彼氏彼女の自由<3>
外に出た途端、男の怒鳴り声がしました。
「副長達はジョルジを頼む! 私は皇女をやる!」
怒鳴った男はガタイが良く、金髪で頬に傷があります。
しかも両手には、恐ろしげな三日月型の刃?を握っているのです。
スケートシューズについているブレードを大きく、鋭くし、その後に開いた穴に指を入れて握ってるような感じでしょうかね。
そいつは、人間とは思えないほどのスピードで走って、ヒュリアに接近し、ボクサーがパンチを繰りだすような動きで斬りつけました。
もちろん斬りつける速さも威力も、見てるだけでチビりそうなぐらいの切れを感じます。
ただ、それ以上に恐ろしいのは、そんな猛攻を剣一つで受けきっているヒュリアです。
彼女の動体視力はハンパありません。
僕の炎弾を斬ったときもそうでしたね。
男の握る剣とクズムスは、打合うたびに、激しく火花を飛散らせます。
一方、その隣では赤毛の女、スキンヘッドと根暗そうな男の三人が、青い鎧を着た人?と戦ってます。
まあ人っていっても人型ってだけで、ああいう鎧を着た感じの怪物っていう可能性もありますけどね。
なんせ異世界ですから。
すると突然、青い鎧の人?が、猛獣のような雄たけびをあげました。
驚いて跳びあがっちゃうって。
地縛霊を脅かすのは止めてくりぃ。
どうやらその雄たけびは、両手に短剣を持つスキンヘッドの男の攻撃に対する怒りの咆哮だったようです。
スキンヘッドのスピードは、頬傷男に負けていないのです。
いや、むしろ勝ってるかも。
なんかスピード、人間離れしてねぇ?
あんなんで身体大丈夫なん?
ホント、頭ツルリンの人って、なんだかんだ強いキャラ多いよねぇ。
パンチ一発で、最強の宇宙盗賊をぶっ飛ばしちゃう人もいるしさ。
鎧の人?は短剣を籠手で防禦しながら、拳や蹴りで応戦しますが、速過ぎて捉えることができてません。
その上、根暗男が、常に背後をキープしていて、隙あらばヒットアンドアウェイを仕掛けていました。
あの陰険な目つき、攻撃もそうですけど、私生活でも粘着してきそうなタイプです。
そして赤毛女ですけど、驚いたことに、ピストルらしきものを持ってるのでした。
バシャルにもピストルがあるんですね。
びっくりしました。
ただスキンヘッドと鎧の人?の動きが速過ぎて、狙いを定めることができずに、オロオロしてます。
とにかく、あっちも戦闘、こっちも戦闘で、完全なカオス状態なのでした。
そして僕はといえば、なんとかヒュリアの助けに入れないかってずっと考えているのでして。
でも、彼女が敷地の外で戦ってるので、地縛霊には、どうにもなりらないのです。
「何が起こってるわけぇ?」
いつのまにか後ろに、アティシュリとタヴシャンが出て来ています。
なので、すぐさまアティシュリへ訴えました。
「アティシュリさん、ヒュリアを助けてくださいよ! あとで甘いお菓子いっぱいあげますから!」
アティシュリは、ふてくされた感じで鼻を鳴らします。
「そいつは、できねぇ相談だ」
ドラゴン姉さんの感じではなく、炎摩龍アティシュリの真剣モードです。
「なんでです?! あなたなら、一撃で終わりでしょ!」
「事前に説明しろって約束だったから言っとくぜ。――俺たち霊龍は、人間同士の争いに介入することはできねぇ。だからヒュリアが殺されそうになっても俺は助けられねぇのよ」
文句あるかって顔で睨みつけてくるアティシュリ。
何それ?
どういう理屈よ?
腹立つわぁ。
「そんな……。ヒュリアは盟友じゃないですか……。そういえば、『魂露』のときも見捨てましたよね! まさか、彼女のことが嫌いなんですか?!」
「好き嫌いじゃねぇんだよ。これは俺たち霊龍の掟ってやつだ」
掟……?
あまりのことに、呆然としてしまいました。
「ツクモちゃん、アティシュリ様達は人間とは別の原理に縛られてるの。霊龍様が、どれだけ強大な力を持っていても、それをくつがえすことはできないのよ」
タヴシャンが、とりなします。
「俺はヒュリアよりも、あの青いヤツを助けなけりゃならねぇかもな」
アティシュリは三人に攻撃を受けて苦戦している鎧の人?を見つめています。
「ヒュリアを放っておいて、いきなりやってきた敵か味方かもわからない、あんなヤツを助けるって言うんですか?!」
「そうだ」
リアルガチでキレました。
「わかりましたっ! もういいですっ!」
アティシュリを怒鳴りつけ、ヒュリアと頬傷男の戦いに視線を戻します。
彼女を助ける方法を、なんとしても見つけなければなりません。
頬傷男は両手の剣で、ボクシングのラッシュみたいに途切れることなく連続で殴りつけています。
深手こそありませんが、ヒュリアは身体のあちこちに傷を負い、そこから血が染出していました。
疲労も大分溜まってるみたいで、顔は|青ざめ、肩で息をしてる状態です。
ただ、頬傷男が放つ攻撃の激しさを見ると、よくその程度ですんでるなって気もします。
一方、頬傷男の方も、同じように息があがり、少しずつ化物じみた加速攻撃は弱まってきていました。
たぶん、あの超加速は亢躰術を使ってたんでしょうね。
亢躰術は、術者の恃気の量と肉体の耐久力で持続時間が決まるそうです。
なので頬傷男がいくらタフガイでも、亢躰術を、いつまでも発動し続けることは出来ないのです。
でも超高速っていうプラスアルファーがなくても、二人の戦いは常人には真似できない高度な技の応酬なのは確かでしょう。
頬傷男は両手の剣を正拳で握り、左右からフックで殴るように攻撃します。
ヒュリアは右からの剣をクズムスの鎬で受流し、わずかに遅れてやってきた左からの剣をクズムスの柄の先端で受止め、弾き返しました。
柄の先端は500円玉くらいの面積しかありません。
そこで刃を弾くって、どんだけ凄いのよ、ヒュリア。
ヒュリアは、左の剣を弾いたことで隙ができた男の左肩口を狙い、クズムスで斬りつけます。
頬傷男は、振下ろされるクズムスを右の剣で殴りつけて自分の左外へ払い、それによって身体が流れて生じたヒュリアの左脇腹腹の隙に向け、縦拳で握った右の剣を、ボディブローのように突入れました。
ヒュリアは、左手をクズムスから放し、自分の脇腹に迫ってくる剣の側面を左肘で弾いて軌道をずらします。
そして右手だけで握ったクズムスを自分の頭上を通すように回し、頬傷男の右首筋に斬りつけました。
頬傷男は、自分の首に迫るクズムスに合わせ身体を左に傾け、左手の剣を地面に突いて側転して躱しました。
これで、二人の間に距離が開き、神業のような攻防は一時インターバルに入りました。
この攻防、ほんの数秒で行われております。
僕だったら何回死んでるか分かりません。
ヒュリアも凄いんですが、頬傷の男も恐ろしいほど強いです。
だけど、衰えてるかと思ったけど、僕の目もなんとかついていけてます。
なんか懐かしいな、この感じ……。
黎女との修行で散々やられたよなぁ……。
互角のように見えますが、ヒュリアの方が消耗が激しいことは、一目瞭然です。
あれじゃ、いつ致命的な一撃を受けてもおかしくありません。
やべぇな。
思い出に浸ってる場合じゃないぞ。
早くヒュリアを助ける方法を見つけないと。
そこでふと、さっきの頭のモヤモヤが、ぶり返してきました。
アティシュリの言う通り、なんで『耶代』は『霊器』を造らせたんでしょ?
そこに何かしら、意味がありそうな気がします。
もしかしたら……。
急いで『羅針眼』を立上げ、備考欄のヒントを確認しました。
『霊器』、『魂露』、首飾り……。
色々言葉をあてはめてみたり、連想してみます。
とにかく敷地の外に出られれば、なんとかなると思うんですけど……。
あれっ?
あるヒントに目が留まりました。
『ロケットに入れば散歩も魔法もできる』
これ、ずっと宇宙へ飛んでくロケットかと思ってましたけど、もしかして恋人や子供の写真なんかをいれたりするロケットペンダンドのことじゃないでしょうか。
『ロケットに入る』ってことは、“首飾りの『霊器』に入る”ってことを暗示しているのでは……?
だとすると『霊器』の中に入れば、あの透明な壁を抜けて外に散歩へ行けるし、魔導も使えるってことなんじゃないの?!
「大丈夫、ツクモちゃん?」
タヴシャンが心配そうに声をかけてんで、大丈夫って風に頷いてみせました。
そして、もう一度アティシュリに向き直ります。
「アティシュリさん」
「なんでぇ。――何を言おうが、ヒュリアの助けには入らねぇぞ」
アティシュリは鎧の人?と三人の戦いから目をそらさずに、とげとげしく言います。
鎧の人?は、右肩にケガでもしてるのか、右腕をダラリと下げたまま動かせないでいるようです。
そのため三人の敵は、右側に攻撃を集中させていました。
今はなんとか躱しきれてますけど、こっちの戦いも鎧の人?が危なくなるのは時間の問題みたいですね。
「それはわかりました。でも、一つだけ頼まれてもらえます?」
アティシュリは、訝しげに僕を睨みます。
『倉庫』から首飾りの『霊器』を出し、アティシュリに手渡します。
「今から、この『霊器』に入りますんで、それをヒュリアに投げ渡してもらっていいですか?」
アティシュリが目を丸くします。
「てめぇ、何言ってんだ。耗霊が勝手に『霊器』に入れるわけねぇだろうが……。耗霊が『霊器』に入るにゃ、召霊術師が……」
「ああ、時間が無いんで、そういう説明、いいです。――とにかく『霊器』に入りますから、ヒュリアに渡してください。そのくらいは、やってもらえるでしょ?」
「ちっ、てめぇって奴は……。フェルハトみてぇな口をききやがって……」
忌々しげに舌打ちするアティシュリ。
「それも出来ないって言うんですか?」
「うるせぇな! やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」
アティシュリは納得いってないみたいですが放っときます。
今はヒュリアを助けることが何よりも優先されるのです。
「じゃあ、お願いしますね。絶対、ヒュリアに届くように投げてくださいよ」
強めに念押ししてから、取得したばかりの『化躰』の儀方を使ってみました。
一瞬目の前が真白になったと思ったら、次の瞬間には、きっちり『霊器』の中に収まってる僕がいたのでした。
掌に乗せた『霊器』を上から覗いているアティシュリの顔が、視界一杯に広がっていることで分かります。
『霊器』からアティシュリを見上げている状態ですね。
『霊器』が紫色なんで、視界も紫色に染まるかと思いましたが、いつもと変わりありません。
ただ、身動きがとれないので、ちょっときゅうくつな感じがします。
するとチャイム音とともに『羅針眼』が立上がりました。
『新しい霊器を拡張霊器1として連携させました。拡張霊器1に対して基幹霊器が保有する機能の複写を開始します』
うへっ。
また『耶代』さんが、勝手に何か始めましたね。
説明を見てみると『基幹霊器』ってのは、元々の『耶代』の『霊器』のことでした。
この新しい『霊器』は『拡張霊器1』っていう名前が割当てられたみたいですね。
外付けのハードディスクって感じかな?
そんで機能の複写?
もしかして『耶代』の機能を、『拡張霊器1』でも使えるってことでしょうか。
だとしたら、かなりの助けになります。
「おい、ツクモ、そこにいんのか?」
アティシュリが聞いてきました。
横からタヴシャンも覗きこんできます。
聞こえるかどうかわかりませんが、返事をしてみました。
「いますよ」
「スゴっ?! 本当にツクモちゃん、中にいるのね!」
「なんとか上手くいったみたいです」
ちゃんと聞こえてました。
「ああ、クソっ! やっぱ、てめぇとこの『耶代』は、マジでわけがわからねぇ。――で?! もう、投げていいのか?!」
「あっ、ちょっと待ってください。今、こっちの『霊器』に機能を複写してるみたいなんで」
「機能の複写だとっ?! 一体、そりゃどういうことだ?! 全く、もって、イライラすんぜっ! あとでキッチリ説明してもらうかんな!」
頭を掻きむしるアティシュリ。
すると、またチャイムが鳴り『羅針眼』から報告が入ります。
『機能の複写が完了しました。これにより、一部を除き、基幹霊器が保有する機能を拡張霊器1からも使用可能となります』
やっぱ思ったとおりだね。
ならばよし。
出撃準備、完了!
「じゃあ、アティシュリさん、お願いします」
ツクモ、行きまぁすっ!
「ったく、俺をいいように使いやがって。――おいっ、ヒュリア!」
アティシュリに呼ばれたヒュリアは、頬傷男の攻撃を往なしながら、こちらに顔を向けました。
「受取れっ!」
それを見計らい、アティシュリが『霊器』を、ヒュリアに投げつけました。
『霊器』は宙を舞い、すぐに透明の壁がある敷地の境界へと到達します。
そして……。
僕は何の抵抗も感じることなく透明な壁を抜けたのでした。
そのまま『霊器』は、ヒュリアが差出した左手にキャッチされます。
ただ、頬傷男は、その隙を見逃しませんでした。
急加速し、右手の剣でヒュリアの左肩を殴りつけたのです。
嫌な音がして、左肩が深く斬裂かれ、真赤な血が飛散りました。
素早く後退するヒュリア。
追撃する頬傷男。
ヒュリアは右手だけでクズムスを操って攻撃を受流しますが、やはり片手では無理がありました。
躱しきれず、ヒュリアの左脇腹にまた、右手の剣が突刺さります。
脇腹からも血が噴出し、ヒュリアはその場に左膝をついてしまいました。
男は、そこで手を止め、ヒュリアを見下ろします
ヒュリアは、クズムスを顔の前にかざし、防禦体制をとっていますが、次の攻撃を防ぐのは難かしいでしょう。
咄嗟のことで、二人の動きについていけず、ヒュリアと話すこともできず、いつのまにか絶体絶命の状況になっとります。
もちろんヒュリアが僕を受止めたせいです。
ごめんよぉ、ヒュリアぁぁぁ……。
「できれば以前のあなたと戦いたかった。――終わりです、皇女」
頬傷の男が、冷たく静かな声で言いました。
どことなく悲しげです。
でもそれは顔だけのこと。
やることは、えげつないのです。
また、あの超加速で、ヒュリアに襲いかかかったのでした。
でも、もちろん終わりにはさせません。
ヒュリアは僕が守ります。
白い歯を光らせて、“私が来た”とか言いたい気分ですな。
ヒュリアの周囲に突如現れた薄青いドームが、左右から高速で叩きつけられる剣の攻撃を全て跳ねつけたのです。
「結界だと……」
頬傷の男は、攻撃の手を止め、青いドームを呆然と見つめています。




