猫だけど、無骨騎士様と病弱令嬢様の恋を叶えるにゃん!ฅ^•ω•^ฅ
猫視点のお話ですฅ^•ω•^ฅ
ああ、なんということでしょう。
メラート王国の騎士、アルミロ様はまたお見合いに失敗してしまったにゃん……
アルミロ様は飼い猫の私をひょいと抱き上げ膝に乗せると、大きなため息を吐きます。
「はぁ……5連敗」
アルミロ様、元気を出して欲しいにゃん。
「家柄、家柄とそればかり……だったら最初から見合い話なんか持って来るなって……」
普段は愚痴など吐かないアルミロ様も、流石に5回も断られれば愚痴りたくなるというもの。
全ては家柄と育ちが邪魔をしているのにゃん。
アルミロ様は農家出身から成り上がった、いわば叩き上げ。傭兵から武勲を上げてここまで来るのに相当頑張ったのにゃん。
一応、一代限りの爵位を貰ったのにゃん。だから騎士仲間たちはどうしてもご主人様を貴族女性と引っ付けたがっているそう。アルミロ様には全く後ろ盾がないから、お嫁さんが貴族女性だと実家の恩恵を受けられるから安心……だそうにゃん。
だけど、嫁の来手はなかったのにゃん。
やはり農家出身というのがまずかった。貴族階級から騎士になった男性陣と違って、アルミロ様は無骨そのもの。マナーみたいなものも全部大人になってからの付け焼刃でぎこちないし、気の利いた言葉のひとつも言えません。
それに、見た目も筋骨隆々で粗暴っぽい。
首や腕の太さなんて丸太みたいにゃん。髪も一本一本が真っ黒で太くて、何か逆立ってるにゃん。
サラサラヘアーの細マッチョが流行りの昨今、この成りでは全く女性にモテないにゃん……
でも、私は知っている。
「トスカ、こっちにおいで」
ご主人様はとってもいい人にゃん。
アルミロ様について歩いて行くと、そこには彼お手製の猫タワー。
私はそこに放され、自由に遊ぶ。
こんなのをせっせと作ってくれるご主人様は、どんなに地位のある貴族よりもいい人にゃん。
おもちゃもせっせと買い足してくれるし。
この真新しい首輪には虫よけ成分が塗ってあるので、虫に刺されず快適にゃん。
アルミロ様は偉ぶるところがないし、動物が好きだし、ちょっとしたお料理も出来るし、本当に優しい人にゃん。
とーっても心の美しい人なのにゃん。
でも、見た目やそぶりでとにかく損をしているのにゃん。
そして、どんな女性も見た目やそぶりだけでご主人を判断する。
本当に勿体ないことなのにゃん。
丸太に縄を巻きつけた棒で、がしがしと爪を研ぎながら私は考える。
どうにかアルミロ様の力になれればいいんだけど。
そうだ。
猫会議に参加して、情報収集するにゃん。どこかにいいお嬢さんがきっといるはず──
おっと。
目の前に、魚のすりつぶしが出て来たにゃん。
「お食べ、トスカ」
ふわふわと頭を撫でられ、私は今日もご馳走にありつく。
ああ~おいしい~ああ~アルミロ様の優しさは、五臓六腑に染み渡るでぇ~
「俺はこれから夜警の準備があるから、大人しくしてるんだぞ」
そう言い置いて、早速アルミロ様は出て行った。
私、大人しくなんかしていられない。
今日から頑張って、私がアルミロ様のお嫁さんを探すにゃん!
街に出ると、早速井戸の広場で猫会議が始まっていたにゃん。
「おおー、ブチ!」
私トスカは白黒模様のブチ猫のため、ここではブチと呼ばれているにゃん。
「アルミロに拾われてから太って来たな?いいことだ」
一番大きい老猫のベニーニョが言う。こいつがこの街のボス猫にゃん。
「ベニーニョ、この辺で貴族で未婚の、いいお嬢さん知らない?」
するとベニーニョは笑う。
「アルミロはお前と行けば、いつも豪勢な飯でもてなしてくれる。わしも世話になってるからな。力になろう。心当たりがある、ついておいで」
やっぱりベニーニョは年長者だけあって頼りになるにゃん。
「こっちだ。まさに深窓の令嬢がいる」
私はわくわくしながらベニーニョについて行った。
着いたのは、街からだいぶ離れた郊外だったにゃん。
ベニーニョの言う荷馬車に乗り込んで、ごとごと揺れて日が暮れて。
「ここだ」
郊外にぽつんとあるお屋敷に、光りが灯り始めている。
荷馬車から屋敷をそっと覗くと、窓辺に座っているきれいな女の人が見える。
あれが、深窓の令嬢──
「あれはな、レオナルディ公爵家三女のセレーナだ。少し体が弱く、いつもああしてベッドに座っている」
そうなんだ。
確かにちょっと影があるけど、とっても細くて綺麗な人。
でも、体が弱いっていうのが気になるにゃー……
やっぱり未来のお嫁さんには、長くご主人様に添い遂げてあげて欲しいからにゃー……
「まだ産まれてちょっとのブチには難しいから教えてやろう。あれは良物件だ。体が弱いと言うので、公爵家の娘ながら婚約者がいない。親が色々心配して、娘を動かしたがらないようなんだ」
へー、そうなんだ。
「こんなことは滅多にないんだ、良家の子女は大抵嫁ぐ家が決められているものだから」
ふーん、ふんふん。
「あとはどうやってアルミロとの仲を繋ぐかだが……」
と、その時だった。
私とベニーニョは突如、同時に首根っこを掴まれたのだ!
「うわっ、荷物の中に猫が紛れてたよ」
うわわわわわ、放せ放せ放せ!
「暴れんなよ……ん?こいつ、飼い猫か?」
すると、騒ぎを聞きつけたセレーナが窓から顔を出した。
「あら……どうしたのー?」
「ああ、お嬢様ぁ!どっかの飼い猫が紛れてます!」
言いながら、使用人は首輪のついていないベニーニョをぽいっと地面へ投げ捨てた。
わーん、私だけ連れて行かれるー!
遠くで、ベニーニョの「やべっ」という声がする。
助けてべニーニョ!
「飼い猫なの?」
セレーナはそう言いながら玄関から出て来た。
「どこで紛れたのかしら。きっと飼い主さん、血相変えて探しているわ」
セレーナは手慣れた様子で、私の首輪をつまんで引っ張った。
その首輪の裏側を、彼女はじっと眺める。
「……住所が書いてある。毛並みのいい猫だもの、大切に育てて来たのよ。ここに返さなくっちゃ」
えっ、首輪の裏側に住所!?
ぬかりなし!さすがはご主人にゃー!
「まずは猫の無事を伝えるべく、お手紙を出さなくてはね。明日王都に出る時、この住所に手紙をお届けして」
これは急展開!何だかワクワクして来たにゃん!
「あちらから取りに来てもらいましょう。この子はきっと好奇心旺盛な猫だから、家に置いておいても出ちゃうのよ。それでこんな所まで来ちゃったんだわ」
うーん。それはちょっと違うけど、でも結果オーライ。
セレーナの部屋で一緒に過ごすことにする。
全てはアルミロ様の結婚のため。
私、頑張るにゃん!
次の日になった。
退屈で死にそうにゃん。
ああ、ご主人様のこしらえた猫タワーが恋しいにゃん……丸太の爪とぎ、猫じゃらし、フエルトボール……
魚の切り身に、鶏ささみ……
くそっ。この家、お金持ちなはずのにオートミールしか出て来ないにゃん……
飽きたにゃん……天気も悪いし……寒い。
こんな時は寝るに限るにゃん!
ベッドに眠るセレーナの懐に飛び込むと、彼女は大きな声を上げた。
「びっくりしたー!」
ご、ごめんにゃさい。あ、あれ……アルミロ様とは反応が違うなー?
セレーナは起き上がると、私を抱き上げる。
「……あなたは自由でいいわね。荷馬車に飛び込んで、街を出る勇気を持ってる」
えっへん。そんな風に言われると、照れるにゃん!
「私はこの屋敷から出られないの」
そうなの?何だか大変そう。
「お父様とお母様は私のことが心配なんですって。でも私は薬を飲んでればそこまで体は弱くないし、自分はもっとやれるはず、って思ってるの」
へー。
「結婚も、させないって……他の親戚に男児が生まれるまで、女公爵にするんですって」
なんと、子どもを都合よく使う親なのにゃ。猫の親だって子どもを自由にさせるのに。
「私はここにずっと一人」
そんな、寂しいこと言わないで……
アルミロ様、ここにお困りの令嬢がいらっしゃいます!
あの日雨の街をうろついていた私にしたみたいに、どうかこの人を救ってあげて……!
目が覚めたら、あれー?
もう夜になっちゃうよ。
疲れたよー暇だよーアルミロ様ぁ……
こんこん。
ノックの音と、馬の駆けて来る音がする。
「猫ちゃん、入るわよ」
いつの間にか部屋を出ていたセレーナの声がした。
「飼い主さんが到着するわ。さあ、帰りましょう」
ああ、ようやく……
セレーナの胸に抱かれ、私は屋敷を移動する。
……雨音がするなぁ。
屋敷の玄関は開け放たれ、アルミロ様が立っていた!やっほー!
セレーナはそこで筋骨隆々、鎧を纏った大男と対面した。
あああ、やばいやばい。セレーナが予想に反した飼い主の姿に、ぎょっとしてるのが分かる。
「ト……トスカ!」
にゃーんにゃーんにゃーん!アルミロ様ぁぁぁぁぁ!!
私の鳴き声で、ようやくセレーナは我に返った。
「あ、トスカちゃんって言うのね。はい、あなたのご主人様よ」
私はアルミロ様の腕に返された。
「トスカぁー!」
あああ、アルミロ様ったらいきなり私にスリスリはまずいですって……!
あああ、お腹モフモフはああああああ!
「トスカ、どこにも怪我はないか!?」
だ、大丈夫です。とにかく、その……
セレーナ、そのご両親、使用人の皆様。
皆、あなたの見せたギャップに恐れおののいております!
「うちの猫を預かっていただき、ありがとうございました!それでは、私はこれで……」
アルミロ様が出て行こうとした、その時。
「待ってください騎士様。外は闇ですし、雨もひどくなって参りました。一晩お泊りになられてはどうですか?」
急にセレーナがそんなことを言ったので、彼女のご両親は顔を見合わせた。
「セレーナ、騎士様はお急ぎのようだから……」
あ、これはいかんぞ。
いいところじゃないのっ!私の力で、アルミロ様とセレーナを助けるんだっ!
私はアルミロ様の手から飛び降り、玄関の戸をガリガリこする。
「トスカ、外に出てはいけないよ。雨で風邪でも引いたら──」
その言葉で、ご両親は少しためらうように咳払いした。よしっ、良心の呵責を観測!
「そ、そうね。外も雨だし」
「一晩くらいなら……」
我ながらナイスアシスト!
私は再びアルミロ様に抱き上げられた。
「何だか、すみません……」
「いえいえ、この際ですから夕飯でも一緒にどうですか?」
私はじいっとアルミロ様の顔を見上げる。
セレーナを見つめるアルミロ様の視線……何だか熱っぽい!いつもと違うにゃん!
うむむ……これはひょっとするとひょっとするかも?
私はアルミロ様から飛び降りると、ささっとセレーナの足元に尻尾をこすりつけ、鳴いて回る。
セレーナは笑って私を抱き上げた。
「この子、すっかり私になついてしまったの」
お?
誘いに乗って来たー!猫好きアピールだ!
「ああ、そうでしたか……」
アルミロ様はへらっと笑った。うおっ。こんなに気の抜けたご主人様の笑顔、初めて見たああああ!
「実は私も、猫が好きなんです」
セレーナったら、平静を装ってるけど耳赤いぞ!
両親は先に歩いて行ってしまうが、気づいているだろうか……
二人の熱視線に!
食堂で、アルミロ様は自己紹介がてら、レオナルディ公爵家の皆様に自らの境遇を語る。
「そうでしたか、アルミロ様は一代限りの男爵なのですね」
「そうです。これといって大きな財産はありませんが、武勲でしたらいくらでも──」
なかなかの好アピールにゃん!
「ご家族はどうされているの?」
セレーナが探りを入れて来る。
「ああ、家族は……こいつだけです」
オートミールに顔を突っ込んでいる私は、ハッと顔を上げた。
「まあ……そうなのですか?」
「私は戦争孤児なんです。けれど、運よく傭兵の職にありついて、その内に騎士団に出入りするようになって、そっから戦場に出まくって……」
「……」
「一人前になったら家族を、と思っていました。それでまずは猫を……」
セレーナはくすくすと笑う。
「そうなの、猫ちゃんと二人暮らしなんですね」
「あいにく……そうですね」
あっ。二人の間に漂う空気感で何かを察し、少しご両親がぴりつき始めたぞ……?
「セレーナ。そろそろ寝た方がいいんじゃないのか?」
あ、いかんいかん。
「……どうかなさったんですか?」
アルミロ様が尋ねる。
「この子は体が弱くてね」
レオナルディ公爵はなぜか得意げに、とくとくと語り出した。
「産まれてから今まで、ずーっと病に伏せていたんです。今はいい薬が出て、何とか持ちこたえておりますが……」
セレーナ、青くなってる。使用人がここぞとばかりに薬を持って来た。ああ、何て可哀想な仕打ち。
「我々はこの子が心配でなりません。先も長くはないでしょうし、うちには嫡男がおりませんから、しばらくは手元に置くつもりです。公爵家存続の危機ですから、致し方ない」
親なのに、ひどいことを言うにゃん……何とかセレーナを囲って、都合よく使おうとして。
恐る恐る私がアルミロ様を見上げると……
「へー、いい薬が出てよかったですね!」
全く空気を読まずに、ご主人様はそんなことを言った。
「いい薬のおかげで、こんなにきれいなお嬢様に育ったんだ。いやー、いい時代になりましたねぇ」
無骨もここまで来ると……逆に凄いにゃん!超前向きで、ちょっとウザイくらいにゃん!
セレーナったら、呆気に取られてる。
あ、でも……笑った。
「あなたって、素敵な人ね」
おっ、これは……
いくら無骨なアルミロ様でも、何かに気づいたらしいにゃん!
「え……?そうですか?」
ひどい返しにゃん!気の利いたことが言えない男は、見てて辛いにゃん!
「ああ、でも」
ご主人様、まだ何か言おうとしている様子!頑張れ!
「……セレーナさんも素敵な人です。病気に打ち勝つのは、本来とても凄いことですよ」
あ、あれ?
アルミロ様……思いのほか、めっちゃいいこと言ったにゃん……
そう、病気だから引け目を感じることなんかない。病気と闘って来たなんて、実は凄いことにゃん。胸を張って生きて欲しいにゃん!
あ、セレーナさん。
泣いてる。
あ、アルミロ様。
真っ青。
「あああ、すみません!」
ご主人様、ひどい取り乱しようだ。
「し、失礼な発言をお許しください!私はただ、あなたを元気づけようと」
セレーナは首を横に振る。
「いえ、いいんです」
彼女は泣き笑いしてる。
「あなたに出会って、驚くほど元気が出ました……ありがとう」
ああ、セレーナ……とってもとってもいい涙を流してるにゃん……泣けて来る。
それからセレーナは、名残惜しそうに食堂を去って行った。ご両親にはやっぱり逆らえないのにゃん。
アルミロ様も、悲し気にうつむいてる。
……悲しいけれど、これが現実なのかなぁ。
翌朝。
私はアルミロ様と馬に乗り、とぼとぼと公爵家を後にした。
セレーナ様は、やっぱり朝起きて来なかった。体が辛いのかにゃ。
ご主人様は、ふと言葉を落とす。
「助けたいな……セレーナさんを」
私も全く同じ気持ちにゃん。
「でも、ご両親があれじゃ、お屋敷から出せそうもない。もし、あんな人がお嫁さんになってくれれば、俺は……」
ああ、アルミロ様。やはり、あなたはセレーナに……
「でも、住所は分かった。いっそ、手紙で思いを伝えるか」
でも、あんなご両親じゃこっそり破り捨てそうにゃん。
「……捨てられるだろうけど」
猫でも分かることにゃん。
「諦めたくないな」
ああ、アルミロ様……
私も同じ気持ちですよ。
それから一週間が経った。
ご主人様ったら、まだ机の前でうんうん唸ってる。ラブレターなんか書いたこともないから、字は下手だし手も進まないにゃ。
どこか重い日常を過ごしていた、そんな時。
コンコン。
ドアをノックする音。一体誰にゃん?
アルミロ様が玄関ドアを開けると、そこには──
「……セレーナさん!?」
私はご主人様の声に飛んで行った。まさかまさか、そんなことが……!?
そこには、ポストンバッグひとつ抱えたセレーナと──
得意げな顔のベニーニョ。
「……来ちゃった」
セレーナはそう言ってきらきらした笑顔を見せると、我が家に上がり込んだ。
「セレーナさん!これは一体……!?」
「うふふ。だって、この子が……」
老猫ベニーニョは分かり切ったように、セレーナの足元で甘ったるい鳴き声を出した。
「朝、荷馬車に乗ってこっちをじーっと見て来るものだから、私もえいやっと飛び乗ったの。私、この猫に導かれてるって思って」
私はベニーニョに駆け寄った。
「凄いじゃない、ベニーニョ!」
「フフン。誘ったらほいほいついて来たぞ。お前たちは令嬢をおびき寄せるのに失敗したらしいが、わしくらいになるとこんなことは朝飯前だなっ」
アルミロ様は泣き出しそうに笑う。
「か、体は……大丈夫ですか?」
「薬は街で処方して貰ってるから、街に出る分には大丈夫。それに、気づいたの。私、あんな家にずっといるから、体調が悪いんじゃないかって」
セレーナはそう言うと、アルミロ様に近づいた。
「……ここに居ては駄目かしら」
アルミロ様は首を横に振る。
「……いいですよ」
私とベニーニョは、二人を見上げる。
二人は抱き合って、笑っちゃうくらいぎこちないキスをしていた。
「邪魔者は出て行こう」
とベニーニョが言った。
「行こう、行こう!」
私は明るく晴れ渡る街へ出て行った。
それからレオナルディ公爵は、公爵家に次の男児が産まれてから結婚することを条件に、セレーナとアルミロ様の婚約をお許しになった。
二人は婚約者として、仲睦まじくお互いの家を行き来してる。
私はこの冬、温かい膝のぬくもりを、もう一個手に入れた。
二人には、これからも存分に愛情を注いでもらうことにするにゃん。