5話「いきなりうわっは失礼くないすか?」
少し早い時間に目覚めてしまった。
いつもより一時間も早い目覚めだ。まぁ、昨日早い時間に寝たんだから早く起きるのは自然なのか?いや、ザガンは寝てるし、バラムもいつも通りだ。てか、相変わらず狭い。一人用のベッドに三人は流石に無理がある。...狭い。金あるんだし引っ越したいな。学校に近いからって理由でここにしたけど、ちょっと離れてでも広い部屋にするべきだった。まぁ、もともと二人のつもりでここにしたんだから仕方ないけど。
とりあえず、引っ越しの件は後々考えるとして、せっかく早起きしたんだし、少し体を動かしたい、というより魔法の練習をして、もっと上達したい。昨日の魔獣には勝てたけど、あれより上がいるのは確かだ。ザガンもバラムも言っていた。それに、ザガン曰く異端者とかいうやつら...いや俺もか、とにかくそいつらは昨日戦った魔獣なんかよりもっと狡猾で賢い可能性だってあるはず。だからこそ、もっともっと強くならないと。
それに...
「はぁ。」
ため息が漏れた。昨日の特訓で思い知った事だが、やはりザガンは強い。普段、ふざけてばかりであまりそういうイメージは無くなってきているが、昨日の魔法を見て改めて、こいつも一応は魔王なんだなと思い知らされた。俺に合わせながら手加減して撃ってきた氷針に、魔獣戦闘時に自身とバラムを覆った氷膜。透けて見えるほど薄い膜なのに、俺の出している氷膜と桁違いに硬質だと、込められた魔力の質と量で分かった。特訓して、経験を積んで、俺もいずれあんな強さになれるのだろうか。
「よしっ!」
二人を起こさないように立ち上がり、体育着に着替える。動きやすいし。
コップ一杯分だけ水を飲んで、氷刀を出して空間に亀裂をいれる。もう完全に覚えた。靴を履いてくぐると、昨日見た通りの光景だった。少し歩いて魔獣の死骸を見に行くと、腐食した死骸は一部が無くなっていて、グチャグチャになっている。他の魔獣に食べられたって事がよく分かる。てか臭い。あまりこの辺りには居たくないな。
少し離れて、さっそく練習を始める。氷針を出して木に向かって飛ばす。そのまま複数本突き刺した。
前よりコントロールできるようになってきた。これなら、異端者を遠くから暗殺、なんてこともできるかもしれない。でもまぁ、もっと速く動かせるようにならないと避けられるだろうけど。昨日の魔獣と違って、もっと高位の魔獣とか異端者はこんな速さじゃ避けるのなんて簡単だろう。頑張らないと。
五分くらい撃っているとなんとなく分かってきた。氷針の硬度を上げるために魔力を使い、それと同時に動かすための魔力も使う。だから、同じ量の魔力を込めるとして、動かすための魔力を増やしてもっと速くしても、硬度が下がってしまい、結局攻撃力は下がる。逆も同様だ。硬くすると遅くなる。まぁ、時間をかけて少しずつ慣れながら、込められる魔力の質と量を増やしてくしかないか。
一旦練習は終わり。辺りを少し歩いてみる。
とりあえず、実戦をしてみたい。昨日の犬のような奴らなら難なく勝てるし、この辺りにはヤバいのは居ないって言われてたから、多分あんなのばっかり居るんだろう。
ならば、実戦あるのみっ!なのではないだろうか?
ザガン達も居ないし、少し危険ではある。それは承知しているけど、もしもの時に助けてくれる人が近くに居ると、本当の意味での全力は出せない気がする。
どうしても、失敗しても大丈夫なんて考えたりしてしまうのが人間だから。いや、俺って人間ではないのか?異端者って一応人間だよな?それとも、人間とは根本的に何かが違って、ヒトではなくヘレティックって生物だったりするのか?まぁどっちでもいいや。
とりあえず、辺りを探って魔獣が居ないか調べてみる。けどまぁ、そう都合よくは見つからないか。
仕方ない。昨日の魔獣の死骸を食べた奴とかが近くに居ないかって思ってたけど、流石にもう離れたのだろう。でもまぁ、そこそこいい練習はできたし、良しとしよう。
ん?
異様な感覚。昨日の魔獣と同じように魔力が近付いてくるのは分かるのに、なんとなくはっきりしない。なんだろう、でも魔獣がきてることは確かだし。
手に氷刀を握り、周囲に氷針を数本浮かせ、魔力を感じる方を警戒する。
そこそこ近付いてきてから違和感の理由に気付いた。
魔力を感じる方向!
ばっと空を見上げる。...居た。
正体は黒々としたカラスだった。
魔力をはっきりと感じなかったのはかなり高いところを飛んでいたからだった。さらに言えば、昨日の犬と違い、魔力に禍々しさを感じない。まぁ、犬よりカラスの方が弱いからだろう。飛べるという強さはあるが、直接的な戦闘能力は犬より低い。それに、おそらくこれが理由だろうが、犬よりも体が小さい。あとはまぁ、距離が離れているから感じづらいというのもあるだろう。
依頼された異端者が対空戦をしてくるかもと言っていたし、上空の奴相手なら丁度いい。こちらに気付くこともなく、通り過ぎようとしていたカラスの背に向かって氷針を飛ばす。
が、氷針が接近したあたりで気付かれてしまい、躱されてしまった。こちらの存在に気付いたカラスはこちらを向くと、翼を動かして魔力の塊を風に乗せて飛ばしてきた。
斬撃の様な形の魔力塊がいくつも飛ばされてくるのを回避しながら氷針を飛ばすが、カラスに届く前に風圧によって撃ち落とされてしまい、一本も当てることが出来ない。
現時点でザガンに教えてもらった遠くの敵を攻撃する手段は氷針のみ。他の遠距離攻撃の方法がないか考えても、上空相手に飛び道具を使うなら結局は針の形状のものを飛ばすのが最適になるだろうし、これ以外に遠距離攻撃手段はない。もしかしたら、何かしらあるのかもしれないが、現時点では無い。つまりこっちの攻撃が届かない。
避けても避けても延々と降り続ける魔力塊は次第に量を増やしていき、避けるのが大変になってきた。
はやめに攻撃手段を考えないとやられるかもしれない。
焦りはしたか、打開策は意外と簡単に思いついた。遠距離攻撃が駄目なら近距離攻撃をすればいいだけの話。これでもそこそこ練習して、作った氷を空中に浮かすのには慣れてるはずだから。多分、この手段で接近できる。
足元から階段状に氷を作って勢いよく登る。思った通り、自分が乗ったくらいじゃ氷は落ちない。長時間乗っていたら分からないけど、少なくとも移動用に道として利用する分には全く問題ない。敵の攻撃を避け、不規則な形に階段を伸ばしながら駆け上がる。
とうとうカラスまで数メートルの位置まできた。何メートルくらい登ったのかは分からないけど、落ちたらやばい高さだって事は理解できる。
休みなく続いているカラスの攻撃を避け続けながら氷刀を作り出し、カラスの真横に回り込む。こちらを向いて飛ばしてきた魔力塊を氷膜で相殺し、飛び込んで斬りかかったが、躱された。が、その距離のまま斬撃を繰り返す。
躱され続けだったが、とうとう一撃、翼を掠めた。そのままの勢いで敵の体に向かって氷刀を振り下ろす。はずだったが、突然左側から衝撃を受けて吹き飛ばされた。
何が起きたのか分からなかったが、左の方向を向くと、簡単に答えが分かった。カラスは一匹だけでは無かった。遠くから仲間を助けるために来たのか、二匹のカラスがこちらを向いて威嚇していた。
おそらく今の攻撃は攻撃されそうな仲間を助けるため、俺を吹き飛ばす目的で放った可能性が高い。交戦していたカラスと違い、斬撃ではなく大きな塊だったから。しかし、ただのノックバックであっても、この高さの場合はかなりの脅威。多分このまま落ちたら無事では済まない。
落下していく中、助かる方法を考える。いや、無理がある。今更氷を出したとしても、そこに着地なんて出来ないし、仮に氷に背中から落ちるにしても、今更やった所で意味が無い。一応、魔力で身体を強化してはいるが、この高さは無理がある。
周りを気にせずに一匹に集中していた結果、不意打ちを喰らってしまった。昨日の魔獣戦で調子に乗っていたのかもしれない。
地面に落ちる寸前、大怪我を覚悟していたが、急にふわりと受け止められた。困惑して横を見ると、バラムが受け止めてくれていた。
「幻音ちゃん、無事?」
いつも通り、眠そうではあるが、少し緊張感のある声でそう言われた。
「あ、ありがと。助かった。」
安心して力が抜けてしまったが、まだ安心できる状態ではない。
「空中戦を挑んだんだけど、別のが出てきて不意打ち喰らって。今度こそ仕留めないと。」
もう一度空へ行こうとしたが、バラムに止められた。
「幻音ちゃん。あれに手を出しちゃ駄目。あと、これからしばらくは私もザガンも魔界にはこれない。」
そう言われ、どういうことか分からずにバラムに質問する。
「え?なんで?なんかあったの?てか、手ぇ出しちゃ駄目って、あいつそんなやばいやつなの?数が多いとか?仲間意識は強そうだったし、もし数なら確かにやばそうだけど。」
予想を口にしたが、バラムは首を振りながら一言、
「とりあえず、今は逃げよう。私が見つかる前に。事情はザガンの居るとこで話す。」
と言った。バラムが見つかったらまずいのか。まさか。
「わ、分かった。」
困惑しながらもそう答え、すぐに家の地点まで移動して人間界に戻った。
戻った直後、バラムは慌て気味にザガンを叩き起こす。
「起きてっ!ザガン!大変!」
耳元で叫ばれながら胸部をかなり強く叩かれたザガンは、「う゛」と言いながら目を覚ました。
「な、なに?」
胸部をおさえ、苦い表情のザガンは困惑気味な声でバラムに問う。
「幻音ちゃんがカラスに見つかった。私は見られてない。」
バラムのその一言でザガンの表情が真面目になる。
「場所は?」
「この近く。しばらく魔界には行かない方がいい。」
「そっかぁ。残念。幻音、ごめん、しばらくは部屋で教えられる範囲の魔法しか教えられないし、依頼対象が魔界に逃げたりした場合は幻音一人で戦ってもらうことになる。」
そう言われたが、まだあのカラスがなんなのか把握できてない。一応、察しがつきはしたが。
「それは分かったけど、あのカラスはなんなの?バラムとザガンが見つかると不都合があるっぽいけど。」
「あれは東軍が西軍や天界を監視とか調査とかしたり、拠点周りの魔獣を調べたりするためにあちこち飛ばしてるやつでね。ガープ様直属の部下のラウムって奴の使役する使い魔のカラス。ほら、言ったでしょ。バラムは戦いが嫌になって、東軍から逃げたって。見つかったらまずいの。」
今の説明でだいたいは理解できた。だけど。
「ザガンが見つかっちゃいけない理由は?」
「それはバラムも一緒に見つかるかもだから?」
「いやいやいや、なんで疑問形なんだよ!なぁ、お前、もしかしなくてもバラムと同じ状況か?」
「へ?」
「いや、よくよく考えたらザガンが東軍のところにいる可能性があったら、逃亡中のバラムが召喚に応じる訳ないし、お前がバラムに隠れ家を提供したってのも変な話だ。それに、バラムが当たり前のようにザガンに召喚されたってことは、バラムはザガンが東軍のいる場所に居ないって知ってたってことだろ?」
「えーと...。」
ザガンの視線が泳ぎ始めた。
「さっきの返答が微妙に疑問形っぽい言い方だったってことは、庇ってる訳じゃなさそうだし、お前、もしかしなくてもバラムと同じように逃亡中だろ。」
ザガンがとうとう顔を逸らした。
「はぁー。なるほどな。今までなんとなくあった違和感が無くなったわ。」
「うぅ、ごめんなさい。...って、逃亡中だからって別に謝ることなくない?バレたらバレたで別によくない?幻音は東軍関係者じゃないし。」
たしかにそれは正論だわ。
「いやまぁ、たしかにそうだけど。なら、バラムの話した時に逃亡中だって言えば良かっただろ。別にお前がどんな状況だろうが気にしないし、俺が知らなかった方が不都合あるだろ。」
「あはは。幻音は私が逃亡中だって知っても認めてくれるのか。なら、ほんとに隠すこと無かったね。」
「てか、なら俺ほんとに運がよかったんだな。召喚する悪魔、魔王の中から選んだんだし、ザガンとバラム以外の東軍の魔王を呼んでたら、今頃は東軍の兵士だった訳か。」
「そーそー。せっかく私達と一緒なんだし、思う存分楽しもうよ。自由にさ。」
「だな。面白そうなことには首突っ込みたいけど、別に死に急ぐこともないしな。東軍ってのがどんなとこかは分からないけど、魔王が二人も逃げ出す環境とか想像つかねぇ。」
「そーそー、下手に首突っ込まない方がいいこともあるよ。あ、私のスカートの中なら首突っ込んでもいいよ?」
「は?」
「え?キレる?普通。」
「は?真面目な話してる時にセクハラ発言する?普通。」
ラウムのカラスのことやらザガンの嘘のことやら、真面目な話の後なのに、やっぱりザガンはザガン、いつも通りの平常運転だった。
「ほら、さっさと学校行くぞ。急がないと。」
「はーい。」
「私は寝る。」
「バラム、冷蔵庫の中のとか、適当に食べてくれ。ザガンと俺はコンビニで適当に済ませるから。」
「分かった。」
「バラムにも今度、コンビニ飯買ってってあげよ。美味かったよ。」
「寝ながら食べられるのがいい。」
「横になりながらなら食えるだろうけど、寝ながらは無理だ。点滴くらいだろ。寝ながらとか。」
「幻音、それ栄養あるかもしれないけど食べ物じゃないと思う。あと、バラムの言う寝ながらは多分、横になりながらって意味だよ。」
「そりゃな。てか、行くぞ。」
まぁ、だろうな。ふざけて言ったつもりだったのだが。
「はいはーい。」
重大な事を話した後とは思えない、くだらない会話をして家を出た。異端者との戦いとかには興味あるけど、それとは別に、こういう平和な感じは続いてもらいたいと思う。
二日前同様、コンビニに立ち寄りながら登校する。が、歩いている時にザガンにひとつだけ頼まれた。
「幻音、あいつに連絡とれる?朝、図書室で会えるかって。」
「あいつって硴水先輩?連絡ならできるよ。」
「あいつ、東軍の関係者の可能性高いし、私のこと、一応口止めしとこうと思ってさ。」
「あー、なるほどね。」
東軍の戦力ではない、好き勝手に暴れている野良の異端者の討伐依頼。たしかに、東軍関係者の可能性が高いというか、そうとしか思えない。硴水先輩本人には、野良異端者の討伐を依頼するメリットがない。単に、正義感が強いだけと言われてしまえばそれまでだが。
「お、会えるって。てか、ちょい早めに登校して図書室寄るのが習慣っぽい。このまま待っててくれるってさ。」
意外とすぐに返信がきた。
「ありがと。んー、でも私の事、黙っててもらえるかねぇ。」
「さあねぇ。まぁ、依頼を受ける条件って言えば大丈夫でしょ。」
「やっぱそう言うのが一番だよね。」
そんな会話をしていたら、学校に着いた。
玄関で靴を履き替えたら、そのまま図書室に向かう。
「こんにちは。硴水先輩。」
「そこはおはようのが正しいかな、御縁君。それとザガンさん、いや、校内では願莉さんって呼んだ方がいいかな?」
「どっちでもいいよ、呼び方くらい。それよりも本題。今の私には一番重要なことだからね。」
「そう?分かった。まぁ、依頼云々に関係する話なら人がいないうちに済ませた方がいいからね。誰か来る前に話しちゃおっか。」
「話か早いのは助かるな。んじゃ単刀直入に聞く。お前、東軍の関係者か?つってもまぁ、答えてはくれねぇよな。もし仮に関係ないのなら、何言ってんのか分かんねぇだろうし。」
「うーん、そうだねぇ。そのくらいなら答えるよ。東軍っていうのと私が関係あるのかは分からない。ただ、私の知り合いが東軍って言葉を割とよく使うし、私のこの依頼とかも、もしかしたら東軍っていうのに関係してるのかもしれない。」
「なるほどな。つまりその知り合いって奴が、お前に野良異端者狩りの可能な奴を探して依頼するように頼んでるってことか?」
「そうだね。だから私は、この依頼を君達に頼んではいるけど、元々はその知り合いに暴れてる野良の殲滅を頼まれてるだけだから、その東軍ってのも、この依頼の真意も、よくは知らないんだよね。でもまぁ、人を簡単に殺せる危険な存在を討伐するってのは間違った事だとは思わないし、その知り合いには返しきれないくらいの恩があるから、君達みたいに依頼を引き受けてくれる人を探してたの。私じゃ、異端者なんて倒せないし。」
「なるほど、つまりお前は東軍に直接関わりはないってことか。でもまぁ、その知り合いってのはほぼ確実に東軍の関係者だな。」
「そうかもしれないね。で、願莉さんはこの話を聞いてどうしたいの?もしその人に危害を加えようとするなら、流石に私も黙ってはいないよ。」
「いや別に、そいつにどうこうはしねぇよ。誰だかも分からねぇし。ただ、そいつ含め、他の奴らに私の事を話さないでもらいたい。もし私の事を話すなら、悪魔ザガンではなく、異端者御縁願莉として話してもらいたい。それだけだ。」
「うん、了解。そのくらいなら別にいいよ。別に依頼を引き受けてくれる人の詮索なんて求められてないし。依頼内容さえどうにかしてもらえばそれでいいから。」
「助かる。」
どうやら、ザガンの頼みは聞いてもらえたっぽい。ついでに碧音先輩の情報も得られた。碧音先輩の正体は例の異端者を倒さない限り、教えてもらうことはできないが、なんとなく、碧音先輩の話していた知り合いっていうのは碧音先輩と契約した東軍の悪魔な気がする。まぁ、恩があるって言ってたし、碧音先輩を助けたことがある東軍関係者の異端者って可能性もあるけど。でも、恩ってのは契約の内容の事なんじゃないかなって思うんだよなぁ。
「幻音、ごめんな。なんか二人だけで会話が進んでた。」
「いや、別にいいよ。願莉に関係する話なんだし。てか俺、そんな関係ないし。」
「え?関係あるよ。私が居なくなったら困るでしょ。」
「そうだな。俺が魔法と料理を習得するまでは居てくれないと困る。」
「幻音が死ぬまでずっと居るからね?」
「それは流石に鬱陶しいわ。」
俺が戦えないくらい歳取っても一緒に居るつもりかこいつ。てか、まさかこの体、不老じゃねぇだろうな。ちょっと怖くなってきたのだが。
「じゃあ、御縁君。また昼休み、昼食食べた後でいいから、また来てもらえる?前回した依頼の具体的な内容について話すから。出現場所とかね。あ、スマホのマップ見ながら説明するから、スマホ持ってきてね。スクショして、そこにメモしてもらうから。」
「了解です。」
本格的に依頼が始まりそうだな。緊張はあるけど、ちょっと楽しみでもある。相手はどんな魔法を使ってくるんだろう。
「じゃ、幻音。教室行こっか。」
「だな。アヤと土日の話もしないとだし。」
「それじゃ、硴水先輩。また。」
「うん、また後で。」
教室の扉を開け、一直線に自分の席へと向かい、荷物を下ろしてすぐにアヤの席へと向かった。
「おはよ、アヤ。」
「おはよう、御縁君。」
「アヤちゃん、おっはよー。」
「うん、願莉ちゃんもおはよう。」
結局、願莉ちゃんと呼ぶことにしたらしい。まぁ願莉さんよりは親しい感じがするし、いいのかもしれないが、ザガンがアヤにセクハラする危険があるし、もう少し距離を取ってもらいたいとも思う。まぁ、ザガンがマジでやりやがったら制裁るが。
「アヤ、土日出かけるって話だけど、買い物、土曜日でいい?」
「うん、どっちでも大丈夫だよ。」
「あと、暇なら日曜日に家にこない?多分、バラムは出かけないだろうし、土曜日、ついてくるとは思えないから。」
「うん。行っていいなら行きたい。」
良かった。人間じゃないから大丈夫なのか、それともバラムだから大丈夫なのか。ずっと女子に対して苦手意識を持っていたアヤが、ちょっとずつ変わっていってるのかもしれない。バラムも、アヤに初めて会った時から気になって話しかけたらしいし、アヤが諸々の事情をバラムに話した時は流石に驚いたが、なにか互いに惹かれ合うものがあるのかもしれない。
とりあえず、これで土曜はアヤと買い物、日曜はアヤが家に来てくれる。土日の両方でアヤに会えるのは嬉しい事だ。バラムも、文乃ちゃんに来て欲しいとか言ってたし、多分喜ぶだろう。まだ木曜だが、既に土日が楽しみだ。
「じゃあ、土曜日、何時くらいに行く?どこに集まるかも決めないとだし。」
「私は何時でも大丈夫だよ。場所もどこでも。」
「うーん、じゃあ、好きな時間に家にきてもらっていい?アヤが直接きてくれたら、もしかしたらバラムもついてくって言うかもしれないし。」
「う、うん。分かった。」
「あ、でもできれば八時以降がいいかも。それより前だと、まだ朝食食べてる可能性があるし。」
バラムが起きて、ちゃんと朝食を食べてないとだしな。
「じゃ、じゃあ八時半くらいに行けばいい?」
「うん。それでもいいけど、大丈夫?そんな早い時間で。まぁ、早く来れるぶんには嬉しいんだけど。」
できるだけ長い時間、一緒に居たいしな。
「うん。御縁君達が迷惑じゃなければ。私は多分、七時には出かけられると思うから。」
「はは。ほんと、なんでアヤとバラムが仲良くなれたのか分かんないな。あいついつも、俺らが学校行く直前まで寝てるぞ?朝食食べたらすぐ寝るし。起こさなければ多分、昼過ぎまで寝てると思う。」
「それ、私が行ったらついてくるのかな?」
それは分からないが、
「なんとか八時半までに朝食食べさせる。できれば着替えもさせとく。出かけられる状態にしとけば可能性はあると思う。」
できるだけのことはしてみる。
「分かった。」
アヤの為にも、なんとかついてきてもらいたいものだが。
「バラムなら、」
「なんだ願莉居たのか?」
「酷くない?」
「バラム連れてく案あるの?」
「幻音の眼にはアヤちゃんしか映らないの?」
「あいつが簡単についてくるとは思えないんだけど。」
「私ずっと隣に居たんだけど。」
「どうすればついてくんの?」
「え?完全無視?」
「いや、お前が居たかはどうでもいいから、なんかバラム連れてく案あるの?」
「酷い。えーと、バラムだったら、ゲームとかパソコンとか、そういう店行くならついてくと思うよ。私らが学校行ってる間、昼間とかはゲームやってるっぽいから。」
「え?あいつ布団で横になりながらずっとゲームやってたの?一日中寝てんのかと思ってたわ。たしかにゲームでもすればって提案した覚えはあるけど。」
「うん。バラム、ゲームしたり本読んだりする用に、パソコン欲しがってたから、それならついてくるんじゃないかな。」
ニートにでもなるつもりかな?時既に遅しではあるが。
「うーん、なら。」
パソコン買ってもいいのだが、それよりも。
「なに?」
「スマホ買いに行くか。ザガンとバラム用。学校行ってる間もバラムと連絡取れるようになるし。」
そっちの方が便利な気がする。俺の都合でもあるが。
「成程。それはいいかも。バラムの目的も果たせるし、私らもなんかあったらすぐ連絡とれるし。」
「だよな。それに、」
アヤの方を向いて言う。
「バラムとアヤは、連絡取り合える状態の方がいいと思うしな。」
「う、うん。それは嬉しい。」
喜んでいるのが表情で丸分かりだ。顔に喜色が滲み出ている。それに見惚れてじっと見つめていると、自分の表情に気付いたのか、
「で、でもでも。そしたら私、学校行かずに一日中バラムちゃんとゲームしちゃうかも。そしたら御縁く」
「やっばやめるか。」
「冗談だよ!?」
よかった、照れ隠しか何かか。本気じゃないと分かってても怖いわ。学校行かないなんて言わないでくれ。アヤと会えなくなったら俺は何の為に登校してるのか分からなくなるじゃないか。百衣文乃さんは今日も欠席ですとか言われたら帰るからな?
「あー、また私が蚊帳の外になる雰囲気だー。」
「おい今アヤが可愛い表情してたんだからちょっと黙ってろ願莉。」
「や、やっぱり私今変な顔してた。」
朝から騒がしくなったが、土曜の予定は決まったし、日曜の時間はまた後で決めればいいだろう。前日だって別に問題はないのだから。登校してきた友達に挨拶をした後、脳裏に焼きついたアヤの表情の事を考えながら、ぼーっと午前の授業を終えた。
昼休み、硴水先輩との約束の時間だ。依頼対象の出現場所等々、いろいろな事を聞く為、言われた通りスマホを持っていく。まぁ、昼食後だからもう少し後だが。
「食べ終わったらそのまま図書室行ってくるから、アヤは先に戻ってて。硴水先輩にいろいろ聞かなきゃいけない事があるから。」
「分かった。」
「まぁ、図書室寄ってくとかなら別にいいけど、あんまり巻き込まない方がいい話だし。」
「うん。私も、御縁君なら大丈夫だと思うし、そんなに深く聞くつもりはないよ。根拠はないけど。御縁君はなんだかんだでいつも私のところに来てくれるし、危ない事しようとしてるのは知ってるけど、多分戻ってきてくれるんだろうなって分かるから。」
「根拠ないんかい。でもま、信頼してくれてんのは分かった。」
アヤは無条件で俺の事を信頼してくれてるっぽい。まぁ、今までずっとアヤの為にいろいろしてきてたし、アヤからの信頼を築き上げてきた過去の自分に感謝だな。
「それじゃ、行ってくる。」
「いってらっしゃい。」
あ、なんかこのやりとり良い。
「あ、幻音待ってー。」
黙れ変態。ザガンを置いたまま、無言で図書室に向かった。多分、硴水先輩と話す頃には追いついてるだろうから問題無い。
図書室。今日はいつもよりも静かだ。理由は分からないが利用者が少ない。普段だったら、ある程度の人数はいるのだが。普段より静かなだけである図書室に異質さを感じてしまうのは、これからする会話の内容に対して、少なからず緊張や恐怖といった類の感情を抱いているからなのかもしれない。
「お、御縁君。きたね。願莉さんは後から来るのかな。まぁ、御縁君だけ居れば話はできるし、始めちゃおっか。」
「願莉はすぐ来ますよ。始めちゃいましょう。言われた通り、スマホ持ってきたんで。」
そう言って、制服の内側に付いているポケットからスマホを取り出す。
「うん、それじゃ早速。地図開いて。場所教えるから。」
「はい、開きましたよ。で、その場所っていうのは?」
「ちょっとスマホ貸してもらっていい?」
「はい、どうぞ。」
「えーと。」
スマホを手渡すと、地図を少しいじってからすぐにスクショをした。そして、
「写真に絵描いたりできるアプリある?」
そう言いながら、スマホを返してくる。
「ありますよ。何個か入れてあります。けっこう使いますし。」
「おっけ、描ければなんでもいいよ。」
「で、開いたらどうすればいいですか?」
「あ、また貸して。描くから。」
「はい。」
また手渡すと、先輩は少しスマホをいじる。すると、
「うわ。」
急に驚いた。まぁ、軽く驚いたって感じだが。
「どうしました?」
「文乃ちゃんの写真ばっか。」
「それ以外もありますよ?」
スクショした写真を選択しようとして写真フォルダを開いたら、文乃の写真ばっかりで驚いたということらしい。
「人の写真開いて、いきなりうわっは流石に失礼くないすか?」
「いや、君もともと男子だよね?見渡す限り女子の写真とか気持ち悪いよ?しかも全部文乃ちゃんじゃん。」
「いやいや、俺が映ってるのとか、文萌姉と文寧姉が映ってるのとかありますよ?流石にアヤだけじゃないですって。」
「あ、これか。へー、文乃ちゃんのお姉さん?」
「いや、従姉妹ですね。」
「でも、高校に入ってからの写真には映ってないね。九割以上アヤちゃんだけど。」
「はい、二人とも遠くに引っ越しちゃったんで。」
「成程。君、文乃ちゃんのストーカーか何か?」
「違いますよ?写真見れば分かるでしょ。隠し撮りっぽいのは一枚もないでしょう。」
「あー、確かに。あれ?これって中学の修学旅行?なんで写真があるの?スマホ持ってっていい学校だったの?」
「いえ、駄目でしたよ?ただ、京都の風景を背にアヤの写真が撮りたくて、こっそり持ってったんです。だから、班別行動中の写真しかないですね。」
懐かしいなぁ。バレないようにこっそりスマホ持ってったの。
「たしか、アヤが俺以外とあんまり行動したくないって言ってたから、クラスにいたバカップルと班を組んで、班別行動中は二人ずつに分かれてたんですよね。」
あれ?
「なんで黙るんですか?」
「気持ち悪い。」
「失礼くないすか?」
「失礼じゃないと思うよ。普通そこまでしないよ?」
「いや、班組んだ奴も同じことしてましたよ?」
「え?何?君のいた中学ってヤバイ奴多いの?」
「アヤに敵意を持ってた奴は全員ヤバイ奴って思ってましたね。」
「ごめん、もうこの話やめよう。本題に入ろう。」
「はい。そですね。時間もそんな長くないですし。」
昼休みは地味に長いが、これからされる説明にどれだけ時間がかかるか分からない。本題は先に済ませた方がいい。
「じゃあ、説明してくから聞いてて。」
「はい。」
先輩がスマホを指差しながら説明を始める。
「えっと、高崎駅の近くなんだけど、この辺。」
そう言って、指を差していた一点を円で囲った。
「前に言ってた、人身事故になったのはここ。それ以前の、ただの落下事故とかそういうのは、こことここと、あとここと、ここ。」
先輩が地図に、次々と丸を付けていく。色を変えたりしてて、割と見やすい。
「この周辺が出現場所。御縁君には、この辺りをふらふらしてもらって、魔力を感じたら追跡。犯人だと確定次第、討伐。」
「犯人だって分かってから殺せばいんすね。」
「殺すって言い方やめよ?いい?こいつは、力のない一般人に害を為す、害獣に他ならないの。だから、討伐。犯人だと分かってから討つの。」
「あ、はい。まぁ、たしかに害獣ですね。魔獣となんも変わらない。」
「人間って思うより、獣って思ってた方が戦いやすいよ。人を殺すって思うより、害獣を駆除するって思った方が、気分的にも楽だし、無意識に手加減する場面も減るだろうし。」
「いやまぁ、犯罪者と害獣って大差ないと思いますけどね。どう思おうとそんな変わらないですよ。」
「おー、凄い精神力だね。というか変わった思考?まぁ、躊躇いがないなら少し安心だよ。任務遂行中に殺されましたってなったら、私が困るからね。」
「そう簡単には死にませんよ。ザガンに鍛えてもらってる最中です。力だけ貰って、そのまま悪魔と別れたような野良異端者なんかには負けません。」
「それは頼もしいね。で、前回言った通り、依頼対象とは対空戦になるかもしれないんだけど、御縁君、その辺は大丈夫?遠距離攻撃できる?」
それはバッチリだ。さらに言えば、
「遠距離攻撃はかなり慣れてきました。あと、今は対空戦っていうか、空中での近距離戦を練習してます。」
「え?御縁君、飛べんの?」
「いえ、歩いていきます。空まで。」
「訳が分からない。どゆこと?」
「空中に氷を生成して、その上を歩いてく感じです。これに関しては、ザガンに教わったんじゃなくて、自分で編み出しました。今は、落下防止策を練ってます。」
「君、ほんと精神力えげつないね。飛べないから空歩こうなんて、どうやったらそんな考えになるの?」
「遠距離攻撃を防がれる相手に対して、どうすればいいか考えました。」
「成程。君に頼って正解だったかもね。技術面精神面共に問題無く、文乃ちゃん絡みじゃなければ割と正常な判断ができるし。」
「アヤに危害を加えたらそいつは攻撃対象ですし、アヤに大怪我させたら首撥ね飛ばします。」
「君の愛、周りによく怖いって言われない?文乃ちゃんと何があったの?そこまで重い愛持ってる人、初めて見たよ。」
「いえ、たまに言われますけど。そんなですか?」
「え?褒めてないからね?嬉しそうにしないで?」
「じゃあとりあえず、話はこれで終わりですね。」
というか、
「そういや願莉はどこ行った?」
「来てないね。そういえば。」
周りを見渡すと、目があった。
「お前、いつから居たの?」
「割と前。幻音がいつ気付くかなって思って。今日、幻音がアヤちゃんに夢中になり過ぎて、私完全に蚊帳の外だったから。」
「馬鹿かよ。」
「だって幻音、会話が終わるまで私の事忘れてたでしょ。」
それはまぁ。
「忘れてたな。」
「私も途中まで忘れてた。」
俺だけじゃなく、硴水先輩からも追撃がきた。
「酷い。今日なんか、私の扱い雑過ぎない?」
「いつもだろ。」
「今日の幻音、なんかアヤちゃんばっか見たり、アヤちゃんのことばっか話してない?」
「いつもだよ。」
「幻音は、私とアヤちゃんどっちのが大事な」
「アヤ。」
「え、最後まで言わせてすらくれない。」
いやまぁ、考える必要のない問題過ぎて反射的に答えてたわ。
「まぁまぁ。私は願莉さんのことも頼りにしてるよ。」
「碧音ちゃん。私の側室になる?」
は?
「お前、いくら魔王だからって、そんなん居たの?それで周りに常習的にセクハラとかしてんなら本気で引くんだが。」
「居ないよっ!まぁ、可能ではある。でもまだ居ないんだよねぇ。」
「複数人とかありえないわ。」
「それは私もちょっと引く。」
硴水先輩の追撃がザガンに突き刺さった。
「い、一応冗談のつもりで言ったんだけど。そこまでドン引きしなくても。」
「お前が言うと微塵も冗談に聞こえん。」
「私も本気で言ってると思った。」
普段の行動なしにしても、あの顔は本気に見えたぞおい。
「とりあえず、そこに居たって事は、こっちの会話も聞いてたよな。駅の近くだ。」
「はーい。」
一応、依頼内容の説明は聞いてたっぽいな。
「じゃ、硴水先輩。また。終わったら連絡します。」
「うん、ありがと。こっちも追加情報あったら連絡するね。」
「分かりました。それでは。」
「それじゃまた。」
「またねー。」
いや、またねーってなんだよ。絆されんの早過ぎかよ。ちょっと前まで硴水先輩に対してめちゃくちゃ警戒してただろ、ザガン。今朝の話で完全に警戒しなくなったのか。まぁ、東軍に居場所がバレるのが嫌だっただけっぽいし、それさえ隠せるなら、元々居た東軍の関係者は信頼できるのかもしれないが。せめて例の青年を倒して、硴水先輩の正体を聞いてからにしろよとは思う。硴水先輩に頼んでる奴が東軍関係者ってのが分かっただけで、未だに硴水先輩については正体不明なんだから。
まぁ、ザガンが周りをどう思おうと関係ないので、それ以上気にせず、アヤの居る教室に小走りで戻った。
放課後。ザガンと一緒に校門を出た後、昼休み以後考えていた事を言う。
「なぁザガン。今から駅の方行かね?アニメショップとか本屋とか。そういうとこ。」
「おー、行きたーい。でもなんで急に?もう依頼対象探すの?早くない?」
「いや、出現場所が駅近くって言ってただろ。土曜までに済ませておきたいんだよ。アヤがいる時に遭遇しても嫌だし。」
「成程。今日明日のうちに倒しとけば、土日に安心してアヤちゃんと遊べるもんね。」
「もう二日しかないからな。金曜の放課後までにはなんとしても仕留めたい。」
「分かった。行こー。」
今が九月十二日の四時過ぎ、アヤと遊ぶのは九月十四日の八時半くらい。タイムリミットはあと四十時間無いくらいだ。そして当然、明日も学校はある。急がなければ、アヤとの買い物を邪魔されるのだけは絶対にしたくない。
「ちょっと小走りめに行くか。割と距離あるし。」
「りょーかい。」
そのまま特に何もなく、制服のまま走り続ける。周りから見れば、女子高生二人がひたすら走ってるとかいうかなり滑稽な図に見えるだろう。小走りと言ったが、途中から段々と速度が上がり、最終的には魔力で脚を強化して運動部の奴らよりも速い速度で走っていた。
高崎駅。群馬の中では割とでかい駅だ。新幹線の乗り場もあり、県外に行く時はここを使う事が多い。駅の近くに中古本屋があり、ここをよく利用していたため、自宅から電車を乗り継いだりしながらよく来ていた。駅の近くに着いたところで、ザガンに聞く。
「とりあえず、アニメショップと本屋、どっちがいい?中古本屋はまぁ、近いっちゃ近いけど、駅から少し距離が離れてるし、依頼対象の行動範囲内から外れてるから今回は無し。」
「アニメショップかなぁ。土日で私とバラムのスマホ買うなら、本は電子書籍でいいし。」
「まぁ、そうなるか。狭いもんな。」
「狭いもんね。」
というわけで、好きなアニメ作品がある奴なら一回くらいは訪れた事があるのではないかと思われる例の店へ。まぁ、俺の好きな作品達はあまりグッズ化されたりしないから、本を買う目的でしか来なかったのだが。
「ほー、こんな感じかぁ。」
「あれ?願莉は来たの初めてか?来た事ありそうなイメージだったけど。」
「いや、ずっとあっちに居たからね。こっちに来たの、いつぶりだか分からないくらいだし。」
「そか。まぁ、好きな作品のが無いと、そこまで魅力的って程でもないよ。知らない作品のグッズ見ててもって感じだし。」
「成程ー。とりあえず、行ってみたい。どっち?」
「こっちこっち。そんな焦らなくても、近いから来たい時に来れるよ。もう出現範囲内だし、急ぐ必要もないから。」
「でもさー、やっぱ早く行きたくなるじゃん?」
「分からなくはない。」
欲しい本がある時、すぐに本屋に行きたがってたからな。それに、特に目的があるわけじゃなくても、何か気になる物があるかもしれない場所には早く行きたくなるものだ。それが近くなれば近くなるほど。
「じゃ、早歩きで行くか。」
そう言って、ザガンを先導した。
店に着くと、落ち着きの無いザガンはあちこちを物色しながら、いろいろと手に取り観察している。主に美少女っぽいものが多いことから、あいつの趣味が分かる。まぁ、大抵の人はそういうもんだろう。三ヶ月周期で推しが変わる奴なんて、そこらじゅうに山程いるのだ。可愛ければなんでも良いって奴も、割と沢山いるだろう。まぁ、俺は一人だけを推し続けたいタイプの人間だが。
とりあえず、ザガンの好みなんてのはどうでもいい。あいつはほっといても、勝手にいろいろ物色して勝手に買って勝手に満足するだろうし、俺は本でも見ていよう。まぁ、部屋が狭いから、ザガンの言った通り電子書籍を買う事になるだろうし、本当にただ見るだけだが。
数分後、袋を持ったザガンが来た。かなり早い気がするが、もう気になった物をいろいろ買っていただけなのだろうと察せてしまったので、なんとなく納得できてしまった。こいつがいろいろ物増やしたら、それを理由に引っ越そう。広いとこに。
「この後どこ行くの?」
ザガンにそう聞かれるが、
「うーん、特に行く場所はないんだよなぁ。この辺で適当に時間潰せばそれでいいと思うし、店内物色してれば?俺も本見てるから。」
そう答えるしかない。あまり駅のそばから離れたくはない。あくまで目的は依頼をこなす事だから。
が、特に暇を潰す事は無かった。
店を出て、駅の方へと走る。魔力だ。間違いない。ザガンもしっかりとついてきている。駅に入り、人を避けながら走る。反対側の出口から出ると、人だかりができていた。看板が落下していた。数人が怪我をしたらしい。血が流れてはいるが、幸い死人はいなかったようだ。
いや、そんな事は今はどうだっていい。やった奴はどこにいる?魔力の発生した方向を探すと、建物の上から現場を見下ろす奴を見つけた。先程魔力を感じた位置とほぼ一致する。ザガンと顔を合わせると、そのまま無言で建物に向かう。階段を駆け上がっていき、そいつの居た場所まで辿り着いた。急に現れた俺達二人の方を見て驚いたそいつは、一般人のフリをしていたが、そいつを中心に魔力が残存していることから、依頼対象である事に間違いはないだろうと分かる。
「ちょっといいすか?」
そう言って近寄ると、そいつは警戒するそぶりを見せながら、
「なんですか?」
と言葉を返す。
そこで、下方、事件現場を指差し、
「あれ、君がやりました?」
と質問すると、敵は顔色を変え、右手を前に出す。
同じタイミングで氷膜を作ると、一秒程経って、氷膜が抉られた。
予想していた通り、こいつの魔法はラウムの使い魔と同じ。魔力の塊を風に乗せて飛ばす攻撃。もしくは魔力の込められた風による直接攻撃。そのどちらかだ。先輩が、対空戦かもしれないと言っていたのはおそらく、この風魔法による低空飛行。
事件の現場に目立った魔法の痕跡がなく、ただ切断された看板等が落ちていただけという点から、敵の使う魔法が風魔法だと判断し、魔法の種類を特定したからこそ、相手が飛行可能という点も分かった。おそらくそういった感じだろう。やはり硴水先輩は、間違いなく一般人とかじゃないって事は再認識できたな。
敵はおそらく、俺を殺すつもりで魔法を放ったのだろう。話しかけてきた相手が異端者だなんて思うはずがない。放った攻撃が、突然現れた氷の膜で防がれた事に驚愕していた。
敵は逃亡しようとしたが、その前に扉を氷で固めた。
「なんなんだお前ら、俺になんの用だよっ!」
「いきなり攻撃してきといて何言ってんの?こっちはまだ話しかけただけだったのに。」
「お前も悪魔と契約した奴ってのは分かった。でも、俺に近づいてきたのはなんなんだよ。」
「流石に分かってるでしょ。」
「お前も俺と同じような事してる奴ってことか?」
「は?いやいや、変な勘違いしないでよ。馬鹿なのかな、君は。俺はただの害獣駆除業者だって思ってくれればいいよ。ひ、と、ご、ろ、し、さん。」
俺の一言を聞いた直後、敵は素早く後退し、腕を縦に振る。すると、空間に亀裂が入った。どうやらこいつも、魔界の事、そして移動方法を知っているらしい。知っている奴と知らない奴がどのくらいの比率なのかは分からないが、割と知っている奴の方が多かったりするのかもしれない。
空間の亀裂に素早く入り込んだ敵を追いかけ、走り寄った時、ザガンに一言言われた。
「幻音、一応言っておくけど。幻音は怪我を負っても魔法で修復することは可能だけど、心臓だけは無理だから気をつけて。潰れたら即死だし、切り傷とかちょっとした穴でも、自然治癒以外の回復方法はないし、魔力も大幅に弱体化するからっ。」
「おっけ分かった。行ってくる。」
短く返事をし、亀裂の中に飛び込んだ。