木々開花、良い!<3>
「別の力……? ビルルル様も私と同じアトルカリンジャだったんですか?」
「いいや、あいつの瞳は深い緑色だったぜ。たぶんあの小憎らしい変態女は、俺たち霊龍も知らねぇような力を使ったに違いねぇ。――まあとにかく、アトルカリンジャであるお前とビルルルとじゃあ、やり方が違う。だから、あいつの話は参考にならねぇよ」
「そうですか……」
しかしビルルルって何者なんでしょう。
サフってことはライトエルフなんでしょうけど、それだけじゃ収まらない感じです。
「ところでよぉ」
アティシュリの視線が、今度は僕に向けられます。
「『耶代』の『倉庫』って機能な、てめぇは何の気なしに使ってるが、そいつが物凄ぇしろものだってわかってんのか?!」
「は、はあ……、そうなんすかぁ……?」
そう言われてもねぇ。
突然『耶宰』にされたんだから、わかるわけないじゃん。
「ちっ、ふぬけた相槌しやがって……。いいかっ! 魔導には『三大禁忌』ってぇのがある。『時間』、『空間』、『存在』だ。魔導師は、この三つに触れることはできねぇとされてる。――たとえば『時間』についてだが、もし自分以外の『時間』の流れを魔導で止めることができたらどうだ? 何でもやりたい放題だろ。だがよ、『時間』てのは自分一人だけのもんじゃねぇ、世界の全てに関与するもんだ。つまり『時間』を止めるってことは、全世界の流れを止めるってことになる。一人の魔導師が、そんな力を行使できるはずかねぇ。そんなことができるのは神だけよ」
なんかSFっぽくなってきました。
「で、『倉庫』のことだがよ、これは三大禁忌のうちの『空間』の禁忌を侵してやがるのさ。『空間』は世界の外側に広がる背景みたいなもんだ。だから、世界の内側に存在するものが手を加えることはできねぇんだよ。それなのに、あの変態女は、穴倉でも造るみてぇに穴開けて、物置きにしちまいやがった。まったくぶっとんでやがるぜ。――あんっ? まてよ。そう言やあ、何でてめぇが『倉庫』を使えてんだ?」
「えっ?」
「すっかり見落としてたぜ。そもそも、ビルルル以外の魔導師が『耶代』の儀方を施したんなら、『倉庫』が使えるわけがねぇ。『倉庫』は普通の魔導師が手出しできるもんじゃねぇんだからよ」
頭をおもいっきり掻きむしり始めたんで、耶卿登録をしたとき、前の耶代の設定を引継いだことを打ちあけました。
「てめぇの話を信じるなら、『耶代』は勝手に、自分の複製を保存してたことになる。ジネプにはそんな力はなかったからな。だとすりゃあ、ビルルルが死ぬ前から、『耶代』は“意志“を持ってたってことになんのか……? ――ちっ! ツクモ、てめぇの『霊器』はどこにある?!」
「『倉庫』の中ですけど」
「てめぇが中に入れたのか?」
「いいえ、最初から『倉庫』の中にありましたよ」
「ああ、くそっ! 聞けば聞くほど、わけがわらなくなるぜ。『倉庫』には『耶宰』しか入れねぇ。前の『耶代』の機能を引継いだってぇなら、『倉庫』も前の状態を継承したってことになる。だとすりゃ、てめぇの霊器を『倉庫』に入れたのは、ジネプってことだ。だが『耶代』の儀方を施すには『霊器』が必要になる。それにゃあ『霊器』を『倉庫』から出さなきゃならねぇ……」
今度はミステリーかよ。
「てめぇが『耶宰』になるまで『倉庫』にあった『霊器』に、一体誰が、どうやって『耶代』の儀方を施したってんだ……?」
人間なら血だらけになりそうなぐらい頭をかきむしった後、ちょっと老けた感じのアティシュリは黙りこんでしまいました。
「ツクモ、改めて聞くが、『耶代』の『任務』とは、私と君にとって、どういう意味をもつんだ?」
ヒュリアの真剣なまなざし。
綺麗な赤銅の瞳がエモい……。
心臓がドキドキ、いや、ボロボロ崩れそうです。
おっと、いかん、いかん。
真面目に返答しなきゃいけません。
「――君に『耶卿』になってくれってお願いしたとき言ったよね、僕と『耶代』は君の味方になるって。あれは決して言葉だけのことじゃないんだ。君が『耶卿』になった時点で、君の望みが『耶代』の目的として銘記されたんだよ。つまり皇帝になって国を取戻すってことは、もう君だけの望みじゃない。僕と『耶代』の望みであり、存在意義でもあるってことなんだ」
「私の望みが……、ツクモと『耶代』の望みになった……」
「そう。だから正直なところ、『耶代』が言ってくる指示や任務の全部が、君の望みの達成に繋がっていると考えて良いかもね」
「そうか……、ならばその『任務』、絶対に成遂げる必要があるな」
ヒュリアが不敵に宣言します。
やる気、まんまんみたいですね。
だけど、僕はヒュリアの命を危険に晒したくはありません。
そんな『任務』、クソくらえです。
「でもね、だからって命までかけることはないよ。そんな危険な『任務』をこなさなくたって、きっと別の方法があるさ」
ヒュリアは首を傾げて、悲しげに微笑みます。
「別の方法……? それは何だ……? 『耶卿』になってもう10日以上経った。世界から拒絶され死に体だった私が、今では君のおかげで、衣食住に不自由することもなく、平和で穏やかな日々を過ごせている。確かに、こんなのんびりした生活に、あこがれる自分もいる。だが……」
ヒュリアの表情が、みるみる暗い怒りに満ちたものへと変わっていきます。
「――私の心は日々、炎に焼かれているんだ」
一瞬、ドス黒い怒りの炎が、不気味な大蛇のようにヒュリアにまとわりつき、彼女の身体を絞めつけている、そんな幻が見えた気がしました。
「私を助け、命を落とした人達の顔が、いつも心から離れない。彼らは私に必ず望みを叶えろと言ってくれた。その言葉が、その想いが、絶えず私を苛むのだ。だから私は一刻でも早く、望みを成就させる道を見つけださなければならない。――そのためには、安らいだ生活など求めてはならないんだっ!」
ヒュリアの拳が、テーブルに叩きつけられます。
彼女の顔が、般若の面ように見えます。
あの可愛らしく美しい顔が、こんな風に歪んでしまうなんて……。
とても恐ろしくて、だけど、あまりに悲しい姿……。
僕は今まで何をしてきたんでしょう。
味方になると言っておきながら、知らないうちにヒュリアを本当の望みから遠ざけてしまっていたのかもしれません。
でもヒュリアは気持ちをおさえて、能天気な僕につきあってくれていた……。
それに気づかぬふりをして、ヒュリアとの暮らしを楽しんでいた自分が、心のどこかでヘラヘラと笑っています。
自分勝手に、彼女が平和で楽しくいられることが、一番大事だと思いこもうとしていたんです。
でも、間違いでした。
ヒュリアの恐ろしい姿が、それを物語っています。
平和で安らいだ生活を望んでいたのは、彼女ではなく“僕”でした。
ヒュリアにとって最も大切なのは、お気楽な生活でなく、自分を助けて死んでいった人の想いに応えること、そして皇帝になることだったんです。
だけど、それでもです。
やっぱり彼女を危険な目にあわせたくはありません。
たとえ、軟弱者と罵倒され、平手打ちされたとしてもです。
「ヒュリアは『一壇』を越えることが怖くないの? 死ぬかもしれないよ。それに死んだら僕みたいな地縛霊になるかもよ」
「もちろん怖いし、死にたくもない。だが、やってみたい。やりたい。皇帝になるための足がかりになるなら、どんな危険なことでも挑戦したい。そして行詰まっている現状を打破りたいんだ」
ふいに、うらやましいような、さびしいような気持ちが湧上がってきます。
生きているとき、命をかけるほどのものに、僕は出会えませんでしたから……。
これが彼女なりのアオハルってやつなのかもしれません。
「そっか……、だよねぇ……。君がそこまで言うなら、僕には止められないし、それを強制する力も持ってない。どうせ役立たずの、がっかり地縛霊だからね……」
「ツクモ、君を責めてるわけではないんだ、ただ私は……」
「いいの、いいの、僕のことはどうでもいいのよ。ヒュリアがどうしたいかが問題なんだからさ」
なんだか泣きたくなってきました。
自分の考えをヒュリアに押付けて。
それが彼女にとっての幸せだと決めつけて。
黎女のときも、そうだったっけか……。
相手の真実なんて知ろうともせずに、決めつけて、拒絶して。
ほんと、昔から駄目だな、僕は。
「『耶代』ってやつはよ……」
黙って聞いていたアティシュリが、口を開きます。
「――主人である『耶卿』の命を危険にさらすことは絶対にねぇって、ビルルルは言ってたぜ。だからその『任務』とやらが、ヒュリアの命を奪う結果を招くとは思えねぇなぁ。まあ、この『耶代』はビルルルのもんじゃねぇから、信憑性に欠けるかもしれねぇがな」
手を横に広げ、肩をすくめるアティシュリ。
「アティシュリ様、至高の錬金術を行う方法をご存知でしたら、御教え願えませんでしょうか」
ヒュリアの決意は固いようです。
「至高の錬金術のやり方なんぞ、俺が知るわけねぇだろ。そもそも俺達にゃ、錬金術の素養なんか全くねぇんだからよ」
どうやらドラゴン様は錬金術が使えないみたいですね。
「そうですか……」
肩を落とすヒュリア。
ホッとする僕。
「だがよ、『一壇』を越える方法なら教えられるかもしれねぇぜ。変態女が言うには、越えさえすりゃあ、頭ん中に『魂露』を造る方法が自然に入ってくんだとよ」
「本当ですかっ!」
目を輝かせるヒュリア。
頭を抱える僕。
「どうか、ご教授ください。お願いいたします」
ヒュリアは立上がり、深く頭を下げました。
「そうか……。こいつはフェルハトからの又聞きなんだけどよ……」
そう前置きしたアティシュリは、説明を始めました。
『霊核』は、霊魂のある場所というだけでなく、『理気界』への入口でもあります。
そのため、まず最初に魔導師は、意識を『霊核』の中に入れて『導迪』に触れ、自分の現状を確かめるのです。
これは、魔導の修練を始めるために欠かせない準備段階です。
魔導師の意識が『導迪』に触れると、自分の魔導の強さや種類、将来獲得可能な技などが分かり、今後どう修練するかの目安にすることができます。
『霊核』の中の薄青い世界には、透明な大地である『理気地平』と、上に向かって成長する白い“樹”のような『冠導迪』があります。
そして、『理気地平』の下をのぞくと、薄赤い世界があり、下に向かって成長する“根”ような黒い『壇導迪』が『冠導迪』の180度真下にあるわけです。
このあたりは前に教えてもらいました。
さて主に恃気を使う魔導を修練するには、通常、薄青い世界の『冠導迪』に意識を集中し、それが上に向かって伸びていくようにすることになります。
ただ、錬金術は魔導体系において、『術法』に分類されていますが、本来は『儀方』とされるべきもので、『儀方』に分類されている魔導は恃気だけでなく、『地位半球』で英気の修練も、しなければならないそうです。
なので、そのためには『天位半球』から『地位半球』に移動する必要がありますが、どうすれば移動できるかというと、『理気地平』に向かって飛込むんだそうです。
つまり魔導師は、水中に入るように透明な『理気地平』に頭から突込むのです。
すると一瞬で天と地が逆転します。
どういう状態かといえば、魔導師は『地位半球』に立っていて、そこから足元の『理気地平』を覗くと、『天位半球』があるというわけです。
上下が入替わったとしても、『地位半球』に来た魔導師の目的は、『天位半球』のときと同じです。
ただ成長させる対象が、白い『冠導迪』から黒い『壇導迪』へと変わりはします。
ところで、一般の魔導師が英気を修練する場合、『壇導迪』を『八壇』まで成長させると、そこで『地位半球』での修練は完了したとされます。
魔導において英気は補助的なエネルギーなので、『八壇』まで『壇導迪』を成長させれば、通常の魔導に必要な英気は十分に取得できるからです。
でも、錬金術はそうはいきません。
初歩は『八壇』でも構いませんが、錬金術を極めようとするなら、『六壇』まで『壇導迪』を成長させなければならないのです。
「だがこいつは、普通の魔導師のやり口よ。『冠導迪』を断迪刑で枯死させられたお前のやることは、全く別物になる」
アティシュリの表情と言葉は威厳に満ちています。
まさに世界の守護龍様って感じです。
いつでもこうなら、もう少し尊敬できるんですけどね。
「――お前のやるべきは、『地位半球』に渡った後、その上空に星を探すことだ」
「星……、ですか……?」
ヒュリアは、眉をひそめます。




