前編
これは朝の社内で起きた、かなり腹が立つ出来事。
「私は変な事は言ってません。明らかに私の企画書の方が優れていると思うのですが。なぜ、私の企画書を選ばないのですか?」
とある会社で働く最近入社してきた黒髪でロングヘアー、黒縁のメガネをかけたOL、高原 美琴は少々気弱そうな頭をそり上げたの部長に詰め寄っていた。
「え、あぁ。それはねぇ、良かったんだよ? でも、そのぉ……ねぇ。事情があるんだよぉ」
美琴が怖いのか、ビクビクと怖がる部長は指を弄りこの場を離れたい気持ちを全面に出し、助けを求めようとするけど。誰も助けてはくれない。
「この私が納得のできる事情の説明をしてください。明らかに私がこの部署の中で優秀な企画書を提出したのですが?」
「あ、うん。それはねぇそうなんだけどぉ、んー。困ったなぁ」
皆、美琴がこわいのだ。彼女は最近入社してきた人なのだが、優秀で仕事を本当に何でもこなす。しかし自分が一番でありたい事に対して人一倍気持ちが強く、少々困る時がある。今みたいに納得が行かなければ誰であろうが正論を掲げて突っかかってくるからだ。
その気持ちが強すぎて仕事が出来ないのであれば一蹴すれば良いだけの話だが、そうもいかない。美琴はかなり仕事が出来る女性なのだ。
かつて、美琴が気に入らなくて大量の仕事を彼女に送った美琴の部署のお局がいたが、見事にその仕事を完璧にこなされてしまった。
その他にも嫌がらせなどをして辞めさせようとお局が仕掛けた事もあるのだが、その全ての証拠を美琴は集めていて、逆に仕事を辞めさせられ泣きながら会社を去ったという話がある。
故に極力誰も美琴と関わりたがらない。
「あのそのは聞き飽きました。いい加減訳を話してください」
しかし。たった一人だけこの部署に美琴に対して平気で話をかけられる人がいた。
「ねぇ、さっきから仕事の邪魔」
「ッッ!?」
その者は、美琴の上司であり。社内で一番の美人とされている女性。八重咲 桜花だ。
ショートヘアで、茶髪の地毛を揺らしながら、美琴より背が低い桜花はツカツカと近付き眠たそうな目だと弄られている目で美琴をニラんだ。
「部長が言いたいのは、美琴の企画書より私のが良かったってだけ。部長は傷付けるのが嫌だから言いにくそうにしてるの」
「んなっ。いきなり現れて何を……」
「社会人なんだから、ソレぐらい察しよ? ね」
そのままアッケに取られる美琴の肩に手を置き、桜花は自分のデスクへと軽快に立ち去って行った。1人ポツンと残された美琴、その隙に部長は立ち去り、周りの人もそそくさと美琴から離れていった。
「ま、またアイツが選ばれたのっ」
低い声でブツブツと文句を言いながら、美琴も席に戻る。その時、桜花のデスクを横切るのだが、誰かと話す会話が微かに聞こえてきてしまう。
「ね、八重咲さん。今日は仕事が終わったら飲みに……」
「いかない。プライベートは1人で過ごしたいの。仕事でなら付き合うけど?」
「え? あ、う、そっ、そっかぁ。あははは」
淡々と話す桜花に、女性は苦笑いし立ち去って行った。この光景は珍しくないもの、桜花は仕事以外の付き合いには乗ってこない。
完全にプライベートに線をひいている、実はその態度、美琴にとって鼻につく。
(くっ。なによあの態度。飲みに行く事は他者との交流で良い経験や新しい仕事に繋がるかも知れないのにっ。そんなのがなくたって余裕で上に行けるって言うの?)
ムカつく、腹立たしい、なにか言ってやりたいのだが美琴は言わない。あくまでプライベートの事だ、介入してもロクな事にはならない。
あと先程言われた言葉も腹が立つ。
(まぁあの時に言った事は正しいわよ、えぇ正しいとも。でも、あの最後の言葉はなによ。ソレぐらい察しろ? クゥゥッ、正論だけど腹がたつわぁぁぁッッ!!)
ここが自宅なら地団駄を踏んで怒りを床にぶつけたが。ここは社内なので必死に耐える、けれど怒りの表情は顔に出てしまい他の社員を恐れさせ彼女の周囲から人は消えた。
(ムカつく。絶対に近いうちに私がアイツより偉くなってやる、必ずね!!)
美琴は怒りをぶつける様に仕事をこなし、今日も他社員に凄いと思われつつ近寄り難い雰囲気を放ちビビらせている。
兎に角ストレスしか溜まらない。もしかしたらそのストレスが今日の出来事で溜まり切ったかも知れない。そんな時、美琴は自分で決めている事がある。
それは。
「ぷはぁっ。やっぱりお酒は良いものだわぁ、最高ぅ」
仕事が終わったら1人でバーに行く。つまり飲んでスッキリするのだ。自堕落な発想ではなく彼女なりの理論。
故に美琴は長い長い時間が経ち、仕事が終わった今行き付けのバーにいる訳だ。
ストレスを貯めても良い事なんて何も無い、溜まり切って我慢できなくなれば、好きな事をして解消しスッキリすればいい。
気分を変えれば気持ちも代わり、仕事の出来も変わってくる。美琴はそう言うのを大事にしている。
「まだ飲み足りない。今日は相当抱え込んでるみたい、行ける所までいきましょ。食べたいものもドンドン食べるわよ」
故に美琴は、バーにきた。
大人しい雰囲気のそのバーは、色々なお酒が置いていて、美琴は大満足している。いつか、このバーに置いてあるお酒をコンプリートをしたいと思う美琴は楽しげに鼻歌を歌いながらメニュー表をジッと見て何を飲むか選んでいく。
(あぁ、この瞬間がスゴく楽しいわ。子供心を思い出せるというか、上手くは言えないけれど……その、兎に角楽しいのよ)
自分が好きなモノを選ぶか、はたまた飲んだ事の無いモノを選ぶのか。この悩むと言う過程が楽しい。
もう既に2杯も飲んでいる美琴は、少々酔っていてフラリとしながら、直感的に決めた。
「ン、決めた。今まで飲んだことの無いモノにしましょう」
頭の中でそう思ったのなら、即時行動!! 美琴は早速バーのマスターに話し掛けようとした、その時。
「あー。みぃちゃん、みぃちゃんがいるぅ」
「きゃ!?」
明らかに泥酔した女性が大きくふらつきながら背後から抱きついて来た。強い酒臭さと共に恐怖が襲い、美琴は振り返り大きな声を出そうとしたが、その行為は目に映った衝撃的な光景により止めてしまう。
「へっ、え゛。あ、アンタ……じゃなくて、八重咲先輩!?」
「うーん、わらしらよー」
えへへ、と妙に笑いフラ付きながら桜花は勝手に美琴の隣に座った。そのままベッタリとくっつき至近距離でジロジロと美琴を見てくるではないか。
(な、なによこの人。八重咲……先輩よね? 別人じゃないわよね?)
会社と印象が違い過ぎて驚きが止まらない。
軽快に笑う桜花は、ウイスキーだろうか? 芳醇な香りが香らせながらグラスを手にし、迷惑なくらい美琴に絡む。
「あ、あの。貴女誰ですかっ」
と、ここで美琴は警戒心を出し両手で桜花を引き剥がした。しかも、今目の前にいる人は桜花では無いことを口にして、だ。
だって有り得ないからだ。桜花は美琴よりも仕事が出来て、上の立場の人間の信頼も厚い。なのに今目の前にいる人は年甲斐もなくダラしなく酔っ払い、恥も外聞なく楽しく飲みに来た人に絡む迷惑客。
しかもよく見ると、普段キッチリ着ているスーツをダラしなく着崩しているではないか。
(とてもじゃないけど八重咲先輩とは思えない。きっと別の人。と言うか、なんでアイツの事今思い出すのよ!!)
せっかくソレを忘れる為に飲み聞きたのに。また腹が立ってきた。思い返せば桜花はいつも美琴の前に立ちはだかり一番になるのを防がれた。
(腹立つ、ムカつく、採用されなかったのは私の実力不足とはいえ、腹立つゥゥッ!! だって毎回よ? 毎回アイツの企画ばかり採用されて私は2番目、ほんっとアイツなんか大嫌い!!)
最早敵意しか湧かない、これ程まで嫌いな相手で、いつか桜花よりも上にいきたいから事細かに見てしまう。
会社の時の桜花と一致していない、シッカリして物静かでいるキレイな女性なのに、目の前にいるやつはキレイではあるけれど真反対の人間だ。