彼氏彼女の自由<2>
「霊器はね、もともと『依代』の儀方ってのに使うものだったのよ。そして『耶代』の儀方は、『依代』の儀方をビルルル様が発展させたものなの」
かなり似てますもんね。
「『依代』は、霊体を身近な物に降ろし、それを身につけることで自分の力にするっていう儀方よ。ただ、はるか昔に忘れられ、その施法を知る者はいなくなってたの。魔導学校を離れてブズルタに戻ったとき、ビルルル様が宝庫に眠っていた古代ロシュの魔導書から発掘したわけ」
「『依代』ですか……?」
イマイチ分かってない感じのヒュリア。
きっとバシャルでは、あまりメジャーじゃないんでしょうね。
アニメやラノベでは御馴染みのギミックですけど。
「そう。だから簡単に言うとね、『依代』の台座を、こんな屋敷にしちゃえば、『耶代』になるってわけ。まあ『耶代』には、もう少し手間が必要なんだけどぉ……」
ダヴシャンは、アゴに人差し指を当てて周りを見回します。
「うーん……、そうねぇ……、この『耶代』、“最初の『耶代』”に比べると、かなり特殊よねぇ。規模は小さいけど『盟友登録』とかいう機能でアティシュリ様から力を奪ったんでしょ。それで増築したって聞いたわ。ホント信じらんない。まるで意志があって、勝手に成長してるみたいじゃない。――まあ、でも、ビルルル様が造ったんなら、何があってもおかしくないんだけどさぁ……」
タヴシャンは何か嫌なことを思い出したみたいに、顔をしかめてテーブルに頬杖をつきました。
「ほんと、あの人に付合うの大変だったのよねぇ。サフのくせに私達ロシュよりも錬金術の才能があってさ。実験とかやりだすと、食べることも、用を足すことも忘れて没頭する始末だったのよぉ。アイダン先生も呆れてたんだからぁ」
タヴシャンの口から溜息がもれます。
「――だよなぁ」
後ろからアティシュリの声がしました。
見ると、ドラゴン姉さん、ヘソを掻きながら大あくびしてます。
三日前、お仕事で出張されて、昨日お帰りになるとすぐに自分の部屋で御休みになられまして、やっと御起床です。
もう昼ですぜ。
ところで、ドラゴン姉さんの御自宅、今どうなってんでしょうかね。
なんか近くにある火山が棲処だって話ですけど、ずっと帰ってないじゃないですか。
きっと、足の踏場もないゴミ屋敷みたいになってんですよ。
このズボラな感じ絶対そうです。
「あの変態女は、好きなことがあると周りなんかどうでもよくなんだよ」
憎々しげに言うアティシュリ。
「そうです、そうです。やれ錬成だ、解剖だ、実験だぁって。――お手洗いしてるときも平気で入ってきて、わめき散らすんですもん。おどろいてオシッコ止まっちゃって、膀胱炎になりましたよ」
「俺なんか、身体の仕組みを教えろって言われてよ。あちこち触ったり、標本採るとかで表皮けずったりしやがんのよ。しまいにゃあ、どんな味がすんだとかいって、俺の表皮を食いやがったんだぜ。霊龍の表皮を食った奴は、後にも先にも、あいつだけだろうさ。まさに、きっすいの変態ってヤツよ。――ああ、今考えても寒気がすんぜ……」
アティシュリは、両手で自分を抱きしめて身体を震わせます。
相当嫌だったんでしょうね。
「えー、ビルルル被害者の会の報告は、そこまでにしてもらって。――霊器の身体ってのは、どうやって造るんです?」
ビルルルへの文句で女子会開きそうな雰囲気だったんで、話を『霊器』に戻します。
「手技で成造するのよぉ」
「全部、錬金術で済ませられないんですか?」
「そんな便利な錬金術あったら苦労しないわよぉ。――錬金術で出来るのはね、主に、結合、精錬、分解なの。成造は、金属なら、金槌で叩いて鍛造したり、型に流しこんで鋳造したりしなきゃならないのよ。それができて初めて錬金術師なんだから」
つまり半分は鍛冶屋さんと同じってことですね。
ちなみに錬金術は、本来なら錬金の儀方とされるべきところですが、正式な分類法ができる以前から、錬金術として巷に広まっていたので、変更されずにそのまま術法にカテゴライズされたみたいです。
「しかし先生、ここには成造のための設備がありませんが」
「わかってるわ。だけど、ツクモちゃんがいるじゃない」
へっ?
僕?
「ツクモちゃんは、錬成は無理だけど、成造は出来るでしょう。『工作』の機能でさ」
タヴシャンがウインクします。
「『工作』があれば、手技は必要ないでしょ。なんでも一瞬で具現化しちゃうんだから」
なるほど、造り方さえ教えてもらえれば、『工作』が使えますね。
「でもホント凄いわよねぇ、『耶代』ってさ。――魔導体系には、物を造る術なんてものは存在してないのよ。だとしたら、一体どうやって『耶代』は物を造ってるのからしら?」
首を傾げるタヴシャン。
「『耶代』も、ビルルルも、このアホも、イかれてんだよ。俺でさえ分かんねぇことだらけなんだからな……」
苛ついた顔で舌打ちするアティシュリ。
矛先がこっちに来る前に話を戻しとかないと。
「えーと……。つまり、成造は僕がやるってわけですかね?」
「そゆことね」
「でも、『任務』では耶卿に“完遂”させるってありますけど」
「だからぁ、最後の仕上げをヒュリアちゃんがやるのよぉ。ツクモちゃんが造った台座に錬鉱をつけて、最後にヒュリアちゃんが、『魂露』をかける。それで完遂で良いんじゃなぁい?」
「そんなんで大丈夫ですかねぇ」
「台座なんて何でもいいんだから問題にする必要ないと思うわよ。肝心なのはマアダンダマル錬鉱の錬成と『魂露』を錬換したってことなんだから」
タヴシャンがウインクします。
確かにマアダンダマルの錬成は成功したし、『魂露』もタヴシャンの前でヒュリアが錬換してみせたやつが、『倉庫』にしまってあります。
「まあ、言われてみれば、そうかもしれないすね……」
『耶代』は方法とか手段とかは指定してないですもんね。
「じゃあ、ヒュリア、台座に関して何か注文あるかな?」
「私が決めるのか?」
「その方が良いんじゃない。耶代の任務なんだからさ」
「なるほど、わかった……。そうだな……。もう腕輪はあるし、指輪や柄の飾りでは、剣を握るときに邪魔になりそうだ。――首飾りが良いかもしれないな」
「首飾りね。じゃあ、それでいきますか。――タヴシャンさん、首飾りに適した材料って、どんなものがありますかね?」
「ちょっと待ってね」
タヴシャンは自分の荷物を、ガサゴソ探して、或る物を取出します。
それはテーブルに置かれると、ことりと音を立てました。
金色に輝く小さな金属の延棒です。
「うわっ、これって、もしかして金ですか?!」
「なわけないでしょ。クスタフルクっていう錬鉱よ。銅と亜鉛の合金ね」
銅と亜鉛の合金ていうと、確か真鍮のはずです。
バシャルでは真鍮をクスタフルクって言うみたいですね。
「この錬鉱は伸ばしやすいから、他に比べて加工が楽なの。まあまあ硬いし、色も綺麗だし、装身具にはぴったりよ。――これあげるわ」
「ありがとうございます」
ヒュリアが頭を下げます。
「その代わり、なんだけどぉ……、ツクモちゃあん……」
タヴシャンは、もじもじしてます。
「ああ、はいはい、お酒ですね。あげます、あげますよぉ、五割増しでぇ」
「きゃーっ」
奇声を上げたタヴシャンは僕に抱きついてキスの雨を降らせます。
それを見つめるヒュリアの冷たい視線。
僕からお願いしたわけじゃないんだからねっ!
「ところでよぉ、その『霊器』、そもそも何に使うんだ?」
素気ない感じでドラゴン姉さんに指摘されました。
「それに、使うにしても耗霊を『召喚』する必要があんだろうがよ。けど、ここには『召霊術』を使えるやつが居ねぇじゃねぇか」
確かにぃ……。
タカアシガニぃ……。
一体、耶代は何のために『霊器』を造らせたんでしょう?
ちなみに『召霊術』は霊体に関する魔導のことで『召喚』の技も、そこにカテゴライズされてます。
「とりあえず完成させてみれば分かるんじゃないか?」
ヒュリアは真鍮の延棒を取上げると、僕の手を両掌で包込むようにして、渡してくれました。
「そだね……」
柔らかい手の感触。
嬉しいけど、なんか照れちゃうな。
「それじゃ、首飾りの成造について詳しく説明するわね」
ということで『倉庫』の中に、延棒とマアダンダマル錬鉱を一旦しまって、まずは首飾りの造り方の講義をタヴシャン先生から受けることになりました。
造り方を簡単に順序立てると、最初に真鍮で小さな輪を造り、それを繋げて鎖にします。
次に、覆輪留めと呼ばれる手法を施した台座を造ります。
覆輪留めは、枠で包込むようにしてチャームを留めるもので、チャームが簡単に外れないように、しっかり固定できるのです。
そして台座の上部に環と呼ばれる器具を取付け、そこに鎖を通した後、鎖の両端に留め具を繋げれば、首飾りの出来上がりです。
さて、講義が終わったところで、さっそく実践です。
造り方を思い出しながら、右掌の上に首飾りが具現化するように念じます。
すると、空間が僅かに揺らいだ次の瞬間、金色に輝く真鍮の台座に嵌めこまれた、マアダンダマル錬鉱の首飾りが現れました。
「わぁおっ! いいんじゃなぁい!」
タヴシャン先生から御褒めの言葉、頂きましたぁ!
「さて、仕上げは、君の役目だよ」
『倉庫』から酒盃に入った『魂露』を取出し、首飾りと一緒にヒュリアへ渡します。
ヒュリアは、一度大きく深呼吸した後、首飾りをテーブルに置き、『魂露』をかけようと酒盃を手に取りました。
そこでアティシュリから注意が入ります。
「一滴でいいぞ。それと、こぼすなよ。どんな反動があるかわからねぇからな」
ヒュリアは頷くと、注意深く酒盃を傾けました。
振動し続ける水が一滴、酒盃から離れ、錬鉱の上にポツリと落ちます。
『魂露』の滴は、染込むように錬鉱の中へ消えていきました。
すると、その途端、目覚めたての人間のように、首飾りは、ぶるぶるって震えたのです。
チャイム音が鳴り、羅針眼が立上がります。
『任務が達成されました』
おっ、来ましたな。
さて、今回は何が起こるんでしょうかねぇ。
しばらくすると、またチャイム音が鳴り、こんな表示が現れます。
『耶宰が新しい儀方を取得しました』
儀方?
術法じゃなくて?
とにかく儀方の欄を開いてみましょう。
『家事全般』と『出納』の下に新しい儀方が追加されてますね。
『化躰』
『脱躰』
『沾漸』
儀方ってことは、何か物と関係あるってことですよねぇ。
「ツクモちゃぁん、どうしたの? 何かまずいことでもあったぁ?」
黙りこんでいた僕に、タヴシャンが聞いてきました。
「いや、違うんです。実は今、新しい儀方を取得しまして」
「新しい儀方?」
「はい、たぶん任務達成の報酬じゃないすかねぇ」
「そんな簡単に儀方がもらえるんだぁ」
タヴシャンは目を丸くします。
「言っただろ、このアホと、この『耶代』は、おかしいんだよ」
グチるアティシュリ。
「ならば、『任務』は無事完了ということでいいのか、ツクモ?」
ヒュリアが不安そうに言います。
「うん、ありがとう。大変だったね。――任務達成だ」
タヴシャンがパチパチと手を叩きました。
「それを聞いて安心したよ」
ヒュリアは胸に手を当て、大きく息を吐きました。
任務の達成が、自分の錬金術の出来次第だってことが、かなりのプレッシャーになってたと思います。
きっと心身ともに疲れ果ててるに違いありません。
「少し休んだら? あんまり寝てないんでしょ」
「それよりも、汗を流したいな。ずっと座って錬成してたから、身体がなまっているんだ」
ヒュリアは『魂露』を僕に渡し、大きく伸びをしました。
そして壁に立掛けてあった愛剣クズムスを手に取ります。
「ちょっと剣を振ってくる。一汗かけば気分もよくなるだろう」
「うん、わかった。もう少ししたら、昼ごはんにするからね」
ヒュリアは頷いて外に出ていきました。
「えーと、それでは、任務達成のお祝いってことで、タヴシャンさんには葡萄酒を二本進呈しまぁす」
「これこれぇ!」
葡萄酒の瓶にキスするタヴシャン。
アティシュリが羨ましそうにしてますんで、嫌味を言われる前に、キャラメルを支給しときましょ。
うるさいお局様方の口を封じたところで、取得した儀方の説明を見てみることにしました。
まずは『化躰』から。
『自分の意志で霊器の中に入るもの』
霊器の中に入る?
だとしたら、『脱躰』の方の説明は予想できます。
でも、一応見てみましょう。
『自分の意志で霊器の中から出るもの』
やっぱり思ったとおりでした。
じゃあ最後の『沾漸』ていうのは?
『物体に自分が取得した力を付与するもの』
こりゃゲームでいうところの、エンチャントってやつですな。
ヒュリアの剣に僕の炎摩導を『沾漸』させれば、攻撃力がアップするってことですよね。
なかなか、使えそうです。
でも『化躰』と『脱躰』の儀方って何のためのものなんでしょう?
霊器の中に入っても、特に何かができるわけでもなさそうだし。
首飾りになってヒュリアの胸の谷間で、ぱふぱふしてもらえとでも?
おおっ、それは、なかなか良いかも。
サイズは中くらいだけど、あの柔らかそうで綺麗な胸にはさまれて……。
いやいや、ちょっ、待てよ……。
何か、ひっかかるなぁ。
頭の中にモヤモヤが湧いてきて、イライラします。
そのとき、屋敷の外から女性の叫び声が聞こえました。
「ヒュリア皇女!」
声の感じが全然フレンドリーじゃありません。
もちろん、ヒュリアの声とも違います。
なんかヤバイいかも……。
僕は急いで外へ飛出しました。




