青の魔人<2>
「魔族を守るために、人間を殺しまくったわけか。マジで、とんだ人でなし野郎だな。魔族のゴミどもなんか、ほっときゃいいんだよ」
四番隊の隊長のウウルは、そうほざいた後で地面にツバを吐いた。
極端な吊目と尖った鼻、筋肉質だが細身の身体、腕力よりも速さに頼った戦いをする男である。
歳は29のはずだ。
戦闘の腕は確かだが、保守的な考えに固執し、女性に対しても強い差別意識を持っている。
そのせいか、一応私の命令には従うが、馬鹿にしたような目つきを返してくるのだ。
『団の嫌いな奴順位表』の二位である。
「魔族と言っても角があるだけで、人間と変わらないと聞いている。人間が自分の欲望を吐出す道具のように彼らを扱うことが間違いなんだ。ジョルジを絶対悪と断じることはできないと思う」
五番隊の隊長ブラクが、ウウルに反論する。
ブラクは糸のように目が細く、いつも微笑んでいるような印象がある。
団随一の弓矢の名手で、30歳だ。
相手の気持ちをくみとることに長けていて、部下の面倒見もよく、私にも敬意をはらってくれる。
内心私は彼を、第四団の良心と呼んでいる。
「けっ、上品ぶるんじゃねぇよ」
「お前こそ、もう少し人間性を磨いたらどうだ」
二人の間に不穏な空気が流れる。
「まあ、まあ、仲間内でよしましょうよ。この顔ぶれで、まだ旅をするかもしれないじゃないですか。出だしから喧嘩じゃ、この先キツイですよ」
間に入ったのは十番隊隊長のフェトヒである。
彼の後ろには影のように十番隊の女性隊員であるガムジが付従う。
フェトヒは口ひげをはやし、頭髪は髪油で撫付けられ、見た目は裕福な商人のようである。
日々、香水と口臭清涼剤を、かかさない洒落者だ。
団長よりも年上のように見えるが、実際は27歳である。
十番隊は団の兵站を担う部隊である。
そのため騎士としての力は中の上だが、人を惹きつける巧みな話術を使い、交渉を得意とするフェトヒが隊長に任命されている。
さらに彼は錬金術を得意としていて、団員が前衛で戦闘中に、後衛で錬金術を行って回復薬や治癒薬を練丹し、負傷者に与えることができるのだ。
一方隊員のガムジは、一見、10代の可愛らしい少女のように見える。
しかし、私やフェトヒより年上の28歳だった。
野草の知識が豊富で、薬草だけでなく毒薬や劇薬のもとになる毒草にも精通している。
彼女の外見に騙された敵は、毒の短剣を一突きされ、苦しみもがいて死ぬことになる。
「剣もまともに使えねぇ野郎は、ひっこんでろ!」
ウウルは、フェトヒにまで食ってかかる。
フェトヒは、気まずそうに頬を指でかいた。
「うちの隊長を馬鹿にするのは、やめてくださいな。たとえ剣の腕が無くても、あなたよりもずっと団に貢献してますわよ」
ガムジが、ウウルに言返す。
「出しゃばんなっ、ガキババァ!」
ウウルは最も避けるべき単語を口にした。
“ババァ”は、三十路を迎えようとする女性には禁句だ。
「――てめぇの飯に毒盛ってやろうかっ?! ああん?!」
ガムジは口を歪めながら、ウウルを恫喝する。
「そこまでだ。――議論は良いが、いがみ合いは許さん」
ふいに団長が口を開く。
そしてウウルを見つめた。
「魔族だろうが人間だろうが、弱者をいたぶることを容認するような下衆は、この団には不要だ」
静かだが、相手を凍りつかせるような声音だった。
「も、申訳……、ありません……」
ウウルは顔をこわばらせて謝罪し、視線から逃げるように俯いた。
私は腹の底で大笑いしてやった。
団長は次にブラクに視線を向ける。
「確かにある程度の正当性は認められるが、200名もの人間を殺した罪は免れんだろう」
「ごもっともです」
ブラクは敬礼して応える。
そして最後に、ガムジに言われた。
「団員は互いに命を預け合う。お前の先ほどの言葉は冗談でも口にするべきものではない」
「お、お許しくださいませっ!」
ガムジは自分の膝に顔がつくほど頭を下げた。
さすがは団長、一人だけを叱ることはなさらない。
全員を叱ることで、団員間の摩擦を少なくしているのだ。
こうして、いざこざが収められると、唯一の手掛かりである人喰い森を目指すことが、今後の方針とされ、事情聴取を終えることとなる。
その後、私達はスプシュマ村の宿に泊まり、翌日の早朝、眠気まなこで、あくびをするハサン“将軍”に見送られながら、人喰い森へ向けて出立したのだった。
出立の際、全員が帝国騎士の鎧を外して馬に積み、代わりに革製の防具を身につけ、どこにでもいそうな冒険者の姿になった。
言うまでも無いが、これからは帝国騎士ではなく一介の冒険者として振舞うことになる。
ところで、陸路でゲチトからオルマンに向かうには、『災厄の荒野』と『ホロス砂漠』を抜けるのが最短の道のりである。
しかし一般の旅人なら遠回りをしても、この二カ所を避けようとするだろう。
東の大陸のほぼ中央にあるホロス砂漠は、帝国の四倍はあろうかという地域に広がる灼熱の地獄である。
旅人の命を容易く奪う流砂や砂嵐が頻発し、『砂竜』が足下から口を広げて襲いかかり、旅人を砂ごと飲込む、そんな場所なのだ。
そしてホロス砂漠の北側、ゲチト王国と帝国の南に隣接ているのが、災厄の荒野と呼ばれる地域である。
1000年前、『災厄の時』の最終決戦が行われたために、この名がつけられた。
決戦時、太祖帝様は、数万の化物の進軍を単騎で食止められ、その間に聖師フゼイフェが魔導の究極奥義を使い『黒の災媼』を消滅させたのだ。
しかし、究極奥義を使ったことで大爆発が起こり、古代王国フリギオの王都があった緑豊かな土地は、一瞬で不毛の荒野へと変貌した。
この爆発により、東の大陸の4分の3を支配していたフリギオ王国は滅亡することになる。
そして代わりに、多くの新しい国がうまれた。
アザット、ゲチト、マリフェト、オクル……。
もちろん帝国も、その一つである。
一方、大爆発以後、災厄の荒野には、雑草の一本すら生えず、いたるところに大岩が転がり、ときおり人さえも吹飛ばすほどの強風が吹荒れる。
また夜になると、あの世に行けぬ耗霊が現れ、旅人をとり殺すという噂も囁かれている。
さらに最近、荒野の周辺で、魔人による凶行が増加しているのも憂慮すべきだろう。
魔人とは元は人間だが、何らかの原因で身体が変化して特殊な能力を獲得した者のことをいう。
奴らは、特殊能力を得た代わりに人間性を失い、狂ったように周囲の人間を殺し回るのだ。
帝国やゲチトの南の国境付近にある村々では魔人による殺人が報告され、討伐のために騎士団が度々出動していた。
ただ幸いなことに、魔人の力は妖獣や竜などに比べると高が知れており、騎士団数を頼んで戦えば、それほど苦戦することなく討取ることが可能である。
バリス府督が、団長となって日が浅いヘペル卿にジョルジの討伐を任せたのも、それまでの事例を考慮してのことだろう。
しかし予想に反し、ジョルジの件は、それまでの事例を超えるものだった。
ヘペル卿は貧乏くじを引いてしまったということだ。
このような事情から、一般の旅人は、この二つの危険地帯を避け、西へ大きく迂回し、海岸線に沿った無難な道を選ぶ。
しかし、ジョルジの討伐に許された期間は三ヶ月と限られているため、なるだけ時間を節約しなければならない。
つまり倍以上の時間がかかる海岸線の道は、当然、選択肢から除外されることになる。
結局、私達には、この二つの危険地帯を抜ける道だけが残されたわけだ。
道中かなりの困難を予想していたのだが、砂嵐に遭遇はしたものの、それ以上の障害は無く、無事に両所を抜けることができた。
そして出立してから15日後、マリフェトの領内に入り、さらに二日南下して首都にたどりついた。
マリフェトは、帝国、アザット連邦、魔導王国オクルと並ぶ大国である。
聖師フゼイフェの養女だったファトマが、フゼイフェの死をなぐさめるために建てた“地母教会”が、その始まりとされている。
国民は地母神や霊龍、天使と同列にフゼイフェを信仰しており、寛容で博愛的な傾向を持っている。
マリフェトの首都メレクバチェシは、他国の都と同様に高く堅牢な城壁に守られていて、1/10アトルクほど離れた距離からでも、その威風を窺うことができた。
城門での厳しい審査を抜けて城内に入ると、街並みは帝都フェルハトラと比べても見劣りしないほどに発展しているのが見てとれる。
特筆すべきは建物の色だ。
全ての建物の壁は白、屋根は青に統一され、とても美しく壮観だった。
馬を曳きながら大通りを進むと、両側に露店や商店が果てしなく並び、多くの人で賑わっている。
扱っている品物は帝都と毛色が違い、珍しいものが多く、大陸南域の香りが色濃く漂っていた。
「――情報収集をかねて、今夜の宿をあたります」
第四団唯一の女性隊長であるエシンは、私にそう告げると、部下のサリフを連れて音も無く走り去っていった。
彼女が率いる九番隊は主に偵察を行う。
ただ、女性であるからといって、エシンを見くびってはいけない。
彼女は、軽業芸人のような動きで剣を使う独特な戦闘法を身につけていて、下手な男では太刀打ちできない強者なのだ。
もう一つエシンには特筆すべき点がある。
それは彼女の顔右半分を占める火傷の痕だ。
炎摩導によって焼かれ、瞳の周りから頬にかけて褐色に変色しているのだ。
話を聞けば、炎摩導で負傷したとき、治癒術を使える魔導師が近場にいなかったせいだという。
一旦自然治癒してしまうと、後から治癒術をかけても効果が薄くなることが多い。
火傷のひきつれや盛上がりは治癒できても、色素沈着は治らなかったのだ。
しかし、右側の火傷に気を取られると分からないが、無傷の左側に注目すると彼女が聡明な美人であることに気づかされる。
円らな黒い瞳、筋の通った鼻、短く切られてはいるが伸ばせば艶やかに光るであろう黒髪。
年齢は28歳だったと思う。
私が男なら放っておかないが、いかんせん周りの男どもは傷痕を気にして、彼女を敬遠する。
エシンの方も傷痕を敢えて隠すことはせず、つまらない男を避けるための手段に使っているようだ。
今日からマリフェトで二泊して旅の疲れを癒しながら、人喰い森の本格的な探索に入る。
オルマン王国の北の国境付近という大まかな場所はわかっていても、そこまでの経路が不明なので、今日と明日にかけて、まずは情報収集するのが探索の第一歩となる。
そして同時に、この先必要な物品も整えるつもりだ。
エシンを待ちながら、ゆっくりと大通りを歩いていると、すぐ横の路地から男の怒鳴り声が聞こえた。
「いらねぇって言ってんだろうがっ!」
すると一人の女が路地から飛出してきて、私の前に倒れこんだ。
「まったく、気色の悪い。二度と来んなよっ!」
前掛けをつけた男が路地から出てきて、女に向かって吐き捨てるように言うと、すぐ路地の奥へと戻って行った。
食堂の裏口のようだ。
「ううっ、美味じいどにぃ……。とってぼ、美味じいどにぃ……」
倒れた女は泣いている。
「あなた、大丈夫ですか?」
目の前に倒れているので、無視もできず、一応声をかけてみた。
団長と団員達は、成行きを見守っている。
女はゆっくりと顔を上げ、私を見た。
「ありがどうございばずぅ」
首元で切りそろえられた金髪、涙に濡れた緑色の瞳、頬に薄いそばかすの痕、ぷっくりとした桃色の唇。
一見して十代後半の少女とわかった。
とても可愛らしいのだが、泥と涙と鼻水にまみれて、非常に残念な状態である。
少女は立上がると、傍に転がっている大きなカゴを拾上げた。
「あの男に何か酷いことをされたのですか?」
「ぢがうんでずぅ、わだじが悪いんでずぅ」
少女は鼻水をすすり上げる。
鼻が詰まっているせいか、言葉が聞取りにくい。
「旅のおがたでずかぁ?」
「ええ、今着いたところで」
「どうでじょう、ひどつ食べでみまぜんがぁ?」
少女はカゴを持上げてみせた。
「食べる? 何をですか?」
留金が外され、カゴのふたが開かれた。
「いっやーっ!!!!!」
思わず悲鳴を上げ、少女をひっぱたく。
そして私は逃出していた。
途中で後ろを振返ると、叩かれた拍子に落ちたカゴから中のモノがあふれ出していた。
それは、掌よりも大きな褐色のクモだった。
女性達の悲鳴があちこちから上がる。
そして当の少女は地面を這って、クモを追いかけ回し叫んだ。
「あうぅぅぅぅぅっ! 金づるがぁぁぁぁっ!!!!」
その後私は、クモが見えなくなるまで走り続けたのだった。
――そして明後日の早朝。
私達はメレクバチェシを出立する。
マリフェトの城門を出ると、南に赤茶けたパトラマ火山が見えた。
パトラマ火山は時おり爆発し、噴煙を上げるそうだが、今は静かに裾野を広げている。
この火山は八大霊龍の一柱である『炎の霊龍』の棲みかであり、運が良ければ赤く輝く龍が飛びたつのを見ることができるそうだ。
私達は火山を右手に見ながら三叉路を左に折れ、南東方向へと馬を進ませる。
「副長様ぁ、昨日のクモを土産に買わんで良かったんですかい?」
後列からベラトの声がした。
他の団員達が、ニヤニヤしている。
「うっさい、ハゲっ!」
思いっ切り怒鳴りつけてやった。




