第一話 勇者死す。
僕の名前はトオフ、魔族です。
「魔族め。成敗してくれる!」
おやつの時間。庭のテーブルにティーセットを準備していると、何もないところから突然彼等は現れました。
先頭の人物。僕に剣を向けているのは噂に聞く勇者でしょうか?
だってさっきのは勇者だけが使えるチート。『テレポート』でしょうから。
「勇者様、こちらの少年は魔族なんですの?」
勇者のすぐ後ろ、ピンク髪の僧侶が疑問を口にする。
「ああ、間違いない。見た目は上手く化けてはいるが、女神からもらったオレのスキル『鑑定』をごまかすことは出来ない」
なるほど、流石は勇者だ。僕は素直に関心した。
「で、あれば早々に倒すのみじゃ!」
ドワーフの戦士が、やたら大きな斧を構えて言った。
「え、援護ならアタシ任せてよね!」
魔法使いなのでしょう、大きな魔法帽子をかぶった少女が杖をとり出しました。
魔界のはしっこ。こんな戦略的に重要でもない土地に勇者が来てしまうとは、どうやら僕は運がないらしい。しかし慌ててはいけません。
「たしかに僕は魔族です。ですがこれまで僕は人間を襲ったことがありませんし、これから襲う予定もありません。どうかここは見逃してもらえませんか?」
まずは下手に出よう。僕は無駄なことはしたくないのです。
ガチャッ。勇者が立派な鎧を鳴らし、一歩前に出る。
「確かにオレの『鑑定』によると嘘は言っていない。しかし同時に何かを隠していると『鑑定』には出ている。見逃すことは出来ないな!」
勇者パーティーは僕を囲むように広がった。
「いやーホントに困るんですけど、魔王様に怒られたくないし」
僕はお菓子や紅茶を乗せたトレイを、優しくテーブルに置いた。
「魔族よ。オレ達に倒されて経験値となるがいい。お前達は人間を下等と侮り、暴虐の限りをつくしてきた。これまでの罪をあがなうがいい!」
勇者が剣を振り回し口上を述べる。
あーこれ無理だ。
終わった。
戦いは避けられない。
んじゃーしょうがない。ごめんよ魔王様。
「再生の炎よ、敵を滅せよ! フェニックスフレイム!」
魔法使いの少女が放った炎。見た目は派手だが威力はさほどではない。陽動なのだろう。僕は腕をふって炎をかき消す。
「ゆくぞ!」
すかさず飛び込んでくる勇者。素晴らしい連携だね。
魔王様は僕に名前をくれなかった。僕のトオフという名前は、この呪文から自分でつけたんだ。
「チートオフ」
僕は小さく呪文を唱えた。
「ぐぁぁぁっ!」
盛大にすっころんだ勇者が、庭先のレンガにぶつかる。
「勇者様っ!」
「貴様、何をした!」
驚きに身体の動きが止まる勇者パーティー。
「ううぅ」
身体が重いのか、剣を杖のようにしてなんとか立ち上がる勇者。今ならすきだらけだ。
「さっきの炎、火傷しちゃったじゃないか、僕は大したことない魔族だから痛かったぞ」
一発は一発だ。放ったのは魔法使いだが、パーティーなんだから連帯責任だよ。
それに一番いい鎧を着ているから大丈夫だと思う。
「撤退だ。テレポート!」
勇者が叫ぶ。でもね。
無駄だよ。
もう“ソレ”は使うことが出来ない。
僕は勇者の顔面に殴ってみた。
おおなんということでしょう。
勇者の首は胴体から遠く離れ、どこかにすっとんで行きました。
吹き出た血が雨のように降り注ぎ、庭の池で飼っているお魚さんが喜んでいます。
「勇者様っ!」
「嘘でしょ……」
「あれ?」
僧侶がわなわなと震えています。嘘だと思いたいのはこっちのほうです。これでは魔王様に合わせる顔がありません。
「さーてどうしよっか?」
失敗しても落ち着きが肝心です。僕は努めていいスマイルで勇者パーティに話しかけました。
魔法使いも僧侶も動きません。
「バカ、逃げるぞ!」
ドスンッ。ドワーフは斧をに捨てると、魔法使いと僧侶を担いで逃げて行きました。土煙をあげ物凄い速さです。
「追いかけたほうがいいんだろうけど、面倒くさいなぁ。あー困った。実に困った」
こういう時は紅茶です。お菓子を食べて、紅茶を飲んで落ち着きましょう。
「ふー」
実に心が落ち着きます。
こうして僕の日常は困ったことになったのでした。