龍とはらすかす姫<2>
「ふむ……、君がツクモだな……。なるほど……」
チェフチリクの値踏みするような視線が僕に注がれます。
「――確かにジネプとは、かなり違う気配を感じるな。その黒い姿、焼死したと聞いたが?」
「ええ、寝てる間に焼死んだみたいで。苦しみは、しなかったんですけど」
「そうか。歳は、いくつだった?」
「二十になったばかりでした」
チェフチリクは、大きく溜息を吐きます。
「短いな……。人間の寿命は自分らから見て、とても短いが、それに輪をかけたようだ。――辛かっただろう?」
「まあ確かに、やり残したことは、いっぱいあるんですけど。こうして『耶宰』になってみると、死ぬのも、それほど悪くないのかなって。死んだら何もかも終わりで、無に返るって思ってましたから……」
優しく微笑むチェフチリク。
「若いのに大したものだな、ツクモ。――よろしく頼む」
「あっ、こちらこそ、よろしくどうぞ」
頭を下げる壌土龍様。
慌てて御辞儀を返します。
アティシュリに比べると、なんて腰の低いドラゴンなんでしょう。
チェフチリクは最後に、ヒュリアの後ろに隠れてるジョルジに声をかけました。
「そして君が、ジョルジだな。シュリから事情は聴いている。よろしく頼む」
壌土龍はジョルジにも会釈します。
「は、八大霊龍様が、オラみてぇなもんにまで、これほど御丁寧にぃしっくださるとはぁ。なんとも勿体ねぇこって。――ジョルジ・エシャルメンですぅ。どうぞ、お見知りおきを」
ジョルジは何度も、ぺこぺこ頭を下げました。
「――フェルハトと同じ復体鎧の保持者。そしてフェルハトと同じアトルカリンジャの皇女。さらにビルルルが生出した『耶代』の儀方を担う『耶宰』か……。お前の言う通り、因果律の強い干渉を感じるな……」
アティシュリを見下ろしながら、周りに聞こえるか聞こえないかの声量で囁くチェフチリク。
アティシュリの背の高さはチェフチリクの胸元ぐらいまでしかないのです。
因果律?
そのウィスパー、聞かれたらマズい話なのか?
「だろ。『再臨の時』が、近ぇと考えてもおかしくねぇ」
普段と違ってアティシュリも声が小さい。
やっぱ聞かれたくないんだろうね。
「ああ、警戒しておくべきだな」
霊龍同士の会話、意味不明です。
でもきっと、聞いても教えてくれないでしょうね。
ともあれ、外で立話もなんなんで、食堂へと御案内しました。
テーブル席の一つを開放し、霊龍様達に着席していただきます。
ヒュリアとジョルジはその対面に腰をおろしました。
霊龍様達はいいんですが、人間側の緊張感がヤバいんで、まずはお茶でも飲んでリラックスしてもらいましょうか。
四人分のティーカップを『倉庫』から取出してハーブティーを具現化し、テーブルに並べます。
「ふむ、『耶代』の機能の一つ、『調理』だな。給仕の円滑さは、ジネプのときと遜色が無い。相変わらず見事なものだ」
僕の動きをレビューしてくれるチェフチリク。
そして自分のカップを手に取ると目を閉じ、御茶の香りをかぎ、ほんの少し口だけ含んで味わい、それから飲込みます。
「ふむ、美味い茶だ。複数の香草が互いに引立つように混ぜてあるのだな。――水も清潔だし、温度も適温だ。良い感性をしているな、ツクモ」
「いやあ、自分の好みってだけの話なんすけどねぇ」
「つまり、君の味に対する感覚が確かということだ」
お茶を褒めてくれたのは、チェフチリクさんが初めてです。
しかも言ってることが、グルメ評論家みたい。
このドラゴンも、かなり変わってますねぇ。
「――これが今の耶代の中か……。洗練されていて調和がとれている。食堂としても、申し分ないな」
感心したようにホールを見渡すチェフチリク。
「――えーと、それで、アティシュリさん。チェフチリクさんをお連れくださった理由というのは……?」
まあ、だいたい予想はついてますけどね。
「もちろん、『耶代』の店長にするためだろうが。こいつは霊龍のくせに人間と交わるのが好きでな。自分で酒場を経営してたんだよ。――食堂の店長に、もってこいだろうぜ」
チェフチリクをアゴでしゃくるドラゴン姉さん。
「酒場の経営ですか?!」
チェフチリクは、ちょっと恥ずかしそうに頷きました。
人間側は、全員びっくりですよ。
まあ一人は地縛霊ですけど。
「――自分は人間が楽しんで笑っている姿を見るのが好きなのだ。なので、どうすれば恒常的にそれを見ることができるだろうかと考えていた。長年の見分の結果、人間は飲食をするときが最も楽しげだという結論に達した。そこで自分は料理の腕をみがき、店を持つことにしたのだ。700年ほど前に最初の店を開いて以来、今の酒場は23代目になる……」
チェフチリクはアゴを撫でながら楽し気に酒場経営の動機を語ってくれました。
なんかとっても、ほっこりするお話です。
人間のことが好きなのが、よくわかりました。
アティシュリを見てると、ドラゴンて上から目線の傍若無人タイプばかりって気がしてたんですけど、チェフチリクは違いますね。
どうやら、良い人、いやいや、良い龍が来てくれたみたいです。
確かに、ドラゴンなら僕らの正体を知っても密告なんかしないでしょうしね。
しかも、この貫禄とあの圧。
お店を経営してたんなら、対外的な交渉なんかも御手のものだろうし。
店長にピッタリじゃないですか。
「でも、御自分のお店の方はよろしいのですか?」
ヒュリアに尋ねられると、チェフチリクの表情が一気に暗くなりました。
そしてそのまま黙りこんでしまいます。
アティシュリは、しょうがねぇなって感じで鼻を鳴らし、代わりに説明し始めました。
「今の酒場ってのは、こいつ一人でやってたわけじゃなくてよ、ずっと人間の老夫婦が手伝っててな。そいつらが年のせいで働くのがキツくなったもんで引退することになったそうだ。で、その夫婦に酒場をくれてやり、また新しい店を、どっかでやるつもりだって、こいつが前に話してのを思い出してよ。だったら店長を任せられるんじゃねぇかと思ったんだ……」
アティシュリは、チェフチリクの様子を横目でチラチラ見ながら続けます。
「――先に、こいつの在所に行ってみたんだ。そしたら不在だったんで、酒場の方に寄ってみたのよ。すると店の横に拵えた墓石の前で呆けてる、こいつを見つけちまってな」
チェフチリクの表情が一層暗くなっていくので、アティシュリは顔をしかめました。
「二日前に店が盗賊に襲撃されて老夫婦が殺されちまったらしい。墓はその夫婦のもんだった。だがな、よくよく聞いてみりゃ、呆けていた理由は、それだけじゃなくてよ。頼まれて預かっていた娘二人が賊に、さらわれたってことらしい」
「さらわれた……? それは由々しき事態ですね。犯人の見当はついているのでしょうか?」
ヒュリアに聞かれて、チェフチリクは徐に口を開きます。
「自分が酒場に戻ったとき、アブジの警備隊が事件の捜査をしている最中だった。彼らの話では、夫婦の死体以外に犯人らしき男の死体も一つあり、その額や頬には、緑色の刺青がほどこされていたらしい。おそらくキュペクバルの残党だろうということだった……」
「キュペクバル!」
ヒュリアが声を上げました。
「二年ほど前、帝国に滅ぼされたキュペクバルの残党達は、東の大陸中に四散した。今奴らは、あちこちの国で犯罪を起こし、各政府から危険分子として認定されている。帝国などでは即時掃討の対応が認められるとも聞いている。――ヒュリア、君は、キュペクバルと戦っていたのだろう? やはり、奴等は噂通りの無法者なのか? あの娘達は大丈夫だろうか?」
チェフチリクは縋るようヒュリアを見つめます。
「キュペクバルは殺人、強盗、誘拐、放火等ありとあらゆる悪行で百年余りの間、帝国の民を苦しめてきました。ゆえに帝国は長らく、その殲滅に尽力してきたのです。そしてその悲願が果たされたのが二年前の第15次グルツラク戦役でした。キュペクバルの大戦士ムラナ・アナ・キュペクバルヌンを首席勇者イドリス・ジェサレットが討取ったことで、一気に形勢は帝国に傾きました。これにより王都キュペクバルクラルは程なく陥落し、キュペクバルは滅亡したのです」
ヒュリアは大きく息を吐き、目を閉じます。
「不愉快なことを申し上げることになりますが、キュペクバルの質の悪さは噂以上です。なのでお二方が無事かどうかは、天運にかけるしかないでしょう。ただ、命をとらず埒したということは、すぐに殺すつもりはないと思われます」
「そうか……、あの娘達は今の自分にとって、とても大切な存在となっている……。だからなんとしても助けだしたい。――イドリス・ジェサレットか……、確か英雄となって帝国を出奔し、冒険者組織を率いてると聞いた。イドリスに頼むことができれば、救出は容易いのだろうか……?」
「詳細はわかりません。ただ、人探しには定評があると聞きます……」
ヒュリアが、持っていた木剣を強く握締めるのが、目に入ります。
そして今度は、彼女が黙りこむ番なのでした。
もちろん、こっちは僕が話を引継ぐしかないのです。
「じゃあ、チェフチリク様の酒場の近くに、そのキュペクバルって奴らが潜んでるってことなんでしょうかね?」
「酒場はアヴジ王国の南部に位置するディルパス村にあるのだが、その西側にはスルスクラムの森が広がっている。最近そこに大規模な盗賊団が巣食ってしまったと警備隊から聞いた。おそらく、その中にキュペクバルがいるのだろう」
チェフチリクは人差し指と親指で両目を押さえます。
「自分がもう少し早く戻っていれば、こんなことにならなかったのだ……」
「そのスルスクラムの森って、どんなとこなんです? かなり深い感じですか?」
「スルスクラムの森はよ、災厄の荒野の東側に隣接しててな、その三分の二は、どの国にも属してねぇ。そのうえ年中嫌な雨が降ってて視界が悪く、熊や狼、妖獣なんかもうろついていやがる。だから、こいつが娘達の救出を訴えても、アヴジの警備隊は嫌がって動かねぇんだとよ。イドリスだの冒険者だのを雇う手もあるが、娘達のことを人間に知られるとマズいんで、そいつも難しいしな。まさに八方塞がりってやつだ」
アティシュリは腹立たしげ頭を掻きます。
「知られるわけにはいかないって、その娘さん達、どういう人なんですか?」
霊龍達は顔を見合わせ、目配せを交わします。
それで踏ん切りがついたのかチェフチリクが、彼女達の正体を明かしました。
「――あの娘らは、人間から『魔族』とよばれている存在なのだ」
でた、魔族!
ヒュリアとジョルジも、びっくりしてます。
やっぱりバシャルにもいたんだ魔族。
てことは魔王もいるってことか?
また一気にラノベっぽくなってきたぞ。
「だが魔族という呼称は、人間側が勝手につけたものに過ぎない。角を持つことを除けば、彼らは生物的に人間となんら変わりはない。――彼ら自身は、自分達の国をウラニア、自分達をパトリドスと呼んでいる。ウラニアは東の大陸の最北端にあるが、人間に虐待され続けたため、今は国境を閉ざしている」
多数派を占める人間が権力を持つと、自分達と違う少数派を差別して虐待したり、同化させようとしてアイデンティティを奪おうとすることが多々あります。
バシャルも地球も、その点は変わらないようです。
「二人の名はアレクシア・スカラ、そしてユニス・ヴァシレイオという。アレクシアはユニス付きの護衛官として務める者で、ユニスに護衛官がついている理由は、彼女が人間の言うところの魔王の娘だったからだ」
「魔王の娘! つまり御姫様ですねっ!」
やっぱきたね、魔王。
それに魔族の姫かぁ。
可愛くて、おしとやかなタイプだといいなぁ。
うちの女性陣は見た目は良いんだけど、強すぎますから……。
おっと、悪口じゃないすからねっ。
「まあ、魔王という称号も人間が勝手に作りだしたものだ。実際は議会の総代として国を代表しているに過ぎない。しかも総代は王のような世襲制ではなく、議会の多数決で選出される。だから現在の総代はユニスとは全くの他人なのだ」
もしかして議会制民主主義ってやつですか?
人間の国より進んでない?
「でもユニスさんは、なぜチェフチリクさんのところにいたんです?」
「ユニスは、パトリドスの秘宝が眠る『禁足地』の鍵を持っている。今の総代であるスタヴロス・ガタキは、秘宝を手に入れるため、禁足地を解放しようとしているが、それにはユニスの持つ鍵がどうしても必要になる。それで奴は一年前、ユニスを狙って襲撃をしかけたのだ……」
魔族の秘宝……。
もしかしてヤバい代物なんでしょうか。
だから封印してあるとか。
「ユニスの父親であるカリトンは生前、俺たちの同胞である『ヤムルハヴァ』と付合いがあってな。母のネリダはそのツテを頼って娘をヤムルに託し、事前に逃がしていたんでユニス達は無事だったわけだ。けど、ヤムルは物臭で自分じゃ世話できねぇもんだから、チェフに押しつけたのよ」
ヤムルハヴァ?
同胞って言うからには、八大霊龍の一柱なんでしょうね。
「チェフチリクさんとアティシュリさんが一緒にやれば、簡単に救出できそうですけど」
「前にも言ったろうが。俺たちには掟があんだよ。人間同士の争いには介入しねぇってな」
「争いって言っても、一方は、さらわれてるんですよ」
「ダメなものはダメだ」
「でもヒュリアのときは、結局助けてくれたじゃないすか」
「ありゃあ、ヒリュアがやられたら、あのトゥガイって奴もジョルジの討伐に加わってくるだろうと思ったからよ。あくまでもジョルジを助けるためにやったことだ」
ホント、素直じゃないし頑固よね、このドラゴン姉さんは。
甘いものですぐ、ふにゃふにゃになるくせに。
「ここまで伺ってまいりましたが、もしやチェフチリク様は、私達に魔族の娘達を救出しろとおっしゃりたいのでしょうか?」
ずっと黙っていたヒュリアが口を開きました。
「ふむ、すまんな。本来なら、こちらから請うべきところだが、魔族が関わっているとなれば君らが敬遠するかと思い、言い出しにくかったのだ。――推察の通りだ。アヴジの警備隊も、冒険者も当てにできない以上、君達に頼むしかない。どうだろう、引受けてくれないか。もしあの娘らを助けられたなら、自分にできることなら何でもすると約束しよう。店長などとは言わん、皿洗いでも便所掃除でも構わん。だから、どうかこの願いを受入れてはもらえないだろうか」
立上がって頭を下げるチェフチリク。
「おやめください。世界の守護者の御一人である貴方が人に願われるなどと。そんなことをされなくても、命じて頂くだけでよろしいのです」
ヒュリアも立上がり、チェフチリクに一礼します
「承知しました。この件、喜んで御引受けいたします」
躊躇なく承諾しちゃったよ……。
これまた、大変な仕事を引受けちゃったんじゃないの。
ヒュリアがまた危険な目に遭わないといいんだけど。
心配だよなぁ。
つい先日、トゥガイと戦ったばかりだし。
脚だってまだ治ってないのに。
「――しかしチェフチリク様は、何故そこまで彼女らを大切に思われているのですか。お話を窺ってみても、それほど深い繋がりは、感じられないのですが」
「そう思うのも無理はない。――自分が彼女らを大切に思う一番の理由は、ユニスの笑顔がみたいからだろうな」
チェフチリクは、あごを手で撫でながら、柔らかく微笑みました。
「幼いときに父親を亡くし、先日の襲撃で母親も命を落とした。アレクシアの話では、もう長い間、ユニスが子供らしく笑う姿を見たことが無いそうだ。――あの娘はまだ13歳だ。このままでは、笑顔を取戻せぬまま、この世を去ることになりかねない。それは幼い彼女にとって、あまりにも悲しく、辛いことだと思えるのだ……」
ほんわかした空気に包みこまれます。
チェフチリクさんて、なんて良いドラゴンなんでしょう。
ちょっと泣きそうになりました。




