4話「死臭の中でご飯は食べたくない。」
朝、目を覚ます。そして慣れた手つきでザガンを引き剥がす。いやいやいや待て。慣れるな。慣れるんじゃなくて解決策を考えろ。馬鹿か俺は。まぁ、この狭いアパートに住んでる以上は絶対に解決しないんだが。今考えても仕方ない。多分現時点での解決策は無い。とりあえず、着替えを持って洗面所へ。
昨日の朝の事を思い出してため息を吐く。おかしい。何故着替え一つに警戒しないといけないんだ。まあ、考えたところでどうしようもないのだが。制服を着て、寝癖を直す。髪が長いと面倒だなとは思うが、短くなったのは想像できないし、周りから変に思われても面倒なので切るつもりはない。しかし.....前髪だけは切りたい。目にかかって鬱陶しい!そんな事を考えながらドアを開ける。
ゴンっ!
あ、なんかすげー音した。俺が布団から居なくなってる事に気付いたザガンが覗きにでもきたのかと思い廊下に出ると、そこにいたのはまさかのバラムだった。
「え?バラム!?ごめっ。まさかそこにいるって思わなかった。てか、起きるのいつもより早くね?」
「ん、大丈夫。幻音ちゃん、着替えてるのかと思って廊下で待ってた。なんか眠かったから、ドアの横じゃなくて前に立ってたっぽい。気付かなかった。」
「成程。寝ぼけてたのか。で、こんな早くに起きてどしたん?」
「ん、久しぶりになんかやな夢見て、目、覚めたから。幻音ちゃん達と朝ご飯食べたいなって、思った...だけ。」
「まだかなり眠そうに見えるんだけど大丈夫か?ま、朝食はすぐ準備できるから、そしたらザガン起こして三人で食べるか。パンと、あとコーンスープかコーヒーどっちがいい?あ、お茶でも大丈夫。」
「コーンスープがいい。」
「りょーかいっ。じゃ、ちょっと待ってて。準備するから。」
「はーい。」
そう言って二人で部屋に戻る。一応、触れはしなかったけど、嫌な夢ってやっぱ昨日話した事なのだろうか。まー、心配はしてもどうしようもできないんだけど。
「起きろー。ザガン。」
また起きないか。昨日は無理だったけど、今日もやってみるか。
「お姉ちゃん、起きて。」
「......おい。起きねぇのかよ。起きる流れだろ。普通なら。」
「おーい、朝食食わないのかー。」
.........ドンっ!
「うぐっ!」
「起きたか姉さん?コーンスープかコーヒーかお茶、どれがいい?」
「ちょっ!痛い!なんで殴るの?もー、扱い酷くない?一応、私の方が主人なんだよ?」
「ちょっとした頼み事とかを聞くってことにはなってるけど、主従関係になった覚えはない。」
「えー。似たようなもんじゃん。」
「全然違うわ。で、何にする?」
「コーヒー、砂糖は二つ。あと、幻音のミルク入れて。あ、出すとこも見たい。」
「よーしまだ寝ぼけてるみたいだなぁ?もう一発殴っとくか。」
「あ゛ー、牛乳っ!牛乳でいいですっ!」
「了解。朝食準備してる間に着替えといて。」
「はーい。」
その場で脱ぎ出したザガンを放置して台所へ向かう。冷蔵庫の中からバターやらジャムやらを取り出し、コーヒーを二杯、コーンスープを一杯準備する。コーヒーの片方に砂糖と牛乳を入れ、食パンを出して部屋に戻る。
「お待たせ。」
机に並べ、三人で机を囲むように座る。
「「「いただきます。」」」
そう言って、パンにジャムを塗りはじめる。甘いものとブラックコーヒーの相性は個人的にとても良いと思っている。アイスとブラックコーヒーの組み合わせ以上のものはないのではかいかと。まぁ、朝だし。普通にパンで我慢なのだが。ザガンはバターをパンに塗っている。一杯に砂糖二つも入れていたし、てっきりジャムを塗るかと思ってた。甘党というわけではないっぽい。バラムはパンをちぎってコーンスープに入れていた。なんかちまちまと小さくちぎってるの可愛いな。
「台所行ってくる。」
ふと、ザガンが席を立った。なんか足りない物あったかなと不思議に思っていると、しばらくしてスティックシュガーを一本持って帰ってきた。こいつ。
「おいお前、まさか。」
「うん。多分想像の通り。」
スティックシュガーをバターの上にかけ始めた。
「コーヒーに角砂糖二つも入れといて、食パンにスティックシュガーを一本って、糖分摂り過ぎじゃね?」
「美味しいは正義。即ち、甘いは正義。」
「ちょっと何言ってんのか分かんない。」
分からなくはないが限度あるくね?
「幻音も一口食べる?バターの上に砂糖かけるの、普通に美味しいよ?」
「あー、明日やってみるわ。」
そう言って、自分の食パンを一口齧る。まぁ、やったことあるのだが。
「よしっ。」
突然、呟くような小さい声が聞こえたのでバラムの方を向くと、食パンの半分をちぎり終えたバラムが満足そうな顔でスプーンを手に取り、スープを掻き回しはじめた。なんか和むな。この子、見た目女子高生くらいなのに中身は幼く見える。実際は千を超えてるんだろうけど。ぼーっとバラムを見ながら食パンを食べ終え、コーヒーを啜る。
ザガンも食べ終えたっぽいので、マグカップだけ水に浸けておいて学校に行く準備をする。
しばらくして、バラムも食べ終えたらしく、マグカップとスプーンを持って台所へ向かった。
思ったより早く支度を終えたので、まだ時間もあるし、三人分の食器を洗いに台所へ向かう。
「幻音、今日の放課後、さっそく練習する?魔法。」
洗っていると、唐突にザガンに真面目な話をされた。
「あー、今日は生徒会の定例会議あるから、ちょっと遅くなる。ほんとは昨日だったんだけど、なんか今日になったんだよ。先に帰って待ってて。家近いし、普通に練習はできると思う。...てか、そういえばっ!今更だけど練習ってどこでするの?」
考えていなかった。こんな狭い家でする訳にもいかないけど、人がいるとことか絶対無理。
「あっ。」
お前も今気付いたんかい!何があっだよ。まぁ、人のこと言えないかもしれないが。
「どーしよ。人が居なさそうな場所ねぇ。」
「幻音、この辺の地理は?」
「隣の市に住んでたんだぞ?学校付近以外は全く分からん。」
「うーん、難しいねぇ。」
「そーだなぁー。」
「ねぇ、幻音。」
「何?」
「魔界行かない?」
!?!?!?
危ねぇ。危うく食器割るとこだった。
「は?そんな簡単に行けるもんなの?」
魔界って、悪魔が住んでるところだよな?所謂、地獄って言われてる場所。
「いや、そんな簡単に行けなかったら、召喚された悪魔みんな困るんですけど。」
「あー、確かに。」
そういや召喚された悪魔がどうやって帰ってくのかとか、考えたこともなかったわ。
「でも、魔界なら、練習し放題だよ?」
「いやいやいや、まずどんな場所なんだよ!」
「んー、人間が持ってるイメージとはちょっと違うと思うよー。」
「人間のイメージ。うーん、殺風景な感じとか、殺伐とした感じとかか?」
「そうそう、そんな偏ったイメージでしょ。でもね、実際は悪魔が住んでるとこ以外は全域が自然だけって感じで、森とかそんなんばっかだよ。」
「え?そんな自然豊かな感じなの?」
「うん。そうだよ。」
「えー、なにそれ、人間界より全然いいじゃん。」
「あー、でもね。唯一の欠点は魔獣が居ることかな。」
「魔獣って、なんかもうそのまんまだな。」
「うん、人間界の動物に魔力があるって感じの生き物。」
「そいつらは魔法の標的にしても大丈夫なん?」
「問題は無いよ。ただ、群れてる奴らとかはけっこう危険だけどね。あと、普通に悪魔でも手を出さないような危険な個体もいたりする。でも、そんなのはこの辺にはいないし、とりあえず開けた場所で扱い方の練習をしよ。」
「ま、そだな。」
なんか想像もしていなかった展開になった。魔界ねぇ。どんな場所か少し楽しみだな。てか、よく考えたら、ザガンとバラムの他にも先輩の依頼のこともあるし、少なくとも複数の異端者がいる、つまり悪魔がかなり多くこのあたりにいることになるのでは?悪魔ってヨーロッパの方に居るんじゃないのか?まぁ、それは偏見だとしても。なんで日本にそんなに居るんだろう。まあ、考えても仕方ないか。後でザガンにそれとなく聞いてみよう。
「じゃ、放課後、仕事終わったらすぐ帰るから。そしたら頼むな。」
「はーい。」
「じゃ、学校行くぞ。」
洗い物も終えたし、バラムがすでに布団に戻っている事を確認したので、学校に行くことにした。
家を出て徒歩数分、学校に着いた。相変わらず近いな。玄関から入り、教室のある棟まで歩く。教室の扉を開けると、いつも通り、アヤが居た。昨日はいつもより早くきたが、今日みたいな普段の時間でくると、だいたいアヤのほうが先に来ている。こちらに気付いたアヤが近寄ってくる。
「御縁君、おはよう。願莉さんもおはよう。」
「おはよ、アヤ。」
「アヤちゃんおっはよー。願莉でいーよー?」
「え、いや、じゃ、じゃあ、願...莉.....ちゃん。」
「うん、それでいいよー。」
「あ、アヤ。ちょっといい?」
「ん?どうしたの?」
「次の土曜日って予定ある?」
「え?無いよ。」
「あ、じゃあさ、服買いに行きたいんだけど、付き合ってもらえない?こいつが一着しか準備してなかったからさ、男物の服しかないんだよ。どういうの着ればいいか分かんないけど、こいつは信用できないから。」
「え?幻音ー、私を信用できないの?」
「え?むしろできると思ったの!?」
「う...。」
「あー、えっと。私、着てる服、全部、従姉妹からのお下がりだから。あんまり選ぶのは得意じゃ無いと思うよ。」
「あー、そっか。あの二人かぁ。」
「え?ちょ、幻音?私だけ話ついて行けてない。説明求む!」
「あー、アヤ、従姉妹が二人いるんだよ。あー、願莉は...絶対気が合いそうだわ。」
「た、確かに。」
「へー、なんて名前?」
「えと、文萌姉さんと文寧姉さん。」
「え?名前。三人ともアヤちゃんって呼べるじゃん。三人居るとこでアヤちゃんって呼んだら誰呼んでるか分かんなくならない?」
「まあ、会うことほとんど無いけどね。」
「うん、県外に居るからね。」
「幻音はその二人と知り合いなんだね。」
「そりゃまあ、アヤとは小学生の頃から仲良いからな。その頃はその二人も同じ小学校に居たし、なんていうか姉みたいな感覚だったなぁ。」
「私も、二人はなんかお姉さんって感じ。」
「幻音のお姉ちゃんは私だからね?」
「変なとこに反応しなくていいわ。」
頬を膨らませるな。
「大事なことだよっ!」
「あーはいはい。分かったから静かにしてよ願莉お姉ちゃん。教室だからな。」
「はーい。」
「あ、じゃあえっと、話戻すけど。やっぱ俺だけじゃ無理だし、土曜日でも日曜日でも、空いてる日あったら買い物付き合って欲しい。お願いできないかな?」
「え、うん。私でよかったら、休日はいつも暇だし。全然大丈夫だよ、土曜日でも日曜日でも。でも、ほんとに服選んだことなんてほとんど無いから、期待はしないでね。」
「大丈夫だと思うよ。少なくとも俺とこいつよりは。」
「アヤちゃん、露出多めの服を選んであげて。」
「え?ろしゅっ!?」
ゴンっ!
「言い忘れてたが願莉。アヤにセクハラしたら殴るぞ。あ、普通のでお願いね。まあ、俺も一緒に行くんだから、アドバイス聞きながら俺が選ぶ感じになるとは思うけど。」
「う、うん。じゃあ、また後で時間とか教えて。」
「分かった。じゃあ、また金曜までに言うか連絡するかするよ。」
頭を押さえる願莉を無視してアヤの元を離れ、倉橋氏、登佐氏、関澄氏に挨拶をして自分の席へ行く。もうすぐSHRが始まる。一時間目の準備をし、本を読みながら号令を待った。
当たり前ながら、特に何事も無く四時間目までを終え、昼休みになった。アヤを誘って食堂へ行く。そしていつも通り、カウンター席に座り、食べながら会話を始める。
「そだ、アヤ。昨日のあの後、バラムがアヤに会いたがってたから、暇な時にいつでもいいから遊びに来てくれたら嬉しい。あいつ、家で一人だし、まあほとんど寝てるんだろうけど、退屈してるかもしれないから。」
「うんっ。行ってもいいんだったら行きたい。」
お、ちょっと食い気味。やっぱりアヤも、バラムと仲良くなれたのが嬉しいのだろう。
「ありがと。まあ、今日は仕事あるし、明日以降で暇だったらお願い。」
話しながらで少し時間は掛かったが、食事を終えたので、席を立つ。
「じゃあ、アヤ。俺、先輩に聞きたいこととかあるから、ちょっと図書室寄ってから教室戻るから、食べ終わったら先教室戻ってて。」
「うん、わかった。」
食堂を出た後、直ぐに図書室に入り、先輩を探す。直ぐに見つかった。先に図書室に来ていたザガンと既に何か話していた。
「先輩。こんにちは。」
近寄って声をかける。
「お、御縁君。丁度いいところに。」
「どうしました?」
「さっそく最初の依頼だよっ。」
「おっ。」
さっそく依頼をもらった。待ちに待った他の異端者との戦闘。まあ、魔法の練習を終えてからにはなるが。
「どんな内容なんですか?」
「えっとねえ、正体はあんましよく分かってないんだけど。普通にボロくもなんともない看板とかいろんなものが、急に折れたり壊れたりして落ちてくるらしくって。程度が低いから他のより後回しかなって思ってたんだけど、落下物の下敷きになって死人が出たから、放置できなくなったの。最初だし、いきなり大量殺人鬼みたいな難易度高そうなのよりこっちのがいいかなとも思ったし。多分、低空飛行と中距離攻撃ができるのか、遠距離攻撃ができるのか、どっちかだと思う。一応、対空戦も視野に入れといてね。」
「へー、対空戦かぁ。」
「幻音、それは大丈夫。私が教えるから。」
「ん、ありがと。じゃ、改めて今日からしばらくよろしくな。」
「うん、まっかせて。」
こういうとこは普通にしっかりしてるし、大丈夫だろう。
「それじゃ、教室戻りますね。」
「はーい。詳細は連絡するからよろしくねー。」
「はい。」
図書室から出て教室に向かう。これから楽しくなりそうだなと思い、少し浮かれた気分で階段を上がった。
当然の如く、何事もないまま午後の授業と掃除を終え、生徒会室に向かう。そう、悪魔関連でいろいろあっても、そんなの関係なく十二月の二学期終業式までは生徒会総務部の会計監査。殺人鬼を殺す為の特訓の為とはいえサボる訳にはいかない。仮にも選挙でみんなに選ばれた身なのだから。
部室棟二階の生徒会室の扉を開け、アニメ等でよく見るような綺麗な部屋とは程遠い、現実的なボロボロの部屋に入る。まあ、仕方ない。あんなのは理想だ。アニメとか漫画とか作ってる人達は生徒会をなんだと思っているのか知らないが、実際にはこんなものなのだ。ただでさえそんなに多くない予算で、綺麗な部屋なんか準備する余裕はない。夏は蒸し暑く、冬は極寒の、コンクリが剥き出してる上に棚も長机もパイプ椅子もボロボロの部室だ。
それに生徒会のイメージに関しても、アニメや漫画だとみんなの憧れの対象っぽく脚色されてるけど、実際には選挙が終わったら顔も忘れられ、生徒からはほぼ認識されないまま、先生方にていの良い雑用と認識され、雑務をこなす。実際に認識されてるのは会長くらい。
憧れを崩すような発言で申し訳ないが、これが現実、これが真実だっ!現実ってのは残酷だ。
とりあえず、ザガンをあんまし長く待たせたくはないので、仕事をさっさと終えて帰りたい。
室内に入った後、他の役員に挨拶をして、自分の席に座る。
ここの他の役員というのがなかなかに個性的で、筋肉フェチな会長に、若干腐女子っぽい副会長とテンションがやたらと高い若干ギャル属性入りの副会長。ライダーオタクの会計監査に、会計のオネェ口調のキノコと行動や発言が奇怪な魚類みたいな奴。そして、マニアレベルで車好きな書記達。うん、なんかこれだけで一作品書けそうなくらい個性的だけど、別に仕事内容は普通に雑務なので、事細かに書くことなどほぼない。ただまぁ、ここにTSした会計監査が加わったスピンオフなんてものがあっても面白いかもしれない。
いつも通りに会議を終えて、お疲れ様ですと一言言って、そのまま帰宅する。
帰路、相変わらず家が近いなと思う。前はかなり時間をかけて帰宅していたので、楽に感じてしまう。
「ただいまーっ。」
そう言って、扉を開けると、裸エプロンで、ご丁寧におたまと手持ち鍋みたいなものを持った大馬鹿野郎が廊下に立ちながら一言。
「おかえりなさいあなた。ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ...」
扉を閉めた。
「ねぇ!ちょっと幻音。最後まで言わせてよぉ!一回くらいはこの台詞言ってみたいじゃん?」
嘘だろ出てきやがった。
「いや、台詞はいいから。服着ろ服。扉を開けるな。よくそんな格好で玄関まで来れるなお前。前の道通学路にしてる生徒、普通に多いからな?ここ一階だぞ?」
「まあ、エプロンつけてるから一応見えないし、私と幻音がそういう関係だと思われるならぐっじょぶ。」
「いや、お前馬鹿すぎだろ。知ってる人からは姉妹って認識されてるからな?お前が重度のシスコン扱いされるだけだぞ?」
「それもまた良しかな?」
あー、重度の変態には恥が無いらしい。とりあえず扉を閉める。
「とりあえず服着ろ。これから出かけるんだから。」
「りょうかーい。」
足音が聞こえたので、部屋に戻ったのが分かった。安心して家に入り、洗面所へ行く、手を洗ったりしてから部屋の前までいき、
「着替え終わった?」
ザガンに話しかけた。
「うん。一応動きやすい格好。」
とりあえずこれで落ち着ける。
「バラム、ただいま。」
ベッドの上に座ってこっちを見ている居候にもそう言った。
「おかえり、幻音ちゃん。」
珍しく、眠そうに感じない声で返事をしてくれた。まさかまた朝から寝続けてたのか。
そのままバラムは廊下の方に行ったので、ザガンに話しかける。
「魔界行くのってどんくらい時間かかんの?」
一応聞いておく。
「ん?行こうと思えばすぐだよ。魔力で空間を切るようなイメージで何もないとこを攻撃すると、亀裂みたいなのができるから、そこに入るだけ。そしたら、魔界。ここからだとちょっとした森に出ると思うよ。」
「へー。ま、とりあえず着替えてくるわ。あっちで食べられるような手で持って食べられる物作っといて。」
覗きにくるであろう奴に仕事を与えた。多分効果は薄い気はするが、職務放棄して覗きにきたら殴る。
着替えを持って廊下に出て、洗面所の扉を開ける...と。丁度、棚から服を取ったところだった着替え中のバラムと目が合い、硬直したバラムが服を落としてフリーズした。
直ぐに扉を閉める。
「申し訳ありませんでしたっ!」
扉に向かって謝った。そういえばさっきバラムが廊下に出てた。てっきりトイレとかかと思ってたけど、まさか常時パジャマのバラムが洗面所で着替えてるとは思わなかった。
バラムから返事がくる。
「えっと、幻音ちゃん魔界行って魔法の練習するって言ってたから、私も行こうと思って、それで着替えてたの。」
「え?バラムも来てくれるの?ありがたいわ。」
てっきり寝てるものかと思っていた。
「う、うん。私も行く。」
そう言って、バラムは洗面所から出てきた。
耳の先まで真っ赤になって目線を泳がせている様子を見て、ザガンと違って恥というものが欠如していないことに対する安心感と、申し訳なさが込み上げてくる。
「魔界、この辺はそんなに危険じゃないけど、私も幻音ちゃんの練習見てたいから。」
「う、うん、ありがと。」
そう言って、バラムが部屋に戻って行ったので、洗面所に入ってさっさと着替える。
今回はザガンが覗きにくることもなく、無事に着替え終えて部屋に戻った。
「幻音、簡単だけど、こんな感じでいい?」
部屋に戻って直ぐに、ザガンがそう言って、おそらく食パンを斜めに切って作ったであろう簡易サンドイッチを見せてきた。具もいろいろあるし、調理スピード早っ、とは思ったけど、バラムといろいろあって意外に時間が経ってたからそうでもないのかもしれない。しかしまぁ、これでしっかりバターとかが塗ってあったりしたら早い方だろう。まだ分からん。
「うん、ありがと。じゃあ、着替え終わったし、もう行く?」
「そだね。明日も学校はあるんだから、遅くまでは無理だもんね。はやく行っちゃお。」
そう言ってから直ぐにザガンは荷物を持って部屋の中央に行った。そして、手を前に出し、氷刀を作り出して持つ。刃にモヤがかかったと思った次の瞬間に、その場で縦に一振りした。
すると、何もなかった場所に亀裂が入り、少しずつ開いていった。奥には木々の生えた森のような風景が見える。
「はい。これ通ったら魔界。ね?直ぐに行けるっしょ?幻音でも簡単だよ。魔力さえ扱えれば誰でもできるから。」
「へー、なんか話に聞いてたまんまの見た目だな。亀裂も奥の魔界も。まあ、まだ入ってないし、魔獣ってのも見てないけど。」
「幻音ちゃん、私とザガンが居るし、全然大丈夫だけど、魔獣の中には高位の悪魔でも手に負えないようなのも居るから、一応、気をつけてね。まあ、この辺は大丈夫だろうけど。」
バラムはもう赤くなくなった顔で心配してくれてるっぽい。気まずくならなくて良かったとほっとした。
てか、そういえば気になったことがある。
「ねぇ、ザガン、ここからだと森に出るって言ってたけど、別のとこからだったら、悪魔とかが住んでるようなとこに出たりすんの?」
「え?うん、もちろん。」
「へー、てか、ザガンは召喚前までどの辺にいたの?」
「え、私?前橋のあたりだよ。てか、ここから一番近い、悪魔とかが住んでるところもそこだよ。」
「え!?近っ!てか前々から思ってたけど、ヨーロッパとかそっちの方じゃなくてなんで日本!?それも地理的に日本のど真ん中の群馬?」
お隣の市じゃないすか。
まあ、オタク寄りの変態に染まった経緯とかから、日本に居たってのは分かってたけど、そもそもなんで日本なのか。しかも、硴水先輩の話によれば周りにも悪魔と契約した異端者、ザガン曰く異端者と呼ばれる人達がそれなりにいるってのもなんでなのかよく分かってない。せっかくだし、追求できる時に追求しとくべきだよな。
「なぁ、なんでこんなにこの辺に悪魔がいるの?なんか理由があるなら聞きたいんだけど。」
「そ、それは...。」
ザガンが返答に困ってるし、やっぱなんかあるのかもしれない。と、ザガンが黙っていると、バラムが喋り出した。
「ガープ様がその前橋のあたりに住んでるから。」
「え?ガープ様って、あの四人の魔王を引き連れた大悪魔の?」
「そう、そのガープ様。東魔王ガープ様。東側の悪魔のトップ。地理的に日本の丁度ど真ん中にある渋川よりちょっと外れて、前橋のあたりにガープ様が居城を建てて、数年前からベリアルとパイモンと住んでる。だから、私とザガンも近くに住んでた。まあ、私はザガンが準備してくれた高崎の隠れ家に居たんだけど。」
「......え?なにそれ、そんな近くにすげー悪魔がいたの?」
まさかの情報過ぎる。
「バラム、それ以上は駄目。必要な時がきたらね。」
ザガンがバラムを口止めした。もしかしたら、ガープがこのあたりにいる理由は、知っちゃいけないようなものなのかもしれない。めちゃくちゃ気にはなるが流石に怖いので、これ以上言及するのはやめよう。
「さて、そろそろ幻音の魔法の練習行こっか?こんな話してたって、意味ないんだし。」
「亀裂も消えちゃったから開き直しだね。」
苦笑しながらバラムがそう言った。
そういえば亀裂が無くなってる。話に夢中で気付かなかった。
「時間経過で消えるもんなの?これ。」
「うん、そう。周囲の魔力を吸って修復しちゃう。魔力を亀裂に送れば、強制的に閉じる事もできる。」
「へー、じゃあ長時間は持たないってことか。」
「うん、でも、かなり大きいのを開けちゃったら、結構長い時間そのままだし、何百人も通れるようなでっかいのを開けたら、自然には閉じなくなっちゃう。」
「そんなでかいの開けることあんの?」
「いや、普通は無いよ。私が知ってるのは、昔、ヘルモン山の上にパイモン...えと、その時はアザゼルって名前だったっけ?あとシェムハザ、その二人と周りの天使が開けたことがあることくらい。」
「へー、ってあれ?ちょっと待って、それって魔界じゃなくて天界じゃね?」
「うん、普通の場所で開いたら魔界だけど、天界に繋がるところが何箇所かあるの。その中の一箇所がヘルモン山。」
「成程な。」
天界への行き方はそんな感じか。
「ザガン、もっかい開いて。」
バラムが催促する。
「はいはい。じゃあっ」
そう言ってザガンは氷刀を振り下ろし、
「行くよ、二人とも。」
目の前に発生した亀裂が崩れるように広がり、人が通れる大きさになった。
靴を履いて亀裂の先に行くと、先程覗いた通り、森だった。
木々が生い茂り、人工的な手入れのされていない、自然のままの光景って言えばいいのかな?
「さぁ、幻音。まずは剣でも刀でも薙刀でも、なんでもいいから、なんかしら鋭利なモノ出してみて。」
そう言われたので、お馴染みの氷刀を作った。とりあえずはシンプルイズベストってことで。
「おっけ、前に言ったよね、魔力を込めると硬くできるって。それによって、武器の耐久力、攻撃力が変わる。でも、魔力を節約するのに、できるだけ少ない魔力の方がいいし、攻撃力を高くするために全体を強化するのは、ちょっともったいないの。もちろん、全体を強化しないと耐久力が無くなって壊れちゃうけど、耐久はあくまで壊れないくらいあれば良い訳だから。攻撃力を高くする為に刀全体をもっと硬くしようとすると、その分、攻撃する箇所以外で無駄な強化が発生するでしょ。」
「あー、成程。つまりある程度全体を硬くしつつ、攻撃する時に相手と接触する箇所のみをさらに強化しろと。」
「そゆことそゆこと。魔力を込めるイメージはいつもと全く同じだから、意識だけすればなんとなく感覚でできると思うよ。」
「おっけ、分かった。」
刀の刀身、刃のある側に魔力を強く込める。
「うーん、見た目に変化がないから分かんないわ。」
「じゃあ、この辺の木、斬ってみて。部屋から出たこの辺は、一応、これから特訓するための仮拠点的な物を建てときたいからね。ある程度の木は斬っちゃって大丈夫。」
「え?建物建てんの?まぁ、ザガンならできんのか。じゃあ、斬るよ?」
「うん。」
横に刀を振ってみると、契約してすぐの時よりも、武器が強くなっている事がよく分かった。想像より簡単に木が切れてしまった。
その調子で魔力量を調整しながら辺りの木を斬り続けると、辺りが少し開けてきた。まぁ、伐採済の木が辺り一面に倒れてる為、歩きやすくはないが。
小さい切り株が沢山あるけど、そこそこ広く感じる。
木を片付けてしまえば、少し切り株は邪魔だが、ある程度のスペースは確保できるだろう。ザガンが仮拠点を建てるとか言ってたし、切り株も無くなるのが予想できる。
「じゃあ、次は防御の練習かな。」
「防御?氷で攻撃を防ぐ的な?」
「そうそう。今度は作っておいた氷に魔力を込めるんじゃなくて、硬い氷の板みたいな、いや、最初は膜みたいなものを攻撃された方側に直接つくるの。最初っから硬く強化されてないと駄目だから。瞬時に魔力を込めながら空中に氷の膜を張る。慣れてきたら、分厚い板みたいのにも挑戦かな。」
「瞬時にか、魔力を込めながら作るんだよね。とりあえずやってみる。」
そう言って、魔力を込めるイメージをしながら、膜を張った。
「ちょっと硬さみるよ?」
そう言ってザガンは氷膜を氷刀で叩いた。
大きく亀裂が入ったけど完全に砕けはしなかった。
「はじめてにしてはなかなかだよ。普通に砕け散るかと思ってた。」
「うーん、これを戦闘中に攻撃してきた方に向かって作るのか。」
「もう少し慣れたら実戦っぽい練習するよ。私が全方位から攻撃するから、全部防いでもらう。」
「うわ、いきなり?」
練習とはいえ、魔王の全方位攻撃防げと?
「まあ、実戦が近いからね。」
「あぁ、そりゃそっか。」
とりあえず、何度か作りながら、なんとなく感覚を覚えていった。
「そろそろいいかな?幻音。」
「んー、まぁ多分。なんとなく慣れてきた感はある。」
とりあえず、最初の膜の倍くらいの厚さを瞬時に出せるようになった。これなら多分、そうそう簡単に割れることはないはず。
「おっけ。じゃあ、防いでもらうけど、先に、私の攻撃見てみて。」
「え?うん。分かった。」
俺が言い終わると、ザガンは空中に10cm程の長さの氷の針を出した。
出現して二秒程、唐突に動き出した針はかなり高速で移動しながらこちらに向かってきて、顔の真横を通り過ぎた。
...なんというか、妙な感覚があった。
さっきまで魔力を込めたりしていたので分かったのかもしれないけど、氷針が迫ってきた時、大きな魔力の塊が迫ってくるのが感覚で分かった。
おそらく、ザガンはこれを覚えさせるためにわざわざ一度見せるなんて言ったのだろう。たしかに、急に実戦とか言われたら、この感覚が分からないと全方位からの攻撃なんて避けようが無い。目だけだと、一方向しか認識できないから。
「おっけ。じゃあ、よろしく。ザガン。」
「ふふ、分かった。じゃあ、はじめよっか。」
俺がこれが分かったことを察したのか、小さく笑ってザガンはそう言った。
と、氷の針が出現した。左後ろ、それも若干上からの攻撃、気付いた瞬間に、そちらに氷膜を張った。
パリッ!
ヒビの入った音が鳴り響いた時には既に第二撃目が正面下に出現していた。これを再び防ぎ、次の攻撃を待つ。再び氷針が出現し、また防ぐ。何度かやっているうちに、段々と氷針の出現速度が速くなってきた。
が、そこそこ慣れてきた為、完全に全てを防ぎきっていた。これなら、実戦でもそこそこ戦えるかなと、そう思っていた時、急に右後ろ下方と真左上方に同時に魔力を捉えた。
はっ、ちょ、ふたつ!?
かなり焦りながらも、何とか二箇所に氷膜を張り、防ぐ事ができた。
そこからは、全ての攻撃が完全に二発ごとになっていた。それでも、なんとか全て防ぎながら耐える。
この調子だと次は三発同時がくる。そう思いながら、魔力を捉えるのに集中する。
きた。魔力が三箇所同時に出現した。しかし、前々から分かってさえいれば、なんとか対応できる。捉えた位置に正確に氷膜を張ろうとした。が、その瞬間、さらにもう一箇所、魔力が出現。
はぁっ!?
三箇所は防ぎきった。しかし、最後に出てきた四撃目のみ、防げなかった。飛んできた氷針は左腕を掠めて通り過ぎ、浅く切れたところから血が滲んだ。
「あー、急な四発はやっぱ無理だったか。」
ザガンはそう言って寄ってきた。
「あー、でもまあ、こういうのも警戒しとかないとって分かったわ。」
「よし、じゃあ怪我したところで次は回復覚えよっか。」
「え?んな事できんの?」
「そりゃあね。幻音の能力は物質を自分の思うままに変換させて操る魔法だよ。人体を構成してる素材さえあれば、いくらでも修復できるわけ。」
「あー、そか。成程。」
便利だなこの魔法。
「じゃあ早速、左腕に元の状態をイメージしながら魔力を込めてみて、素材は周りから勝手に集まってくるから、その程度の傷なら簡単に治るよ。」
「おっけ、分かった。」
ザガンに言われた通りやってみると、言われた通りの結果、簡単に治った。いや、回復方法的に直ったという表現が正しいのかもしれない。
と、ふと気付く。
「なぁ、これってさ、自分の体をいろいろ変えたりできんの?」
「あ、それは無理。多少ならできるかもだけど、私が契約の時にやったみたいなのは絶対無理だよ。変換してる間に死ぬ。さっきの回復、すぐだったとはいえ氷作るのに比べたら時間かかったでしょ。あれ全身とかやるってなったらどんくらい時間かかるか察しがつくんじゃない?その間、生物が分解された状態で耐えられると思う?」
「無理だな。でもじゃあ、なんであの時はできたの?」
「幻音と契約して、幻音の願いを叶えた時に膨大な魔力が発生したから。悪魔が契約者に叶えてあげる願い事も、与える代償も、契約時に発生する膨大な魔力で自分ができることのみ。つまり、私みたいな魔法が使える悪魔が、契約の時にのみできるってこと。」
「うわぁ、聞いてると凄そうだけど、それやった動機がくだらないから素直に関心できねぇ。」
「えぇ、人間の姿そのものを変えるなんて、それこそガープ様やアスタロトの野郎みたいな強大な悪魔ですらできないようなことだよ。」
あー、確かにそう聞くと凄く感じる。
「でもそれって、ザガンの固有魔法がそれってだけで、逆に他の悪魔ができること、ザガンにはできないってことだよな。」
「そーだけどー。褒めてくれてもいいじゃんー。」
「褒める?俺、一応被害者なんだけど。その代償の。」
「いいじゃん、他の悪魔に寿命取られるよりは。」
「お前、もし仮にこの代償じゃなかったら、俺にどんな代償請求してたんだよ。」
「うーん、隷属とか?寿命取ってもねぇ。でもまー、それはイレギュラーってことで。普通は寿命とか手足とか、周りの命とか取るから。」
「あー、俺、最初っからバラム召喚しとくべきだったのかもしれない。」
「ちょ、幻音!?なんで!?」
「バラムなら、そんなにヤバい代償求めないだろ。バラムが隷属とか言っても、身の回りの世話くらいしかさせなそうだし。」
と、そこで急に、先程まで傍観者だったバラムが声を出す。
「ザガン、野良犬。」
はっとして周りに意識を向けると、たしかに禍々しい魔力が何個かあるのが分かった。
「犬か。ちょっと危ないけど、今の幻音ならだいじょぶなんじゃない?」
「幻音ちゃんに任せるの?」
「いきなり人間よりは良いでしょ。幻音、実戦だよ。魔獣。多分、犬が六匹。一人でいける?」
その魔獣とやらを見たこともないし、分からないけど、ザガンが大丈夫って言ったんなら大丈夫なんだろう。こういうところは信用してる。
「やってみるよ。」
「おっけ、じゃあバラム。」
そう言ってザガンは、自分とバラムを氷で囲った。
すると、直ぐに魔獣が姿を現した。
と言っても、見た目はただの凶暴そうな犬。普通の犬と違うのは、禍々しい魔力を帯びていることのみ。
でも、その魔力量で、そこそこヤバい存在なんだと分かる。
考えてる間に、数匹、跳躍して襲いかかってきた。すぐさま上方に氷膜を張り、手に氷刀を作る。落下の勢いのまま氷膜の上にお腹を打ち付けた犬は、即起き上がり、そのまま地面に降りると、ダメージが無いかのように地面を蹴り、こちらに飛びかかってきた。行動が速い。それを全て氷膜で防ぎ、氷膜に衝突したのを確認すると、氷膜に穴を開け、氷刀で突き刺す。脳天を貫いた。残り五匹。
と、そこでザガンの声が聞こえた。
「幻音っ!ごめん言い忘れてた!脳とかじゃなくて、もしできるなら、心臓を狙って、そこが魔力の核なのっ!どんな強い魔獣も、天使も悪魔も、そこを破壊すれば簡単に殺せるからっ!」
「分かった!!」
そう叫んで、脳天に突き刺した氷刀を離し、再び氷刀を作る。先程氷膜に衝突していたやつらは、既に後ろに退いていて、次の攻撃をしかけようとしていた。
狡猾そうなイメージはあるが、意外と知能が低いのか、攻撃パターンが単調なその犬は再び跳躍する。いや、もしかしたら本当に狡猾で、氷膜の対策が思いついたのかもしれない。なら。その瞬間に、氷針を複数作り出し、跳んだ犬に向けて撃つ!
狙い通り、どれか一本が心臓を貫いたのか、そのまま犬は地に落ちた。あんな針で死ぬってことは、ザガンの話は本当みたいだ。
残り四匹。
地面からきた攻撃を氷膜で受け止めながら、一匹ずつ氷刀で殺し、跳躍したら氷針で撃ち落とす。
地面では避けられる氷針も、跳躍中なら避けられない。
残り一匹になった犬は、後ろを振り返って逃げ出したが、地面から生えるように氷を突き出すと、逃げていた犬の胴体を貫通した。
これで全滅。
「うわー、幻音さっすが。想像以上だったわ。」
「幻音ちゃん、お疲れ様。」
「ありがと。これならそこそこ戦えるかな。」
「そりゃあね。てか、普通の異端者は他の異端者と戦ったこと無い限り、魔力で攻撃を探知とかできないから、幻音が負けることはまずないと思うよ。怪我したって幻音なら簡単に回復できる訳だし。」
「あー、あれ?やっぱ、攻撃防御回復全部できる魔法って珍しい感じ?」
「そりゃあねー。自分の武器で防ぐとかはするけど。幻音みたく、空中どこでも盾を出すなんて無理だし、回復だってできる人のが少ないよ。」
「マジか。」
薄々気付いてはいたが、やはり単純な仕組みの割に汎用性が高く、かなり強い方の部類の魔法らしい。
「どう?幻音。契約したの、私で良かったでしょ。」
「あー、はじめてお前で良かったと思ったわ。」
「え!?今ので初!?」
「まー、とりあえず、今日は帰るか。ご飯は、せっかく手に持って食べられるの作ったんだし、ここで食べて、その後帰るんでいいかな。」
「うん、でも、死臭がするから、ちょっと離れよ。」
「あー、それには賛成。てか死体どうすんの?」
「他の魔獣が食べるだろうからほっとけばいいと思うよ。」
「ふーん。まあ、いいや、じゃあ移動するか。」
少し離れたところに移動して、腰を下ろし、三人でサンドイッチを頬張る。
もともと量が少なかったため、直ぐに食べ終わってしまった。先程の場所に戻る。
「もの食べた後にこの臭い嗅ぐのなんかいやだな。」
「まあ、仕方ないよね。ここで戻らないと、他の人の部屋とか、道路とかに出る訳にもいかないし。」
「開けるの、俺やってもいいか?」
「うん、もともとそのつもり。できるにこしたことはないし。てか、簡単だから幻音なら一発だよ。」
氷刀を作り出して、魔力を込める。多分、硬くするのとは違う魔力。空間を斬る感覚?っていうのか、そんなのをイメージして。
考えながら魔力を込めると、氷刀にモヤがかかった。
「お、できたのか?これ。あの時のザガンのと同じだよな。」
「うん、おっけー。それで斬れば開くよ。」
「分かった。」
思いっきり振り下ろすと、縦に空間が割れた。あの時と同じだ。
「よし、できた。」
「うん、これで幻音もいつでも出入りできるね。」
「そーだな。まあ、一人で行くのは少ない気もするけど。とりあえず、疲れたし、今日はもう風呂入って寝よっか。」
「そーだね。疲れたし、みんな早く寝たいよね。だから、風呂の時間短縮するために一緒に入った方がいいと思う。」
「あ?俺は一人で入るからな?」
「えー、なんでー。」
「普段の自分の行動振り返ってみろ。セクハラ三昧な奴と一緒に入りたがる訳ないだろ。」
「うぅー。」
しかしまぁ、こいつのことだし、無理矢理にでも入ろうとしてきそうだよなぁ。氷魔法があれば鍵なんて簡単に開けられそうだし、洗面所の鍵もいつまで使えるか。
その後、無事に帰還した俺は、バラムの入った後に風呂に入る。
ゆっくりと湯船に浸かっていると、扉が音を立てて開く。来たか。
「幻音!一緒には...い...ろ?」
浴室に襲撃しようとしてきたザガンが固まる。
扉の前に氷針を複数浮かせておいた。
「幻音、あのー。ははは。これは、何かな?」
「さんっ!」
「ちょ、え?」
「にぃ!」
「の、幻音!?」
「いーちっ!」
バタンっ!扉が閉まった。
「の、幻音。それは魔力の無駄遣いじゃないかな?」
「自分を防衛する事の何が無駄なんだ?」
「いやね?私、たしかに幻音を襲うつもりだったけどね?意味が違うの。幻音の命を狙ってるわけじゃないんだよ?」
「知ってるわ。」
お前が狙ってるものはアヤ以外に渡さん。
「じゃ、じゃあ。」
「いや、諦めろよ。」
「えぇ、そんなぁ。」
とまあ、自己防衛手段を習得した俺であった。