青の魔人<1>
私達、聖戦騎士団第四団の12名は帝都を出発して二日後、ゲチト王国に到着した。
冬に入って気温は下がっているが、道中はそれほど冷込むこともなく、馬達の脚も軽やかだった。
ゲチトは、位置的には帝国のちょうど真東にあたり、魔導王国オクルと帝国との中間に国土を有している。
また、アザットと同様、古代王国フリギオの傍系王族が興した国であり、数千年の歴史を持っていた。
しかし長い伝統があっても、その内情は決して豊かなものではない。
主な産業は農業であり、同盟国とは名ばかりで、実際は生産物を帝国に供給することで政体を保っている属国である。
そのため国の防衛を担う軍は、治安を守るのが精一杯で、大きな戦争となれば帝国に頼るしかない有様なのだ。
私達はゲチト王宮から派遣された“将軍”ハサンに先導されて、王国南部にあるスプシュマ荘園へと向かった。
ハサンは服装こそ立派だったが、どうみても一軍を率いる“将軍”とは思えない、貧相な風采をしていた。
スプシュマ荘園は辺境の山間にあり、到着するのに半日を費やした。
到着してみてわかったのだが、領主の屋敷は、城壁も建物も、堅牢とは言い難い木造だった。
これでは大きな戦があった場合、簡単に陥落してしまうだろう。
“将軍”ハサンは到着するや否や、いかようにもお調べください、と言い置いて、自分はさっさと近くにあるスプシュマ村の宿屋へ行ってしまった。
屋敷にも将軍にも外敵に対する緊張感というものがない。
おそらく帝国に頼りきり、自分達の手で国を守るという気概を失っているのだろう。
城壁内には屋敷以外にも建物がいくつかあったが、その全てに酷い損壊のあとが見られた。
おそらくジョルジの凶行の結果だろう。
被害状況を見れば、既に人が住めるものではないとわかる。
しかし生残った女や子供の農奴達が、壊れた建物の中から、不安げにこちらをうかがっているのに気がついた。
おそらく行場が無いのだろう。
荘園領主の一人娘であるイゼル・スプシュマは親類のもとに避難しているので、数人の衛兵と彼らだけが残っているのだ。
資料によると、真夜中近く、屋敷の隣に併設された寮で、青い魔人となったジョルジは同僚の農奴達、約140名を撲殺した。
それに気づいた見回りが領主に連絡する。
領主は荘園を守る衛兵60名余りを招集して、暴れまわるジョルジを制止しようとしたが、反撃にあい、全滅する。
これも撲殺である。
ただし寮内にいた女と子供、約50名は無傷だった。
とりあえず、ジョルジの変身を目撃したという老婆を呼出し、尋問することにした。
老婆は団長と私達の前で激しく身体を震わせている。
怯えきっているようで、以前お話したとおりです、と繰返すばかりだ。
その他の女と子供らも部屋に閉じこもっていたので実際の状況を見ておらず、役に立たなかった。
老婆を放置し、今後の方針を考えていると、スプシュマ村で聞込みをしていた騎士達八人が戻ってきた。
村には宿屋の他に酒場や娼館があり、屋敷の衛兵達が非番の日に利用していたようだ。
八人は震えている老婆を横目で見ながら、団長の周りに集まった。
「いくつか収穫がありました」
二番隊の隊長セルカンが口を開く。
黒髪に鋭い褐色の瞳。
寡黙で年齢はまだ27歳と若いが、武力にも知力にも優れた有望な騎士である。
通常、1つの団には10の隊があり、1隊は500人で構成される。
つまりどの団にも隊長は、10人いることになる。
セルカンは後ろにいた騎士に話すように命じた。
右目に皮の眼帯をし、いかにも下層階級出身の風貌をしたその騎士は、二番隊の隊員であるベラトだ。
傷だらけのはげ頭、のび放題の無精ひげ、数本抜けた前歯、吐く息はいつも酒臭い。
元は盗賊だったという噂のあるベラトだが、騎士に採用されて功績をあげ、今では下級貴族である酬侖卿となっていた。
年は四十を越えている。
こいつは、私が作った団の嫌いな奴順位表で、だんとつの一位を占めている。
ただ、戦闘力は高く、他の隊員からは頭一つ抜けていた。
そこがまた気に食わないところでもある。
「へへへっ、あっしが酒場で聞込みをしてましたら、死ぬのを忘れちまったような占い師のクソババアに出くわしましてね。銀貨を握らせたらベラベラとそりゃもう臭ぇツバを飛ばして、しゃべりまくりやがって……」
「要点だけを話しなさいっ!」
怒鳴りつけると、ベラトは小指で耳の穴をほじりながら顔をしかめた。
「副長様ぁ、そんなでけぇ声出さなくても、聞こえてまずぜ。あっしは心臓が弱いんですから、脅かさねぇでくださいよ」
殺しても死なないような顔をしてよくそんなことが言える。
もう一度怒鳴りつけようとしたが、団長に止められた。
「――それで?」
団長は無表情でベラトに尋ねられる。
ふざけ半分だったベラトは一瞬で真顔になった。
「ジョルジの野郎が酒場に来たときにババアは声をかけたんだそうで。初めて観る奇妙な人相だったんで、タダで占ってやることにしたらしくてね。奴は人に言えない悩みを抱えてるらしく、どうすりゃあ解決するかを尋ねてきたそうで。だからババアは星観の札をちょちょいと並べて、奴の定めを観てやったってことで……」
団長は目を細め、興味深そうにベラトの報告を聞かれている。
「星観の札がジョルジの野郎に出した答えを、ババアは神官みたいにもったいぶって、あっしにぬかすんですわ」
ベラトは、真似をしたつもりなのか、両手を胸の前で組み、おごそかに占いの内容を告げた。
「『はるか遠き南東の森にいる隠者に会えば、悩みは解消される』、だそうで」
「――隠者? それは何者だ?」
「いや、ババアにもそこまでは、わからねぇらしくって……」
ベラトは気まずそうに頭をかいた。
「副長、何か心当たりは?」
団長に尋ねられ、急いで記憶を探った。
「――隠者と言えば、かのビルルルを思い出します。もしかすると南東の森にそのビルルルがいるのかもしれません」
「ビルルル……。太祖帝様を裏で支えた白妖精の女だったな」
「はい、ビルルル・アルカンは高度な錬金術を用いて強力な回復薬や治癒薬を作成し、さらには特殊な力を持った武器や道具なども発明し、それを太祖帝様や聖師、賢者のために用立てていました」
「だが、『災厄の時』からもう1000年以上経つ。いくら白妖精が長寿でも、死んでいるのではないか」
「そうかもしれませんが、生きている可能性も捨て切れません」
「その占い師は、ビルルルのことを知っているのか」
話についていけずポカンとしているベラト。
「ビルルルってぇのは、誰のことですかい?」
どうやらベラト自身が、ビルルルを知らないようだ。
三傑と比べるとビルルルは著名ではないので仕方がない。
「――そうか、ならばいい。では、その『はるか南東の森』とは、どこのことだ」
「ああ、そっちはなんとか聞き出せやした。ババアは、自分は札に出た答えを読んだだけで、その中身にまでは責任を持てねぇと、もったいぶりやがりましてね。あっしは、しかたなく、もう1枚銀貨を握らせたんですわ。そしたらババア、自分は長年、東の大陸中を旅して来たんで、その森がどんなもんで、どこにあるかの予想はつくってぬかしやがって」
「ほう」
団長の目がまた針のように細められる。
「ババアの予想によると、その森は、オルマン王国の北の国境付近にある『人喰い森』じゃねぇかと」
「人喰い森?」
「へえ、なんでもその森に入った野郎は二度と出てこねぇとかで。しかも森の中には、とんでもねぇ化物が棲む焼けた屋敷があるそうでして。だから近隣のもんは誰も近づかねぇらしいです。だがババアはその化物こそが、隠者だとぬかしやがるんですわ」
話半分に聞いていた私は事件の資料にあるヘペル卿の証言を思い出した。
「そういえば、ヘペル卿は、ジョルジが南東方向へ逃走したと言っていました」
「ここからならオルマンは南東か。――手がかりになりそうだな」
団長は、わずかに口元をゆるめられた。
「団長、私からも、ご報告があります」
三番隊の隊長であるオメルが進み出る。
太り気味だが団きっての怪力の持主で、大鎚を振回して戦うことを得意としている。
きまじめな男だが、食い意地が張っているのが難点である。
「娼館の女達が言うには、この荘園には『魔族』の女と子供が複数いたようなのです」
「魔族だと……」
「はい。領主がときおり、奴隷として売られている魔族の女や子供を買ってきては地下牢に繋ぎ、慰み者として男の農奴達に与えていたそうです。衛兵達はそれを知っていましたが見て見ぬふりをしていたようです」
「最近、奴隷や薬の原料として魔族を売買しているという話を聞いたことがあります」
「気持ちの良いものではないな」
私の話を聞いた団長は、眉をひそめられた。
『魔族』とは東の大陸の北端にある『魔国』の住人のことである。
外見は人間とそっくりだが、額や側頭部に獣のような角を持っている。
他国との接触はほとんどなく、一部の限られた商人だけが、わずかに交易をしていた。
古代から、バシャルの人々は、彼らを忌み嫌い、たまに見かけることがあると石を投げて追払った。
ときには、つかまえて暴行を加え、殺してしていたともいう。
そんなこともあり、魔国は国境を閉ざし、人間との交流を断ったらしい。
団長は、まだ震えている老婆の前に行き、その瞳をのぞきこんだ。
「おまえ、魔族のことを知っていたな」
鋭い視線と鬼気を帯びた声が、老婆を押しつぶす。
老婆はヒッと悲鳴を上げ、その場にひれ伏した。
「お、おゆるしください! 私は旦那様に言われて、やつらの身の回りの世話をしてただけです! ジョルジは魔族を庇ったばっかりに若い男達にいたぶられて、あんなことに……」
「全てを正直に話せ」
老婆は事件の真相を語った。
農奴の若い連中は新入りのジョルジを、いつもからかって虐めていた。
その日も嫌がる彼を無理やり地下へ連れてきたそうだ。
地下には牢屋があり、魔族の女や子供が閉じ込められていた。
農奴の男達は、彼らを夜毎慰み者にしていたのだ。
若い連中はその行為をジョルジに見せつけるために、地下へ連れて来たのだった。
魔族に対する彼らの仕打ちを見ていられなかったジョルジは止めようとして怒りを買い、自分もいたぶられることになる。
ジョルジは線が細く、外見が女性のようだったことが、男達の欲望に火をつけた。
服を破られて丸裸にされ、魔族と同じ目にあわされそうになったとき、突然、ジョルジの身体が青く輝き、異形の魔人へと変わった。
老婆が見ている前でジョルジは農奴達をなぐり殺し、魔族が閉じ込められていた牢の扉を壊して彼女らを解放した。
そしてジョルジは物音を聞きつけて降りてきた他の農奴達を殺しながら、階段を上っていったそうだ。
老婆は恐ろしくて地上に戻ることができず、騒ぎが終わるまで頭を抱えていたので、その後のことは見ていない。
ただ、ジョルジの獣のような雄たけび、建物が壊れる音、農奴達の悲鳴が長い間、自分の頭上で響いていたことだけは覚えていると述懐した。
彼女は話し終わった後も地面にひれ伏し、震え続けていた。




