑事が新米刑事に怒鳴ってたし!
だから現場には何かあるんだって!
絶対そうだって!
「皆さんっ、ちょっこし、来でもらえますかぁ!」
外からジョルジの声がします。
出てみると建物の裏手で、ランプを持ったジョルジが地面に這いつくばっていました。
「何やってんだ?」
アティシュリが近づいて声をかけます。
「見でくだせぇ」
ジョルジが照らした場所には、うっすらと足跡がありました。
「足跡か?」
ジョルジが頷きます。
「足跡さ、6人分で、大きさがら見で、男んだと思います。最初、森から出っきで、店ん側で二手に別れっと、3人は裏口へ、3人は表口へ行っでます。そんで、裏口から同じ足跡さ、森へ戻ってます。ただし、そんときにゃ一人分の足跡さ減っで、5人さなってます。――おそらく、こいが盗賊のもんだど思うんですがぁ」
ジョルジはランプの明かりで示しながら、盗賊達の動きを解説しました。
店の周囲は警備隊に踏荒らされてますが、少し離れると足跡が、くっきり残っているのです。
「ああ、きっとそうだろうぜ。盗賊の一人が死んでたんだよな?」
チェフチリクが頷きます。
「こん足跡さたどればぁ、住処が、わかっと思いますけんど」
「できるのか、ジョルジ?」
「はいぃ、オラ、狩りんときは、『追俔』ば、やってたもんでぇ」
「追俔?」
「はいぃ。追俔ってのは、獲物ん後さ追っかける役目のこって。足跡や糞、気配なんかで、獲物の行先さ見定めんのです」
「つまり盗賊の行先も分かるわけか」
「はいぃ」
「やるじゃねぇか、ジョルジ。どっかの口だけ野郎とは大違いだな」
ダルがらみしてくるドラゴン姉さん。
「いや、やっぱり手がかりあったじゃないすか。ここに寄って正解ってことでしょ」
ここは、きちんと反論しときます。
「てめぇの手柄みたいに言うんじゃねぇよ。ジョルジが、いたおかげだろうが」
舌打ちしたドラゴン姉さんは、頼もしそうにジョルジに肩に手をかけます。
「よしっ、ジョルジ、任せたぜ。お前が頼りだ」
随分あつかいが違うなぁ。
キャラメルの量、減らしたろか……。
「ほんなら、オラの後さ、ついて来っくだせぇ」
ちょっと得意げなジョルジ。
僕のおかげでもあるんだからねっ!
ランプを掲げたジョルジは、先頭を切って真暗な森へと足を踏み入れます。
すぐに僕達も続きました。
村の傍はまだ、普通の森だったんです。
でも、西へ進んでいくと途中から雰囲気がガラリと変わりました。
ただ暗いだけだったのに、小雨が降り始めたんです。
スルスクラムの森に入ったに違いないです。
早速、『拡張霊器1』からも使用可能になった『倉庫』から雨合羽をとりだして、ジョルジとヒュリアに渡しました。
ジョルジは、できる限り腰を落とし、盗賊の足跡や痕跡を見逃さないよう、慎重に歩いています。
雨で地面が柔らかくなっていて、ときどきぬかるんだ場所もあるんですが、ジョルジはなんのためらないもなく、ぬかるみに手や頬をつけて、地面に残る痕跡を確かめていました。
そんなことをしながら進んでいると、アティシュリが突然、前を歩くジョルジの肩を押さえ、全員の足を止めました。
ドラゴン姉さん、自分の右側にある黒い闇に向かって、じっと目を凝らしてます。
最後尾のチェフチリクも同じ方を見ています。
そしてヒュリアとジョルジも、突然何かに気づいたように闇へ視線を向けました。
ヒュリアが腰のクズムスに手をかけようとしたとき、アティシュリの鋭い声が飛びます。
「ヒュリア、動くなっ!」
それと同時に、何かが、ヒュリアの右肩の上に現れます。
“それ”は、手のひらサイズの小さな灰色のネズミのような生き物でした。
でもネズミより体が長い感じがします。
肩に乗っている生き物に、アティシュリが顔を近づけます。
するとそいつは後脚だけで器用に立上がり、前脚を身体の前に垂らして、気をつけの姿勢をとりました。
「こりゃあ……、何年ぶりだぁ……」
しみじみとしてるアティシュリに向かって、そいつはククククと鳴声を上げました。
「これはイタチ……、でしょうか……?」
ヒュリアは自分の肩にいる小さな客人を、微笑ましく眺めています。
「ああ、そうだ。イタチの妖獣で『昧昧鼬』ってんだ。――こいつと最後に会ったのは1000年以上も前のことよ。もう消え失せちまっただろうと思ってたが……」
昧昧鼬はまた、ククククと鳴きました。
「はんっ?! 耶代に呼ばれて来たってのか?」
にやにやしたアティシュリが、僕をのぞきこみます。
「どうやら、『請負役』になりてぇみたいだぜ」
「えっ、『請負登録』ってことですか?」
その途端、チャイムが鳴って『羅針眼』が立上がりました。
『昧昧鼬を請負登録してください。登録には請負役に接触して、締印を交わす必要があります』
「この状態で、できんのかなぁ……」
『霊器』の中に入った状態で『請負登録』するのは初めてです。
でも、やり方は同じでしょうから、ヒュリアに首飾りをイタチの額に当てるよう、お願いしました。
ヒュリアは灰色の小さな頭に、『霊器』を慎重に近づけます。
ちょこんと触れると霊器とイタチの額が薄青色に光り始めました。
しばらくすると青い五芒星が僕の視界に浮上がりました。
上手くいったみたいです。
『羅針眼』から登録成功の報告がありました。
「で、君は何をしてくれるのかね?」
試に『霊器』の中から話しかけると、小さな新入りはキッキッククと返事をしてくれました。
聞こえてるみたいです。
「なるほど、そうか。そいつは有難え。――こいつ、盗賊の住処まで案内するってよ。どうやら森に棲む連中も、あいつらには迷惑してるみたいだぜ」
ふいに『昧昧鼬』は、ヒュリアの肩から掻消え、すぐにジョルジの前に現れ、先頭に立ちました。
そして首を後ろに回し、キッキッと鳴きます。
「ついてこいってよ」
こうして小さな灰色の妖獣に率いられ、あらためて霧雨の立ちこめる真暗な森を、盗賊の住処を目指し進みます。
この状況、なんか童話の世界に入りこんだみたいですよね。
恐ろしげな森を、イタチに連れられて鬼退治に向かう、ちぐはぐな四人組。
絵本にしたら面白いかも。
イタチのおかげで今までのペースよりは格段にスピードが上がりました。
それでも、もうかなりの時間が経っています。
もしかすると、真夜中を過ぎてるんじゃないでしょうか。
イタチに、まだ遠いんかい?って聞こうとしたとき、突然、森が途切れ、切立った崖が現れました。
先頭にいたはずの昧昧鼬は、いつのまにかヒュリアの肩の上に戻り、ククククと鳴きます。
どうやらここが目的の場所みたいです。
崖下には大きめの洞窟があり、中に、ちらほらと灯が見えました。
入口の脇には見張り役らしい男が一人座りこんで、酒瓶を直接口につけてラッパ飲みしてます。
見張りなんかやってられっか、って感じです。
盗賊達は自然の洞窟を根城にしてたわけです。
これじゃあチェフチリクが空から探しても見つからないはずです。
僕らは木陰に隠れ、作戦会議をすることにしました。
「で、どうすんだ?」
地べたに、あぐらをかいたドラゴン姉さんが開口一番に聞いてきました。
横にチェフチリク、向かいあわせでジョルジとヒュリアが腰をおろします。
「重要なのは、さらわれた二人の居場所です。それがわからないと作戦の立てようがありません」
ヒュリアの言葉に反応し、肩のイタチがクキックキッと鳴きました。
「そいつが居場所を調べて来るとよ」
アティシュリが苦笑しながら、通訳します。
首を回したヒュリアは、灰色の友人に微笑みかけました。
「それはありがたい。ならば、二人の居場所だけでなく、あの入口以外にも、外に通じる道がないか調べてきてくれ。もちろん人が通れるだけの広さのあるものだ」
キッキッと鳴いたイタチは、またふいに肩から消え失せます。
そして、すぐに洞窟の入口の手前に現れました。
見張りの男は、酒を飲むのに忙しく、小さな偵察兵に気づいていません。
イタチは一瞬、こっちに顔を向けると、素早く洞窟の中に走りこんでいきました。
「あの偵察兵が戻って来るまで少し時間がありそうですね。雨も今止んでるし。――ちょうどいいや。ヒュリア、僕を地面に置いてくれるかな」
ヒュリアは首飾りを外して、地面に置きます。
『調理』を使って温かいお茶とサンドイッチを具現化し、首飾りの周囲に並べました。
サンドイッチの具材は自家製ハムと野菜です。
「昼飯も、夕飯も抜きで来たからね。これ食べて元気つけて」
「ありがとう、ツクモ」
ヒュリアはハムサンドを手に取りますが、すぐに食べずに見つめています。
「しかし、耶代の力とは本当にすごいものだな。これならどんな場所でも、食事に不自由することはない。しかも兵站への配慮も不要だ。もしこの力が汎用化されれば、戦争の形態を根底から変えてしまうだろうな」
「んでがすなぁ。食物の不安さねぇってだけで、気持ちさ楽になっからぁ。ツクモさんが、神様みてぇに思えます」
そう言いながらジョルジは、ハムサンドからハムをはずして食べてます。
それをジト目で見てるドラゴン姉さん。
後で、おしおきだな、こりゃ。




