第十三話 襲撃
ユリとの会話は、ユリの質問に僕が答えていくという質問形式で行われました。特に段取りを決めたわけではなく、自然と流れでそうなりました。
ティンが知っていることと、同じ程度のことは話してしまっていいでしょう。
家が城から遠いこと、人間と似た見た目なのは生まれつきであること。魔王城に進入した僧侶を撃退したこと。町に売っている装備品は、家の周囲で拾ったこと等を話しました。
「――勇者パーティーの装備も拾ったの?」
「ええそうです」
「嘘ね」
ユリは僕の顔を見てやさしく微笑みます。大胆に胸元の開いたユリの服が、豊かな胸元を強調させています。
「大丈夫。誰にも話さないから言ってみて」
ユリの甘い香りが鼻腔をくすぐる。紅茶よりも甘い香り。
「えっとですね……」
「ダメよ!! ご主人様! ユリは嘘つきだから!」
ティンが叫ぶ。
おっと、なんだか、目の醒めるような感覚がして、思考が鮮明になりました。
わかってるよ。僕は秘密を守らなければならない、誰にも言うつもりはない。
「ちょっとティンベーヌは黙ってて」
「ユリ、僕は誰にも話すつもりがないのです。誰にもです」
「言えないってこと自体、もう自白しているようなものじゃないの?」
「例えそうだとしても言うつもりはないということですよ」
ユリは近づいた身体を離し、椅子に座りなおした。
「わかった。じゃあトウフのことを教えてよ」
「好きなものは魔王様、嫌いなものは面倒なことと面倒な奴。ちなみに根掘り葉掘り訊かれるのは面倒なのであしからず」
「はいはい。わかったわよ。じゃー最後に一個だけ」
「なんですか?」
「ここに住まない? なんだったらティンベーヌも一緒でもいいわよ」
「ティンを置いていくのは構いませんが、僕は帰ります」
「ティンも帰るし!」
立ち上がった僕にティンがしがみつく。ちょっとうっとおしいが、許してあげます。
「別にずっとじゃなくていいわ。そうね一月でどう? 毎日おいしいものを食べさせてあげるし、人間の町なんか行かなくていいぐらい、何でも買ってあげるわよ?」
「いえ、帰ります」
「一週間、いえ三日なら? なんでも言うことを聞いてあげる」
「帰ると言っている」
「もう、いけず! じゃあ今晩だけどう? 最高の夜にして……あ・げ・る♪」
「くどいぞユリ。僕は帰ると言っている。少しは察したらどうだ」
ユリの表情が変わる。優しい顔からドワーフと闘ったときのような顔に。
「いいの? 私にそんなナメた口をきいて、私がここにいろと言っているのよ。私は四天王が一人、槍のユリよ? 私の機嫌を損ねたら生きていけないよトオフ」
ここに来て脅しか、しかしそれは。
「嘘ですね。だって貴方では僕に勝てませんから。それが分かっているからこその懐柔手段でしょう? もっとも、なんで僕にこだわるかは解りませんが」
「こだわらないほうがありえないわ。四天王でもない強力な魔族がいるんですもの」
「強さはあっても四天王にならない魔族は、他にもいるでしょう」
「少数ね。でもそいつらは既に知ってる奴。私の知らない強者ってことは辺境の出か、生まれて間もない魔族。でしょ?」
僕をゆびさし、ユリがウインクする。どうも会話を長引かされている気がする。こいつとの長話は危険だ。
「答える義理はないですね」
「はぁー残念。私の負けですトオフさん。今日のところは諦めますわ」
「それでいい。それとわかっているとは思うが、誰にも余計なことは話すなよ」
「はいはい、わかりました。仰せのままに」
こうして僕と、ついでにティンは解放された。
大きな門の前で手を振るユリと、深くおじぎをするメイドと執事達。四天王とはこういうものなのだろうか。
帰りの道すがら、ティンに訊いてみる。
「ティン。お前の家もあんな感じ?」
「あんな感じとは、どんな感じでしょうご主人様」
「だからお屋敷があって、家の使用人さんが沢山いて……」
「ええ、まぁそんな感じと言えばそんな感じですけど」
「ふーん」
「もしかして興味あるんですか?」
「少しな」
「だ、ダメですからね。いくらご主人様の頼みでも家に行くのだけは絶対にダメですからね」
ダメだと言われれば余計に気になるのが人情というもの。
ところで――。
「ユリと話してた時も家のことを嫌がっていたな。まーお前が家が嫌いなのなら無理じいはしないが、それより――」
「べつに嫌っているわけでもないんですけど、えへへ」
「後ろをつけて来ているお前。こっちの声は聞こえているか? 聞こえているなら止まれ。一歩でも動いたら殺す」
「え?」
ティンが驚くが、それ以上に急激な反応が背後からあった。
いくつか離れた後方の家の角。物陰に隠れるようにしていた人物が大きく跳んだ。
「僕は一歩でも動いたら殺すと言ったはずだが?」
尾行されている気配はユリの家を出てからずっとありました。最初はユリがつけて来ているのかと思いましたがどうも様子が違います。なぜなら気配に殺気が混じっていたからです。
「ひぃッ!」
後ろを取られるとは思っていなかったのでしょう。逃げるために跳んだ相手の背中から声をかけると悲鳴が漏れました。
跳躍中とは無防備なもの、ユリのように飛行能力を持っていれば別ですが、普通なら僕も相手もこのまま落下を待つしかありません。
「くそっ!」
上半身を大きくひねって繰り出される後ろ回し蹴り。足場のない空中で十分な威力。まともに喰らえばコナゴナでしょう、相手は普通ではなかったということ。しかし。
「遅い」
普通ではないのはこちらも同じ。僕は魔王軍の秘密兵器。勇者から魔王様を守る者。
「バカな!」
大きく伸ばされた、相手の足先の上に乗ってやりました。固まる相手。
この程度の動き、魔力を足場にすれば造作もありません。どうも僕以外の魔族や魔法を使う者たちは、魔力は大きくても扱いが大雑把すぎるようですね。
「ふむふむ」
足先の上でしゃがんで相手の顔をまじまじと観察します。
覆面で顔が隠れていますが女です、初めてみる顔、ユリの家にいた人物の中に該当者はいなさそうです。そうなると心当たりがありません、てっきりユリの放った刺客か何かだと思ったのですが。
「離れろ!」
素早く、足を戻して再度蹴りを出されますがこれも避けて、着地。
「雑踏の中、あれほどの距離から会話の内容まで聞こえているとはね。いい能力だ。ティンは鼻が聞くようだが、お前は耳か?」
「くそ! なんなのだお前は! ティンベーヌ様のなんなのだ?」