文学少女の見た入道雲
画像作成の際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
土曜の午前中授業を無事こなした私は、高校の最寄り駅である南海本線の諏訪ノ森駅から各停電車に乗り込んで端の席をキープするや、浜尾四郎の短編集を開いたんだ。
私こと浅香マヤは、恥ずかしながら活字を読まないと落ち着かない性分なの。
良く言えば文学少女だけど、悪く言えば活字中毒者かな。
これでも私は相応の友人関係に恵まれていて、同じ諏訪ノ森女学園の高須一奈ちゃんとは大抵一緒に帰っているんだよ。
下校中の一奈ちゃんは大抵スマホゲームに夢中で読書の邪魔をして来ないのが、私にとって有り難い所だね。
「ねえ、見てよマヤちゃん!あれ、凄いよ。」
ところが一奈ちゃんと来たら、今日に限って読書中の私に話し掛けて来たんだ。
「ウンウン…後で見るよ、一奈ちゃん。」
耳元で声を掛けられても、私の目は活字を追っていたの。
今読んでいる「殺された天一坊」って短編は、時代劇でお馴染みの大岡裁きを再解釈した傑作で、続きが気になって仕方ないんだよ。
「今じゃなきゃ駄目なんだよ!凄い大きな入道雲が出ているんだから!」
「ああ、入道雲ね。もう少し待っててよ。」
チェックのセーラーカラーの肩を叩かれても、私の関心は大岡越前守の動向に釘付けだった。
推理への自信を失った越前守が権力に縋ろうと思想転換する辺り、一種の「闇墜ち」みたいでゾクゾクするよ。
「うん、面白かった!入道雲がどうかしたって、一奈ちゃん?」
「面白い形の入道雲が出ていたから、何に見えるかで遊ぼうと思ったのに…」
こうして私が目線を上げると、一奈ちゃんは困った顔で席を立っていたの。
降りる駅が来ちゃったみたいだね。
「活字の世界にドップリも考え物だよ。本物の綺麗な景色を見落とさないようにね。」
ホームに降りて手を振りながら、こんな事を一奈ちゃんは言っていたな。
-見えているよ、私は。
目次で次に読む短編を物色しながら、私は車窓から望める夕日に染まった雲にも視線を注いでいたの。
周りの人に「読書中は周囲が全く見えなくなる」って思われがちな私達だけど、そんな事はないよ。
私みたいな活字中毒者の場合、読んだ本の思い出は、その時に見た景色や出来事と関連して記憶されるんだ。
今日見た入道雲は、「殺された天一坊」を読み返す度に思い出す事だろうね。
【付録】 登場人物紹介
浅香 マヤ
私立諏訪ノ森女学園高等部2年生。
電車などの公共交通機関に乗る際、本がないと落ち着かなくなる活字中毒者。
名前の由来は南海高野線浅香山駅。
高須 一奈
私立諏訪ノ森女学園高等部2年生。
マヤの同級生で友達。
下校時の読書の邪魔をして来ないので、一緒に帰る友達としてマヤには重宝がられている。
名前の由来は、阪堺電車の高須神社停留場と、同駅の駅番号であるHN17。