彼氏彼女の自由<1>
「ツクモちゃぁん、お酒ちょうだぁい」
錬成室から出てきたタヴシャンの第一声が、これです。
まったく、まだお昼だっていうのに、もう酒かい。
この姉さん?
いや、オバサン?
いやいや、婆さん?
まあ、酒を飲むのは良いんですけどぉ、キス魔なんすよねぇ。
しこたま飲みながら、僕をつかまえて、おつまみ代わりにキスをしまくるんです。
自分で言うのもなんですが、こんな真黒焦げの地縛霊に、よくキスできますよね。
キスだけじゃなくてナメたりもしてくるんで、もしや黒チョコレートとでも思ってるんじゃないかって。
絶対、炭の味しかしないでしょうに……。
タヴシャンはロシュ、つまりダークエルフの女性で、見た目は20代のキャバクラ嬢です。
褐色の肌に銀色がかった青い髪、暗青色の瞳に朱赤の唇。
コスメのCMにでも出てきそうな美貌です。
「まだ昼ごはん前っすよ。せめて、ごはんの後にしてください」
「ええぇ、いいじゃなぁい、少しくらいさぁ」
テーブルにうつ伏せて、上目づかいで見てきます。
酒と金には意地汚いんですけど、ボン、キュッ、ボンの上に、すっごい美人ですんで、こんな風に見つめられると、ね、ザワつきますわな……。
「そ、それより、錬成の方はどうなんですか。ヒュリア、どこまで進んだんですかねぇ?」
「そうねぇ、八割くらいは、いってるかなぁ。もう少しで錬成できるようになると思うわよぉ。――そんなに心配しなくても大丈夫だって。この私が教えてるんだよぉ。だから、ねっ、一杯だけぇ」
彼女が、『耶代』に来てから今日で15日目です。
なんでここにいるのかと言いますと、耶代が新しい任務として、ヒュリアに『霊器』を造らせろって言出したのが原因です。
命がけで『魂露』を造らせといてすぐに、そんなことを言ってくるから、大分悩んだんですよ、ヒュリアに話すべきかどうか。
でも絶対インターバル必要だよねってことで、結局、当分話さないって決めて放っておいたんです。
ところが半月以上過ぎた頃です。
また例の赤い文字が点滅して、早く任務やれって『耶代』さんに責付かれることになりました。
ちなみにバシャルの一月は24日となっとります。
てことで、かなり時間も空いたし、そろそろ良いかなって思ってヒュリアに話してみました。
そしたらヒュリアは、ならば早速始めよう、って。
やっぱり即断するわけですよ。
だけど『霊器』を、どうやって造ればいいか知るわけもないもんで、ここは八大霊龍の一柱、炎摩龍アティシュリ姉さんに、お伺いを立ようってことになりました。
このドラゴン姉さん、『魂露』を造ってからというもの、時々お出かけになるときを除き、ほぼ『耶代』に入浸ってキャラメルをせびるのです。
ちゃんと棲処、帰れや。
家出娘か。
まあ、そんなわけで造り方を尋ねたみたんですよ。
そしたらドラゴン姉さん、知らねぇ、っていう素気無いご返事でした。
何かないんすか、って食いさがっても、知らねぇもんは知らねぇ、って。
そこで僕は、ついに伝家の宝刀を抜いたわけですよ。
情報をくれたら、ドラ焼を献上しますよぉ、って。
現金なドラゴン姉さんは、よだれをダラダラ垂らして頭を掻きむしりながら記憶を探りまくりまして、あることを思い出します。
それは、ビルルルとアイダンの弟子だったロシュの女性がオルマン王国にいるってことでした。
あいつに聞けばわかるんじゃねぇか、ってことで、じゃあ連れて来てくださいよ、と。
なんで俺がそこまでしなきゃなんねぇんだ、って怒ったんで、そんじゃドラ焼に水羊羹もつけますよ、と。
そしたら、さすがは世界を守る八大霊龍の一柱です、俺をなめてんのかっ、て物凄い危ない目つきで睨まれて……。
――速攻で連れて来てくれました。
まったく……。
でも、そのとき初めてアティシュリさんの真の姿を見ることができたんです。
赤く輝く鱗に覆われ、巨大な翼を広げる炎のドラゴン。
体長は、尻尾を入れると30メートル近くあるでしょう。
屈強そうな四肢の先には鋼色の太い爪が光り、頭には二本の銀色の角、口には鋭い牙が並び、人の顔ほどもある青い瞳が煌めいています。
カッコいい……。
やっぱりここは異世界なんだって再確認しちゃいました。
炎摩龍が翼をはためかせると、物凄い風が渦巻き、周りのヤルタクチュが激しく揺れ動きます。
そして、一際強く羽撃った途端、その姿は青空の彼方に小さくなっていました。
一瞬で、あんなに高く飛べるって……。
やっぱドラゴン、凄ぇ……。
それから数時間後、ドラゴン姉さんの背に乗ってやってきたのが、この方、“タヴシャン・イルテギュン”さんというわけです。
年齢は1412歳、独身、恋人募集中だそうで。
恋人募集中の件は置いといて、年齢を考えると、ちょっと困りますよね。
1000歳越えって……。
ねぇ……。
見た目は姉さん?
実際は婆さん?
間を取ってオバサン?
まあ、アティシュリはドラゴン姉さんなんで、こっちはロシュ姉さんってことで落着こうかと。
タヴシャンは、オルマン王国の北辺の町ギイキジクの路地裏で錬金術をなりわいとしています。
若い頃、賢者アイダンが設立した魔導学校に通って勉強してたんだそうです。
彼女、錬金術の才能があって、アイダンやビルルルにも認められてたらしく、その縁でビルルルが『耶代』の儀方を完成させるのを手伝たって話です。
だから、やり方を知ってるわけです。
魔導学校から手を引いた後アイダンは、東の大陸にいた妖精族を引連れ、西の大陸へ渡りました。
でも数人の妖精族は、東の大陸に残ることにしたようです。
つまりタヴシャンも、その一人なのです。
なんでアイダンと一緒に行かなかったのかって聞いたら、人間の男性が好きになり、一緒に暮らしたかったからだとか……。
なんかキャバクラ嬢が、売れっ子ホストと同棲して貢いでる絵を想像してしまいました。
てなわけで、耶代にやってきたタヴシャンは、なんだかんだでヒュリアの先生になり、『霊器』の錬成方法を教えてくれてるわけなんです。
でもでもぉ、タヴシャンの報酬は一日につき、金貨一枚。
これは、かなり破格な金額でして。
バシャルでは、金貨一枚あれば一月暮らせるんです。
かなり高額だな、ってヒュリアも目を丸くしてました。
ロシュ姉さん、マジ、ボってんだろがいっ!
つまり、ここにきて我らは最大の難局を迎えることになったのでした。
お金が無いのですっ!
すかんぴんなのですっ!
『倉庫』の中をいくらほじくり返しても見つかりません。
アティシュリの話じゃ、ビルルルが西の大陸へ観光旅行へ行くとき、治癒薬とか回復薬とかと一緒に、お金も全部持っていったらしくて。
だから『倉庫』の中には、普通の傷薬とかしかなかったんだって納得しました。
さらに、『霊器』の錬成には、特殊な材料も必要なります。
それは、ダマル鉱とツツマ鉱という二つの鉱石で、それらを結合、精錬して『霊器』は出来上がるのです。
でも、どちらもかなりレアで、滅多に手に入らないみたいで。
どうしたらいいのか?
悩んでいた僕を助けてくれたのは、請負役の皆さんでした。
通販のCMみたいや……。
実はヒュリアが『魂露』を成造してから今日までに、複数の請負役がリクルートしに来てくれてるのです。
まずご紹介するのは『滓蛄』君です。
見た目は、オケラっていう虫そのもので、大きさは1メートルぐらいあります。
日本では昔、田んぼや畑で見られたみたいですけど、今じゃ絶滅危惧種らしいです。
僕もネットで知ってただけで、生で見たことはありませんでした。
彼らは主に地中で暮らしています。
そのため前脚がモグラみたいになっていて、それで土を掘って移動するのです。
『滓蛄』君が『耶代』から請負った仕事は鉱石採集です。
『請負』が成立した後、『霊器』成造にダマル鉱とツツマ鉱が必要だってことがわかりました。
どうやって確保しようか考えてるうちに、いつのまにか『滓蛄』君が両方とも、きっちり『搬入』してくれていたのです。
これで霊器の材料の心配はなくなりました。
次に『請負登録』したのは『空巣鼠』君です。
見た目は灰色の鼠で、大きさは五センチぐらい。
とっても小さいんですけど、ヤバい歯を持っていて、硬い石にも、簡単に穴を開けてしまいます。
あとカメレオンみたいに身体の色を変化させて背景に溶込んで隠れることもできます。
彼らは、鋭い歯で壁に穴を開けて人家に侵入し、宝庫からごっそり金貨や宝石なんかを盗っていきます。
集めたお宝で、自分達の巣を飾付けするためです。
こんなことから、“こそ泥”という悪名でも呼ばれていてます。
『請負登録』の後、彼らは定期的に金貨を上納してくれるようになりました。
どっかから盗んできたんでしょうけど、ねずみ小僧からの贈物ってことで、マネーロンダリングされたとみなしとります。
主夫としては家計のやりくりが大変なんよ。
これでタヴシャンへの報酬の支払いもクリアしました。
三番目に『請負登録』したのは『沼熊』君です。
『沼熊』君は、前歯が出てる熊みたいな姿をしてます。
巨大なビーバーのラスボスって言うほうが、わかりやすいかもしれません。
身長は2メートル以上あって、地響きドスドスの二足歩行でやってきます。
彼らの担当は、石材や木材などの建築資材の採集です。
重さにしたら数百キロもある石なんかを軽々と担いで『搬入』してくれます。
この石や木で彼らは、湖や沼なんかに要塞みたいな巣を造っているのだそうです。
それと、ありがたいことに、空になった水甕を置いとくと、水を満タンにしてくれたりもします。
これで水の心配も無くなりました。
四番目は『鷹蜂』君です。
カラスぐらいの大きさの蜂で、地球の足長蜂に似た姿をしています。
ただ彼らの主食は、足長蜂とは全く違います。
小麦や米なんかの穀物を食べるのです。
野生の穀物なども食べますが、収穫期になると農家などに行って小麦などが入った袋を勝手に持っていきます。
ただそのとき、代金の代わりに『蜂脂』を置いていくそうです。
蜂脂は長命の薬として知られ、高額で取引されます。
だから農家は、むしろ『鷹蜂』君が来てくれるように、わざと納屋の外に穀物の袋など出しておくらしいです。
この礼儀正しさが賞賛され、彼らには“紳商”っていう二つ名がつけられています。
『空巣鼠』君の“こそ泥”とは雲泥の差ですね。
さらに彼らは穀物だけでなく、砂糖や塩、野菜や果物、卵や牛乳なんかも農家から頂戴して搬入してくれます。
まさに『紳商』って名前に相応しい活躍ですな。
最後に『城蟻』君について補足しておきます。
言うまでもなく最初に『請負登録』してくれた『妖蟲』です。
彼らが請負った仕事はというと、自分達の唾液と土なんかを混ぜた『バア』というものを『搬入』することなのでした。
『バア』は赤い色のセメントみたいなもので、建築資材として、かなり優れてるそうです。
この『バア』を使って城のような巨大な蟻塚を造るんで、『城蟻』って名前がついたみたいですね。
ちなみに、『バア』が赤いのは彼らの唾液が赤いからです。
その上、自分達の獲物でもある大型動物の肉を『搬入』してくれたりもします。
このおかげで食料危機も、回避されたのでした。
しかし、ヤルタクチュを無力化することが、請負役を呼びよせることにつながってるとはねぇ……。
『城蟻』が来たときは、損したような気分だったけど、実際はメッチャお得でした。
『耶代』は、これを見通して、あんな任務をさせたってことですかね。
なんか、すげぇな『耶代』。
後でもう一回、霊器に参拝しとこうっと……。
「――ねぇ、黙ってないでお酒ちょうだいってぇ!」
タヴシャンが口を尖らせてます。
「駄目ですって。まだヒュリアが頑張ってるんですよ」
「もおっ、ケチっ!」
頬をプクっとふくらませてます。
カワイイんすけど、これは間違いなく、あざと攻撃ですな。
客にドンペリを注文させるための罠です。
クソっ、負けるわけにはいきません。
「もし、飲ませてくれたら、またナメナメしてあ・げ・る・か・ら」
ナメナメ……。
タヴシャンはペロッと舌を出し、グロスでも塗ったような艶のある唇を舐め回しました。
濡れた舌は、別の生き物のように唇をはいまわります。
確かにあの舌の感触は、なかなか……。
いや、いかん、いかん、僕にはヒュリアがいるじゃないか……。
でも『倉庫』から酒を出したい気持ちが、高まるぅぅぅ……。
ナメナメのATK、超強ぇよぉ……。
そのとき勢いよく錬成室の扉が開きます。
「先生っ!」
中からヒュリアが飛出して来ました。
口から心臓が飛出しそうになります。
マジ、ビビった。
まあ、心臓出ちゃっても問題ないけど。
ヒュリアは一瞬僕をチラ見します。
う、浮気なんかしてないんだからねっ!
君一筋だおっ!
気をつけして敬礼です。
「――これで、どうでしょう?」
ヒュリアは僕を無視して、持っていた物をタヴシャンに見せました。
「どれどれぇ」
タヴシャンはヒュリアの手から、それを取上げて、陽の光にかざします。
それは底面が正三角形で、他の三面が細長い二等辺三角形によって構成された三角錐の宝石でした。
大きさは大人の親指くらいで、透通った濃い紫色をしています。
宝石の中を陽の光が透過して、キラキラと輝き、とっても綺麗です。
「うん、いいじゃなぁい。合格よ」
「よしっ!」
「やったね、ヒュリア」
ヒュリアは目を輝かせ、僕に向かって拳を突出します。
僕は自分の拳を突合わせました。
「でも、まだ完成じゃないわよ。このマアダンダマル錬鉱は、確かに重要だけど、霊器の核にしかならないからね」
「では、この後の作業はどうなるのですか?」
「これに身体を造ってあげて、それから『魂露』をかけてあげるの。それで擬似生命体の出来上がりってわけ」
タヴシャンは最初、ヒュリアに教えるつもりなんか全然なかったみたいです。
でも、知合いだったアティシュリに脅かされて無理やり連れてこられたのでした。
彼女は、ビルルル以外に魂露を錬換できる者なんていないと思ってたからです。
でも目の前でヒュリアが『魂露』を錬換したのを見て気が変わり、結局、自分の方から教えるって言出したのでした。
ヒュリアはあの騒動の後、無理なく、一人で魂露を錬換できるようになったみたいです。
ただ、錬換の後は気絶して、丸一日寝てましたけど。
「身体とは、どんなものですか?」
「そうねぇ、なんでもいいんだけどぉ……、指輪、腕輪、首飾りとかぁ……? あなたなら剣の柄にはめるなんてのも良いかもね。とにかくこの錬鉱を収められる台座ってこと」
タヴシャンはそこで紫色の宝石に軽くキスしました。
ほんとキス魔です。




