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ガイーシャルーティン  作者: 白椛 紅葉
9/13

7話「妙な真似はできるだけさせない。」

 九月十四日。とうとうアヤとの買い物を約束していた日が来たっ。それも、服を買いに行くという、なんともデートっぽい内容。まぁ、ザガンのせいで、制服以外の着れるもの、つまり私服と呼べる服が一着しかないというのが原因なのだが。それに、今日はザガンも付いてくるし、バラムもおそらく一緒になる。あんまりデートっぽく感じられないが、まぁいい。明日含め土日の二日間、平日でもないのにアヤと会えるってだけで嬉しい。

昨日はかなり早い時間に寝たので、割と早い時間に起きたが、一応前日のうちに準備は済ませてあるので特にやることはない。バラムが付いてくるか決めるのも、アヤが来てからの話だ。約束の八時半まで、まだ二時間以上あるが、ここにアヤが来てくれる事になってる以上、着替えて朝食食べるくらいしかやる事がない。一応アヤが来る前に、バラムが朝食を食べ終えていないといけない訳だが、流石にまだ早いし、できればギリギリまで寝かせておきたい。少しでも眠気をとらせておいた方がいい。

やる事がないままゴロゴロと転がって、スマホでソシャゲをすること三十分。そろそろ、ザガンを起こしてもいいかもしれない。先に着替えさせておいて、バラムが起きたらいつでも朝食を食べられるって状態にしておきたい。

「起きろ、ザガン。先に着替えとけ。」

「...」

またこのパターンか。しかし、俺も学習したぞ。呼び方や台詞を変えたら起きるなんてテンプレはこいつには通用しない、その代わり、こいつを確実に起こす方法は知った。ラウムの使い魔と交戦したあの日、バラムがザガンを叩き起こしてたからな。

「起きろ、ザガン。そろそろ起きないと叩き起こすことになるぞー。」

「...」

仕方ない。バラムがやっていたように、胸部のあたりを思いっきり叩いてみる。多分、心臓(コア)に近いから、反射的に目が覚めるのだろう。あまりダメージが入らず、しかし痛覚は刺激するように、手は握らずに開いたまま、手のひらで思いっきり何度も、心臓(コア)付近を叩く。当然、胸は避けて。

バンっ。

「うぐっ。」

バンバン。

「ゴホッ。ちょ、の、幻音、どしたの、やめ。」

「起きたか。」

「ねぇ、前より起こし方酷くなってない?」

「いや、今まで全く起きなかったお前が、あの時、バラムに簡単に起こされてただろ?だから真似してみた。」

「真似しなくていいよ!?」

「いや、いつもと違って即起きたし、明日からもこれでいこうと思う。」

「それはやめて。せめて腰より下にして。心臓はほんとやめて。」

「分かった分かった。」

「で、どしたの?まだ時間早くない?」

「バラムが起きた時に、すぐ朝食食べられるように着替えといて。バラムは八時くらいに起こすから、それまでに出かける準備とか全部済ませといて。」

「起こす時間までまだ一時間くらいあるけど。」

「準備が終わったら、バラム連れてくための説得方法考えるの。完全にアヤに任せるのもあれだし。ザガンとバラム用のスマホ買いに行くって話すれば食いつくだろうけど、なんかそれだけだと、買ってきてとか言われる可能性がなくもないし。服買うのにも付き合わせないとだし、そもそもバラムも俺とザガンと一緒で私服全く無いだろ。いつも同じパジャマか、同じ部屋着のどっちかしか着てないし。」

「あー、幻音の服買うことしか頭になかった。そっか、私達もないのか。」

馬鹿過ぎるな、こいつ。気付けよ。

「お前、なんで気付かなかった?」

「いやだって、ずっと制服と部屋着しか着なかったから、私服着る機会があったら流石に気付くよ。」

まぁ、たしかにそんな機会なかったけど。というか、そういえばだが、ザガンを喚んでからまだ一週間も経ってないのか。すげえな。こんな濃い一週間って。もう一ヶ月経ってそうなくらい、いろいろあった気がする。

「まぁたしかに、お前来てから平日だけだったし、着る機会とかなかったから分からなくはないけど。」

最初に買い物に行った時に唯一の私服を着て行った。それっきりまったく着ていない。まぁ、学校帰りに出かけるってなったら制服のまま行ってしまうから仕方ないのかもしれない。

「そうだよね。今日がはじめての土日だー。幻音、学生の休日ってどんなものなの?」

「俺は基本、アヤとのなにかしらの用事があった日以外は、本屋以外に外出しなかったぞ?」

「え、どっか遊びに行ったりとかは?」

「無いな。正直、これぞ高校生みたいな、陽の生活してても大して面白くもないぞ?あーいうのは、漫画とかアニメで見るから楽しそうに見えるだけで、実際に自分がそこに混ざってみたら、普通に面倒くさいし疲れるし、そんな楽しくもなかった。だからまぁ、そんなことしてたの一年の最初の一、二週間くらいだよ。以降は、アヤ以外とは出かけてない。」

「幻音の話聞いてると、アニメとかで憧れてた事に対する現実がどんどん突きつけられてくる気がする。」

「現実ってのは残酷なんだよ。」

「悲しい。」

とまぁ、そんな話は置いといて。

「とりあえず、さっさと着替えといてくれ。」

「はーい。」

ザガンが着替えた後、結局、バラムの説得方法は思いつかないまま起こす時間になってしまった。

「バラムー、起きろー。朝ごはんー。食べるだろー。」

バラムは基本、大きい音とか声ではそんなに起きないが、肩を揺すったりすると意外とすぐ起きる。ザガンより楽だ。

「おはよ、幻音ちゃん。」

「おはよ。とりあえず、食べる前に顔でも洗ってきたら?眠いなら。」

「そうする。」

起き上がったバラムはふらふらと歩きながら、洗面所に入っていった。ちょっと心配になってきた。眠いなら無理矢理連れてくこともできないしなぁ。

戻ってきたバラムと三人で朝食を食べる。バラムに淹れたコーヒーは、砂糖とミルクでかなり誤魔化してはいるが、かなり濃く淹れたので、かなりカフェイン多めだと思う。悪魔にカフェインとか効くのか分からないが、バラムの眠気が少しでも無くなってくれればありがたい。

朝食を食べ終えて数分、インターホンが鳴った二秒後に玄関を開ける。

「うわっ。お、おはよう御縁君。」

「おはよ、アヤ。バラムもう起きてるから、上がって。」

「うん。」

アヤが部屋に入ると、ぼーっとしていたバラムが反応した。

「あれ?文乃ちゃんだ。おはよー。」

「おはよう。バラムちゃん。」

挨拶を交わすと、バラムが立ち上がってアヤの方に寄ってきた。そのまま手を引いてベッドの方に連れて行き、二人で腰掛ける。十三日ぶりのアヤの私服姿に見惚れていると、ザガンが背中をトントンと指で叩いてきた。

「幻音、バラムを連れてくんでしょ。なんて言うの?」

そうだった。見惚れてる場合じゃない。しかし、このままアヤと出掛けに行こうとすれば、そのまま付いてくる気がしてきた。仲良さそうに見えるし。でもまぁ、一応説得する準備はしておこう。頭の中で台詞を考える。

「バラム、この後アヤと一緒に出掛ける予定なんだけど、バラムも一緒に来ない?俺とザガンだけじゃなくて、バラムも私服がほぼない状態だし、ザガンとバラム用にスマホ買っておいた方がいろいろ便利だし。」

まぁ、考えても意味ないよなぁ。結局、目的をそのまま言うしかないし。でもまぁ、もうちょい攻めよう。

「スマホ持っておけば、俺ともアヤともいつでも連絡取れるようになるし、布団入りながらゲームやったり動画見たりするなら、ノートパソコンよりスマホの方が使いやすいと思うし。」

どうだろう、来てくれるだろうか。

「一緒に行かない?バラムちゃん。」

アヤからも誘ってくれたし、これで駄目なら諦めるしかないが。

数秒間、ぼーっとなにかを考えた後、バラムは、

「行く。」

と返事した。


 四人で家を出てから、二日前に馬鹿みたいに疾走した道を歩き、駅の近くまで着いた。

「服とかは先買っちゃうと荷物になるし、適当にその辺歩き回って、店が開いたらスマホを先に買うとかでいいかな?」

「私はそれでも大丈夫だよ。」

「私はなんでもいいー。」

どう行動するか提案すると、アヤとザガンが肯定してくれた。ザガンはちょっと丸投げ感はあるが。

「荷物なら別に心配要らない。人目につかないところに行ければ、そこから魔界に送ればいい。そしたら、私の使い魔に家まで運ばせられるし。」

「うわ何それ便利。」

そんな手段があったとは。

「でも、魔界の家の位置に置いとくから、食べ物は駄目。」

「成程、魔獣に食われるからか。」

「うん。」

しかし、服とかをどれだけ買っても荷物にならないってのはありがたい。

「まかい?」

「あ。」

そうだった。アヤ達に事情説明をした時点では魔界の存在を知らなかったから、アヤは知らないんだった。

「えっと、ザガンとかバラムみたいな悪魔のいる世界があって、そこに荷物を送れば、バラムの使い魔が家の位置まで届けてくれるって言えば、なんとなく分かる?」

「うーん、なんとなく。」

「まぁ、とにかく食べ物以外は荷物にならないって思ってくれれば。」

「分かった。」

そこでバラムから補足が入る。

「あ、でも連続で何回もってのは無理だよ。熊と鷲に交代で運ばせるけど、家からここまで戻ってこなきゃだし。」

「成程。まぁ、人のいないとこじゃないと駄目だし、連続にはならないでしょ。」

というか、前にザガンが言ってたように、家の位置に仮拠点を建ててしまえば、荷物とかは置き放題な気がする。まぁ、ラウムの使い魔云々のせいで、しばらくは作れそうにないし、そもそも広い部屋に引っ越す口実がなくなるから言わないが。

「じゃあどうする?服を先に見るんでも良くなったけど?」

と、先程丸投げしてきたザガンがまた意見を求めてくる。

「でもまぁ、結局店が開くまではその辺歩き回るくらいしかやる事ないけどね。」

「やっぱり出掛けるの早過ぎたかな?」

まぁ、まだ九時半にもなってないからなぁ。

「俺はアヤと早い時間に会えて満足。」

「私も。」

「ふ、二人ともあんまりそういう事言わないで。」

俺とバラムの台詞に少し焦った様子のアヤを見ていると、ザガンが肩を叩いてきた。

「で、どうするの?このあと。」

「とりあえず、時間までは適当にふらふらしてればいいでしょ。この時間でも開いてるとこは開いてるし。」

「適当だなー。そういうの嫌いじゃないけど。」

「あ、そだ。バラム。バラムはスマホ買う時って俺居なくても大丈夫?」

「問題ない。私の一番使いやすいようにしてくる。お金はあるし。」

「分かった。じゃあザガンとバラムがスマホ買ってる間、俺とアヤは服見てていい?」

「問題ない。」

「え?私、幻音着せ替えたい。」

だろうな。ザガンは。

「こいついるとうるさそうだから、バラム、ザガンの分買うのも手伝ってやってくれ。まぁ、ザガンが自分だけで大丈夫ってなら問題はないけど。」

バラムは一応、ある程度の知識はあるっぽい。パソコンとかも使おうとしてたくらいだし、ゲームとかも割と上手いっぽいし、そっち方面はなんでも大丈夫という感じがある。引きこもりゲーマーだったらしいし。

バラムのお陰で、ザガンが一人じゃ無理とか言い出しても、バラムに任せることができる。

「じゃあ、とりあえず適当にその辺歩き回るか。」


しばらく経って、前言通り、バラムとザガンが二人でスマホを買いに行き、俺はアヤと服を見に行った。そこで、アヤに相談を持ちかける。というか、主にこれの為にザガンを引き剥がしたと言ってもいい。

「アヤ、ちょっと頼みがあるんだけどいい?」

「大丈夫だよ。」

「ザガンが戻ってくる前に下着買いたいんだけど、服より前にそっち先選んでもらっていい?前に生地だけ買って作ってはみたんだけど、下はともかく上が微妙に変な感じして。それに、魔法使って下着作るとか、こんな馬鹿な使い方できればしたくないし。自分で買うのは気が引けるから前は作ったけど、代わりに選んだり買ったりしてもらえるならそっちのがいいし。」

「え、うん。別にいいけど、サイズとか全く分からないし、教えてもらっていい?」

「ごめん、俺も分かんない。作った時は自分に合わせて作ったから問題なかったけど、数値化しろって言われると全く分からない。」

「え、大きさとか全く把握しないで作れたの?」

「ほら、俺の魔法って、素材さえあればイメージした通りの形を作れるからさ。素材を分解して自分の体に合わせて生成するって感じ?かな。そんなふうに作ったんだよ。」

「成程。そんなふうに。」

「まぁ、ザガンに渡された見本の通りに生成しただけだから、一分もかからなかった代わりに、よく分からない箇所も見たまんま真似ただけって感じで。」

「一分で一着作れちゃうんだ。速。」

「分かったのは、構造をよく理解してないものは、真似て作るより既製品の方が絶対良いって事。」

「そっか。でもだったら、一回測らないと。願莉ちゃんが戻ってくる前に買うんだったら、ちょっとだけ急がないとかも。」

「だな。まぁ、ザガンがこの体創ったんだし、サイズとか全部知ってる気はするけど。でもあいつは、測ったりするようなシチュエーションとかを楽しんでる気がするから、できればそういうイベントはあいつが居ない時に済ませたい。」

「あれ?でもだったら、ザガンさんにサイズ聞けば早くない?サイズ知っちゃえば測る必要もないし。」

「いやまぁ確かに、言わせられれば測る必要なくなるけど、その後絶対買う時ついてこようとするし。今日買えなくなるじゃん?できれば早いうちに買いたいから。」

「あー。たしかに付いてきたがりそう。」

「あいつが居たら絶対、卑猥(へん)な物選んで押しつけてくるに決まってるしな。アヤの方が信頼できる。」

「あれ?なんか急に選ぶの恥ずかしくなってきた。」

「いやいや待って、あの、普段自分が付けてるのと同じようなの選ぶ必要はないからね?」

「う、うん。」

アヤに選んでもらったら、アヤが普段付けてるのと同じようなの選ぶかもしれないって事に今気付いた。やば、普通にザガンの隙をみてバラムとかに選んでもらうべきだったか?いや、それは洗濯物混ざったりしたら怖いから駄目だ。というか。

「ザガンに選ばせたら、故意に洗濯した後間違えたりしそうで怖いわ。」

「そこまでは、流石にしない...とも言い切れないかも。あの人。」

「俺はザガンと違って、あくまでR15路線でいくつもりだからな。妙な真似はできるだけさせない。」

「そ、そっか。とりあえず、ちょっとだけ急ごう。そんなに早く戻ってくるとは思えないけど。」

「そうだな。」

さっさと行かないと、選んでる途中にザガンが戻ってきたりなんかしたら本当に面倒な事になってしまうので、二人で少しだけ早歩きで店へと向かった。


思っていたよりだいぶ時間はかかってしまったが、無事に買うことができた。ザガンはまだ戻ってきていない。測り終わった後、アヤが「や、やっぱり私よりおっきい。」と呟いていたのが耳に入ってしまい、その少し後あたりの記憶がちょっと抜け落ちているが、多分問題は無かったと思う。

その後は当初の予定通り、私服を買う為に辺りを彷徨く。アヤの選ぶ服は、どれもアヤの従姉妹(あやめとあやね)の着ていそうな服ばかりだ。普段着ているのは従姉妹からのおさがりがほとんどと言っていたし、あまり自分で買ったりしないとも言っていた。好みが似ているというより、ただ単に自分の普段着ている服に似ているものを選んでいるだけなのだと思う。

アヤ自身は、衣服や装飾品等への興味はほとんどない。それは既に知っている。俺自身も、同様に興味は無いし、沢山あっても邪魔なため、普段から必要最低限分しか持たないようにしていた。普段通りの俺なら、服を買いに行くのすら面倒だと思っているくらいだが、今現在のアヤとの買い物は楽しい。買っているものがどうこうというより、アヤと二人で買い物をしているという状況を楽しんでいる。これじゃ、ザガンがシチュエーションを楽しんでるだのなんだのというのに対してどうこう言えない気もするが、別に俺は駄目な事をしているわけじゃない。ザガンと違って、割と普通な事をしてるはずだから、大丈夫。だと思いたい。

「幻音ー。おまたせー。」

ある程度選び終えたあたりで、ザガンとバラムが帰ってきた。

「お、無事買えたのか。」

「うん。金にものを言わせて、めちゃくちゃ使いやすくしてきた。今はいろいろアプリをインストール中。」

「成程。俺も後でいろいろ変更しに行かないとだなぁ。」

今より使いやすくできるかもしれないし。

「そうするべき。」

「じゃあ服選びに行くか。」

「あれ?選んでたんじゃないの?」

「あー、ザガンがいないうちに下着買ってたんだよ。」

もう終わったから話しても大丈夫だが、どうだろう。どう反応するか。

「それでさっき私を引き剥がそうとしてたの?ひどい、私も行きたかった。」

あ、やっぱりちょい強引にスマホを二人だけで買いに行かせたのはちょっと不自然に思われてたのか。

「来てたら絶対変なことするだろお前。」

「当たり前じゃん!」

「だからだよ。」

「次は付いてく。」

「残念だが、もう測り終えたし、次回以降も似たようなの買うだけだよ。」

「せめて選ばせて。」

「それが嫌だからお前居ない時に買ったんだよ。あと、何着持ってきてるのか分かんないけど、足りなそうなら買っといてな。」

「私、荷物は必要なら使い魔に運んでもらえるから大丈夫。前の隠れ家そんなに離れてないし。すぐ取りに行ってもらえる。」

そか、バラムは問題なしか。というか、私服の方も問題なかったのか。

「ザガンは?」

「幻音、選んで?」

「よし、アヤ。クソダセェ奴何個か選んでくれ。」

「え、う、うん。うん?え、いいの?」

「幻音、アヤちゃん?ストップ。」

「分かった分かった。ほら、さっさと服選びに行くぞ。」

「はーい。」

その後は特に問題は発生せず、たまにザガンを無視しながらアヤとの買い物を楽しんだ。


「昼ご飯どする?」

買った服等をバラムの使い魔に渡してから、歩きながら話す。いろいろと見て回って、もう十二時半を過ぎている。流石にそろそろ何か食べなければ。

「私はどこでもいいよー。」

相変わらず丸投げなザガンだが、俺としてはアヤの意見を重視するつもりなので、丸投げならそれでいい。

「アヤとバラムは?なんか食べたいのある?」

「私もなんでもいいかな。バラムちゃんは食べたいものとかってないの?」

「私、ファストフード的なもの食べてみたい。食べたことないから。」

「俺は別にいいけど。アヤは?」

「私も大丈夫だよ。」

「あ、私には聞かないの。」

「聞く必要を感じなかった。」

ザガンの返答はまぁ、なんとなく想像つくし。

「でも、的なものって言ったけど、割といろいろあるよ?何が食べたいとかある?」

「うーん、普通にハンバーガーとか?」

「いやなんでそこでお前が疑問系なんだよ。」

バラムはファストフード的なものが食べたいってだけで、ファストフードに何があるのかとかはよくは知らないのかもしれない。

「それでいんじゃない?どうせこのメンバーで出かける機会なんてまだまだあるでしょ。」

まぁ、ザガンの言う通りか。バラムも、アヤがくれば意外と普通に出かけてくれそうだし、出かけてなくても昼ご飯食べに行こって外食することはできるだろうし。

「そうだな。他に食べたいのあったらまた食べに行けばいんだし。今日はそれでいっか。」


終始グダグダだったが、なんとか昼食を摂り終えた。

今は、目的である私服の購入も済んで、行くあてもなく適当に彷徨いている。

「なんか行きたいとこある?」

目的もなく彷徨いてても疲れるだけなので、とりあえず誰か、どこか行きたい場所がないか尋ねる。

「あ、幻音。私アレ行ってみたい。カラオケ。」

「今から?疲れない?」

「いや、幻音が歌ってるとこ見たいだけ。」

「お前が歌いたいんじゃないのかよ。」

「いやでもさ、幻音、契約した時姿と一緒に声帯も変わったでしょ?どんな声出せるか自分でも気にならない?」

「あー、それはたしかに。」

「でしょ?」

「でも人前で歌うのは好まない。」

「え、なんで。可愛い声になったんだから、今はなんの問題もなくない?」

「いや、そういう問題じゃなく。」

「アヤちゃんも聞いてみたくない?バラムも聞きたいよね?」

こいつ、アヤに肯定させて逃げ道無くす気か。

「うーん、御縁君がいいなら聞いてみたい。でも、私も人前で歌うのは苦手だから、一曲も歌わなくていいなら行きたい。」

まぁ、アヤはそうくるよな。昔から、俺と同じで人前では歌うのは苦手ってタイプだ。高校入学直後あたり、ザガンに話した例の一、二週間の間に、複数人でカラオケにも行ったが、アヤは一回も歌わなかった。俺もだが。

「えー、アヤちゃん一緒に歌おうよ。私と。」

意外にもバラムが乗り気だ。まぁ、いろいろと面倒くさがりではあるが、娯楽に対しては結構積極的だという事は分かってきたので、そこまで意外でもないのかもしれないが。

「うーん、まぁ、一緒に歌ってくれるなら。」

「よし行くか。」

「ちょ、幻音。手のひら返し早。」

前述通り、アヤは他人の前で歌ったりはしなかった。そのため、長い付き合いではあるが、小中学の音楽の授業くらいでしか、アヤが歌っているのを見た事がなかったし、アヤの歌声をまともに聞く機会はほぼ無かった。バラムのおかげでアヤが歌ってくれるかもしれないという状況。なら、行くしかない。

「ちょ、幻音も歌うんだよね?」

「少しはな。でもアヤとバラムが二人で歌ってるのを聞きたいだけだから、そんなに沢山は歌う気ない。」

周りとペースを合わせながら、今いる建物から出る為、エスカレーターへ向かう。が、その途中で異常な事が起こった。一瞬で平穏な日常を掻き消すような音がけたたましく鳴り響いた。どうやら、火災があったらしい。何階かは知らないが。

「まじかー。これって、何階が燃えてんのか知らされるまで動かない方がいいんかな?」

まぁ、ザガンの言う通り下手に動かない方がいいかもしれない。火元が一階とかだったら、避難経路とかの連絡が入るかもしれないし。しかし。

「よく分かんないけど、これって消防とか来た後に建物の外出たらさ、そのまま帰っていいもんなの?なんか時間取られるんなら早いうちに出ときたいんだけど。」

「あー、たしかに。」

そう、実際にこういうのを経験したことがないから、その辺がよく分からないのだ。外出た後、何かで時間取られたりするのは面倒だし、出られる状態になるまで待つというのも、時間の無駄だ。

「人のいないとこ行ってさ、魔界から出てかない?」

そう提案した。火災なんかでアヤとの時間を削られてたまるか。ふざけんな。

「うん、私も幻音に賛成。ただ、カラス飛んでないかだけ先に確認はよろしく。」

「私もー。」

「えと、魔界って私が行っても大丈夫なとこなのかな?」

「大丈夫大丈夫。ただまぁ、ここ高いとこだし、空中に出ると思うから、幻音にしっかり掴まっててね。私とバラムは急いで移動してすぐ出なきゃだから。」

あ、火災ナイスかもしれない。

魔界に行ってこっそり建物から出てくという意見で決定したので、ひとまず人のいないところに向かおうと動き出す。が、動こうとしたタイミングで急に周りが暗くなった。停電だ。大きい建物なので、フロアの中心の方はかなり暗い。が、問題はそこではなかった。

「ザガン。今の。」

「うん、ちょっと面倒な事になったね。」

停電する直前、上の階の方から魔力を感じた。多分、この停電は異端者(ヘレティック)が意図的にやったのだろう。だが、火災の前には魔力を感じなかった。そのあたりが不審だ。

「なぁ、ザガン。停電は異端者(ヘレティック)の仕業だったとして、この火災はどう思う?」

「分からない。考えられる事としては、私達に感知できないくらいの微量な魔力をあちこちにばら撒いて少しずつ引火させたとかかな。」

「そんな事できんのか。」

「できるよ。魔獣とかと戦ったりして思わなかった?魔力が大きい方が感知しやすいって。」

「それは確かに。大きければ大きいほど、近ければ近いほど分かりやすくなってた気がする。」

特訓の時にザガンから飛ばされた氷針やラウムの使い魔のカラスは、近くなってからの方が正確な位置が把握できた。遠いと、だいたいの方向しか分からなかった。それにカラスと犬とで、魔力の大きさの差によっても感知のしやすさが変わっていたのも覚えている。

「だからまぁ、人目につかないくらいの小さい火をあちこちに出した後、火が消えないように保護する為の魔力と、火が大きくならないように固定する為の魔力だけを込めておいて、全部同時に解除すれば、魔力の探知に引っかからずに大規模な火災を発生させられる。」

「成程。けっこう面倒な用意をしないとってことか。」

「そう。それに火は氷と違って、在るだけで人に危害が及ぶくらいの破壊力があるし、普通の人間相手なら幻音の氷みたいに魔力で強化する必要もない。だから、仮に近くに別の異端者(ヘレティック)がいたとしても、感知できる程の魔力も無くフロア一面を覆った炎を異端者(ヘレティック)の仕業だって気付く事はほぼない。今回の敵、多分相当手慣れてるよ。他の異端者に襲われないための用意がかなり周到だし。戦闘慣れしてるかは分からないけど、逃走には慣れてるって思った方がいい。」

「成程。聞いてただけで、この前の風の奴とは全く格が違うってのは理解した。ただ、そこまで用意周到な奴がなんでわざわざ感知できるくらいの魔力を使って停電なんかさせたのかが不審だな。」

「うーん、それはほんとに分からない。あくまで私の予想だけど、別の異端者に見つかって、逃げるために停電させたとかかも。」

「じゃあこの上の階に二人も異端者(ヘレティック)がいるってことか。」

「分からない。行ってみないと。」

「くっそ。アヤとの買い物邪魔されない為に急いで風の奴倒したのに、なんで別のが出てくんだよ。」

「それはもう運が悪かったとしか。」

「エンカウント率がおかしい。」

「幻音、諦めて上行こ。」

「分かった分かった。即終わらせて戻る。バラム、アヤを護っててくれ。」

「分かった。アヤちゃん、私に付いてきて。」

「う、うん。」

「バラムっ、頼んだっ!」

そう言いながら走り出し、止まっているエスカレーターを駆け上がる。暗くて見辛くはあるが、けっこう人がいるのは分かる。しかも、停電のせいで騒ぎ出していてすごくうるさい。おそらく、避難経路の指示を待っていたのだろうが、停電のせいで放送機器みたいな設備があったとしても使えないだろう。誘導してる人がいるっぽいし、じきに静かになるかもしれないが、それでもかなり時間はかかるはず。だが、逃げられる可能性があるし、待ってはいられない。

エスカレーターを上り、魔力の反応があったフロアまで着いた。通ってきた階よりは人が少ないが、さっきまでよりうるさい。何かに騒いでいるっぽい。

「ザガン、多分このフロアで合ってるっぽい。なんか騒いでる気がするし。」

「幻音、フロア中央の暗いとこの方、微量に魔力があるの分かる?」

「ほんとだ。でもなんか、変じゃない?これ。」

「行くしかなさそうだよ。」

「だよな。」

フロア中央、魔力の感じるあたりに移動すると、違和感のある魔力の正体が分かった。

「なんだこれ?膜?」

「結界みたいな感じかな。電気の膜だね。触れる分には問題ないけど、無理やり突破しようとするとダメージが入る仕組みだね。静電気を帯びた金属製のドアノブに触れた時くらいの痛みがあるって程度だけど。多分、一般人が入れないようにしてるだけだよ。あとは、中にいるもう一人、火災の原因の方の異端者(ヘレティック)を逃さない為の足止めってところかな。ダメージ自体は小さいけど、全身で通ればかなり痛いだろうし。」

「成程。で、これ通るの?地味に痛くね?」

「通るよ。幻音なら簡単に突破できるでしょ。体の周りに、同じように氷の膜を張ればいいじゃん。もう、液体と固体の中間くらいの氷程度なら作れるでしょ?そこに魔力流して、電気だけ弾けばいんだよ。」

「成程、それで突破すりゃいいのか。結界って言ってたけど、割と簡単に通れるもんなんだな。」

「幻音の魔法は、私のあげた凄いヤツだから。その辺の奴らのより全然応用が効くからね。」

「マジで万能だな。とりあえず、グダグダ話してないで行くか。」

「だね。突破したら、氷膜はすぐに解いてね。それで、敵の方向を警戒。」

「りょーかい。んじゃ、突撃。」

中がどういう状況になってるのか全然検討もつかないが、今は気にしても仕方ない。考えるのを一旦やめ、氷膜で体全体を覆って、電気の結界の中に飛び込んだ。

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