木々開花、良い!<2>
「しかし、どこのどいつがよりにもよって、この場所に『耶代』の儀方を施しやがったんだろうな……」
アティシュリが、グチりだしました。
「隠者が、施した以前の『耶代』の儀方は、今とは違うものだったんですか?」
ヒュリアが、つきあってくれてます。
「屋敷は似たようなもんだったぜ。こんな丸太小屋でよ。だが『耶宰』は随分違ってたな。前任者は、こんな真黒なアホじゃなく、品の良い女だったぜ」
真黒なアホ?
アホのうえに腹黒、みたいに聞こえるぞ。
「女性の『耶宰』だったんですか?」
「ああ。なんでも、森ん中で首つって自殺したんだとよ。で、あの世に行けずに近くを彷徨ってたとこを、ビルルルに召喚されたみてぇだ。品が良いうえに気も利いたんだが、死んだときの縄を後生大事に首に巻きつけてるのが、どうにも頂けないかったぜ。――名前は確か、“ジネプ”だったか」
「隠者は、いつごろ亡くなられたんでしょう?」
「だいたい150年ぐれぇ前に、西の大陸で死んだと思うぜ。生きてるうちに西の大陸を観光してぇとか、ほざいて出てって、それっきりよ。ただ正確なところは俺にも分からねぇ」
「その後、この『耶代』はどうなっていたんですか?」
「『耶代』か……。ジネプはな、ビルルルが死んじまった後、この世に一人で残んのが嫌だったらしくてよ。ビルルルが死んだとき、自分の『霊器』も一緒に壊れるように『呪印』を施してもらったみてぇなんだ。――ビルルルが旅に出た後しばらくして、ここに寄ったら『霊器』が壊れてて、ジネプが消えてたんで、ビルルルが死んだって分かったわけよ」
『呪印』の儀方は、“特定の物”に対して、自分の意志をこめ、それを操る術らしいです。
「だがな、俺は、そっからの対応を間違っちまってよぉ……」
気まずそうに頭をかくアティシュリ。
「――ジネプがいなくなったんで、『耶代』も、ただの丸太小屋に戻ったと思いこんで、ほったらかしにしちまったんだ。ところが『耶代』は、まだ生残ってやがったんだよ」
「生残るとは、どういうことなんでしょうか?」
「まあそうだな……、『耶代』が『耶宰』の制御を離れて、勝手をし始めたってことよ」
「そんなことが……」
僕とヒュリアは顔を見合わせます。
いつのまにか家事をするのも忘れて、アティシュリの話に聞入っていました。
「とにかくだ。『耶代』は『倉庫』に必要以上の物をため込んだり、周囲の生物から恃気や英気を奪ったりしたわけよ。――特に恃気や英気を奪うってのは、俺達霊龍からすりゃ許せることじゃねぇ! 耗霊のやり口と同じだかんな!」
アティシュリはテーブルに拳を叩きつけます。
「奪われた者は、精神を病んだり、病気になって、下手すりゃあ死んじまう。そうすっとそいつも、耗霊になっちまうかもしれねぇんだ。一方、奪った『耶代』は、どんどん成長して、より広範囲から奪うようになる。悪循環の完成よ。そう気づいた俺は、丸太小屋を焼き払うことにしたんだ」
「では、『耶代』が焼けていたのは、アティシュリ様の御業だったのですね」
「ああ。だがよ、すこしばかり遅すぎてよ……。『耶代』が、恃気や英気を奪ったせいで、ヤルタクチュがおかしくなっちまったんだ。まさか、あんな人喰いになっちまうとはな……。だから俺は人間が近づかねぇように、人喰い森と焼け屋敷の噂を流したわけよ」
「しかし、なぜヤルタクチュを焼かれなかったのですか? お話を聞く限り、今のあれは、この世界に害をなしていると思えるのですが」
「確かにそうなんだが……。あいつは、ビルルルがここにいた頃からの馴染みなんだ……。俺としちゃ、焼いちまうのが忍びなくてよ……」
案外優しい、炎摩龍様。
見直しました。
「――あいつは、ああなる前、極彩色の花が咲く美しい『妖樹』だったんだぜ」
『妖樹』とはウガリタ語で、意志を持ち魔導が使える特殊な植物のことだそうです。
「あの人喰い植物が美しい花を咲かせるのですか?」
「ああ。ヤルタクチュは、かなり前に絶滅したって思われてたんだ。だがよ。ロシュの古き都市ブズルタの宝庫に、たった一つ残っていた種をビルルルが見つけてな、持帰って、ここに植えたのよ。妖精族の伝説に語られるほどの美しい花を見るためと、あの強力な根と土魔導で『耶代』を守らせるためにな」
そこでアティシュリは目を閉じ、記憶を辿るように続けます。
「種が芽吹いて、株が増えて、ようやく花が咲いて……。あいつの花はよ、光があたると様々に色が変化してくんだよ……。そりゃあ、美しいもんだったぜぇ……。だからビルルルは、ここに『チェチェクリバチェ』って名を与えたんだんだ」
「チェチェクリバチェ……? ウガリタ語ですね。どういう意味なんでしょうか?」
「『花咲乱れる園』ってことよ」
ん?
ちょっと待って。
今、スルーできないことを言いましたよね。
すぐに羅針眼を立上げて、『備考』を確認します。
そして、あるヒントに辿着きました。
『花咲乱れる森にもどすには、振動する水を与える』
“森”と“園”は違ってますが、ヤルタクチュの森なんだから同じですよね。
だとすれば、このヒントが任務を達成するための鍵なのかもしれません。
「あのぉ、ちょっといいですかねぇ」
「なんだ、なんだ、またでたな、てめぇのその感じ。嫌な予感しかしねぇぞ」
うさんくさそうに僕を睨むアティシュリ。
めげずに、いきましょ。
「実はですねぇ、『耶代』からヤルタクチュを無力化しろって催促されてまして……。しかも、それが僕の任務になってるんですよねぇ」
「『耶代』が催促だとぉ? またおかしなことを言いやがって!」
頭をかきむしるアティシュリ。
「任務というからには、それは必ず達成されなければならないということなのか、ツクモ?」
怪訝な顔のヒュリア。
「うーん、そういうことになるのかなぁ……」
確かに、やらなきゃまずいっていう強迫観念は常にあるのです。
「ならば、その任務の内容を正確に教えて欲しい」
「『ヤルタクチュを無力化する。ただし絶滅はさける』ってことなんだけど」
「絶滅させずに無力化か……、かなり難しい話だな。あれだけの力を持ち、しかも『耶代』の周りを囲むように生えている。こちらは常に監視されているのも同然だ。何かするにしても、すぐ察知されてしまうだろうな……」
ヒュリアは拳を口に当て、考えこんでます。
「うん、それに僕は『耶代』の敷地からは出られないから、大したことはできないし……。どうすりゃいいのか、お手上げなんだよねぇ」
「ふん、つまり本来のヤルタクチュに戻せりゃあいいってことじゃねぇのか? もともと、人なんか喰わねぇ、友好的なやつなんだからよ……」
そう言って肩をすくめるアティシュリ。
なるほど、ヒントにも『花咲乱れる園に“もどす“には』ってありますもんね。
「もどし方をご存知じゃありませんかねぇ?」
「知るかよ」
うーん、さすがの霊龍様でも知らないかぁ。
じゃあやっぱりこの『振動する水』ってのが、鍵なんでしょうか。
聞いてみたいけど、ヒントを口外すると自主規制にひっかかるっていう注意書きが、気になるんですよねぇ。
大丈夫かなぁ……。
なんか悪いことが起きないといいけど。
でも他に手がかりが無いし。
思いきって、聞いてみましょうか。
「だったら、『振動する水』についてはどうですか?」
「振動する水だとぉ……?」
「ええ。『耶代』が、ヤルタクチュを戻すには振動する水が必要だって言ってるんですけど」
眉間にしわを寄せ黙り込むアティシュリ。
記憶を探ってるんでしょうね。
おっと、羅針眼の表示や周りを警戒するのを忘れてました。
感覚をとぎすまし、しばらくじっとします。
特に変わったことはありません。
どうやら自主規制には、かからなかったみたいです。
やれやれですな。
「――思い出したぞ」
アティシュリが、徐に口を開きます。
「振動する水ってのは、おそらく『魂露』のことだ」
「『魂露』……?」
「ビルルルが耶代の儀方を施すときに造った“秘薬”のことだ。あいつは、それを使って、丸太小屋と『霊器』を結合させ、“擬似生命体”である『耶代』の身体を創り出したんだ」
「疑似生命体ねぇ……」
「その後、耗霊を召喚し、『霊器』に入れて『耶宰』にすりゃあ、『耶代』の完成ってわけよ」
なるほど、『耶代』の造り方ですか。
「『魂露』には、人間の『身体』、『霊核』、『魂魄』、『霊体』の四つの要素が象る構造、つまり『様相』を正常な状態に保つ力がある。だから、『耶代』の『様相』を人間と同じように造って、『魂露』を与えてやれば、『耶代』は人間に近い擬似生命体になるはずだとビルルルは考えたみてぇだ」
この手の話は相変わらず、むつかしいのです。
アティシュリは皮肉っぽく鼻を鳴らします。
「――この考えを聞いたとき、俺は思ったぜ。ああ、こいつは本物の天才だってな。そんな奴は、後にも先にも、フェルハトとビルルルだけだった……」
まさに、変態の天才なぁのだ、って感じですかね。
「この世では、原則、人間以外の生命体に、霊体が宿ることは無え。動植物には『霊核』がねぇからだ。代わりに、『核種』ってもんがある。こいつは『魂魄』は宿すが『霊体』は宿せねえ。だから奴らは『身体』、『核種』、『魂魄』の三種で『様相』を構築してるわけだ。――だが、『妖樹』や『妖獣』なんかの『妖物』は違う。元々、奴らは普通の動植物だったが、『核種』の突然変異で、『霊体に類似したもの』を取込んじまったことで生まれたのよ」
『妖獣』ってのは、『妖樹』の動物バージョンで、『妖物』は、そういう存在の総合的な呼名だそうです。
「霊体に類似したものってのは……?」
「『精霊』のこった。ヤルタクチュの『核種』には、霊体の代わりに土の精霊が宿ってんだよ。だから奴は土魔導が使えんのよ。つまり『妖物』の『様相』は、『身体』、『魂魄』、『核種』、『精霊』の四種で構築されることになる。これは、人間とほぼ同じだ。――でな、こっからは俺の感だけどよ、『魂露』で人間の『様相』を正常にできんなら、ヤルタクチュの『様相』も元にもどせんじゃねぇか?」
「なるほどぉ……。さすがバシャルの守護者。素晴らしい推理ですねぇ」
脳筋ぽいけど、実はスッゴい知性派なんだよねぇ、このドラゴン。
「てめぇに言われても、あんまり嬉しくねぇな」
なんか嫌われてるよねぇ。
まあ、慣れてるけどぉ。
「で、その『魂露』って、どうやって造るんですか?」
そこでアティシュリは正面からヒュリアを見つめました。
ヒュリアは急に見つめられたんで、目をぱちくりさせてます。
「お前、俺に聞いたよな。自分も至高の錬金術を使えるかって」
「――はい」
「変態女は言ってたぜ、『魂露』を造るには錬金術師が『至高の錬成』を行う必要がある。それには『一壇』のさらに下、『領域』にまで潜らなきゃなんねぇってな」
ヒュリアは雷に打たれたような表情で、アティシュリを見つめ返しました。
至高の錬成って錬金術師でないと無理っぽいです。
だとするとここでは、ヒュリアにしかできないってわけです。
つまり『魂露』を造るには“ヒュリア”が、『一壇』よりも深いところに潜らなきゃならないことになります。
「至高の錬金術とは、禁忌である『存在』の本質に触れることに他ならない。それには『一壇』のさらに下層、究極の『領域』に沈潜する必要がある、ってぇのが変態女のご高説よ」
「『一壇』のさらに下……、『領域』ですか……」
とまどうヒュリアに、アティシュリは憐れむように微笑みかけます。
「――で、でも、そうだとして、ビルルル様は、どうやってそんな『領域』にまで沈潜できたのでしょう。『天位半球』における『一冠』と同じように、『地位半球』の最下層、『一壇』を超えるにも恐らく霊核が破壊されるほどの反動がくるはずなのでは?」
霊核が破壊される?!
それって死ぬってことでしょ?!
オペ兄さんのヒント、どうなってんだっ!
ヒュリアを殺す気かっ!
「もういいよ、ヒュリア! 振動する水のことは忘れよう! 君が命がけでやることじゃない!」
だけどヒュリアは強く首を振ります。
「ツクモ、心配してくれるのはありがたいが、もう少しアティシュリ様のお話が聞きたいんだ」
口調は優しいですけど、ヒュリアの目は、黙ってろ、って言ってます。
泣いちゃいそうだよ……。
「ビルルルは、どうやって潜ったかについちゃあ、ほとんど語らなかった。だがよ、一つひっかかることをほざいてたぜ。『理気界』には、恃気と英気だけじゃねぇ、他にも別の力がある。自分は“それ”で『一壇』を越えたってな」




