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後編


「しつこいと警察呼びますから。あと、私に無理やり抱きつきましたよね? 同性だからといってセクハラは成立しますから、弁護士にも来て貰っ……って、え?」


 だから、それ相応の対応を取ろうと思ったのだが。目の前にいる人は急に涙ぐみ、なぜかグラスに入っている酒を一気飲みした直後。


「あ゛ァァッッ。にゃんでぞんなごどい゛ぅぅのぉ゛ぉ゛ぉ゛」


 周りの迷惑になる声量でギャン泣きした。一気に冷ややかな目線が、なぜか美琴に集中する。


「え、ちょっ、み、皆見てるからやめ……」

「わだじはわだじなのにぃ、ぢがうっでいられだぁぁ、びどぃぃ゛ぃぃ」

「え、ぁ。も、もー。分かりました、分かりましたよっ。ごめんなさい、私が悪かったです。あ、貴女は八重咲先輩……なんですね?」


 自分は泣かせてないのに泣かされては嫌な印象を抱かれるのは当然。美琴はすぐ様、今すべき行動を脳裏で弾き出し行動する。

 兎に角目の前の人、もとい桜花に謝り泣き止ませる。すると、思いの外直ぐに桜花は泣きやみジト目で美琴を睨み付けてきた。


「なでなでして」

「は?」

「なでなでしないと、ゆるさない」


 そのまま、妙な事を口走った。言動がまるで子供。ピッタリとまた美琴にくっついて見上げて頭に指を刺し撫でろと言ってきた。


(こ、コイツ。八重咲先輩とは思えないけど、もし本人だとしたら、酒に酔うととんでも無くポンコツになるのね)


 いま知ってしまった桜花の知られざる姿。だらしない、とてつもなくダメダメ。

 嘘だと思いたい、酒でこんなにもポンコツになってしまう人に負けていた事を。


「ねぇぇ、はーやーくぅー」

「あ……うん、もう。なんと言うか……撫でろと言うなら撫でますよ」


 もう怒りを通り越して虚しくなった。

 言われるがままにナデナデしていると、桜花は目を細め気持ちよさそうな息を漏らす。


(くっ。不覚にも可愛いって思っちゃった。と言うか撫で心地いいわね)


 こうして見ると、犬っぽさがある。

 そんな思いを振り払うように、美琴は問い掛けた。


「で? 八重咲先輩はなんで此処にいるんです?」

「ふぇぇ、あぅ、うん」

「いや、うんではなくて」

「んとねぇ、飲みにぃ来たのぉ。あ、そこもっと撫でてぇ」


 愚問だった。確かに此処へは飲みにしか来ない。美琴は内心、どうして飲み行く場所が被ったのか嘆いた後、深ぁいため息を吐いた。


(決めた、他のところにいこ。飲み直しよ飲み直し。八重咲先輩は放っておいて問題はないでしょ。いい大人なんだし)


 リフレッシュしたかったのに桜花の出現で出来なくなった。だからこのバーが去る事に決めた。

 そう思い立ち上がろうすると、ハシッとスーツの裾を掴まれ立つ事が出来なかった。


「あの。八重咲先輩、服を離してくれませんか?」

「ぅえ? あぁぁ、んふふふ」

「いや、んふふふ。ではなくて」

「まぁまぁ、ここはぁ先輩のおごり、飲んれ飲んれ。先輩風吹かさせてー」

「いや。このグラス中身ほぼ入ってないですし、先輩の飲みかけじゃないですか」


 ニコッリと微笑む桜花は、ポムっと手を美琴の太ももに置いて甘えた声で話してきた。


「じゃぁ、なんか飲む? 一緒にのもぉ」


 しかもわざわざ、ゆっくりと美琴の耳元まで近付いてだ。もの凄く良い香りがするし何より擽ったい。


「ちょ、何をしてるんですか!! そう言うのもセクハラなんですよ」

「すみませーん、ハイボールおかわりぃ」

「私の話を聞いて下さい!!」


 桜花は美琴の話など聞かず自分勝手に振る舞い始めた。

 距離感が近いのは言うまでもなく、掴んだ裾は離さず、注文したモノを子供のように楽しみながら待っていた。


(こ、この人が私がいつか追い抜くって決めた八重咲先輩?)


 あまりにだらしなさ過ぎて、イラついてしまう。自分が追い抜きたいのは物静かで棘のある物言いが腹が立つけど、自分よりも仕事が出来るシッカリした桜花の姿なのだ。

 だから、美琴はキツく叱ろうとした、だが。


「みぃちゃん、ここで会ったのぐーぜんらけろ。あのねぇ、ふふふ……会ったらねぇ、ほめよーと思ってたの」


 間延びした桜花の言葉により阻まれてしまった。しかもその言葉は美琴を強く困惑させる。


「え、褒める!? 私をですか?」

「そうらよ、みぃちゃん仕事スゴく出来て良い子だねぇって褒めたいのぉ、良い子良い子ぉ、ふふふ」

「ちょ、え、あ、や。頭急に撫でないでください、あ、はぅっ」


 予想だにしてなかった言葉を急に言われ、頭がパンクした美琴。

 今以上にベロンベロンに酔い続ける桜花は、優しく美琴の頭を撫でていく。撫で方はとても優しくて下手をすれば寝てしまいそうだ。


 しかも褒められた事なんて久しぶりな美琴は、早々に赤面し妙な感覚を抱いてしまう。桜花から離れようとするけれど、桜花は美琴から離れない。


「皆を引っ張ってぇ、ちょっぴり怖いけろ何やかんやで会社の為にうごくみぃちゃん、スゴく偉いよー」

「そ、それ八重咲先輩から言われても嫌味にしか聞こえませんよ。私以上に仕事が出来るじゃないですか!!」


 美琴はそこから逃れようと周りの迷惑にならない程度に抵抗し、小さな声で話す。でも、桜花はただ微笑むだけで離してくれない。

 本当に美琴が言うように、桜花は美琴以上に仕事が出来る。褒められても嫌味にしか聞こえないのは当然だ。


「そんな事言わないで。みぃちゃんは偉いったら偉いの」

「ちょ、あ。もう、分かりましたから、いい加減撫でるのをやめて、ひゃぅ、あ……」


 けれど、桜花はそんな事気にしない。兎に角甘々に褒めまくり撫でまくる。心做しか、どんどん撫で方が上手くなっている気がする。

 だってさっきから変な声ばかり出てしまうから。あと、何故か身体も熱くなってくる。変な事かも知れないけれど、身体が悦んでいるのか?


 と言うか、そろそろ周りの人の視線が突き刺さり恥ずかしくなって来た。ちょうどその時、このバーのマスターがニッコリと微笑みながらハイボールを置き。


 関わりたくないのか、申し訳なさそうな顔をして一言「すみません」と言い、足早に立ち去って行った。


(いや、助けなさいよっ)


 薄情極まりないマスターに、すかさず美琴は心の中でツッコミをいれた。その時。桜花は更なる行為を美琴に仕掛けてくる。


「あのね。わらし、コミュ障でみんなと一緒にいるの苦手。なのに、みぃちゃんはソレが出来ちゃう」

「へ?」


 桜花がなんの脈拍もなしに自分の弱さを見せて来た。美琴は何も言えなくなり、咄嗟に考えてしまう。

 なぜ急にそんな事を? 疑問が浮かんだ途端、ふと美琴は思いつく。


(そう言えば、今日も飲みに行く誘いを断ってたわよね)


 良くある理由であり、桜花がコミュ障で悩んでいるなんて意外に思う。美琴からみても何でもそつ無くこなす様に思えていたのに。


「あと、ずぅっとみぃちゃんと飲みに行きたいって思ってたのに、一緒にいるとなんかしそうで不安で誘えてなかったし」


 まさに、「その何かをしてますね」と美琴は言いそうになったが言わないでおいた。

 本気で悩んでいるみたいだし、ソレに対し何かを言うのは美琴の良心に反した行為だから。


「八重咲先輩の悩みは分かりました。でも、そう言うのは人それぞれで別に良いじゃないですか」

「ふぇ?」


 本当は、ライバル視している人にこんな事などしたくは無い。でも美琴も桜花がして来た事と同じ様に桜花の頭を撫でた。


「でも、そうやって反省出来るのって凄い事ですよ。だから、あんまり卑下しないでください。八重咲先輩は追い抜かしたい存在なんですから」


 こんな事を言うのは恥ずかしいから言いたくないのに……。でも敢えて言った、いずれ追い抜かす存在としてシャキッとして欲しいから。


「って、私にこんな事を言わせないで下さいっ」


 そう言うと美琴は桜花から視線を外し、照れ隠しに置かれたハイボールを飲む。その様子をぽぉぉっと見た桜花は、嬉しそうに微笑んだ。


「えへへ、ありがとー。みぃちゃんは良いこと言うねぇ。やっぱり良い子良い子ぉ」


 身体を左右に揺らし楽しげに語った後、桜花は突如ふらつきながら立ち上がった。その様子に少々驚きながら見つめていると……。


「じゃ、私帰る」

「え゛っ!?」


 唐突にそう語り、本当に帰っていく。足取りは非常に危なかっしく呆然と見ていると壁にぶつかり「あてっ」と言ったり、他の人の席にぶつかり「うぇ、ごめんなさい」と言ったりと見てられなかった。


(あーもー!!)


 リフレッシュしたくてお酒を飲みに来たのに、バッタリと桜花にあったから妙な目にあってしまった。

 内心イライラしながらも、美琴は立ち上がり足早に桜花の傍へ向かう。関わったからには放っておけないっ。


「八重咲先輩、しっかりして下さい。ほら、ちゃんと前見て」

「ふぇぇ? あぁぁ、うんー」

「あー、そっちじゃ無いですよ。いい大人なのに、何でこんなになるまで飲んじゃうんですか」


 即座に肩を貸し、ベロベロになっている桜花を見て美琴は思う。知らなかった一面を知った驚きと、酔っ払いの言葉だから信用ならないけれど。


(私の事、あんな風に思ってたのね)


 ここで会わなければ一生知らなかった事なのだろう。正直、あんな桜花の姿を見てガッカリはしたけれど。

 真正面から褒めて、認めてくれるような事を言われたから美琴は桜花の印象が少しだけ変わっていた。


(嫌いな人なのに。あんな事言われたらマトモに嫌えないじゃない)


 口をモゴモゴし、顔を赤くしながら思う美琴は。「ねぇ、やっぱ飲み直そー」と下手をすればすっ転びそうになっている桜花に……。


「ダメです、もう帰りますよ!!」

「えぇぇぇ。やだー、まだ飲みたい。のーむーのー」

「これ以上酔ったら傍にいる私に迷惑が掛かるんですよ、だから帰るんですっ。と言うか、もう水飲んで寝てください!!」


 と、母親みたいな事を言い桜花と一緒にお店を出た。桜花は駄々をこね、ペちペち美琴を叩くけど彼女は全く気にとめない。


(はぁぁ、飲み直す事も出来ないじゃない。いや、まだ大丈夫。絶対満足するまで飲んで帰ってやるわ)


 美琴は一人、グチグチと桜花に対する恨み節を思い、放っておけば良かった……とも思う。けど、そんなのは美琴が絶対に許さない。


(放っていって何かあったら八重咲先輩を追い抜けなくなる、この人を抜いて一番にならなきゃ意味ないのよ)


 会社で日々イライラさせられてるのだ、桜花より仕事をこなして追い抜かして桜花の上に立ちたいっ。

 その為に美琴は、わざわざ桜花を帰らせる。


(じゃなきゃ、こんな面倒な事は絶対にしないわよ)


 "嫌いな相手"がこの夜で"少しだけ嫌い"に変わった。苛立ちしか芽生えなかった人なのに、この気持ちの変化はなに?

 真横で「あと一杯だけだからー」と駄々をこねまくる桜花に「いい加減にしてください、しつこいですよ!!」と注意しながら、美琴はとりあえず近くのビジネスホテルに桜花を泊める事にした。さっさと桜花を泊めて、その後でたっぷりとお酒を飲むために……。

 読んでいただきありがとうございました。

 依頼を受けて書いた物語になります、書いている内に楽しくなっちゃいました。やはりこういう雰囲気の社会人百合は大好きですねぇ……。


 では、また次回作でお会いしましょうっ。

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