第八話 女神の過去
そこはとてつもない大きさでありながらなにも置かれていないおかしな部屋だった。また灯りもなく薄暗い状態が常に続いており独特の不気味さを感じさせる部屋だった。
そんな不気味な部屋の中では異常なぐらい目立つかなりの大きさがある椅子があり、その椅子はまるで王族が座る様な椅子にも見える。女神リリスは座っている。
そこで女神リリスは物思いにふけっていた。
そして、今日一週間ぶりに会い、こちらが驚くほど目覚ましい変化を遂げていた少年のことを思いだす。
(前回彼の彼の顔を見た時に感じた悲壮感というのはかなり薄まっていたわね.....)
少年の顔を思い出しながら過去と今の彼の顔を比べて、その代わり様に何度も感動する。そして、彼の初めての掃除のターゲットになった中村修二に関する情報を閲覧する。
(彼が掃除した中村修二という男は、中学の時に大きないじめに遭い、それを跳ね返すために相当な努力をしたらしいわね。だからこそ、努力せずに他人に馬鹿にされたままのうのうと生きる彼のことが許せなかったのかしたら? まあ本人の考えは今となってはわからないけれど)
女神はその人物の過去を全て閲覧する力がありその力を使ってリリスは中村の過去を除いた。そしてそのことによりこの事を知った。だが、中村に対する関心は酷く少ないようだった。
リリスはわかっている。この世の中に事情がない人間などいないことが。ごく稀に純粋な悪という例外はあるが、殆どの人間がする行動には、何か理由がある。だから、この仕事で相手の事を考えて、同情などはしてはいけない。
(まあどんな形であれ、自信を持つことは大切だわ。それが殺人によるものだったとしても。だからあなたがどんな理由で人を殺そうとも私は肯定するわ)
リリスは少年に対する深い愛情を抱いているからこそ彼の全てを肯定している。それは過去の自分を見ている様で、愛おしく感じるからだ。
彼女は、昔から気が弱くよく周りに貶されながら育ってきた。それはひとえに自分の性格が控えめで自己主張をしないタイプであったことが原因だろう。
今でこそ、自信を持って生きることができている彼女だが、昔の彼女は自分にある長所というものを見つけることができず自分の価値とは何だろうと考え続けている女性だった。
そんな彼女は、ある時事故に巻き込まれて死んでしまう。故意的ではなく運転者の不注意によるものだったらしい。
彼女は薄れゆく意識の中で、これまでの生きてきた自分の人生が走馬灯の様に蘇り、その全ての映像に目を通す。だが、どの走馬灯の中にも自分が輝いている瞬間はなかった。
(改めて私の人生って他人に合わせてただけの、クソみたいな人生だったわ)
自分の人生の中身のなさに絶望し、それにより完璧に心が折れた彼女は自らの人生を終わらせるために痛みと戦うために入れていた力を全て抜き、自分から死に近づいていく。そうして、香山明日香として生きてきた彼女の人生は終わることになる。
(ここはどこかしら......)
自分は確か死んだはず。なぜまだ意識があるのか。
自分は死んだはずなのに何故か意識があるという不思議な現象に頭が混乱し今の状況を正確に把握することができない。
そこは教会の中の様な作りになっていた。全体的に白を基調としており、とても明るい内装になっていた。そしてその教会の様な場所で見たこともない老人が彼女に語りかける。
「今この時を持ってお前の人生は終わった。さてお前には、2つの選択肢がある。このまま新しく生まれ変わり次の生を受けるか、それとも神になって地球のために動いていくか」
老人は無機質に当たり前のことを告げるかの様に喋りかけてくる。
(なにを言ってるの、この人は。もしかして今の私は幻覚を見ているのかしら)
今の自分が置かれている状況が理解できず、死の直前に幻覚を見ているのだと彼女は今の状況に答えを出す。
「これは幻覚ではない。今自分のみに起きてる状況をありのまま受け入れよ」
こちらが考えていることを見透かしたように話し、状況を飲み込むことを強制してくる。
「あなたは誰? 何で死んだはずの私に話しかけてくるの? 」
パニックになっている頭を必死に落ち着かせ、状況を飲み込むために目の前の老人に質問する。
「私はいわゆる神様だ。ここでは、前世で思う様に生きられず人生を全うすることができなかった人間を私が選んで、選択肢を与える仕事をしている」
まるで当たり前のことを告げるかの様に淡々と老人は話す。
「君は人生を充実させることができず満足して生きられなかったのだろう? その原因はね、君が自分の気持ちを押し込めて心の中で思っていたやりたい事を行動に移さず頭の中で留めて、いつかやろうと考え続けて行った結果だよ。人生は突然終わる。今君は経験しているから分かるだろうが、自分の死にたい時に死ねる人間など、この世にはほんの僅かしかいない。それも大抵が自殺という自分の意思に反した、社会からの圧力に耐えられなかった仕方なくの選択によるものだとは思うがね。」
目の前にいる老人は長々と人生というものについて語ってくる。
「今君は後悔しているはずだ。あの時あれをすれば良かった、あいつにやり返せば良かった、もっと自分を変える努力をすれば良かったなど無限に後悔が湧いてくるだろう。でもそれが人間の本質でもある。世の中後悔など一回もせずに死ぬ人間などおそらく1人もいないだろう。だから、今君が抱えている後悔を無視して、新たな生に飛び込むということは悪いことではないと思う。」
確かにこの老人の言っていることは正しいのだろう。でも説教されている様であまりいい気分ではない。
「でも君が今の人格を維持したまま、これまでの自分を変える挑戦をしてみたいというのなら、私が今提案した女神になるという事をお勧めする。女神になれば君の様に日々の生活で窮屈さを感じながらも自分の人生に諦めをつけている人間を救うことができる。つまり君の様な人間を減らす手伝いができるという事だ。どうだい? 中々魅力的な提案だろう? 君の返事を聞かせてくれ 」
老人は言いたい事を全て言い終わった様子でこちらの返答を待っている。
私は、老人の話を最初から割としっかり聞いていた方だが、殆どの事が今のこの状況に脳の整理がついていなかったことから覚えていない。
ただ1つだけ自分の耳に残った言葉がある。
(自分の様に自分の人生に後悔して死ぬ人を減らせる...... 確かにそんな人は絶対に少なくなればいいしもし自分に出来るならその手伝いをしたいとも正直考える)
頭の中でこれまでの人生で思ったことや感じた事を整理し、これから自分が選ぶ2つの選択肢をのどちらを選ぶのかという答えを出すために利用する。
(正直そんな意味のわからない仕事をすることは怖い。だけど、ここから逃げてまた過去と同じ過ちを繰りかえすことも怖い。でも同じ怖いことなら、自分の気持ちが向いている方の怖さに飛び込む事が正解な気がする!)
長い静寂が老人と彼女との間で生まれる中、ようやく彼女の考えはまとまり自分が出した答えを老人に伝える。
「ぜひ女神になって私と同じ様な人を救いたいわ。後悔を解消できる可能性がもしあるなら私はその可能性から逃げたくない。だからその仕事をやらせてちょうだい」
覚悟が決まった彼女は、以前とは別物の表情を浮かべており、これからする自分の仕事に対する熱意を感じさせるものなっていた。
「わかった。正式にお前の意向を受理する。これからは香山明日香としてではなく女神リリスとして生きていくがよい。
こうして、彼女は女神リリスとしての新しい人生をスタートさせることとなった。
そこからの彼女は最初は仕事内容を聞いて抵抗感を持つなどの紆余曲折がありながらも、地球のために人類の掃除を依頼するという仕事を熱心に意欲的にこなしていくことになる。




