私とフェトヒは団長の側に駈寄る。
既に四人の隊長が倒されてしまった。
ジョルジの力は私の想像を遥かに超えている。
3000の兵を全滅させたというのも頷けた。
魔導での攻撃は無いが、身体能力と防御力が異常に高いのだ。
「奴の鎧には『四冠』の魔導は通じない! しかも再生能力もある! 武器主体の攻撃に切替え、深入りせず包囲しろ! ――私がやる! それまで時間を稼いでくれ!」
団長の声が響き渡った。
それを聞いたイスメト、セルカン、ベラトの三人は武器を構えながら前進し、包囲網を狭める。
三人に囲まれたジョルジは、素早く四方を見回した。
まるで動物が逃道を探していかのような動きだ。
「魔導は完全に無効化されるのですか?」
「いや、無効化ではない。減殺されるのだ。本来の力の三割がいいところだ。オメルの『瑾摎』なら、一瞬でジョルジを潰せたはずだ。それが身体を覆うだけで、かなりの時間を要していただろう」
「あの鎧が効果を阻害していたということですか?」
「そういうことだ。――イドリスのものも同じなんだ」
言われてみれば確かに、以前見た『瑾摎』は、一息で敵を埋潰していた気がする。
『四冠』の魔導が通じないなら、団長以外の者の魔導は使物にならない。
しかも物理攻撃で損傷を与えても、再生されれば意味がない。
つまり頼みは団長の魔導と、そして、私の武器だけということだ。
団長は帝国でも数少ない『三冠』の魔導師であり、照応する元素は雷である。
「副長、しばらく指揮を頼む」
団長は、腰に提げていた愛用の武器を手にとり、目を閉じられた。
すると全身が、ほんのりと青く輝き始める。
充典に入られたのだ。
団長の武器、それは『把剣』と呼ばれる非常に特殊なものである。
通常の剣のような柄はなく、弓形の刃だけで形成された剣で、刃は人の前腕ほどの長さがある。
刃の背の中央には持手となる穴があり、そこに指を入れて握る。
つまり、握った拳の上に弓形の刃が載っている形となる。
主な攻撃態様は、敵を殴るように斬ることであり、また両端にある鋭い刃先で刺すこともできる。
戦術も独特で、騎士が一般に用いる剣術とは全く異なり、格闘戦における拳術を応用したものだそうだ。
隙を突いて逃げようとするジョルジに、二本の短剣を構えたイスメトが、襲いかかった。
彼は走りながら、短剣に氷の元素を『沾漸』させた。
氷の元素を纏い、白く光る短剣は、鍛えられた鋼さえ容易に切裂くことができる。
また、刃が触れた箇所には氷魔導の『凍砕』の技が働き、部分的に、対象を凍らせ、同時に粉砕する。
さらにイスメトは『亢躰術』の『捷塁』の技で身体速度を上昇させていた。
一般の騎士ならば身体を壊しかねない速さでジョルジに肉迫し、肉眼では捉えきれない斬撃で斬りつけていく。
ジョルジはイスメトを捕まえようとするが掻い潜られ、四方八方から斬撃を浴びせられた。
ただそんな激烈な攻撃でさえ、ジョルジの青い鎧に傷をつけることはできていなかった。
イスメトが攻撃から一旦外れると、間髪入れず左右からセルカンとベラトが連携して攻撃を加える。
風魔導を沾漸され緑に光るセルカンの剣には、『剥擂』の技が働いている。
『剥擂』をうけた箇所は、風の元素に抉りとられ、深い傷痕が残るのだが、もちろん青い鎧には効果がない。
一方、ベラトは剣を振るいながら、時折、至近距離で『炎弾』を打込んでいるが、やはりこれも腕で振払われてしまっていた。
彼ら三人だけでは、包囲網を破られるのも時間の問題だろう。
だが四人なら、当然三人よりは長く時間を稼げるはずだ。
「援護するわ!」
腰に提げていた愛用の武器を抜き、私も包囲網に加わった。
私が『誉武式』に合格し、騎士になれた理由、それは剣術や魔導を認められたからではない。
ユルダクル家に伝わる或る武器の扱いに習熟していたからだ。
その武器は、『銃』と呼ばれている。
元々は魔族が使っていた武器だったが、『災厄の時』以降、私達人間に伝わった。
『炸薬』によって小さな金属の弾を撃ち、敵を倒すもので、弓矢よりも遥かに殺傷力が高い。
本来ならもっと広まっていて良いはずなのだが、人間社会には『災厄の時』の時に出回った分しか残っていない。
なぜなら、分解し構造を解析してはみたが、成造には高度な技術が必要であり、人間の錬金術師では再現不可能だということが判明したからだ。
現状、帝国全体で確認されている銃の数は100丁未満とされている。
その上、1000年という歳月で経年劣化し、武器として使物になるのは、さらにその一、二割程度なのだ。
そんな貴重な銃の一つが、我がユルダクル家に代々伝わっていた。
しかも先祖の手入れが行届いており、現役で使うことができる。
私は幼い頃、武器愛好家だった父より、銃の扱いの手解きを受け、その仕組みや使用法に精通していた。
また弾については、資金と伝手さえあれば西の大陸にある黒妖精の国ザナートから輸入できたので、射撃の修練に事欠くことはなかった。
そしていつしか私は、十代前半で、直線距離で30クルシュ近く離れた的にも命中させることができる技量を獲得していたのだ。
しかし、ジョルジの青い鎧に対しては、どんなに銃が物理的攻撃力に優れているとしても、損傷を与えるのは難しいだろう。
ただ、それは通常の物理攻撃という前提での話ではある。
通常でない攻撃なら?
鎧を破壊できるかもしれない。
近年、ザナートでは特殊な兵器が開発されていた。
それは『魔導弾』と呼ばれるものである。
武器などに沾漸された元素の力は、術者の恃気が尽きたり、意志が中断されれば、効果が無くなる。
しかし魔導弾は一度沾漸させると、術者の意志から独立し、数年間それを保持することができるのだ。
これは画期的なことである。
なぜなら、自分の『冠位』や元素照応性に制限されることなく、他人が沾漸させた、あらゆる元素の弾を銃で撃つことができるからだ。
なので私はアザットとの戦に備えて、魔導弾を大量に輸入したのだった。
魔導弾の具体的な取扱い方は次の通りだ。
まずあらかじめ『三冠』で炎の照応性を持つ魔導師に頼んで、魔導弾に『三冠』の炎の力を沾漸してもらっておく。
そうすれば、私のように『四冠』で照応性が雷の魔導師でも、その弾を使うことで、自分より『冠位』が上で、照応性も異なる炎魔導の攻撃を敵に加えることができる、というわけだ。
六席から首席までの勇者は全員、『三冠』の魔導師である。
他にも『三冠』の魔導師はいるが、私が親しくしているのは勇者の内の二人だけだ。
一人はもちろん団長、もう一人は二席の勇者である氷魔導の使手“バクシュ・ルズガルグル”だ。
バクシュは気さくな人物で、私が魔導弾の『沾漸』を頼むと快く引受けてくれた。
もちろん団長からも雷魔導弾を十分に頂戴している。
なので今、銃の回転式弾倉の中には四発の雷魔導弾と一発の氷魔導弾が入っていた。
きっと、この特殊な魔導弾という兵器なら、ジョルジに通用するのではないだろうか。
ベラトが剣を突出しながら、身体ごとジョルジに突進する。
剣先はジョルジの腹に直撃するが、鎧の硬度と表面の滑らかさによって上滑りし、ベラト自身がジョルジに頭から体当たりする格好になった。
ベラトを身体で受止めたジョルジは、組んだ両手を背中へ叩きつける。
激しく地面に打ちつけられて血を吐くベラト。
その頭を踏潰そうとジョルジは右脚を上げた。
私はそれを阻止するため、ジョルジの左肩を撃った。
鋭い銃声が森に轟く。
銃声と重なるようにジョルジが低く唸った。
雷魔導弾は鎧を破壊し、内側にあるジョルジの肉体にまで損傷を与えたのだ。
破壊できたのは、赤子の指先ほどの範囲ではあるが、そこから微かに血が飛散るのを確認した。
雷魔導の沾漸の技は、『震捶』と呼ばれ、攻撃部分を感電させ、破砕するのだ。
思った通り魔導弾は通用した。
すぐさま私は、残りの雷魔導弾を全弾、できる限り的を絞って、ジョルジの左肩へ撃ち込んだ。
連続して魔導弾が当たった部分が破砕されると、僅かだが先程よりも穴が大きく広がる。
もちろん飛散る血の量と、ジョルジの唸声も大きくなった。
「イスメト! 左肩の鎧を破壊したわ、そこを狙って!」
「承知」
イスメトは『捷塁』の技を何度か上進させ、さらに速度を上げ、ジョルジの左側から攻撃をしかけた。
『捷塁』を一回上進させる度に、普段の状態から10分の1ずつ速度が上がっていく。
慣れないと難しいが、亢躰術を使う度に、術者の下腹部が、ほのかな薄紫の光を放つのを見ることができる。
なので、下腹部を注視していれば、技の発動が分かるのだ。
イスメトはジョルジに急迫し左肩の穴を狙ったが、青い鎧は一呼吸のうちに穴を修復してしまっていた。
せっかく攻略の糸口を見つけたと思ったが、修復が早すぎる。
これでは手の施しようがない。
絶望的な気持ちになったとき、天佑のように団長の声が聞こえてきた。
「すまん、待たせたな。皆、少し休んでくれ」
団長は、ゆっくりとジョルジの前に進み出た。
ジョルジは、まるで久しぶりに会った知合いのように近づいてくる団長に戸惑い、動きを止めている。
私達も啞然として、様子を見守った。
「ジョルジ・エシャルメン、私は、お前のような者を待っていた。――イドリスと皇女がいない虚しさを、お前ならば満たしてくれそうだ……」
団長は、まるで愛の告白のように、語られる。
私の心にジョルジに対する嫉妬心が湧きあがった。
「イドリスの鎧を潰すために編んだ技、『雷蛇穿』。お前で試させてもらう」
宣告するやいなや、緩やかに光っていた団長の全身が激しく輝いた。
すると、その輝きから紺色の雷の元素が、細かい粒の形で無数に湧き出し、周りに浮かんだ。
『雷弾』の技に似ているが大きさと数が違う。
通常の元素弾は、人の拳ほどになるが、その粒は指先ほどの大きさしかない。
もしそれぞれの粒が通常の雷弾に匹敵する威力を持っているとするなら、団長は『発動の態様』を相当修練されたに違いない。
だが、それ以上に問題なのは、あの数だ。
きっと数百はあるだろう。
元素弾を率導で操るには、自分の意志をそれぞれの弾に配分する必要がある。
一般の魔導師が操れるのは2、3個であり、多くても5、6個が限度だろう。
数百の元素弾を率導しようとすれば、発狂死しても、おかしくないのだ。
団長は一体どういう修練をされたのだろうか、想像すると恐ろしくなる。
把剣を握った右腕が高く掲げられる。
すると散らばるように浮いていた雷の粒は、把剣のすぐ上の宙空に集まって一列に並び、まるで蛇のようにくねり始めたのだ。
まさに『雷蛇』である。
そして、さながら開始を告げる鐘を打つかのように、団長はジョルジに向かって右腕を振下ろした。
すると解き放たれた紺色の蛇は、猛然と獲物に突進していったのだ。
雷蛇は叩き落とそうとするジョルジの腕を躱しながら素早く飛びまわる。
しばらくすると、蛇に翻弄されるジョルジに、焦りの色が見え始める。
それを見計らったように、今まで身じろぎせずジョルジを見つめていた団長が、突如として攻撃に加わった。
団長の参戦により、集中力を乱されるジョルジ。
雷蛇は、その心の隙を見逃さず、ついにジョルジ右胸に喰らいついた。
私はそこで、団長がこの技を編んだ意図に思い至った。
ジョルジの鎧は『三冠』の魔導で傷つきはするが、すぐに再生してしまう。
といういことは、連続で同じ箇所に元素弾を当て続けて再生を阻止すれば、内側の肉体を確実に攻撃することができる。
この事実は先程の銃での攻撃で証明されている。
さすがは団長。
イドリスとの戦いで鎧の弱点を見抜いていたのだ。
おそらくこの状況は団長が思い描いた通りの展開に違いない。
だが、そうは言っても、この魔導は常人には真似できない。
実行するには、恐ろしいほど強靭な精神と大量の恃気が必要になるからだ。
雷の粒は連続して右胸の同じ部分に当たり続ける。
当然、鎧の再生が追いつかず、穴が広がり始めた。
もちろん蛇の粒も頭から順に当たることで数を減らし、長さが短くなっていく。
ジョルジは苦しげな唸声を上げながら蛇を掴もうとするが、その度に団長が攻撃をしかけてくるので成功していない。
時間が経つほど、鎧の中にある肉体への影響は大きくなっていく。
皮膚が破れ、肉をえぐり、穴から血があふれ、地面に滴った。
ジョルジがまた、森全体を揺るがすほどの雄たけびを上げる。
しかしそれは、従前の怒りと苛立ちから発せられた威嚇の声ではなく、苦痛と恐怖からくる悲鳴のように聞こえた。
ジョルジは、鎧と蛇の間に強引に左手を差入れる。
胸に当たっていた粒を、左手の籠手で防ぐためだ。
短くなった雷蛇は、最後の力でジョルジの籠手に穴を開け、消失していった。
しかし雷蛇が開けた穴は掌大にまで広がり、そこから覗く胸の皮膚は、雷魔導の効果で、裂け、焼かれ、酷い有様になっていた。
「私の考えはっ! 間違って! いなかったなっ!」
『捷塁』を一瞬で何段階も上進させ、攻撃の速度を急上昇させた団長は、両手の把剣で正面からジョルジに連続で斬りつけていく。
ジョルジは、あまりの速さについていけず、咄嗟に両前腕を顔の前で交差させて身体を丸め、防御を固めた。
団長は、それを見て取ると、唐突に攻撃の方向を変えて右手の把剣を振上げ、ジョルジの頭を狙った。
意表を突かれたジョルジは、頭を守ろうと両腕をかざす。
そこに隙が生まれた。
右手の攻撃は、囮だっのだ。
机を拳で叩くように、左手の把剣の端にある刃先が、まだ再生しきれていないジョルジの右胸の穴に突刺ささる。
ついに本当の悲鳴がジョルジの口から迸った。
ジョルジは突刺さった刃先を抜くために素早く、しゃがみこむ。
傷口から大量の血が噴上がった。
しゃがんだ状態から急速に後方回転を繰返し、団長から距離をとったジョルジは、踵を返し逃出した。
「逃がすな!」
団長の号令が響く。
イスメト、団長、セルカン、私、フェトヒの順で後を追った。
たとえ鎧は再生しても、肉体についた傷は治らない。
あれだけの血が噴出したのならば、治癒術をかけない限り、鎧の中でも出血は続く。
ジョルジの力を弱め、命さえ危うくするだろう。
討伐の好機である。
案の定、ジョルジの動きは鈍っていき、走る速度が急速に落ちてきていた。
一方で追いかける私達の攻撃の手は激しくなっていった。
大きな痛手は与えられていないが、消耗させるには充分だ。
かなり長い間、ジョルジは逃げ続けた。
だが森は、どちらに逃げても変わりはしない。
どこまでも暗く、どこまでも冷たい。
逃げても、逃げても、陽の光を見ることはない。
運に見放された人生と同じだ。
最後に行きつく場所は墓場である。
だが、そんな私の予想に反し、突然森が切れ、視界が開ける。
冬なのに緑の草が茂る野原が現れたのだ。
暖かな陽の光が降り注ぐ、その野原の奥に、瀟洒な丸太小屋が建っていた。
丸太小屋の前で、一人の女性が剣を振っている。
女性はジョルジと私達に気づくと、剣を構えた。
忘れるはずのない輝きが私の脳裏を貫く。
彼女の瞳は赤銅色の光を放っていたのだ。
「ヒュリア皇女!」
私は思わず叫んだ。