ミネ・ユルダクル<2>
『勇者号の闘儀』は年に一度開かれ、六席から首席までの六つの勇者の称号をめぐって争う。
勇者号は権利でも官職でもない名誉称号だが、称号を得たものは帝国騎士の誉れとして“勇者”と呼ばれ、高い地位や多くの恩賞が約束される。
さらに勇者には、戦士としての最高の栄誉である『英雄号』への挑戦権が与えられる。
ヒュリア皇女は15歳から17歳までの三回、『勇者号の闘儀』に参加し、常に二席の勇者の地位を保持するほどの強者だった。
しかしそんな皇女でさえ、一度たりとも主席勇者の地位を得ることはできなかった。
なぜなら当時、首席の勇者だったのは、現在、『英雄』の称号を持つ『イドリス・ジェサレット』だからである。
トゥガイ団長は皇女が初参加したとき、二席の勇者だった。
当時、15歳で成人したばかりのヒュリア皇女は、六席から三席の勇者達を易々と退け、ついに二席の座をかけて団長と戦うことになった。
二人のこの最初の戦いは『勇者号の闘儀』史上、屈指の闘いと言われる名勝負とされている。
闘いの結果、団長は惜敗し、三席に降ることとなった。
ヒュリア皇女はその後、首席のイドリスと戦い、惨敗する。
それ以降の闘儀においても、団長は、皇女に勝つことはできなかった。
しかし皇女もまた、イドリスに勝つことはできなかった。
そして今、皇女は断罪されて勇者号を失い、イドリスは前の英雄を打倒し、勇者から英雄となった。
二席と首席がいなくなったことで、団長は闘うことなく首席の勇者となる。
周囲の者は天恵だと喜んだが、団長御自身は忸怩たる思いだったことを“私だけ”は知っている。
団長は己の実力で、皇女とイドリスに勝つため、厳しい修練を重ねられていたからだ。
今、団長は二人と戦えなくなった、悔しさ、怒り、絶望を胸にしまい、日々帝国のために奉仕されている。
そんな団長の心情を理解できるのは副長として側に仕える“私だけ”なのだ。
団長の横顔を盗み見る。
精悍で男らしい顔つきに、頬が赤らむのを感じた。
視線に気づいた団長が、また横目で私を見る。
焦って視線を外し、背筋を伸ばした。
と、とにかく、ヒュリア皇女とは、それほどの天才なのである。
だから、多人数相手に勝つことも不思議なことではない。
不思議なことではないが、5000はあまりに多すぎる。
皇女は、我らの知らぬ力、もしくは強力な助力者を見つけた可能性がある。
もしかすると、あの世界を滅ぼすといわれる赤く輝く瞳の仕業かもしれない。
最高法廷を傍聴したとき、ヒュリア皇女が隠してきたという呪われた瞳を垣間見ることができた。
その瞳は、昼間なのに禍々しくも美しい赤銅色の光を放ち、見ている者達を戦慄させた。
たしかにあの瞳なら、何か邪悪な力を持っていても不思議ではない。
ただし、ヒュリア皇女を危険視するのは帝国騎士としての私である。
女性としての私は、皇女に敬服の念を抱いているのも確かなのだ。
バシャルでは男尊女卑の慣習が強く根付いている。
ただ、帝国においては比較的緩やかだと言える。
それは帝国が、実力主義の国であることに起因している。
たとえ女であっても、騎士の採用を行う『誉武式』に参加して試合に勝利し、武術と魔導の才能を認められれば、騎士になることができるのだ。
だが、そうは言っても、やはり男の騎士は出世が早く、重職につける割合も高いのが現状だ。
そんな男社会にヒュリア皇女は強烈な楔を打ちこんでくれた。
彼女のおかげで、帝国における女性の地位が、向上したことはまちがいない。
かくゆう私もその恩恵にあずかり、こうして副長の職を全うできているのだ。
もし彼女が皇帝になっていたら、女性にとってよりよい社会が訪れていたかもしれない。
「――そのジョルジという男は一体何者なのですか? ゲチト軍が東の大陸で最弱という悪名を持っているとしても、単騎で3000もの兵を倒すとなれば、よほどの戦士か魔導師かと思われますが」
「うむ、侯に討伐を頼む理由はそこなのだ。荘園で生残った女達の中に、凶行に及ぶジョルジの間近にいた老婆がいてね。彼女はこう証言しているのだよ。――ジョルジは突然“青い魔人”に変身したと」
「魔人……、ですか……」
団長の瞳が一瞬きらめくのを私は見逃さなかった。
ほんの僅かな間でも、団長が心の内を表に出すなど滅多にない。
興味を持っておられるということか……?
「当初は青い魔人というだけで、それ以上のことが分からなくてね。私は、その他の魔人事件と同じで、数をそろえれば大した危険も無く討伐できると考えた。だから、アザットに出陣できなかったヘペル卿に初手柄を立ててもらおうと、この件を一任したのだが……。判断を誤ってしまったようだ……」
バリス府督は人差し指と親指で鼻の付根を押さえ、ため息を吐かれた。
「生残ったヘペル卿も、魔人の外見について幾分詳細に証言されております。それによると、ジョルジは“青く輝く鎧を着た騎士”ような姿だった、とのことです」
アリが、バリス府督の話を補足する。
「青く輝く鎧ですか……?」
団長の目が針のように細められる。
「――英雄イドリスに似ていると思わんかね」
バリス府督は、予想もしない名前を口にした。
「イドリスのあの“白く輝く鎧”も普段は、どこに収めてあるのかわからず、必要なときに突然現れてイドリスの身を守っていた。それはまるで“変身する”かのようであったのではなかったかね? ――どなたかが一度、鎧の仕組みをイドリスに尋ねたが、自分でも、よくわからないと答えたとか」
「なるほど、それで合点がいきました。府督は第四団を動かしたいのではなく、“私”を動かしたいのですね?」
表情は変わらないが、団長の声に喜びの感情が滲んでいるように聞こえた。
「見透かされてしまったか。幾度もイドリスと互角に戦った侯ならば、この青い鎧の魔人も討伐できるのではないかと思ってね。――とにかくだ、帝国騎士が1000人も殺されているのだから、何らかの決着をつけないかぎり帝国の威信を損なう事態になりかねんのだよ」
「府督は、このジョルジという者、イドリスと何らかの関わりがあるとお考えですか」
府督がアリに目配せされる。
すると頷いたアリが、代わりに答えた。
「イドリス周辺には探りをいれておりますが、今のところそういう報告は上がっておりません」
一時、思案していた団長は、意を決したように身を正し、返答された。
「府督、この任務、しかと承りました」
「おお、それは重畳」
バリス府督は、心から安堵されたご様子である。
早速、アリが私に事件の資料を手渡してきた。
やつのツバがついたところに触れないよう気をつけなければならない。
「討伐の方法は全てデスタン侯にお任せする。もし団そのものを動かすならば、全権委任状も手配可能だ。他にも必要なものがあれば言って欲しい。すぐに用立てよう」
府督は全面的に支持してくださるようだ。
自分の判断で1000の騎士を失い、それにより損なわれた国の威信をなんとか挽回したいのだろう。
その後、府督は、私に母の様子や現在の暮らし向きなどについて尋ねられた。
討伐の件を団長に任せて、肩の荷がおりたからだろう。
私的な会話は避けたかったので、討伐の準備があるからと言訳して、団長の腕を咄嗟に引張り、参謀府から逃出した。
皇宮を出たところで、思わず腕を引張ってしまったことを団長に詫びた。
「謝ることはない。また私の腕が必要になったら、いつでも使ってくれて構わん」
からかい気味に微笑む団長。
恥ずかしいやら、嬉しいやらで私の顔は真赤になっていたに違いない。
行幸大路に出た私達は官舎に戻らず、その足で東区にある団の屯所へと向かった。
主席勇者トゥガイ・デスタンと並んで歩く。
こんな栄誉は副長である“私だけ”にしか許されない特権だ。
多少ぶしつけではあるが、知らぬ人が見れば恋人同士に見えるかもしれない。
そう考えると、また頬が熱くなってしまう。
こんなとき冷たい冬の風は、ありがたかった。
「イドリスの件、副長はどう判断する?」
団長は正面をみすえたまま、独り言のように尋ねられる。
私は、いつものように自分の感じたままを述べた。
「――もしジョルジがイドリスとつながっているのなら、非常に厄介なことになるでしょう。ただ報告が事実であれば、現状ジョルジは単独で行動しているように思われます。討伐するなら今のうちです。英雄イドリスは帝国を出奔して以降、動きが活発化しており、気に入った者を仲間にひきこんでいるとか。たとえ今は繋がっていなくても、ジョルジがその動きに乗る可能性は否定できません」
「そうだな……。だが、あいつが出てきたとしても、私は一向に構わない。むしろ望むところだ」
団長はそう言って、また笑みをこぼされる。
しかしその笑顔は先程のものとは、全く別物だ。
ある種の喜びから生じてはいるが、決して明るいものではない。
生涯を戦いに捧げた者が、自分に匹敵する好敵手を見出したときに生まれる衝動。
――その者と闘い、凌駕し、殺すという暗い喜びである。
団長の本質は騎士ではない、戦士なのだ。
一般の騎士のように、戦うことで栄誉や褒賞を勝取ることを最終目的としていない。
ただ強い相手と闘い、完膚なきまでに叩きのめすことを渇望されているのだ。
「府督も、そのあたりは折込み済みでしょう。もしイドリスが出てきても、団長ならば、なんとかしてくれると」
「買いかぶられているな。これまでの戦績からして、奴に分があることは、誰もが承知しているだろうに」
「いいえ、私は正当な評価だと思います。これまでの戦績がどうであれ、現状、帝国でイドリスとまとも闘えるのは、団長の他にありません。団長は帝国最強の戦力なのです」
「そう言ってもらえるのは、ありがたい……。ただ、あと一人、そう言われておかしくない者がいると思うが……」
「なんだか、嬉しそうですね」
感じたままを口に出した。
団長は少し戸惑われたようだった。
「そう見えるか?」
「はい」
強く頷いてみせると、団長は少年のように、はにかまれた。
可愛らしくて、胸の奥が、きゅんとしてしまった。
屯所についた私達は、そのまま作戦室に入り、これからの方針を議論することになる。
まず、唯一の生存者であるヘペル卿に、ジョルジがどのように3000もの兵士を殺したのかについて話を聞こうとした。
しかし伝達員によると、彼女は茫然自失となり、誰とも口をきかず、自室に閉じこもったまま出て来ないとのことだった。
身体に傷を負わなくても、1000の騎士を失ったことへの罪悪感で精神が深く傷ついているに違いない。
なので、そちらはあきらめ、具体的な討伐作戦の検討に入ることにした。
私は、団の半数の騎士2500名を動員し、全権委任状をもらい受け、ジョルジを追うべきと提案した。
全権委任状とは戦争や外交において、皇帝陛下の代理として権利を行使し、義務を負うことを認める書状のことである。
全権委任状があれば、武装した騎士が犯罪者討伐のために、他国へ入国するとき、相手国にそれを提示して正当性を担保することができるのだ。
しかし団長は、精鋭の騎士10名だけを選び、秘密裏に行うべきとされた。
それはつまり、団長と私を含めた12名で討伐することを意味する。
私は、無謀ではないかと異議をとなえた。
しかし団長は、大人数で当たればジョルジにこちらの動きが筒抜けとなり、簡単に逃亡を許してしまうことになると反論された。
さらにヘペル卿の例を挙げ、大人数での討伐に無理があることも指摘される。
敵を確実に包囲殲滅できる力があれば良いが、それができないときは無駄死を増やすだけであると。
理論上、敵が亢躰術を使い、例えば“速さ”で、こちらの2500の兵を上回った場合、その“速さ”を用いて一人ずつ殺す作業を2500回繰返すだけで、兵を全滅させることは可能なのだ。
もちろん“速さ”以外の“攻撃力”や“防御力”が上回る場合も同様のことが言える。
通常の戦において、物量は勝利の大きな要因である。
しかし、相手が魔人でその力量も不明などという非常識な状況では、あてにならない。
ゆえに、戦闘力が平均的な兵で数を頼みに攻撃するよりも、戦闘力の高い少数精鋭で攻撃した方が、無駄死が少なくてすむ、と団長は主張されるのだった。
確かに理にかなった意見ではある。
しかしやはり、ある程度数をそろえた方が有利であることに間違いはないはずだ。
だが、そこで私は、或ることに気がついた。
これは団長の我儘なのだ。
要は、できるだけ邪魔が入らない状況で、自分がジョルジと“やりあいたい”だけなのだ。
団長は今年、33歳になられる。
家族を持つと生への執着が強くなり、戦場に立ちにくくなるという理由で、今も独身を貫かれている。
普段は禁欲的で厳格な騎士の鏡のような方だ。
しかしこういうときは子供と変わらない。
大好きな“オモチャ”で遊びたいのだ。
“強そうな敵”というオモチャで……。
内心呆れたが、母親のような心で、それを許すことにした。
一抹の不安は残るが、帝国最強の騎士であり、首席勇者であり、第四聖戦騎士団の長でもあるトゥガイ・デスタンが、それを望むなら、副長の私は受入れざるをえない。
いや、受入れてあげたい。
だってこれは“私だけ”に許された特権なのだから。




