木々開花、良い!<5>
「ちょっと、これやばいんじゃないですか!」
怒鳴ったんですけど、空気も振動してるから、アティシュリに届きません。
振動は、さらに激しくなっていきます。
声が聞こえるように近づくと、アティシュリのつぶやきが耳に入りました。
「まずいな……」
アティシュリはヒュリアの側にいき、彼女に向って片手をかざします。
すると青い立方体の壁が現われ、机ごとヒュリアを囲んでしまいました。
壁ができたと同時に室内の振動はおさまり、強烈な圧力も消えたのです。
「えっ……? これって……。ヒュリアごと封印してますよね?」
予想外の事態に、ちょいパニくってます。
「言ったはずだ。制御できなければ封印するってよ」
「『魂露』を封印するんじゃないんですか?!」
「『理気力』はヒュリアを通して流出してんだ。だったら、あいつごと封じるしかねぇだろ」
「そんな! ヒュリアは、どうなるんです!」
焦ってアティシュリに詰寄ります。
「今、あいつの身体は理気力に押さえつけられて、俺たちの声が届いていねぇ。それに、あいつの性格上、止めろと言っても、どうせ承知しねぇだろ。――てめぇも分かるはずだ、この『理気力』のヤバさがよ。近づけば俺でさえ弾きとばされちまう。ムカつくが、今できることは、『理気力』が溢れだして周囲を崩壊させないよう、封縛陣を張ることだけだ」
「そうじゃなくって! 《《ヒュリア》》はどうなるのかって聞いてんですけど?!」
ヒュリアは、目だけでなく、鼻と耳からも血を流し始めていました。
さらに、陣の中では、振動と圧力が、ますます激しくなっているようで、陣の障壁が小刻みに揺れ始めているのがわかります。
このままだと、障壁を越えて外に溢れ出くるかもしれません。
「ちっ、封縛陣一層じゃ、もう役に立たなくなってきやがった」
アティシュリは、僕を完無視して質問に答えないまま、もう一度ヒュリアに向かって手をかざします。
すると封縛陣が二層になり、障壁の振動は押さえられました
落着いたところで、大声で問いただします。
「さっきからヒュリアのこと聞いてるんですけど?! 聞こえてますかっ!」
「聞こえてるぞ! しつけぇな! 見りゃ、わかんだろ! このままなら助からねぇよ!」
思いきり怒鳴り返されました。
普通ならドラゴンなんかにケンカを売るわけないんですが、完全にキレましたね。
「ふざけんなっ! 陣を解けっ!」
「そいつは無理な相談よ。言ったはずだぜ、解放された『理気力』は周囲のものをことごとく崩壊さちまう。その影響は、どこまで広がるか予測できねぇ。こいつを止めるのは霊龍である俺の義務だ」
「いいから、解けって!」
アティシュリに、つかみかかります。
アティシュリは僕を殴りつけますが、全く効いてません。
丸めたテッシュをぶつけられたような感じです。
逆に僕のパンチがアティシュリの顔面をとらえます
「そうか……、忘れてたぜ……。耶代の中じゃ、てめぇへの攻撃は無効化されるんだったな。だが、その程度の力じゃ、俺は倒せねぇぜ」
もちろん僕のパンチも、全然効いないみたいです。
アティシュリは殴りつける代わりに手首をつかみ、僕を投飛ばしました。
壁にぶつけられたんですけど、まるでクッションに飛込んだような感じです。
もちろん何のダメージもありません。
すぐ立上がって、再度殴りかかります。
「陣を解けって言ってんだろがっ!」
「しつこいぞ、アホ耶宰!」
よけられた拍子に封縛陣の側に倒れこんでしまいました。
ひどい無力感に襲われ、倒れたまま陣の中のヒュリアを見上げます。
彼女は血を流しながら必死に『錬換』を続けています。
殴られても痛くないのに、怒りと悲しみと絶望感で心に激痛が走ります。
四つんばいになって、名前を叫び、封縛陣を何度も叩きました。
でも返事はありません。
「ヒュリアぁぁぁっ!!!」
両掌を封縛陣に叩きつけ、思わず絶叫していました。
そして今までしたこともないのに、胸の前で手を合わせて天を見上げ、ヒュリアを助けてくれるよう、神様にお願いしたのでした。
そのときふいに、彼女の背後にオレンジ色の光が現われます。
光は次第に人型になっていきました。
バシャルに来て初めて出会った、あのオレンジの人影にそっくりです。
人影はヒュリアの背中にピッタリと寄りそい、両手をヒュリアの手の上に重ねます。
オレンジの光は次第に薄れていき、いつしか姿がはっきりわかるようになりました。
ボサボサの髪とヒュリアと同じ赤銅色に輝くの瞳。
イケメンではないですが、人の良さそうな青年です。
「フェル……、ハト……」
アティシュリは呆然として青年を見つめ呟きました。
フェルハトって、英雄の人だよね……?
フェルハトはヒュリアに柔らかな声で語りかけます。
封縛陣は圧力も振動も遮断しているのに、なぜか彼の声は、しっかりと聞こえてきました。
「落着いて。いいかい、英気を操ろうとしちゃ駄目だ。むしろ英気にお願いするんだ。どうか私の望みを聞いてくださいってね。そして自分の身体を英気に明渡すんだよ」
フェルハトの言葉が届いたのでしょうか、しばらくすると、ひきつっていたヒュリアの顔が少しずつ元の可愛らしさを取戻していきました。
それにつれて封縛陣の中を揺らしていた振動が収まっていき、ついには完全に止んだのです。
ただ、机の上の『魂露』だけは、その後も小さく振動を続けていました。
「よくがんばったね。じぁあ、もうひと踏張りだ」
フェルハトはヒュリアの肩に手を置いて微笑みます。
ヒュリアは血だらけの顔でフェルハトを見上げます。
「さあ、来た道を戻るんだ。ただし大事なことが一つ。星が通った場所には光跡が残ってるから、帰りはそれを辿るんだよ。『領域』は広大だから、一度迷ってしまうと、二度と出られなくなるかもしれないからね」
それを聞いたヒュリアは、かすかに頷くと再度目を閉じました。
きっと『導星』を動かしているんでしょう。
しばらくすると、『境闤』に差しかかり、またあの赤い稲妻がヒュリアに襲いかかります。
でも今回は、あまり苦痛を感じていないようで、難無くやり過ごしていました。
そして……。
今までのことが嘘のように、いつのまにか全の事柄が落着きを取戻していたのでした。
ヒュリアは薄らと目を開き、あらためてフェルハトへ向直ります。
「うまく戻れたね」
フェルハトは、ヒュリアの肩をポンポンとたたきました。
「あなたは……、どなた……、ですか……?」
問いかけてみたものの、答えを聞くまもなく、彼女は椅子の背もたれに身をあずけるようにして、ガックリとうなだれてしまいました。
気を失ったみたいです。
僕は、もう一度手を合わせて天を見上げ、心の底から神様に感謝したのでした。
ホント、生きた心地がしないって、こんな感じなんですかね。
あっ、ワンパターンだって言いたいんでしょ。
良いんです。
めげずに言わせてもらいます。
生きてないんですけどねっ!
「シュリ、もう陣を解いても大丈夫だよ」
フェルハトがそう言うと、青い立方体の壁は一瞬で消失しました。
「フェルハト……、お前、あの世に行ったんじゃねぇのか……?」
アティシュリに尋ねられ、気まずい感じで首をさするフェルハト。
なんかイメージと違いますね。
ドラゴンを超える力を持ってるっていうから、もっとこうイケメンで俺様キャラを想像してたんですが、親戚のあんちゃんみたいな感じです。
「いや、それがさ、死んだ後に『理気界』に捉まって眠ってたみたいなんだよね。この娘が来たおかげで目が覚めてさ」
「まったく……、お前は、いつも予想の斜め上を行きやがるな」
アティシュリの目が赤くなってます
泣いてんのか?
泣いてんよね?
意外とカワイイとこあるじゃん。
「僕が死んでから、どのくらい経ったの?」
「1000年以上だな」
「うわっ、そんなに寝てたのかぁ。じゃあ他のみんなも死んじゃったよね?」
「ああ、そうよ。フゼイフェも、アイダンも、エフラトンも、そしてビルルルも、みんな逝っちまった」
「そっかあ。――僕が死んで、ビルルル、大丈夫だったのかな?」
「なわけねぇだろうが。あいつはお前の死んだ後、ひどく落ちこんで200年近く消息不明になっちまったんだからな」
「そうなんだ……。なんかこう、笑ってお別れ、みたいな感じかと思ったけど」
「あいつだって一応女だ。生涯で唯一惚れた男が死ねば、そうなっても不思議じゃねぇだろ」
うへっ!
フェルハトとビルルルって付合ってたの?!
「いやぁ、悪いことしたなぁ。もう一度ビルルルに会って、謝れれば良いんだけど。――あっちで会えるかなぁ……?」
話しているうちにフェルハトの姿が、どんどん薄くなっていくのがわかりました。
「でもとにかく、君の顔が見れて良かったよ、シュリ」
「俺もだ」
「ああ、この感じ。そろそろ、出発の時間みたいだね」
フェルハトは、薄くなってきた自分の姿を見て、苦笑いを浮かべます。
あの世に行くタイムリミットってことなんでしょう。
おっといけない。
行ってしまう前に、気になってたことを聞かないと。
「あの、フェルハトさん、ヒュリアを助けてくれて、ありがとうございました」
けげんな顔で僕を見るフェルハト。
「君は……? えーと……? 真黒だけど、何なのかな?」
「いや、今そこは気にしないでください。――あなたがいなければ、ヒュリアもここら一帯も全滅してたかもしれません。ホント、ありがたき幸せにそんじますぅ。ははぁ」
両腕を頭の上にあげて、土下座します。
「はははっ、なんか面白いなぁ。――もしかして君、魔人かなんかなの?」
「いえ、耗霊の『耶宰』です。『耶宰』と言ってもナスやゴボウじゃありません。おっと、余計なことは良いんです。――フェルハトさん、以前、僕に手を振ってくれたことありませんでしたか?」
「君に手を振ったかって? 今初めて会ったと思うけど……。それに僕、ずっと『理気界』にいたしねぇ……」
首をひねる英雄様。
「ああ、そうでしたね」
あれはフェルハトじゃなかった?
じゃあ一体誰だったんでしょう。
「さすがに限界だな。――それじゃ、シュリ、またどこかで」
「ああ、またな」
二人はSee you later!みたいな軽いノリで挨拶をかわします。
そしてフェルハトは音もなく消えていったのでした。
フェルハトが消えたあたりを、しばらく眺めるアティシュリ。
1000年ぶりの友人との再会ですから、感慨深いものがあるんでしょうね。
「あれがフェルハトさんですかぁ……。なんか威厳が無いというか、軽いというか。まあ、悪い人でないのは、よぉくわかりましたけど」
「言っただろ、お調子者だってよ。だが、世界最強の戦士であることは間違いねぇ。おそらく今もって、あいつを超える戦士はいねぇだろうさ……」
旧友に会えてアティシュリは満足そうです。
でもこっちは、ヒュリアと『魂露』のことが気がかりだったので、早速、机の側に向かいました。
ヒュリアの顔は血だらけですが、呼吸は静かで安定しています。
とりあえず目、鼻、耳に治癒術をかけときました。
そしてあらためて、今も振動を続ける不思議な液体を見下ろします。
振動してることを除けば、水と全く変わりないのです。
「これ、どうすればいいんですか?」
「それな……、まあ相当ヤバい代物だからよ、そこらに放置しとくわけにはいかねぇ。だからとりあえず、そのまんま『倉庫』に入れとけや。明日、ヒュリアが目覚めてから効果を確かめりゃいいさ」
「わかりました」
言われた通り、机ごと『魂露』を『倉庫』にしまい、これで一件落着……、のはず……?
ダメ、ダメ!
待て、待て!
違うぞっ!
さっきまでのことを思い出しました。
このままじゃ、済ませません。
言うことは、言っとかないと。
「アティシュリさん、残りの分のキャラメル、あれ、無しですから」
「何をぅ?! どういうことだ! 約束が違うだろうがっ!」
詰寄ってくるアティシュリ。
「ヒュリアと僕を酷い目にあわせたうえに、見捨てましたよね。そんなんで、キャラメルを食べようと思ったって、そうはいきませんから」
「ちょっ、ちょっ、待てよぉ。そりゃねぇだろ。俺は霊龍としての義務を果たそうとしただけで……」
「はい、この話はもう終わりです! 抗議は一切受付けません!」
「そりゃあまりに理不尽てもんじゃあねぇかぁ……。おい、ちょっと、こら、聞けって……」
何を言おうが完無視です。
今は気を失ったままのヒュリアをベッドへと運ぶことが何よりも優先されるのです。
「キャ、キャ、キャラメルぅぅぅっ!!!!!」
後ろからアティシュリの絶叫が聞こえました。
よぉく反省してもらわんといけません。




