第八話 魔界にも新聞ぐらいあります
「めんどくせー」
僕は魔界新聞を見てぼやきます。勇者パーティーの装備品を安易に売ったことは失敗でしたね。ついに新聞沙汰になってしましました。
なってしまったというか、徐々に有名になってきています。
今日見ている新聞の見出しはこうです。
『勇者。モンスター狩り、ついに魔族領地に本格進軍か?!』
遠くから撮影したのでしょう。画像はピントが合っていませんが特徴的な黄色い髪でわかります。これはユリですね。というかなんで装備を着て魔物狩りなんてしているのでしょう。
おかげで勇者が死んだことはバレず、むしろ元気に進軍している報道がされて、魔族達の間では盛り上がっています。
最初は何故ソロになっているのか、以前遠方で確認されたときは剣を使っていたのに、斧を使っているのは何故なのか、が話題の中心でしたが、今はその動向が注目の的になっています。
正直偽者だってバレなきゃどうでもいいのですが、隠密行動をしていた以前の勇者と違い、ユリは外を堂々と歩き、低レベルモンスターだけを狙って狩りまくっているようです。
低レベルのモンスターなんて何処にでも生息しているものなのですが、町の近くよりも効率が良いのでしょう。近郊の魔族領地が、最近お気に入りの狩場のようです。
僕の家からも遠くないですし、この家も見つかってしまうかもしれません。見つかっても生息する高レベルモンスターに殺されるでしょうけど。
ユリが普通の冒険者のようにモンスターを狩ることで生計を立てるだけなら問題はありません。勇者の行いとしても問題ありません。ですが、それだけで収まるような気がしないのです。面倒ごとになりそうな予感がビンビンします。
「ご主人様ぁ遊んでよぉ」
紅茶を飲み、新聞を読んでいる僕にティンが甘えてきます。無言、無表情でボールをつかみ、軽く投げてやるとリビングから玄関側へ不規則にはずんでいくボールにティンが飛び掛ります。ティンが口で咥えて持ってくるので「よだれをつけるな」と叱って頭を叩きます。そしてティンがボールを拭いて僕の手の届くところに置く、までがワンセットです。
何が楽しいのか、暇になるとティンはよくこの遊びを始めます。
「ティン。最近魔王様は勇者について何か言ってるか?」
「うーん前とかわんないよ? 勇者が来るのを楽しみにしてる」
「そうか、ならいい」
多少ユリには不自然なところはあるものの、魔王様と勇者には面識がないのですからバレることはないでしょう。
僧侶が魔王城に乗り込んできたせいで、魔王様に渡しそびれた紅茶茶葉をユリの件のあとすぐに渡しに行きました。それっきり僕は魔王様に会いに行っていません、隠し事をしているとなんだか会いづらいものなのです。
「ティン、ぶっちゃけユリってそこいらの魔族に狙われたらマズい?」
「んー凄い勢いでレベル上げてるっぽいけど良くて中級一人ぐらいまでじゃないかな。それ以上なら死んじゃうと思う。ご主人様あの女、気になるの?」
「違うそうじゃない。あの女が死ねば勇者が死んだことになってしまう。それだと魔王様悲しむからな。本物であればチートがあるから力量差がある相手でも勇者が勝つが……」
「ご主人様やっぱり勇者と何かあったんですね?」
「何も聞くなと言ってるだろう」
うっかり口を滑らせてしまいました。焦った僕は少しだけ語気が荒くなってティンを叱りつけました。
そしてボールを投げます。ティンが咥えてボールを持ってきます。今度は頭を叩かずに撫でてやりました。いつもは叩かれて喜ぶティンですが、意外そうな顔をした後、これはこれでと嬉しそうな顔です。
しばらく撫でてやります。
撫でてやるのは今回だけだからな。
二日後、魔界ギルドにて勇者討伐の以来が出されました。ユリは生態系を壊しすぎたのです。魔界にも食物連鎖がありますからね。
これで一旗上げてやろうというバカ魔族達がやる気を出してしまいます。
魔族領地にも人間達の真似事で作った町があります。町には様々な商業施設がありますが魔界ギルドはその内のひとつで、魔界で起こった事件を解決させるためのものです。勇者討伐は魔界ギルド始まって以来の大捕り物と言っていいでしょう。
「どうするご主人様。多分ユリ、死んじゃうよ?」
「面倒だ。あー面倒だ。なんもしたくない。でもそう魔王様の為、いっちょなんとかしますかね」
「ユリを殺しに来た魔族を倒しちゃう?」
「それは最後の手段だ。愚かな人間じゃないんだ、同族殺しはやらない。ひとまず見張りにいくぞ!」
ユリの狩場はわかっています。何の対策もせず魔族領で頻繁に狩りなどすれば逆に狙われるのは道理。
「います。あの女の匂いです。二キロぐらい先です」
森の中、ティンが僕より先にユリを見つけました。僕の目よりも先に見つけるとは、こんなのでも流石四天王ですね。褒めたりしてあげませんけど。
「ではこのまま丘の上に移動する。他の魔族は来ていないか?」
「まだ誰も来ていません」
だろうなとは思った。よく言えば理性的、悪く言えば臆病なのが魔族だ。手柄はほしいクセに危険は冒したくない。出来ることなら誰かが争ってるドサクサにまぎれて、美味しいところだけかっさらおう。そう考えるのが魔族だ。
「聞こえる」
斧を振り回す戦闘音と女の掛け声が聞こえてくる。間違いない、ユリの声だ。
「見えた」
丘の上から見下ろします。森の中の開けた場所でユリが猪型魔獣と戦っているのが見えます。
「ご主人様ちょっと待って」
「どうした?」
ユリから見つからないように姿勢を低くしたティンが、焦った声で言います。
「魔族じゃないけど一人来る。速い、ユリのほうに来るよ! どうしようご主人様!」
「様子を見る」
魔族じゃないのなら慌てる必要もありません、いざとなれば殺してしまえばいいのですから様子を見ます。そして現れました。見覚えがある。
「あいつは……」