第十八話 第三の四天王。第二の勇者。
僕の家から魔王城までは遠い。
人間達の持つ“国”と比べたら狭い魔族領ですが、それでも東側に位置する魔王城と西の端に位置する僕の家ではかなりの距離があります。
僕の家よりも魔族領の北側にある人間の国、共和国との国境線のほうが、魔王城に近いのです。
僕の家は魔族領の西の端、共和国と神霊国の国境付近にポツンとあります。
個体数は非常に少ないですが、近場では高レベルモンスターが生息していることもあって、誰も近づきません。
僕の家が出来る前は、もっと数が多かったそうなのですが、勇者パーティーが狩りをして数が減ったそうです。
つい最近聞きました。
弟子のティンから。
ティンと言うのは本人が自称しているニックネームで、フルネームはティンベーヌ=ニンジャというのですが、本人は家名を隠しています。
そういえば勇者のパーティーメンバーですが、あと一人残っていましたね。
目撃者なのですから、消しておくのが一番なのですが、探しに行って目立ってしまうといけませんし、あっちから来てくれると助かります。
来ないなら来ないで構いませんけど。
あれから時間も経っているでしょうし、言いふらしている可能性もあります。
いやどうかな。人間達だって勇者が死んだと知れば混乱するでしょうから、無用な混乱を避けるためにも、あちらこちらに言いふらすようなマネはしないでしょう。
……流石に希望的予測すぎますかね?
あちらこちらではないにしろ、そこそこは知られてしまっている可能性はあります。
そうなると一人消したところで今更って感じです。
まー人間達の間では真相が広まってしまってもいいのです。人間達の間では。
大事なのは魔族達に知られなければいいのです。
いや最悪、魔王様さえ知らなければそれでオッケーです。
魔王様をだましているのは気が引けますが、内緒で人間の町に行って、好き放題遊んでいるユリに比べたらマシです。
ユリったら四天王として魔王城に出勤していると見せかけて人間の町に行き、嘘の記憶を人間に植え付けて、なりたい自分になって遊んでいるのです。
どうやったらそんな芸当が出来るというのか、ある意味尊敬します。
ある意味で、ですよ?
魔族というのは自分の欲求に正直な者が多いのですが、ユリは正直すぎます。少しは四天王としての自覚を持ってもらいたいものです。やれやれ。
僕は自分の活動はキチンと魔王様に報告していますよ。
詳細はボカしましたが、ティンやユリと知り合ったことは話しています。
何もかもが秘密というのは無理がありすぎます。バレちゃいけないことは真実の中にこっそりと忍ばせておくものです。
これも全ては魔王様の笑顔を守るためなのです。うんうん。
さて、そろそろ今日の勤めが終わってティンが帰ってくる時間ですね。
どうせ今日も何もなかったのでしょう。
平和が一番ですよ全く。
ガチャリ。バタン。
魔王様のお城にある扉とは違い、実に安っぽい音をたてて僕の家のドアが開いて閉じます。
帰ってきました。四天王にして僕の弟子、ティンです。
「ご主人様ぁ。負けちゃったぁ」
「は?」
体格は小さく、見た目も馬鹿っぽいティンですが。(事実バカではありますが)
ティンは弱くはありません、生半可な相手には遅れをとることはないのです。
勇者パーティーの生き残りでも来たのでしょうか、それとも負けたというのは戦いではなく別の何かのことをさしているのでしょうか?
「誰に?」
「勇者に負けたぁ。あいつ強すぎだよぉ」
勇者に? いやいや勇者は死んでいます。ということは勇者を語る偽者でしょうか? ユリなら偽装も出来ますし実力も十分です。
しかし。
「腑に落ちませんね。勇者は誰が撃退しました? まさかユリや魔王様の身に何かあったりしませんよね?」
「四天王のタケミカヅチが撃退したよ。でもタケミカヅチが言うには斬った感触はあっても殺した実感がないって。ユリは珍しく出勤してて戦ったけど、勝てなさそうだったら逃げたってさ」
第三の四天王。タケミカヅチ様が撃退としたということは魔王様はご無事。ひとまず胸をなでおろします。
しかしこれはいけませんね。何者かはわかりませんが、それほどに強い人物がいるのでしたら、僕も魔王城の近くに家を移したほうがいい気がします。
「それで結局、勇者は死んだの?」
「真っ二つにはしたらしいの、こう上から下にドバーって。だから死んだんだと思うけどタケミカヅチが言うには違うって。私もよくわかんない」
これは一度確認したほうが良さそうだ。
「なぁティン。おねがいがあるんだけど、タケミカヅチ様にお会いする約束を取り次げないかな?」
「そりゃご主人様のお願いなら聞いてみますけど、多分無理ですよ。ご主人様、役職ないでしょ?」
「役職どころか軍に所属してない(正式には)」
「タケミカヅチは真面目だからなー。あんまり期待しないでね、ご主人様」
帰ってきたばかりのティンが再び出て行きます。うまく約束を取り次げると良いのですが。
魔王軍は、文字通り軍隊です。
階級があり、役職があります。秘密兵器である僕は軍のあらゆる情報に載っていません。つまり無所属の野良。野良魔族なのです。
軍に所属していない魔族は城下都市に住むことは許されていませんが、そこは魔族、ほとんどの魔族は住み心地のよい都市に紛れ込んでいるか、近郊に家を構えています。
僕のように離れて暮している者は少ない。
【カイ王国】
「いやぁ死んだ死んだ。流石にレベル1だときっついね」
「…………」
「なぁ魔王使いちゃん、なんでずっと黙ってるの? オレなんか悪いことした?」
「いいえ、そういうわけでは」
アタシはうつむいて首を振ります。この人が悪い訳ではありませんが、アタシはこの人とは仲良くなれません、アタシの勇者様はあのお方だけです。
「神官の件か? あんなの気にするなよ。あれはあのエロジジイが悪いんだからよ、それこそ天罰だよ」
「その件につきましては何とお礼を言ったらいいか」
「気にすんな気にすんなっての。これからオレ達仲間じゃん?」
助けてもらったことは感謝しています。でも仲間なんかじゃありません。王国から再度の出立命令が出ましたが、アタシにとってはもうどうでも良いことです。
「さーて敵の強さも分かったことだし、これから当初の予定通り経験値稼ぎと仲間集めしましょっかね」