彼氏彼女の自由<4>
「ヒュリア、大丈夫?」
やっとヒュリアと話をすることができそうです。
「ツクモ……、君なのか……?」
ヒュリアは目を丸くして握っている首飾りを見下ろしてます。
「うん、今この首飾りの中にいるんだ」
「じゃあ、この結界も君のものなんだね?」
「そうだよ。――そんなことより、脇腹と肩の傷に僕を当てて」
頷いたヒュリアは、まず脇腹に、次に肩に『霊器』を当てていきました。
もちろん傷に当てられる度に、治癒術を発動させて、両方とも、しっかり治療させていただきました。
「他にキツそうなところある?」
「いや、あとは掠り傷程度だ。――ありがとう、ツクモ、助かったよ」
ほんの少しだけ微笑んでくれたヒュリア。
でもまだ息は荒いです。
傷は治せても、体力を回復できないところが悔しいです。
「結界に治癒……。断迪刑を受けた貴女がどうして魔導を使えるのだ……?」
頬傷の男は眉をひそめてヒュリアをみつめています。
「トゥガイ。今の私は、確かに以前の私より弱い。だが代わりに心強い味方を得たのだ」
この頬傷男は、トゥガイっていう名前みたいですね。
ヒュリアのことを知ってるってことは、やっぱり帝国騎士なんでしょうか。
ヒュリアは誇らしげに微笑み、クズムスを鞘に納めると、僕を首に掛けながら立上がりました。
ただ途中、トゥガイに聞こえないように囁きます。
「ツクモ、私がクズムスに手をかけたら、結界を解除してくれ」
「わかった」
トゥガイは忌々しそうに呟きます。
「まさか、その首飾りの力か……?」
あたかもその言葉に促されたかのように、ヒュリアは自然な感じで頭を下げ、僕を見ます。
しかし同時に彼女の手がクズムスの柄にかかりました。
解除の合図です。
結界が消えた途端、ヒュリアは超高速の抜刀技を放ちました。
トゥガイは咄嗟に後ろへ跳躍しましたが、クズムスの刃は僅かに速く彼の右太腿を切裂きました。
後方に着地したトゥガイの太腿から、かなりの血が溢れ出しています。
でも、斬られたことなど全然気にしてないかの様にトゥガイは、ヒュリアと僕を見ながらニヤリと笑うのでした。
鷹みたいに鋭い碧眼。
面長の輪郭。
筋の通った鼻。
広めで薄い唇。
頬の傷さえなければ、欧州貴族の肖像画みたいに品の良いお顔をしてらっしゃいます。
こういう彫の深い顔、羨ましいわぁ。
僕もこんなんだったら、人生違ってたんだろうなぁ。
「ツクモ、この男はトゥガイ・デスタン。『三冠』の雷魔導を使い、私が出奔した当時は『三席の勇者』の称号を持っていた。帝国でも指折りの騎士の一人だ」
ヒュリアは、クズムスを中段に構えながら説明してくれました。
やっぱ帝国騎士なのね。
でも三席の勇者って、どゆこと?
この人、勇者なわけ?
だとしたらあの強さも納得だぁ。
凶悪な魔王を倒すために生まれる人間族の最終兵器、勇者。
バシャルにも、そんな正義の味方がいるってこと?。
しかも雷魔導使うんでしょ。
アルティメットスキルとかあんのかなぁ?
敵だけど、かっけぇ……。
炎摩導もいいけど、雷魔導も捨てがたいよねぇ。
でも、このトゥガイを勇者って認めると、ヒュリアはヴィランってことになっちゃうわけで……。
それは認めたくないというかぁ、納得できないというかぁ。
「奴はこれまで、私に忖度し、雷魔導を使ってこなかったが、この先は使ってくるに違いない」
ヒュリアに合わせて雷魔導を封印してたんだ。
男気あるねぇ。
顔怖いけど、根は良いヤツなのかも。
「『三冠』の魔導師かぁ。――あっ! じゃあ、クズムスだと対応できないんじゃないの?」
「ああ、魔導の効果を多少弱める程度のことしかできないな」
「だったら今のうちに、こっちも戦力を上げとこうよ。――実は、『沾漸』ていう儀方も使えるようになったんだ。だから、クズムスに炎の力をつけられるよ」
トゥガイに聞こえないように囁やきます。
「残念ながら、クズムスに『四冠』の『沾漸』は使えないんだ。この剣は、『沾漸』で付与される自分自身への効果も消してしまうんだよ」
なるほど、自分に有利な魔導も斬り捨てちゃうんですね。
「――魔導を使えるというなら、もう遠慮する必要はありませんな」
トゥガイはそう言うと、僕らに対して右手の剣を向けました。
「やはりこれからは物理攻撃だけでなく、魔導攻撃も仕掛けてくるつもりだ」
眉間に皺を寄せるヒュリア。
「雷弾を撃ってくるってこと?」
「雷弾は、それほど恐れる必要はない。厄介なのは『靂罨』という技だ」
トゥガイの剣の刃先に恃気の青い光が集まり始めます。
「『靂罨』? どんな技なの?」
「効果範囲と攻撃力は術者によるが、術者の恃気が把握できる空間全てに雷撃を放つというものだ。効果範囲内にいる敵は何百もの雷撃にさらされ、焼けた肉片となって死ぬことになる。ただし、至近距離にいる敵には使えないという難点もあるがな」
それ範囲攻撃ってやつじゃないですか?
かなりまずい気がする……。
「来る!」
ヒュリアが唐突に走出します。
それと同時にトゥガイの剣から紺色に光る雷弾が放たれ、さっきまでヒュリアがいた場所を直撃しました。
雷弾は爆発し、地面にサッカーボールぐらいの穴を開けます。
速度や方向を瞬間的に何度も変えながら走るヒュリア。
トゥガイは、ヒュリアを狙って連続で雷弾を発射しますが、彼女の素早い変化をとらえきれていません。
外れた雷弾は、地面やヤルタクチュの幹にあたって爆発します。
ヤルタクチュも、いい迷惑でしょう。
「どう戦うつもり? 何か作戦あんの?」
「『靂罨』を使うには多くの恃気が必要だ。なので充典が欠かせない。そこが狙い目だ。充典中は動きがにぶり、他の魔導も使えなくなるんだ。『靂罨』のための充典は危険信号でもあり、ヤツを倒す好機でもあるというわけだ」
「なるほど」
雷弾を避けながら、説明するヒュリア。
ホント、器用です。
「だから『靂罨』の発動中は結界を張り、ヤツが充典をしているときは結界を解除するという操作をお願いできるかな。結界があると、こちらからも攻撃ができないからね」
「でも僕には、『靂罨』が何時発動するかがわからないんだけど」
「ならばその指示は私が出そう。ツクモは指示に合えわせて結界の発動と解除を素早く切替えてくれ」
「それってヒュリアと僕が呼吸を合わせるってことだね?」
「そうだ」
ぐふふふふっ。
つまり、これこそ恋愛ラノベの定番、『二人の初めての共同作業』シチュってわけです。
まあ、ケーキ入刀じゃなくて、クズムス抜刀ですけどね……。
おっと、ふざけてる場合じゃない。
ヒュリアに言っとくことがあるんだった。
「ヒュリア、肝心なことを言い忘れてた。『耶代』の結界には限界があるんだよ。もし限界を超えて、攻撃されたら消滅しちゃうんだけど」
「ああ、わかってる。結界とはそういうものだ。だからそうなる前に、トゥガイを倒さなければならない。――『耶代』の結界は、どの程度で消滅するか分かるかな?」
「うーん、難しいなぁ。アティシュリさんに殴られたときは、3発で終了するところだったんだよねぇ。まあ霊龍様は本気じゃなかっただろうけどさ」
「本気でなかったとしても、アティシュリ様の攻撃に3回耐えるなら、トゥガイの『靂罨』には少なくとも、その倍は耐えられるかもしれん。凡その耐久性を試算できるなら、結界を頼りに奴の恃気が切れるまで逃回るという手もある。しかし確信が持てない現状では、ツクモの結界が先に限界を迎えるという可能性を否定できない。そうなった場合、こちらは窮地に立つことになる。だとすればやはり、多少無理をしても、結界が使えるうちにトゥガイを倒す方が最善と思えるが、ツクモはどう見る?」
「僕も倒しにいった方が良い気がするな」
「そうか、ならば方針は決まった。だがかなり厳しい戦いになるだろう。覚悟してくれ」
「ラジャー」
「ラジャー? 何だそれは?」
「ニホンノトウキョウで、了解って意味だよ」
今だって、この先だって、いつでも君を守って戦うさ。
そう言いたかったんたけど、照れちゃって、ラジャーでごまかしちゃう僕……。
ほんとヘタレだよなぁ……。
いつのまにか雷弾での攻撃が止んでいました。
代わりにトゥガイの全身が少しずつ恃気の青い光で包まれていきます。
ヒュリアはそれを察知すると、数秒間、目を閉じ、動きを止めました。
するとトゥガイの青とは対照的にクズムスが、わずかですが薄赤く光り始めます。
何の術か聞きたかったんですけど、そんな暇はありませんでした。
目を開いたヒュリアから早速指示が飛んできたからです。
「よし、解除してくれっ!」
すぐさま結界を解きます。
ヒュリアは、疾風のように駈寄り、トゥガイの直前でジャンプしてクズムスをその頭上に振りおろしました。
トゥガイは右の剣でクズムスを受け、左の剣で反撃してきました。
ヒュリアは、振りおろした勢いに乗って、トゥガイの頭上で空中回転して剣を躱すと、その背後に着地します。
そして、180度振返りながらトゥガイの背中を左から右へ、クズムスで薙ぎ払いにいったのです。
気配を察知したトゥガイは、ヒュリアに合わせて左回りに振返り、右の剣でクズムスを受止め、右の回し蹴りをヒュリアの左肩口に叩きつけました。
右横へ吹っ飛ばされるヒュリア。
かなり離れた場所まで地面を転がされ、どうにかこうにか立上がることが出来ました。
やっぱ格闘戦では、ガタイの良い方に分があります。
「大丈夫なの、ヒュリア?」
「問題ない。来るぞっ! ――発動!」
指示が飛びます。
急いで結界を発動なのです。
その途端、視界全体を紺色の稲妻が覆いました。
稲妻は、結界の表面と周囲の地面を撃ち、爆発が連続して起こり、その影響で地面が震えます。
「これが『靂罨』だ……」
ヒュリアは、身体の緊張を解すため、大きく息を吐きました。
もう少し遅れていたら、あの稲妻でズタボロになっていたかもしれません。
ホント、なんちゅう攻撃だよ!
地面が穴だらけになってんじゃん!
稲妻尻尾の黄色い魔獣が放つ10万ボルトなんて目じゃないです。
範囲攻撃って自分が使うときはスカっとするけど、相手にやられるとマジ凹むんだよねぇ……。
おっと、つまらんことを考えている暇はありません。
トゥガイの身体がまた青く光り始めました。
どうやら『靂罨』はトゥガイの全身から放たれているみたいですね。
「また充典に入った! ――解除!」
解除と同時にヒュリアがしかけます。
しかしトゥガイは迎撃するだけで深追いせず、むしろヒュリアから距離をとろうとします。
ヒュリアは極力離れないようにしますが、相手が相手だけに簡単にはいきません。
トゥガイに上手く立回られ、間合いが開きます。
すると、紺色の稲妻の嵐が襲いかかってくるわけです。
でも、ヒュリアはなぜかトゥガイが『靂罨』を放つタイミングを察知できるみたいで、いつもギリギリセーフになるのでした。
動体視力だけでなく、こういう察知力もヒュリアが高速の攻撃についていける理由の一つなんでしょう。
そんなこんなで、いつのまにか五回もこの攻防をくり返す破目になりました。
両者一歩も譲らずって感じです。
ヒュリアの息がまた上がってきています。
トゥガイの恃気がつきる前に、ヒュリアの方が倒れないといいんですが。
さらに悪いことは続きます。
羅針眼が立上がり、報告しました。
『結界の損耗率が8割を超えました。損耗率が9割を超えると、結界を維持できなくなります。外圧により結界が消滅すると再発動に、1時間以上の待機時間が必要となります』
でたでた、この警告文。
こりゃマジヤバいぞ。
「ヒュリア、とうとう限界きたよ。もう一度『靂罨』を受けたら、結界が消滅しちゃうよ」
「そうか……、だが、もう奴も……、『靂罨』は……、使えないだろう……」
息は上がってるけど、ヒュリアは冷静にトゥガイを観察していました。
確かに今までとは違い、トゥガイの肩が上下に揺れ、しかも身体は青く光っていません。
敵も相当疲れているみたいです。
「今が、最大の好機だ! 行くぞ、ツクモ!」
「ラジャー!」
ヒュリアは最後の力を振絞り全力でトゥガイに突っこんでいきます。
でもその途中、彼女の予想に反し、トゥガイの身体が、また青く輝きだしたのでした。
「また充典してないっ?!」
「これで終わらせるっ!」
だよねっ。
これで決着つけないと、また『靂罨』がくる。
それで終りならいいけど、もし、さらにもう一度、『靂罨』を使われたら……。
――それを防ぐ方法はありません。
ヒュリアは、トゥガイの左側へ回り込み、攻勢をかけます。
トゥガイは、ヒュリアの攻撃を受流そうとしますが、動きにキレがありません。
何度か剣を打ち合わせているうちに、とうとうトゥガイの左の肩にクズムスが突刺さります。
ヒュリアは、そのままクズムスを心臓に向けて斬下ろそうとしました。
トゥガイは、左手の剣を捨て、それ以上進まないようにクズムスの刃を素手で掴み、押上げてきました。
クズムスを握るトゥガイの左手から血がしたたり落ちます。
斬下ろす力と押上げる力が拮抗し、クズムスの刃は肩甲骨の辺りで完全に動きを止めてしまいます。
埒が開かず、クズムスを引抜こうとするヒュリア。
しかしトゥガイは一層強くクズムスを握りしめます。
手から流れる血の量が、どんどん増えていきます。
おそらくこのときトゥガイは、ヒュリアの意識の大部分がクズムスに集中するように誘導したんだと思います。
そしてその目論見は、まんまと成功しました。
クズムスに意識をとられているヒュリアに生じた一瞬の隙。
トゥガイはそれを見逃さず、右手の剣をヒュリアの腹部へ突入れたのです。
「ぐふっ!」
ヒュリアから声がもれます。
剣が引抜かれると、彼女の腹部から血が噴出しました。
「この野郎ぉぉっ!」
僕は怒りにまかせ、思わず炎弾を発射していました。
炎弾はトゥガイの胸に当たり、その上半身を炎で包みます。
しかし何故か炎は、トゥガイの表面を軽く舐めただけで、消えていってしまいました。
やっぱり『四冠』よりも『三冠』の方が格上ってことでしょうかね。
ただ、一時的とはいえ炎に包んだことで、トゥガイにクズムスを手放させることに成功したのです。
ヒュリアはこの機を逃さず、トゥガイを蹴ってクズムスを引抜きます。
しかし、その勢いで後ろに倒れ、地面を転がり、また二人の間に距離が開いてしまったのでした。
ヒュリアは腹を押さえ、なんとか立上がろうとしますが力が入らないようです。
腹部の血は止まらず、顔色がどんどん青白くなってます。
そんな苦しい息の中、ヒュリアは告げました。
「は、つ、動だ……」
言われるまま急いで結界を発動させました。
その途端、やはりこれまでと同様に紺色の稲妻が結界の周囲をかけめぐったのです。
あれだけの手傷を負わせたんだから、もう『靂罨』無理だろうと思ってたんですけど。
危ないところでした。
大ケガを負っていても衰えないヒュリアの察知能力、凄いです。
まあとにかく、今回もギリギリセーフってことで、さっさとお腹の傷を治しちゃいましょう。
ところが、ヒュリアにそう言おうとしたとき、とんでもない事態が起こります。
なんと『靂罨』が発動してる最中に結界が消失してしまったのです。
あたふたしてると、チャイム音とともに立上がった羅針眼から残酷な報告が入りました。
『損耗率が9割を超えたため、結界は一時的に解除されました。これより約1時間、結界の使用ができません』
いや、そりゃないでしょ、『耶代』さん!
『靂罨』まだ終わってないじゃん!
ここは、もうちょいガンバルとこでしょうが!
『靂罨』の効果は消失しかかっていましたが、まだ幾筋かの雷撃が残っていました。
そいつらは数は少ないけれど、まだ地面を破裂させ、穴を開ける力を保持しているのです。
そして最後の悪あがきのように、一筋の雷撃が最悪の事態を引起こします。
無防備のまま地面に横たわるヒュリアに、襲いかかったのです。
ヒュリアはこれに反応し、まさに神業とも言うべき動きで、雷撃を叩き斬りました。
『四冠』の魔導ならばクズムスが無効化していたでしょう。
しかし『三冠』の『靂罨』では、その力を僅かに弱めることしかできません。
雷撃はそのまま、ヒュリアの左太腿に直撃し、そして破裂したのです。
弱まったとはいえ生身の身体が雷撃に耐えられるわけがありません。
ヒュリアの絶叫とともに太腿の肉片と血が周囲に飛散りました。
「ヒュリアぁぁっ!!!」
ヒュリアは太腿を押さえ、歯を食いしばり、左右に何度も転がっています。
腹部の傷と相まって、きっと恐ろしいほどの激痛が彼女を襲っているだと思います。
そんな中、トゥガイが、ゆっくりと近づいてきました。
「ヒュリア、僕を脚に当ててっ! 早くっ! トゥガイが来る!」
ヒュリアは震える手で『霊器』を握り、首から外そうとしました。
しかし既にすぐ側まで来ていたトゥガイは左脚を挙げると、ヒュリアの胸の上で『霊器』ごと彼女の手を踏みつけたのです。
僕はトゥガイの足の裏に視界を奪われ、何も見えなくなりました。
「もう『靂罨』は、必要はありませんな。――ご安心を、皇女。これ以上苦しまぬよう一撃で終わらせます」
ゾッとするほど静かなトゥガイの声。
――ヒュリアが殺される。
気が動転し、頭が真白になりました。
だから、後から思い返しても、このときの記憶は曖昧なんです。
ただ、ヒュリアを助けなきゃっていう想いが爆発して、心の中から何かが噴出したような気がしたことは覚えています。
それと、僕の周りで何かが“ズレ”たことも……。




