オラつくあの娘は炎の龍なのです<4>
「恃気や英気を理気界から導く導迪には、安全弁の役割もある。導迪を通すことで自分の肉体を破壊するほどの大きな力が一気に溢れ出るのを防いでんだよ。裏を返しゃあ、導迪が無ければ、ある意味、恃気も英気も使い放題になるってわけだ」
導迪がある人は、スマホのデータ容量制限ありで、アトルカリンジャは容量無制限って感じすかね。
「すごい……、やはりフェルハト様は英雄の名に恥じぬ方だったのですね」
褒めたたえるヒュリアを見て、アティシュリは皮肉っぽく鼻を鳴らします。
「ただし、代償は高くつくぜ。フェルハトは至高の亢躰術を使って敵を殲滅したが、かわりに自分の命を持ってかれちまったからな。――まったく、不甲斐ねぇこったぜ。俺たちにフェルハト以上の力がありゃあ、あいつもフゼイフェも戦で死ぬことはなかったかもしれねぇ……」
顔をしかめたアティシュリは嫌な思い出をふりはらうように、キャラメルを乱暴に口へ投げ入れました。
みんな黙りこんでしまい、気まずぅな静けさに包まれます。
「かかっ、まあ、なんだ。恃気を使い放題とは言うけどな、よくよく考えると普通なら導迪がなけりゃ、魔導を使うことはできねぇんだよ。なんとも矛盾した話だわな。つまり、お前とフェルハトは、まさに例外というしかねえ存在ってわけよ。――エフラトンが病名に使った『迂遠を往きて、寧ろ直し』ってぇいう古い故事は、簡単に言やあ、『遠回りのつもりが、一番近道だった』って意味になる。この病気に当てはめんなら、導迪なんかなくても、強大な魔導が使えますよってことになるわけだ。だがな本来ならこの名付けは、おかしいんだよ。だってよ、例外の方を病名にしちまったわけだかんな」
アティシュリは気まずぅな雰囲気を打消すためか、わざとらしく笑ってます。
傍若無人っぽいですけど、空気を読むこともできるんですね。
「お話を拝聴させていただき、一つ疑問が浮かんだのですが」
ヒュリアが口を開きます。
「おう、何だ。言ってみな」
「ならば私も錬金術を至高の状態にできるということでしょうか?」
一瞬、アティシュリの動きが止まります。
「おおっ! なるほどなっ! 確かに可能性はあるかもしれねぇぜ。だが相当危険だってことは分かってんな? 軽はずみにやるもんじゃねえぞ」
「はい、もちろんです」
「んならいい。――だがよ、そうだよな。錬金術の至高かぁ……。すっげえ気になってきたぜ。一体え、どんなことになんのか……。ん? 待てよ。あの変態女が何か言ってた気がすんぜ……」
「ビルルル殿が?」
『ビルルル=変態女』で決まりなのね、ヒュリア。
「ちっ、かなり大事な話だった気がするが、思い出せねぇ。――ったく、三千年もこの世にいると記憶の整理も一苦労だぜ」
アティシュリが頭をかきむしります。
「三千年も生きてんすか、すごいっすねぇ」
「あのなぁ、ツクモ。生きてるって言葉は俺たちには、なじまねえんだよな……。それに、すごくもねえぜ。長くこの世にいりゃあ、見なくてもいいもんまで見なきゃならねぇし、その記憶をずっと持ってなきゃなんねぇんだからよ……」
なんだか、やけに刺さる言葉です。
僕もこのままこの世に居続けることになったら、アティシュリと同じようになるんでしょうか……。
もし将来、ヒュリアが死んでしまったら、彼女の記憶だけを持って永遠に、この世をさまようんでしょうか……。
ふいに絶望的な寂しさがこみ上げてきて、気分が悪くなりました。
ドラゴンは強くて無敵で、何でもできそうですが、毎日こんな気持ちに襲われるのだとしたら、むしろ孤独で哀れな存在なのかもしれません。
そのとき、チャイム音がして、羅針眼が立上がり、またあの赤く光る文章が現われました。
『炎摩龍を盟友登録してください。ただし、登録者の口頭による承諾が必要です』
へっ?
『盟友登録』?
炎摩龍って、アティシュリのことだったよね?
ずいぶん唐突にきやがったな、耶代さんよぉ。
アティシュリ風に、オラついてみます。
人間関係が複雑になりそうなんで、いらねぇって、ほったらかしてたんですけど……。
まさか強制的に、やらされるハメになるとは……。
とりあえず『盟友登録』の説明を見てみましょうか。
『耶卿の目的達成に必要とされる者を盟友として登録し、その助力を得るためのもの』
なるほど……。
僕の友達じゃなくて、ヒュリアの友達ってことですね……。
つまりアティシュリは、ヒュリアが皇帝になって国を取戻すために必要な存在ってことになるんでしょうか。
でも素直に盟友になってくれるかなぁ……。
マジでダルいなぁ……。
他人と関わんの、嫌なんだよねぇ……。
まあドラゴンだけどぉ……。
下手すりゃ殴られそうだし。
でもヒュリアのために、やるっきゃないのかなぁ。
「あのぉ、アティシュリさん、ちょっといいですかぁ?」
「なんでぇ?! てめぇがそんな風に喋ると、裏に何かありそうで気持ち悪いんだがな」
さすがはドラゴン、鋭い。
「そのぉ、実はですねぇ、耶代から指示がありまして、あなたに『盟友登録』してもらえって言うんです」
僕の発案じゃないことを強調して、逃道を確保しときます。
「耶代が……、てめぇに……、指示をしただとぉ……?」
アティシュリが目を見張ります。
「はい」
「なんだ、そりゃ! そんな話、ビルルルから聞いてねぇぞ! そもそも耶代は耶宰の指示で動くはずのもんだ。逆になったらおかしいだろうが」
「いや、耶宰になったときから、ずっと指示されてましたけど」
「いいか、耶代は、意識は持つが、意志は持たねぇ。意志の部分は耶宰が受持つんだよ。わかってんのか!」
「そう言われましても、ねぇ」
ヒュリアに同意を求めます。
ヒュリアは困った感じで肩をすくめます。
「ったく、わけのわからねぇことばかりだ! 気にいらねぇ! マ、ジ、で、気にいらねぇ!」
アティシュリは歯をむきだして、今までの倍ぐらい頭をかきむしります。
炎を吐かれたら大変なので、できるだけ下手からお願いしときましょう。
「それでですね、アティシュリ様にはですね、『盟友登録』をしていただけると当方といたしましても、大変ありがたいのですが、いかがなものでございましょう……」
アティシュリは、またあの凄い殺気がこもった目で僕をにらみつけます。
体中に鳥肌が立って、ホントの鳥になりそうです。
まあ、だとしても焼鳥なんですけどねっ。
でもなんで、こんな必死になってるんだろう。
なぜかわからんですが、耶代に指示されると、やらなきゃいけないっていう気持ちになるんすよねぇ……。
耶宰になっちゃったせいかな。
「その『盟友登録』をすると、どうなるってんだ?」
「さあ?」
「てめぇ……」
アティシュリは拳を振上げて、今にも殴りかかりそうな勢いです。
「わぁ、待って待って! 僕も耶宰になったばかりで、よくわからないんですって!」
アティシュリは顔の前で拳を震わせてます。
「ふざけた野郎だな、てめぇは。だいたい、さっき知合ったばかりの、てめぇらと、なんで盟友にならなきゃなんねぇんだ……」
そんじゃここはひとつ、ビジネストークで。
「えーと、それじゃあですね……、もし『盟友登録』してくれるなら、キャラメル三日分とシュークリームを献上しますが、どうすかね?」
「シュ?! シュークリーム?! なんでぇ、そりゃ?!」
アティシュリの目の色が変わります。
「いや、これもまた美味いお菓子でしてぇ。丸く焼いた生地の中に生乳から作った甘い餡がたっぷり入ってるんすよぉ。できたてがまた格別でしてねぇ……。香ばしい生地の匂いと甘い餡が相まって……、もうたまらん!」
アティシュリの口から滝のように、よだれが落ちてます。
「――どうすか、ねぇ?」
「め、盟友になりゃあ、それが食えるってのか……」
「へへへ、そりゃもう」
まさに、お代官様に小判を渡す越後屋状態。
「ク、ク、クソ野郎がっ! 俺が同じ手に、ズルっ、二度もかかると、ズルっ、思うのか……」
しゃべりながら、よだれをすすり上げてます。
「そうですかぁ、残念だなぁ」
ダメ押しに、目の前でシュークリームを具現化してやりました。
甘く香ばしい匂いが部屋に広がります。
「はい、ヒュリア、シュークリームだよぉ。食べてみてぇ」
ヒュリアは受取ったシュークリームを不思議そうに眺め、パクリとかぶりつきました。
「おいしぃーっ!!!!」
頬をピンクに染めてヒュリアが叫びます。
こりゃ、いいCMになりますぜ。
「どうすかぁ……?」
アティシュリの顔をのぞきこみます。
「ぬおぉぉぉーっ! こんな見えすいた手にぃぃぃーっ!」
アティシュリは狂ったように頭をかきむしります。
「シュ、シュークリーム! 食いたいーっ! でもムカつくーっ! 食いたいーっ! ぶん殴りたいーっ! 食わせろーっ! うががっ、ぐばぜろーっ!!!」
アティシュリさん、壊れて泣き出しました。
涙とよだれで顔がグチャグチャになってます。
「そんじゃあ、炎摩龍アティシュリさん、『盟友登録』、承諾ってことで?」
「承諾! 承諾! ショ、ウ、ダ、クーっ!」
ドラゴン様の絶叫です。
はい、僕の勝ちぃーっ!
その途端、チャイム音がなり、羅針眼が立上がります。
『盟友登録が完了しました。これより屋敷の増築を開始します』
へっ、増築?
増築って何?
オロオロしてると突然四方の壁が揺らぎだして、形がぼやけていきます。
「なんでぇ、どうしたっ!」
アティシュリとヒュリアは戦闘態勢になって周囲を見回します。
「あっ、大丈夫ですから、そのままでいてください。今、増築してますんで」
自分でも何が起きるかわかってませんけど、アティシュリに暴れられると困るので注意しときます。
「増築だとぉ?!」
そう言ったアティシュリは急にふらつくと、ドサリと椅子に腰を落としました。
「――おい、ツクモ。てめぇ、何しやがった。俺の力がごっそり持ってかれてんぞ……」
ものすごくお疲れのご様子です。
壁の揺らぎが止むと、チャイム音が鳴り、羅針眼から報告が入りました。
『炎摩龍の部屋が増築されました』
『現状の耶代の欄に変更があります』
『耶宰が新しい術法を取得しました』
えっ、えっ?!
何これ?!
炎摩龍の部屋?!
『現状』の欄に変更?!
新しい術法?!
あらためて周りを見ると、ダイニングが少し広くなっています。
それに側面についているドアの数が三つから、四つに増えてますね。
「ツクモ、これは一体……」
ヒュリアが不安そうに聞いてきます。
「うん、あのね、アティシュリさんの部屋ができたみたいなのよ」
少し老けた感じのアティシュリが、マジか?ってな顔で見てきます。
「『盟友登録』の効果の一部だと思うんですけど……」
あらためて四つの扉を確認します。
外側の二つは、風呂場とトイレ、そして錬成室のもので変わりありません。
ただ内側の二つには、名札がついていました。
それぞれ『ヒュリア』、『アティシュリ』と書かれています。
文字は日本語じゃないけど、読めちゃいますね。
言葉もそうですけど、まあ、異世界物のお約束ってやつですか。
「ほら、名札ついてますよ」
アティシュリは、ふらつきながらドアの前に立ちます。
そして名札を確認すると、ドアを開けて中をのぞきました。
中はヒュリアの個室とほとんど変わりありません。
「耶代が俺の部屋を造っただと……? ったくわけがわからねぇ……?」
そう呟きながらアティシュリは、よたよたと自分の部屋に入り、ベッドに倒れこみます。
そして、すぐにいびきをかきながら眠ってしまいました。
僕とヒュリアは顔を見合わせ、静かに扉を閉めます。
霊龍様には、ゆっくりと御休養いただきましょう。
「ツクモ、これもやはり『耶代』が勝手にしたことなのか?」
「そうなんだよ、僕にも訳がわからなくてさ。でもアティシュリさんを盟友にしたことは、とりあえず君の為になるみたいだよ」
ヒュリアに答えながら、羅針眼を確認します。
『盟友』の欄を開いてみると、今まで空欄だった箇所に『炎摩龍アティシュリ』の名前が記されていました。
次に『現状』の『耶代』の欄を見てみます。
耐久力のパラメーターの下に、新たなパラメーターが追加されていました。
『耶代格位:2/100』
耶代格位って……。
また意味不明です。
とにかく、説明を見てみます。
するとこんな表示が出ました。
『耶代の意識の位を表すもの』
耶代の意識の位?
いっそう分からなくなったので、これも保留です。
最後に『術法』の欄を開きます。
そこには当然、取得したスキルが記されていたのでした。
『炎魔導術・四冠』
『治癒術・四冠』
うへっ!
これってもしかして、魔導が使えるようになったってこと?!




