ヘタレの勇者に成りたがり<2>
「お前の探してる屋敷は、ここだぜぇ」
アティシュリは、にやけ顔で床を指差します。
「ええっ! したっけ、隠者様っちゅうのは、もすかしてツクモさんですけ?!」
「いや、違いますよ。僕はこの屋敷の管理人みたいなもんです。――残念だけど、隠者様はもう死んじゃってます」
ジョルジは、世界が終わったみたいな表情になりました。
「そ、そんな……、オラ、な、なじょすたらいがんべぇ……」
なじょすたらって……。
ワインによく合う薄切りのハムぐらい、なまってますねぇ。
「まあ、でも、ここには隠者様の友人のアティシュリさんや、お弟子さんのタヴシャンさんも揃ってるんで、何かわかるかもしれないよ。とにかく聞くだけ聞いてみたら?」
紹介を受けた、甘味依存症のドラゴンは腕を組んで胸を張り、加齢なダークエルフは色っぽく髪をかき上げます。
「それと、さっき君にありがたい助言をしてくれた彼女は、この屋敷の現家主であるヒュリアさんです」
ヒュリアは鼻を鳴らすと、つまらなそうに御茶をすすります。
「まんず、隠者様のご友人様とお弟子様、そんなすげぇ方々とはつゆすらず……。ほんで、家主さんですけ……。まんず、ご無礼いたしました」
ジョルジは立上がり、三人に頭をさげます。
そして緊張した面持ちで座り直しました。
「んだば、お耳よごすだけんど、ちょっこらオラん悩みば聞いてけさい」
ジョルジは、あの青い鎧が引起こすトラブルについて語り始めました。
青い鎧は、感情が激しく高ぶったときに現れるそうで、そうなると本来のジョルジとは違う、別のジョルジが出てきて意識をのっとってしまいます。
別のジョルジは恐ろしいことに、これまで、たくさんの人を殺したり、建物を破壊してきているのだそうです。
その間、本来のジョルジは、もう一人の自分を止められず、心の隅に追いやられて見守ることしかできなくなるのだとか。
最近も農奴として働いていた荘園で暴れまわって百人以上の同僚を殺してしまったらしいです。
さらには、その罪で数千の兵士に追い詰められ、討伐されそうになったんですが、その兵士達さえも返討ちにし、全滅させたということでした。
この別のジョルジは、いつまでの意識に居座るのではなく、危機が去ると、さっさといなくなってしまいます。
そうなれば元の自分に戻るわけですが、このとき暴れていたときの記憶は断片的にしか残っていません。
ただ、断片的ではあっても、自分が何をしていたのかは薄っすら覚えているのだそうです。
昨日のことも、具体的な状況は忘れてますが、複数の相手と戦ってたことは覚えてました。
結局のところ、ジョルジは、こんなことに耐えきれなくなり、偶然占い師から聞いた、隠者なら悩みを解決してくれる、という話を頼りに、藁にもすがる思いで、ここまでやってきたというわけです。
「――オラもう、ぶっちゃけてしまいそうでぇ……。こん恐ろしい力は、魔人の力でねぇですけ?」
頭を抱えるジョルジ。
「ジョルジ、お前、英雄フェルハトのこと知ってっか?」
アティシュリが、唐突に筋違いな質問をしました。
「ほとっ?! フ、フェルハト様ですか?! はい、よぐ知ってます!」
曇っていたジョルジの表情が一気に晴上がります。
「オラ、いづかフェルハト様みでぇな英雄さなんのが夢でがんす。ほんで、困ってる人や、ひでぇ目さあっでる人ば守りでぇと思っでがんす」
「ふん、そうか。いい心がけだ。――なら、あいつの二つ名、言ってみろ」
「確かぁ、赤き閃光の騎士だすべ」
ジョルジは得意げに言います。
「違うっ! 『閃紅鎧の騎士』だっ! デタラメを言うんじゃない!」
ヒュリアが、ムキになって否定します。
「ほ、ほとっ?! そ、そうでしたか……。ごめんすてけらい……」
また一気にテンションが下がるジョルジ。
上がったり下がったり、まるでテンションのジェットコースターやぁ。
「カカカっ、じゃあヒュリア、フェルハトに、なんでそんな二つ名がついたか分かってるか?」
「太祖帝様が戦にのぞまれるとき必ず、『閃紅鎧』と呼ばれる紅に輝く鎧を身につけられていたからです。そのため帝国において皇帝の礼服は紅とするという条分が典範にも定めらたのです。また、エスクリムジ宮殿が紅に彩色されているのも、この故事によります」
「まあ、表向きには、そういうことになってるわな。だがな、真実は違うんだよ」
「一体何が、違うと仰るのでしょうか?」
「フェルハトが、いつも紅の鎧を“着ていた”ってとこだな。いいか、実を言うとな、あいつは鎧を着てたんじゃねぇ。鎧は望むだけで、どっからともなく“現れた”んだよ」
「えっ、それって、ジョルジ君と同じってことですか?」
「そういうことだ、ツクモ」
アティシュリは悪戯小僧のように、ニヤリとします。
「フ、フェルハト様とこんな、ひょろひょろ男が同じはずがありません!!!」
ヒュリアは立上がり、アティシュリにくってかかります。
こんなことは初めてです。
ヒュリアは、いつもドラゴン姉さんには敬意を払ってますからねぇ。
一方、ジョルジは、ひょろひょろって言われて、さらに凹んでるのでした。
たぶんですけど、ヒュリアはフェルハト様とジョルジを同類みたいに言われるのが嫌なんだと思います。
彼女にとってフェルハト様は憧れの人ですから。
「まあ、落着け。お前が何を怒ってんのか知らねぇが、事実は事実だ。フェルハトの鎧とジョルジの鎧は同種の現象によって具現化されるもんなんだよ」
「そうなん……、ですか……」
ヒュリアは下唇をかみながら腰をおろしましす。
全然納得してないようです。
「同種の“現象”ですか……。てことは、魔導の儀方じゃないんですね?」
「おう、なかなか鋭いじゃねぇか、アホ耶宰のくせに」
アホでもバカじゃないんですからね。
いやいや、まてまて。
危ねぇ、アホって認めるとこだった……。
「まあ、こいつはあまり公言できねぇ話なんだが、お前らなら構わねぇだろう。――霊龍の記憶に残されてる伝説の一つにこういうもんがある……」
地球では、平行世界とかパラレルワールドって呼ばれる考え方をアティシュリは語りだしました。
「実は、世界ってのは一つじゃねぇんだ。この世には今俺達がいる世界と酷似した世界が無数に存在しててよ、そのそれぞれに別の俺達がいるんだよ。そんでな、通常、世界同士は互いに認知できねぇんだが、極稀に相互に干渉しちまうことがある。そん時、別の世界の存在が、こっちへまぎれこんじまうんだよ。もちろん逆もあるけどな」
ヒュリアとタヴシャンは真剣に聞いてますが、ジョルジはポカンとしてます。
「まぎれこんできた奴が別の世界にいたもう一人の自分だったとき、一つの世界に同じ人間が、二重に存在しちまうことになる。世界秩序にとっちゃ、これは許しがたいことらしくてな。この状態を解消しようとする力を発動させることになるわけだ。どうなるかって言やぁ、両者を合わせて一つにまとめちまうってなもんよ。で、この行使によって生じた現象を『統一化』って呼ぶんだ」
「なるほど統一化ですか……。それで、その統一化をされると、どうなんです?」
好奇心をくすぐられちゃいますね。
「統一化された人間は、通常の人間よりも遥かに高い原動力を獲得することになる。身体能力や感覚なんかが強化されるわけよ。でだ、その統一化が像となって現れたもんが、あの鎧みてぇな姿ってことだ」
「じゃあ、ジョルジ君は別の世界から来たもう一人のジョルジ君と“統一化”されちゃってるってことですか?」
「ああ、そん通りだ、ツクモ。――そんでフェルハトのことなんだがよ、あいつはアトルカリンジャの力を操れるまで一切の魔導を使えなかった。だがそれでも、聖騎士団を率いるほどの強さ身につけていた。つまりその原因は全て、別の世界から来たもう一人のフェルハトとの統一化によるもんだったんだ。そしてその力が顕現したものが『閃紅鎧』だったわけだ」
もし、バシャルが地球の平行世界なら、どこかにもう一人の八上月最がいるはずです。
でも今のところそんな気配はありません。
たぶんバシャルは、僕にとって平行世界じゃなくて、異世界もしくは別の惑星ってことじゃないでしょうかね。
「俺たちの記憶を参照すると、その鎧は人間の歴史が始まって以来、時折現われてたみてぇでな、『復体鎧』という名称で呼ばれてる。さっきも言ったが『復体鎧』を使えるヤツは、常人とは比べものにならないほどの身体能力を発揮できるんだが、フェルハトの恐ろしいところは、そいつをさらに“至高の亢躰術”を使って極限ともいえる域まで格上したところにあるわけだ」
「なるほど、元の力が弱ければ、いくら“至高の亢躰術”で格上げしたって大したものにはならないけど、元の力がすでに普通の人をはるかにしのいでいたら……。そりゃもう物凄ところまでいっちゃうわけですね」
「飲みこみが早ぇな、ツクモ。――災厄の時に何万もの敵と一人で戦えたのは“至高の亢躰術”だけじゃなく、『復体鎧』のおかげでもあるってわけよ」
生きてるときに、その手の映画を見たことがあります。
平行世界の自分を皆殺しにして、その力を奪って全能の存在になるってやつ。
「つまりこの、ひょろひょろ男と全く同じ人間が、別の世界からやってきて、一つになったということなのですか?」
ヒュリアはジョルジを責めるように人差し指をつきつけます。
ジョルジ、怯えております。
「完全に同じってわけでもねぇんだ。――世界の“違い”が、そこに存在する者にもある程度の差異をもたらすんだよ。それと、肉体のまま世界を渡ることはできねぇらしくてな。やって来たのは別のジョルジの“霊体”ってことになるだろうな」
アティシュリは最後のキャラメルを口に放りこみます。
「それでだ、肝心なのはこっからよ。些細な“違い”なら統一化に問題は無ぇ。だが、両者に異なる決断をせまるほどの重大な“違い”があるときは、統一化が阻害されんだよ。そうなると暴走が始まる。昨日のジョルジみてぇに暴れまわったり、人をぶっ殺したりしちまうんだ。その辺は魔人と似てるわな。でだ、暴走が最終段階に至ると、大爆発を起こして消滅しちまうんだよ」
大爆発ですかぁ。
なるほどねぇ。
ジョルジにあんだけ肩入れしてた最大の理由はこれだったんですね。
てことは、その爆発って、かなりヤバイものに違いありませんね。
「なぬもかぬもねぇなや……」
ジョルジは深い溜息をつきました。
「ああ、確かにひでぇ話だ。まあ、なんにせよ、暴走を防ぐにやぁ、統一化を阻害している“違い”をとりのぞきゃあいいわけよ。それで大爆発も避けられる。――でだ、ジョルジ、お前その“違い”に何か心当たりはねぇか?」
しかしアティシュリさんは、よくジョルジの言葉わかりますよね。
こういうの得意なんでしょうかね。
そういえば、でっかいアリンコや他の『妖獣』なんかとも話してましたっけ。
「まんず、わがんねぇなやぁ……」
肩を落とすジョルジ。
大爆発なんて聞かされたせいで全員が考えこんじゃいました。
爆発して消滅じゃあ、しゃれになりません。
でも、そう簡単に“違い”なんてわかるもんですかね。
本人にだってわかんないのに。
第三者に分かるなら、苦労はいらないよねぇ。
泣きそうな顔で考え込んでるジョルジ。
まあ、すぐに良いアイデアが浮かぶわけもなし。
ならば、ここは一旦気分を切替えてもらいましょうか。
「えーと、ジョルジ君、お腹すいてない? 昨日から何も食べてないでしょ?」
「んでがす」
「じゃあ、ちょっと待ってて、今美味しい料理を食べさせてあげるよ」
右胸の傷の回復のためにも、身体の血肉になるような料理をつくりましょうかね。
最初にヒュリアに『調理』してあげたステーキならば、きっとジョルジも満足してくれると思います。
というわけで皿の上に血のしたたるような、ぶあついお肉を具現化です。
「はい、どうぞ」
ジョルジは出された料理を見ると、ぎょっとして口元を両手で押さえます。
そのまま立上がって部屋の隅まで行き、こちらに背を向けて激しく、えずき始めました。
「えっ、何?! どした?! 大丈夫か?!」
様子を見に傍へ寄ると、か細い声で返事がありました。
「オ、オラ、肉は……、駄目でがん……、す……」
ジョルジは苦しそうに、しゃがみこみます。
しばらくじっとしていたんですが、突然、彼の周囲に青い粒子が湧き出し全身を覆っていきました。
みるみるうちに、ひょろひょろ男の娘は、勇ましい青い鎧の戦士の姿へと変わったのでした。
「マジかっ!」
三人の淑女達は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で腰を上げました。
「気をつけろ、ツクモ!」
アティシュリの声に被せるように、ジョルジが猛獣の雄たけびをあげます。
そして唐突に屋敷の壁を殴りつけ始めました。
瞬く間に壁の丸太は潰れていき、遂には大きな穴の出来上がりです。
ジョルジは、穴をくぐって外に出て行こうとしました。
いやいや、玄関あるでしょうがっ!
「おい、待てっ! 今のお前は別の世界から来たジョルジなんだろ?!」
アティシュリは、ジョルジの背中に向かって怒鳴ります。
ジョルジは動きを止めて、振返りました。
「そのまま暴走を続けたら、お前もこの世界のジョルジも爆発して消滅しちまうぞ! それでいいのかっ?!」
「オレハ……、ユウシャニ……、ナラネ……、バナラナ……イ」
おおっ、しゃべったよ。
暴れ回るだけかと思ったけど、意思疎通できるんだ。
でも、勇者にならねばならない、って言った?
「セカイト……、ヒトビト……、ヲマモル……、タメ……、ユウシャ……、ノチカラヲ……」
「だったらよけいに、爆発しちまったらヤバいだろうが! お前が守るべき世界も人間も、全部道連れにして死ぬつもりか?!」
アティシュリの言葉が届いたのか、ジョルジは外に出るのを止めました。
そして何事も無かったかのように僕らを見据え静かに佇んでいます。
「こっちのジョルジも英雄になりてぇって言ってたよな。なら、そこに大した“違い”はねぇ。勇者も英雄も似たようなもんだからよ。じゃあ、こいつらの“違い”ってのは一体なんだ。そいつさえわかりゃあ、助けられるんだが……」
アティシュリは頭をかきむしります。
「すんません、ちょっといいですか?」
「この非常時に何だってんだ、アホ耶宰っ!」
あからさまに怒鳴りつけられました。
見事な八つ当たりです。
「さっき大爆発って言ってましたけど、それってどの程度のもんなんすか?」
今後の危機管理のためにも聞いとかないといけません。
アティシュリは苦虫を噛み潰したような表情で僕を睨みつけた後、ぼそりと言ました。
「バシャルが滅亡する……」
何ですとっ?!




