第三十四話 クッキーと珈琲
僕の名前はトオフ。
魔王軍の秘密兵器にして、子爵級魔族。勇者を殺し、新しい勇者も退けた実力者です。
「ご主人様、珈琲ですよ」
おやつの時間。クッキーの香ばしい香りに珈琲の香りがブレンドされます。
庭のテーブルにお菓子と飲み物が準備され、僕は新聞から目を離します。
「豆が古くなってきたかな、少し酸味のある臭いがする」
「ミルクを混ぜますか?」
「そうしてくれ、あっいや自分で入れるからもってきてくれるだけでいい」
「クッキーに使った残りが……」
台所に戻っていくティンをチラっと見て、まだ熱い珈琲を啜ります。
「うむ」
入れるミルクの量を決めて再度新聞の記事に目を通します。
『調査隊の再編成! 魔王これで様子見か?』
魔王様の対応が手ぬるいのではないかという記者の意見を、一般魔族代表です。みたいな論調で記事は展開されている。
前日の記事では『魔王慎重論』という見出し、さらにさかのぼって行くと、『全面戦争か?!』『魔王軍本部魔族殺しを勇者パーティーの犯行だと断定』と続いて行き、『調査隊、勇者パーティーと遭遇』という見出しが僕が倒れてから直後のものだ。
どんなに凶悪な事件でも魔王様さえ無事であれば基本的にはどうだっていいのだけれど、やはり当事者となってしまうとそうとは言えない。
ティンの持って来たミルクを適量珈琲に入れてやり、一口舐めるようにして飲む。
「うまい」
まずいな。
思わず記事の感想を口にしそうになりながらも、ちゃんとうまいと言えた。
仮にまずいと言ったところでクッキーではなく、珈琲を口に運んでいたのだから何の問題もないのですが、それでもちょっと胸につっかえるものがあります。
クッキーを食べて、焼いてくれた張本人であるティンを見ながらまずいと言ったところで僕の生活には一切の問題もないのですけどね。
けどね、こういうことを気にしだしたのは僕にもそれなりに社会性というものが芽生えて来たのでしょうか、それなりに成熟した魔族として誕生したとはいえ、稼動からまだ年月が浅いことは否めません。経験不足から来る対応の誤りなどが今までの僕にはあったのかもしれません。
あったのであれば、今後は失敗したくありません。
僕は新聞を折りたたんでわきにおき、クッキーを確実にほおぼってから十分に咀嚼して飲み込み、口の中のパサパサした感じを珈琲で潤す前に必要以上の音量で「うまい」とはっきりと言いました。
僕の「うまい」を合図にするかのように、ティンもクッキーを食べ、ミルクを飲みます。
僕は一息ついたような気持ちでクッキーと珈琲と新聞を適当な順番で行ったり来たりしながら続け、クッキーより先に珈琲が尽きたので、珈琲を入れていたコップにそのままミルクを入れました。
「ご主人様、ゆっくりしてくださいね」
「わかってるよ。ゆっくりしてるじゃないか」
「そうですね」
魔王様から暇を出されたことは、つい最近なのになんだか長い間何もしてないような気持ちになります。
僕は腕を組んで、クッキーをくわえたまま噛みもせずに空を眺めます。
前はこうしてダラダラするのが普通で、僕自身そういう生活を望んでいたのに。
一度失って、また手に入ったのだから喜んでいいようなものなのに。
なのにどうしてでしょう、じっとしているのがどうもしっくりこないのです。
「ご主人様、クッキーどうですか? 今回のは分量を変えてみたのですけど?」
「うん、うまいよ」
正直、細かい味の違いなんて僕には分からない、前回のクッキーがどんなだったかなんて、覚えていないからいちいち聞かないでほしい。
そりゃ、前のやつと今回のやつ両方を同時に出してくれればどっちが好みかなんてことぐらいは言ってやれる。
ティンがそのたぐいの感想を求めていることぐらい僕だって察しているが、あいにくと僕の頭は覚えようと頑張ったことや、インパクトの強かったことじゃないと覚えようとしないのだ。
クッキーの味や香りや食感がどんなだったかを一生懸命努力して覚えるだなんて、そんな行為をティンだって真剣に願っているわけじゃないんだろう?
僕は思ったことが口からすぐに出るタイプじゃない。
そんな単細胞じゃない僕を、僕は誇りに思う。
そしてティンが思念を読むような高等技能を有していなくて本当に良かった。
暇なのか、ユリは一日一回様子を見に来る。魔王様からよろしくするようにと言われたからと本人は言っていたが監視の意味合いが強いのだろう。
本当は暇じゃないはずだ。四天王なんだし。
ティンだって、家のこととか色々あるはずなのにずっとウチにいる。
多分ユリはイイヤツなんだろうけど僕は信用できないでいた。
僕の精神的未熟さ、あるいは弱さなのかもしれない。
「おはよう。トオフちゃん、何か手伝うことはあるかい?」
「おはようユリさん、何もないから帰っていいよ、ティンがいるし」
「おっけー今日も異常ないね、それじゃまたね」
今朝、といっても昼近くのなんともいえない時間にやってきたユリをいつものように追い返す。ユリもなれたものですぐに帰っていった。
タケミカヅチ様とタイラント様は一度もウチに来たことはない。
それでいいと思う。
僕の日常になにひとつ困ったことなど無い。




