1話「男だと思ってた。流石に。」
眼前で静かに燃える炎に魅了された。
人間一人の命を容易に奪ったその炎は、恐ろしい存在であると理解しているにも関わらず、視界の中にただただ美しく映っていた。
退屈な日々に飽きていた。と言っても、別につまらない訳じゃない。音郁、歩佑、渉耶、仲の良い友達とのくだらない会話はもちろん、一緒にゲームをして、お互いにからかいあったりするのも楽しい。高校に入ってからできた友達だけど、一年半の間、共に過ごしてきて、お互いがそこそこ信頼しあってる間柄だ。それに、小学生の頃からの幼馴染である文乃との時間も、俺にとって特別な時間で、最も楽しいと感じる幸せな時間。高校に入ってからは、人並みに楽しい日々を過ごしていると思う。
だけど、何かが足りない。そう感じる。いや、友達との時間も文乃との時間も、どちらも楽しくて充実していると感じてる以上、これ以上なにかを求めようなんて思わない気がするし、何かが足りないと、そう感じさせられてるという方が感覚的には合っている気がする。自分の中で、何をどう思ってそう感じているかは分からない。何時間も考えを巡らせても、皆目見当もつかない。だけど、そう感じてしまっている。なんともいえない不思議な感覚だ。
その足りない何かが一体何なのかが分かれば、このモヤモヤとした気持ちも晴れるのかもしれない。しかし、困ったことに自分の求めている足りないものが分からない。いや、自分の欲しいものは分かる。非日常だ。それは分かる。でも、具体的には何か、どんな日常なら満足かと聞かれると答えられない。
そんなふうに、まるで解の無い問題を解いてるような感覚で、毎日、モヤモヤとした不思議で不快な気持ちと共に過ごしていた。いつからこうなったのかは分からない。でも、唐突だった事は覚えてる。突然、こんな感覚に襲われた。解が欲しかった。
自分の求める解が何なのかを考えながら歩く帰り道。学校からの解放感と、友達に会えなくなる寂しさの入り混じる金曜日。答え合わせは唐突だった。
いつも通りの人通りの無い道を通って下校していた時、人が二人、対峙しているような状況に出くわした。片方は不機嫌そうな顔をしている男の人、もう片方は自分よりも少し年上に見える青年だった。不機嫌そうな顔の男が怒鳴っている内容を聞き取った感じだと、男の進行を青年が妨害して、それで男が怒っているという感じだった。青年がなんのために男の妨害なんてしているのかなんて分からないけれども、絶対に関わらない方が良いって事だけは分かる。とりあえず、収拾がつきそうになかったので別の道から帰ろうとした。しかし、帰れなかった。
突然、青年が微笑し、右手を少し前に出した。次の瞬間、その手のひらの前に炎が出現した。二秒程かけて棒状に変形した炎を、青年はまるで固体を持つかのように掴み、驚愕の表情で足を震わせている男の方へ薙ぎ払った。直後、鼻が強烈な異臭を嗅ぎ取った。嗅いだことのありそうでないような、強い不快感を覚える臭い。その臭いを発しているモノに目を向けると、腹部のあたりが抉れていて、おそらく臓物であろうものが見えていた。抉れている部分や、その周囲の服が焦げている。さらに言えば、抉れている部分は一部が溶けていた。青年が男の腹部を溶断した。切断ではない。あの炎は刀のように見えなくもないが、鋭利な形はしていなかった。あの横薙ぎで溶かしたらしい。
人が殺された。そう判断するのに時間がかかった。目の前で起きた現象を理解するのに時間がかかってしまったから。状況の異常さを理解する頃には、異臭に加わり、錆びた鉄の臭いも広がっていた。
改めて状況を整理する。目の前で人が殺された。手のひらから出現し、棒状に変形した炎で溶断された。魔法のような、普通の人間なら抗えないような絶対的な力で。震えていた男は事切れる瞬間まで為す術なく、いとも簡単に死んでしまった。普通に考えて、この後どうなる?自分は、青年が男を殺す場面を見てしまった。当然、青年も俺の存在には気付いている。殺される。直ぐに逃げなければならない。そんな事は分かっている。頭では理解している。もっともっと、ずっと前から理解していた。逃げなければならない。けど、無理だった。情けない事に足が動かない。でもそれは恐怖からじゃない。きっとこれが、自分の求める解だったから。直感でそう理解してしまったから。この現実味の無い光景に惹かれてしまったから。未だ青年の手の中で燃え続ける炎に魅了されてしまったから。
その炎は、俺の視界の中でただただ美しく燃えていた。
考えてしまう。自分がこんな力を扱っている場面を。自分にも同じことができるのではないかという可能性を。恐怖心を忘れるくらい、好奇心で満たされてしまった頃には、あんな力が欲しい、それしか考えられなくなっていた。
おそらく、俺はその青年に、いや、青年の手の中で燃える炎に向かって、好奇や羨望のような表情をしていた。青年はしばらくしてから、といっても実際には十秒も経っていなかったのだろうが、こちらをじっと見つめると、少し驚いたような表情をした。そして不気味に微笑し、そのままどこかへ行ってしまった。瞬く間に消えた。青年が曲がり角を曲がった後、直ぐにその道を曲がったけど、青年の姿は無かった。
微笑する前、驚いた表情をしていたのは、おそらく俺が、恐怖に満ちた表情ではなく、その逆の表情をしていたからだと思う。まぁ、普通の人間なら、失神するか悲鳴をあげるか、すぐにその場から逃げようとするか、そんな行動をとるだろうし、俺の行動が奇妙だったのは否定できない。しかし、今、そんな事はどうでもいい。重要なのはあの炎。あの力。どうすれば手に入るのだろうか。どんな事をすればあんな力を使えるようになるのか。せっかく見つけたんだ。ずっと探し続けていた解を。ずっと求めていた非日常を。逃すわけにはいかない。必ず手に入れなければ。
他の人に見られる前に急いでその場を離れ、帰宅した。運良く今日は金曜日。土日を全部使える。今日はネット、土日は中古本屋。とにかく調べる。魔法、陰陽術、霊能力、超能力、異能。なんだっていい。あの力に関係してそうなものはなんでも調べる。
結果として、金曜日はたいした成果はなかった。まぁ、ネットなんかにたいした期待はしていなかったし、仕方ない。あの力を見た人、または使える人がいないか、まずはSNSを漁ってみた。でもまぁ、嘘っぽい情報しかなかった。これでも情報科として工業高校に通ってる生徒、なんとなく嘘かどうかの判別くらいつく。というか、必要もない情報が多過ぎる。やはり公式以外の、一般人の発言にはたいした価値はないのだなと再確認した。いや、ないとまでは言わないが、ほぼ皆無。必要ないものが多過ぎて、調べたい事がある俺にとって、関係ない情報は邪魔過ぎた。本当に必要な情報が、どうでもいい発言や写真の中に埋もれていく。本当に価値のある情報もあるはずなのに、人気があるだけの人の、意味の無い発言達によって存在が認知されなくなってしまう。もったいないが、そういうものなのだ。本来は情報を得るためのもののはずだが、娯楽の為に使う人の方が多いのだから。
次に土曜日。中古本屋を漁ったりしてみた。ここでも成果はなかった。魔法が一番近い気がするけど、なかなか分からない。他のものも違うっぽい。次は何を調べればいいのか、分からなくなってきた。
そして日曜日、中古本屋を漁っていた時、今まで発想になかったものを見つけた。それは悪魔学の本だった。悪魔。あんな力が存在するくらいだから、天使や悪魔がいても別に不思議ではない。悪魔が人間と契約して、何かを代償に富や知恵、権力や力を与える。そんな話は誰でも一回くらいは聞いたことあると思う。
なんとなく、正解な気がした。そもそもあの力は、人間が自分で魔法とかを学んで使えるようになるものなのか?おそらく違う。仮にそうだとしたら、もっと沢山の人が使えてたとしてもおかしくはない。自分が習得したら、自分の子や、親友なんかには使い方を教えたりするだろうし、もっと沢山の人が使っているはず。才能とか、そういうのがあるのだとしたらわからないけど。人間が最初からあんな力をもって生まれる訳はないんだし、あの青年も、どこかで習得したはず。誰かに習ったのだとしたら、やっぱりもっと沢山の人が使っている。本やネットで調べ出せる情報で使えるのなら、もっとだ。なら、あの青年が悪魔と契約して力を得たのなら?一番可能性の高い説では?仮に自分が悪魔と契約して、力を得たとする。当然、自分の子や親友などの親しい人達にも、自分と同じような力をあげたいと思う人もいるだろう。しかし、そのためには代償が必要。もし自分がそれを勧めたら、大切な人達が代償を払うことになる。子の契約の代償が、家族の命だったりしたら、自分の身が危なくなる。下手に勧めたりもできない。周りにも言えないから、情報も広がらない。むしろ隠すだろう。だから調べても出てこない。
あれ?これ割と有力な説なのでは?一番筋が通ってる。悪魔との契約。それをすればあの力が得られる?その可能性が高いなら、やる事は一つ。中古本屋で、悪魔に関する本をひたすら読んだ。立ち読みはよくないが、バイトしてない高校生だ。財産の限界が低いから仕方ない。帰宅後も、ネットで悪魔について調べた。分からないところも多少はあったけど、なんとなく分かってきた。明日、教室で友達に聞くことにしよう。音郁であれば、悪魔について俺より詳しい。分からなかったところも、聞けば分かるかもしれない。ひとまず今日は切り上げ、明日に備えて寝ることにした。
そして九月九日月曜日。駅で電車を待っている音郁と会った。
「倉橋氏ー。見てこれー。」
「はぁっ。おまっ。」
「二十連目で出たわ。」
「爆死したんだが。」
とりあえず、駅で悪魔の話なんてできないので、いつも通りソシャゲの話をする。タイミングよくタップして、攻撃を繋げたり防御したりするゲームだ。運営も太っ腹だし、ゲーム自体がめちゃくちゃ面白い。おそらく、同会社の別ゲーで腐女子から搾取した金を軍資金として良ゲーにしているのだろう。この会社のゲームはどれも課金をたいしてしなくても、やり込むだけで強くなれる良ゲーだし、一つのゲームで大量に稼げてるから良いゲームが作れるんだろうと思ってる。
「あ、縁。これ終わったよ。」
「おー、早。これで完凸じゃん。俺はこれ終わったわ。」
「うわ。もうそんなか。」
だいたいいつも電車が来るまでの間、前日までの成果を見せあったりする。ちなみに、俺は音郁の事を倉橋氏と呼んでいる。同様に、渉耶と歩佑にも氏付けだ。というのにも深い事情がある訳ない。単に、渉耶が歩佑を氏付けで呼んだ時に、三人に氏を付けで呼んでみたらなんかしっくりきた。ので、そのまま氏付けで呼んでいる。そして音郁は俺の事を縁と呼ぶ。こっちにはちょっとしたエピソードすらなく、俺の苗字の御縁を省略して縁と呼んでいるだけ。
電車が来るまではそんな感じでソシャゲの成果報告をしたりして、電車に乗り込んでからの二十分間はそのソシャゲをする。その後は少し会話をしながら学校まで歩く。そんな感じで毎朝登校する。
倉橋音郁という人物について。唐突な紹介だけど、これがないと今後の話についてこれない。音郁はなんというか、そこそこのスペックの人間だ。勉強もそこそこできて、ゲームもそこそこ上手く、ピアノが弾けて作曲も一応できる。絵もそこそこ上手く描けてしまう。なんというか、何をするにも一般的な基準値をある程度上回った感じの、都合の良い主人公みたいな人間だ。ゲームもいろいろやっていて、悪魔が題材のゲームをやっていた頃にいろいろと調べていた為、悪魔についてちょっと詳しい。だからこそ、悪魔を調べるうえで、分からないところは音郁に頼ろうと思った。
教室に着いたので、とりあえず友人に挨拶だけする。音郁への質問はその後。メモ帳とシャーペンを持って聞きにいく。
「お、登佐氏おはよ。」
「おはようございます。」
「関澄氏、おはよ。」
「ん?ああ、おはよ。」
登佐歩佑。温厚でおとなしい感じの、好青年?みたいな雰囲気の人間だ。休み時間とかは、たまに読書してたりするけど、だいたいはゲームをしている。けっこう高額な課金をしたりするくらいゲーム好きだったりする。見た目だけならそんなイメージは無いけど、実際には結構ソシャゲにどっぷりハマっている。
関澄渉耶。こいつは一言で表せる。オタク。その一言だ。だがもっと細かく言うなら、ロリコンでショタコンで、めちゃくちゃ声優好きで、推しを愛でる為に生きているめがね君だ。一日に四時間以下の時間しか眠らず、バイトの給料はアニメのグッズや声優関連のものに溶けていく。うちのクラスは情報科だから、奇人変人が多く、オタクの割合の方が多いのだが、多分一番オタクなのはこいつだ。断言できる。
「おはよ。アヤ。」
「あ、お...おはよう。御縁君。」
百衣文乃。音郁が俺の事を御縁を略して縁と呼ぶように、俺は文乃を文の字だけ取ってアヤと呼んでいる。ちなみに縁をえにしと表記しないのは読み辛いからだ。平仮名は読み辛い。文をアヤと表記するのはなんかそっちの方が可愛いからだ。文乃は先天性白皮症という病気で、肌は雪のように白く、綺麗な銀髪と灰眼が特徴の女の子。周りと違う見た目を気にしてしまうが故に、あまり周りに関わったりすることができず、基本、孤立してしまっている。昔からよく虐められていた。二次元などで髪の色が白いのは萌えとして捉えられ、可愛いなどと言われたりするかもしれないけど、現実では違う。他人とは違った見た目、とても目立つ色。悪い意味で、好奇の目を向ける人がほとんどだ。ましてや、それが小中学生ならなおさらだ。小学生なら、変な髪、変な目などと思い、さらに本人の前で口にするだろうし、中学生になれば、目立つのが気に食わないという考えを持つ女子だって現れてくる。アヤは、先天性白皮症のことで、小中九年間、ずっと虐められていた。
周りがアヤに対して、変なものを見る目を向けていたなか、俺はというと、小学一年の春、一番最初にアヤと会った時に一目惚れをした。その頃から、俺は独りでいるアヤに積極的に話しかけ、一緒に遊んだりしていた。アヤに対する、病気の特徴を罵るような酷い虐めや、暴力等の直接的な虐めはあったが、だいたいは俺が威嚇し、時には問題を起こしたりしながら、九年間守ってきた。情けない事に、俺はアヤの事になると暴走するらしく、アヤを虐める奴に手の込んだ嫌がらせをしたり、アヤに暴力をふるっていた女子を鈍器で殴って流血沙汰を起こしたりしてしまっていた。まぁ、職員室、校長室、御縁家でお叱りを受けたりはしたけど、教員側も事情を知っていたので、重い罰は受けていない。そして、高校で音郁達に会うまでの九年間をアヤと二人きりで過ごしてきたため、とても仲がいい。互いに、仲良くできる人がいなかったからかもしれない。ちなみに、九年間ずっと一緒だったにも関わらず、告白はしていない。守るのに必死だったというのは言い訳で、単にアヤに伝えるのが怖かったから。アヤが俺の事をどう思っているのかは知らないけど、アヤの母親や従姉妹の二人は俺の事を気に入ってくれている。まぁ、自分が同じ立場なら、娘を守ってくれている人を嫌う訳無いし、当然なのかもしれない。
とまぁ、俺とアヤの関係はこんな感じだ。
「御縁君。ちょっと寝不足...なのかな?眠そうに見えるんだけど。」
「ああ、ちょっと最近調べ物をしてて、それで。」
「へー。何について調べてるの?」
「ん?知りたい?」
「え、気になるから教えてよ。」
「えっとね。悪魔学について調べたいことがあって。」
「悪魔かあ。なんか変わったもの調べてるね。」
「うん。どうしてもやりたいことがあって。」
「調べたいことはだいたい調べ終わったの?」
「自分でもいろいろ調べてるけど、詳しい人に聞いた方がいいと思って。このあと、倉橋氏に聞きに行こうと思ってる。」
「え?あ、ご、ごめんね。止めちゃって。」
「いやいや、全然いいって、急いでる訳じゃないし。アヤと話してる時間好きだから。」
「え、も...もう。そういうことはあんまり言わないで。恥ずかしい。」
アヤの顔が少し赤くなり、周りを気にしだした。何度も見た顔だけど、何回見ても思う。可愛い可愛い可愛い。前述の通り、俺はアヤに告白をしていない。けど、たまにこうやって、好きとかそういう単語を出す。赤面するアヤが見たいから。病気のせいで肌が白いため、少し恥ずかしがるだけでも赤面しているのがはっきりと分かってしまうのだ。からかいたくなる衝動がおさえられなくなってしまう。
ずっと話していたいが、そうもいかない。大事なことを倉橋氏から聞き出さなくては。
「じゃ、アヤ。また後で。」
「う、うん。またね。御縁君。」
アヤはいつも、話終えて離れる時は少し残そうな顔をする。音郁達三人と気楽に話せるような関係になったとはいえ、九年間一緒だった俺の方が話しやすいのはたしかだ。独りでいる事が多いとはいえ、別に好きで独りでいる訳じゃないんだし、話し相手が離れるのが寂しく感じるのは分かる。俺としては、アヤの友達は俺含めて男子四人だけなので、そろそろ女子の友達も一人くらい作ってもらいたいと思う。けどまぁ、中学で女子に虐められてたから、女子に近寄りたく無いと思うんだろうなと理解はしている。虐められた訳でもない、見ていただけの男子の俺が、つい硯で女子を殴打してしまうくらい酷い事をされてきたのだ。アヤの女子に対するトラウマが癒えないのは、アヤの家族以上に、ずっと隣にいた俺が一番良く分かっている。
アヤから離れた後、倉橋氏の席へ向かった。
二学期に入って直ぐに行われた席替えの後から、倉橋氏の席は自分と同じ列のかなり前の方の席だ。
ちなみにだが、俺は席替えは嫌いだ。できれば一番最初の、出席番号順の席のまま、一年を過ごしたいと思っている。
なんでかって?察しがいい人は気付いていると思う。ミエニシ、モモイ。出席番号順の席配置なら、俺はアヤの前の席になるからだ。更にこの名前だと、高確率で教室の左端の席になる。
その配置だと授業中以外の用のない時、アヤが話しかけてくれるし、授業で周りの席の人と話す機会があれば、アヤと話せる。
アヤも俺と同じく、家族と仲が良い訳では無い。いや別に、互いに嫌っている訳ではないのだ。実際、アヤを守っていた俺に感謝してくれてた程だし、アヤの事を心配してくれているのはたしかだ。だが、仕事過多なのだ。仕方ない。母親一人で娘を育てているのだから、仕事が忙しくなってもなかなか休めない。アヤも、それがよく分かっていたからこそ、どんなに辛くても母親に頼ろうとはしなかった。自分の為に働いている母親に、これ以上負担をかけたくなかったのだろう。
話が少しそれたが、とにかく言いたいことは、アヤが家でも一人だということ。そして、今は三人増えたが、学校での話し相手はもともと俺しかいなかったのだ。俺だけがアヤにとって唯一の話し相手だった。
そんな相手が近くにいたら、積極的に話しかけたくなるだろう。だから、アヤと席が前後隣の時は、アヤとの会話が絶えない。そんな訳で、席替えの際、俺は猛反対するのだ。まぁ、大抵は無意味なのだが。
とりあえず、前の席の方へ移動し、倉橋氏の席につく。
「倉橋氏、ちょっと聞きたいことが。」
「ん、何?」
「えとね。倉橋氏がたまに調べたりしてる悪魔についてなんだけど...」
だいたいの事が分かってきた。ゴエティアや悪魔の偽王国等に登場する悪魔。その詳細。どんな悪魔がいて、それぞれどんな力を持っているのか、簡単に教えてもらった。
召喚方法に関しても、一般的な召喚方法を教えてもらった。いくつかあったりするらしいが、一番低コストで簡単な方法だ。既に青年が力を持っていた以上、召喚自体は単純で、簡単にできるのではないか。そう思った。
まだあの力が悪魔によるものと決まった訳では無い。が、魔法とか調べても成果が芳しくない今、その可能性が一番高いと思う。多分。
とりあえず、召喚する悪魔を誰にするか。最初はそれを決めた。ソロモン王の使役したゴエティア七十二人の悪魔のうち、王の爵位を持つ悪魔は九人。バエル、パイモン、ベレト、プルソン、アスモデウス、ヴィネ、バラム、ザガン、ベリアル。せっかく力を授かるなら、やはり強い方がいい。他の人と交戦する機会がないとも限らないし、殺される可能性だってある。なら、強いに越したことはないのだ。そして、この中でも良いと思ったのはプルソンとバラムとザガンの三人だ。
この三人が良いというより、他の悪魔を召喚するという選択肢はあまり選びたくないと思った。礼儀を欠くと殺されるベレト。生贄を必要とするベリアル。そもそも人間の姿じゃない奴ら。人間の姿でちゃんと話し合いもできそうなのがいるのに、わざわざそちらを選ぶ必要性は皆無だ。
ただ、代償に関しては悪魔によるっぽいので、穏便そうなザガンがいいかなと思う。そんな訳で、召喚する悪魔はザガンに決めた。
善は急げともいうし、さっそく召喚しようと思い、必要なものを揃えた後に近所のダムへ行くことにした。悪魔を召喚することが善かどうかは突っ込まないで頂きたい。
しばらくして目的地であるダムに着いた。
住んでいる団地の南の方にあるダムで、ダム周りの道には桜の木が沢山並んでいる。テレビとかで見る花見スポットなんかよりも全然綺麗だ。にも関わらず、人は全く来ないという完全な花見の穴場スポットである。
しかし、海の近くに住んでいる人は海に入らない、山の近くに住んでいる人は山を登らないように、団地に住んでいる人は誰も見に行かない。団地外の人達は、こんな場所がある事すら知らない。つまりは誰も来ないのだ。桜の咲き損もいいところだなと、度々思う。
まあ、そんな訳で、桜の時期にすら人が居ないんだから、当然それ以外の時期にも誰も居ないのである。まぁ、たまに子供が遊びにきたりはするが、平日は無い。
少し道を歩いていくと、公園とまでは言わないが屋根付きのベンチのようなもののある、ちょっとしたひらけた場所がある。そこが召喚場所に丁度いいと考えていた。
到着すると、さっそく召喚に使う魔法陣を描いた。外側の円とその内側の円の間にZAGANの文字を書き、円の中心に横長の模様を描く。
付近には、供物を置くらしい。基本的には鶏らしいが、流石に生きたままは無理だったのでスーパーで買った鶏肉を置いた。一応、供物はなんでもいいらしいし。スーパーの鶏肉でも、まあ、生きているか死んでいるかの違いだ。どうせ食うんだから食用に加工されてても全く問題ないだろう。文句言われたら失礼の無い程度に言い返せばいい。
そして、魔法陣の中に入り、供物から背を向ける。
............。どのくらい待てばいいんだろう?一応これで合ってるはずなのだが。低級や中級の悪魔と違って、ゴエティアの七十二人に数えられてる悪魔たちは魔法陣の他の必要なものがあったりするのか?もしくは、魔王だからなのか。通常の悪魔とは違った、高位の悪魔を呼ぶには何かが不足している可能性がある。まあ、とりあえず気長に待...⁉︎
突然、背後に凄まじい怖気を感じた。なんていうか、明らかにヤバイオーラを浴び続けている感覚っていうか、振り向いたら確実に死ぬような殺気にあてられているというか。まあ、とにかくヤバイ感じがした。というか現在進行形でしている。今まで死線を潜り抜けたことなんて、あの青年の炎を除けば一度もなく、普通に生活してきて、殺気なんて感じたことはなかった。アヤをいじめていた奴らですら、嫌悪感のみで、殺気なんて物騒なものは放ってなかった。動いたら死ぬ。こんな恐怖を感じたのは生まれて初めてかもしれない。悪魔が姿を現すまで、召喚中は振り向いてはいけないらしいのでしばらく待つと、突然目の前に大きな影が出現した。
悪魔が召喚されたことが分かったので、背後を振り返る。そこには、大きな翼を持った牡牛が居た。その翼は、たしかグリフォンだったはずだ。翼から顔に視線を移すと、悪魔と視線が合う。瞬間、悪魔の姿に靄がかかったというか、一瞬見え辛くなったというか、表現しづらいというより、表現できないようなことがおこり、とにかくその一瞬の後には牡牛はどこにも居なくなっていて、目の前には同い年くらいの女の子が立っていた。牛の角っぽいのが頭に生えてるし、多分悪魔で間違い無いと思う。一応、召喚後に人の姿をとるという事は知っていたが、もっと違う変身を想像していた。てか、ソロモン王の時代から存在するはずなのに、普通に可愛い女子高生くらいの女の子だ。実年齢千歳超えとはとても思えない。その悪魔は、こちらを一瞥すると、
「私の召喚者はお前で間違い無いよな?」
そう言った。
「そうですけど。こっちも確認していいですか?えと、あなたはゴエティア序列六十一番目、王の爵位を持つ偉大な悪魔、ザガン様で間違いありませんよね?」
多分間違いはないが、一応こっちも確認しておく。一応丁寧にな。
「ああ、そうだ。というか、六十一番目とか爵位とかいろいろ分かるなら、最初の姿で分かっただろ。翼のある牛なんて私かハーゲンティくらいだぞ。てか召喚する時、私の名前書いただろ。」
まあ、一応確認しただけで、流石に分かってはいた。
「よかった。それで、あなたに叶えて頂きたい願いがあるんですが。」
「なんだ?」
「欲しいものがありまして。」
「ああ、金か?どうせ金だろぉ。私を呼ぶ奴は金目当てばっかりなんだよ。ほんと、代わり映えが無くてつまらねえ。」
いや、そうじゃない。たしかにザガンは金属をその国の硬貨に変えられる力があるし、ほとんどの召喚者は金目当てなんだろうけど、俺が求めているのは財力じゃなくて暴力だ。いや、この字面だけだと俺ヤバいやつだな。別に人に暴力振るおうとか思ってない。
「いえ、違います。お金ではないです。」
そう正直に答えると、ザガンはとても驚いたような表情をした。
「金じゃないのか?私に金以外を要求するなんて珍しい奴だな。うーん。ワイン.....でも無いよなぁ。もうそんな時代でもないし。分かってるだろうが一応言っておくが、基本的に私は金属を硬貨に変えたり、水や血をワインに変えたり、物質を変化させる力を使ってお前らの望みを叶えるからな。それ以外だとけっこう不可能なこともあるぞ。あくまで私ら悪魔が叶えてやるのは、私らに実行可能な事のみだからな。」
成程、自分に対する要求が、他の召喚者たちと違ってて驚いたんだ。でもまあ、不可能なことがあるのはやっぱり本当なのか。不可能なことが多いうえ、無駄に代償を請求するらしいから低級や中級の悪魔は信用できないが、上級の大悪魔でも叶えられない願いがあるとは。まあ分かってはいたが、直接聞くと少し残念だ。
しかしそうなると、得られる力は、ザガンが叶えられる範囲になるのか。ザガンが使える力なら得ることは可能なのだろうか。
でも、実際に悪魔が目の前に居るということは、前の炎で人を焼き切っていたあの力は悪魔のものとみて間違い無いと思う。だから、悪魔は人間に力を与えることができるということで間違いないだろう。
ただ、その力を悪魔から与えてもらうとして、物質を変化させる力を持つザガンから炎の力は得られないだろうし、得られても前に見たあの力より弱小だろう。あくまで俺の推測だが、あの青年は炎の力を持った悪魔に力を願ったから炎の力を持っている。そして、俺がザガンに力を要求して得ることのできる力はザガンの力のみ。ならば、ザガンの能力に近い力を要求すれば、それなりの強さの力を得られると思う。
「どしたの?お前の願い、けっこう気になるんだけど。」
え?何?めっちゃソワソワしてるし、喋り方に威厳も糞も無くなってんだけど。こっちが素なのか?
「俺の願いは財力じゃなくて暴力だよ。俺は悪魔の力が欲しい。お前が物質を変化させる力を持ってるなら。俺もそれに近い力が欲しい。そうだな、全てのものを固体に変えたり、それを元に戻したり、えーと、物質を状態変化させたりすることのできる力を与えてくれ。空気中の水蒸気を氷に変えたり、あ、あと二酸化炭素に含まれる炭素をダイヤモンドに変えたりするようなそんな感じの力を。あ、でもそれだと状態変化ではないか。まあ、とりあえず今言った感じの力。全く違う物質に変えるとまでは言わないから、同じ元素なら違う物質にできるような、そんな感じの。」
うん、急に考えながら喋ったせいで、語彙がすっごく不安だが、まぁ問題ないだろう。多分言いたいことは伝わったと思う。すると、ザガンは再び驚いたような顔をし、そして口を開いた。
「わかった。その願いなら叶えてやれるが、それほどとなると代償として支払ってもらうものは高くつくぞ。そうだな。四肢とかじゃなく、寿命を頂くことになる。四十、いや五十年分くらいかな?それだけの代償を支払う覚悟はあるか?」
な⁉︎そんなに長く取られるのか。流石に甘く見過ぎていたかもしれない。だが、一度は死ぬことを考えた身。そのくらいの寿命を削られようと関係ない。いや、アヤの事を考えるとちょっと躊躇うな。いや、ここまできてもう後戻りなんかできない。下位の悪魔は代償を過剰に要求するらしいが、こいつは上位。言った代償は本当に必要な分なのだろう。なら。
「分かった。」「だが、」
「⁉︎」「⁉︎」
二人の言葉が重なった。
「え?いいの?お前、残りの寿命分かんないんだし、五十年取られたら、もしかしたら一年も経たず死ぬ可能性だってあるんだぞ。」
「その覚悟で力を求めてますから。で、さっきのだがってなんですか?なんか代わりになるようなのがあるんですか?」
ザガンの驚いた顔が、今度はニヤリと笑ったような顔に変わった。大悪魔といっても、精神年齢は見た目の通り、あまり自分と変わらないのかもしれないと思った。まあ、精神年齢千歳とか言われてもよく分からん。
「さっきも言った通り、私に対する要求はほとんど金なんだ。つまらなすぎるんだよ。しかも、召喚されるまでの間はダラダラ過ごすだけ。退屈だし、できれば帰りたくない。昔はよく召喚されてて、面倒くさかったんだけど、実際に召喚されなくなるとほんと暇で退屈で精神的に死にそうなんだよ。今の時代じゃ、悪魔なんて迷信扱いだから召喚なんてもういつぶりか覚えてないくらいなんだよなあ。お前、力を求めてるってことは、なんか目的があるんだろ?他の悪魔との契約者で、力を持った奴を殺さなきゃいけないとか、組織とか国とかみたいな、なんか大きなものと戦う必要があるとか、そういうなにかしらをするってことだろ。そういうの、毎日ダラダラ退屈な日々を過ごしてる私からしたら、とにかく面白そうで魅力的なんだよ。なんせ、数年ぶりに召喚されたうえに、金じゃなくて力を求めた珍しい奴だからな。普通、力が欲しいなら別の悪魔呼ぶだろうし。たまたまなんだろうけど、私を呼んでくれたのは嬉しいからな。だから、私はお前に力を与えたら一緒に行動したい。勿論、一緒にいる以上、必要とあらば力を貸そう。だがその場合、お前に早く死なれると、私もまた退屈な日々に戻らなくちゃいけなくなるだろ。次の契約者となるやつに召喚されるまでは退屈な日々だ。それに、次に私を召喚する奴が、お前みたくこんな面白い要求してくるとは思えないしな。だから私は、できればお前の寿命を削りたくはない。」
............え?一瞬思考が停止した。つまり、この悪魔は俺と同じように退屈な日々を過ごしていて、いや、もしかしたら俺よりも退屈なのかもしれないが、とにかく俺と一緒に行動する事で退屈凌ぎにしようとしているってことか。それは、こちらとしても有難い。力を得るだけでなく、悪魔と共に過ごすなんて、完全に自分の求めていた非日常そのものだろう。最初の厳格な感じの悪魔だったら躊躇うが、今話してるこいつとなら、多分楽しいだろう。威厳が崩れてきてから分かったが、多分こいつ、もっとお気楽な感じの性格をしていると思う。
「じゃあ、お前も俺と同じように退屈な日々に飽きて、非日常を求めてる。そんな解釈で合ってるか?」
相手のペースに呑まれたのか、こっちの敬語も段々崩れてきた。まぁいいか。
「ああ、まあそうだ。というか、お前も私みたいに退屈な日々を過ごしてたのか。まあ、そりゃ金じゃなく非日常を求めるわな。金あったってつまらないもんはつまらないんだから。でもま、目的が同じなら都合がいい。一緒にいさせてもらっても問題無いな?ま、まだ何やるとか決まってなさそうだけど。」
当たり前である。何か達成する目的がある訳じゃないが、お互いの求めてるものが同じなら、なんとかなるだろう。
「勿論。むしろこっちからお願いしたいくらい。ま、お前の言う通り、何するかなんて決まってないんだけど。んで、じゃあ代償はどうすんの?」
そう、結局、願いを叶えるのであれば代償は必要なのだ。悪魔との契約で叶えられる願いには代償がいる。ソロモン王の指輪みたいな強制的に悪魔を使役するようなアイテムでも無い限りは。いや、あれは使役するだけだから、単純に労働をさせるだけで、願いを叶えるとかは無理なのかもしれない。とにかく、代償をどうするつもりなんだろう?
「私がお前から頂く代償はお前の姿とお前自身の自由だ。寿命を取らないかわりに、お前を私の好きな姿に変えさせてもらう。生まれ持った姿、つまり神が与えた姿ってのはそれなりの価値があるからな。それなりの長さの寿命、そうだな、だいたい五十年分くらいと釣り合う。そして、もうひとつ。私と、軽い主従関係を結べ。眷属とは少し違うが、まぁ私のちょっとした頼みを聞いてくれるだけでいい。勿論、無理なことは言わないし、言ってもやらなくていい。それに、これからの行動等は、相談はするがお前に決めてもらう。姿で足らない分を補うための形式だけのものだと思ってくれていい。ま、それでも軽い命令は聞いてもらうがな。とにかくそれだけだ。そっちの方が私としては楽しめそうだしな。」
成程、つまりはちょっとした頼み事を聞く他は、姿を別人に変えられることか。なかなかでかい代償だな。いやもしかしたら、人間の姿じゃないかもしれない。猫とか、さっきの翼のある牡牛とか。まあ、寿命五十年なら即死とかもありえる訳だし、それに比べれば圧倒的に軽いのは確かだ。でもまあ、ザガンも非日常が目的だと言っていた。きっと変えられる姿は人間か、ザガンのような人間の姿の悪魔か、そんなとこだろう。じゃなきゃ、あっちの提案の意味が無い。
「姿が変わるってのは、あくまで人間のまま、別人にされるってことだよな。なら分かった。その代償でお願いする。」
すると、ザガンは表情を輝かせた。そして右手を前に出し、先程の威厳のある声で言い放つ。
「契約成立だ。では、お前の望んだ力を与え、代償として、その姿を私の望むものに変えさせてもらおうか!」
その瞬間、足元の魔法陣が輝き出し、紫色をした炎で包まれた。あれ?この魔法陣って契約者を守る為のものでは?熱くないのがこの魔法陣のおかげなのか?体を包んでいた紫色の炎が一瞬にして消え去った。
体に怠さを感じる。多分、もう既に別人の姿なんだと思う。とりあえず、自分の姿を確認したいんだけど。手は完全に人間だし、やはり人間か、人型の悪魔のどちらかで間違いなさそうだ。契約前に確認もしたし、多分人間だろう。
そして下に視線を落とす。............。長い沈黙が訪れた。前を見ると、ザガンはとても満足げな表情をしている。
「あの。」
「どうした?あぁ、衣服が変わっていることについてか。その服はサービスだよ。前の服よりそっちの方がいいと思ったからね。私の着てる黒い服の色違い。白バージョン。似合ってるよ。」
いや、そうじゃない。服とかどうでもいい。視線を下に落とすと、たしかにあるのだ。胸が。......。てか、声!声!!誰だし。
ばっっ!
瞬間的に下半身の足の付け根と足の付け根の間を触った。
.........なんだろう。この手が直接体に当たっているような、手と体の間にあるべきものが無いような、この感覚は。
「............無い。」
「当たり前でしょ。私が女の子に変えたんだから。」
「え?な...なんで?」
「え?逆になんで?代償で姿を私の望むものに変えるって言ったじゃん。」
「いや、男だと思ってた。流石に。性別まで変える?普通。いやまあ、人外よりはいいけど。」
「えー。私は女の子のが好きだからなぁ。それに、具体的な代償の内容を決めるのは私なんだから。契約者の意見は入れません。」
「......百合...なのかお前。女の子のが良いってことは。」
「何?悪い?女の子が女の子を好きになって悪いの?」
「いや、全然悪く無いどころかむしろ共感する。一応俺は百合作品も百合絵も好きなオタクでもあるし。百合は尊いからな。眺めるなら、男女の恋愛よりも女の子同士のが良い。俺はそういう考え方をする人間だ。ただ、自分が女子にされるとは流石に思わなかった。」
「お、百合好きなの?退屈してたり、非日常を求めたり、百合好きだったり。私たち似てるねぇ。これから一緒に過ごすんだから。仲良く百合百合しようぜぇー。」
「お前、なんか召喚した時の威厳さとか完全に無くなってるよな。なんかオタク同士の会話みたいになってるし。まあ、そっちのが接しやすくて良いんだけど。あと、俺は百合を見るのは好きだけど、自分がするのは普通の恋愛で良いと思ってるよ。流石にな。てか、男だったし。いやなんだ、男だったしって。男である事を過去形で話す奴、絶対俺以外にいないじゃん。なんだこのパワーワード。」
「喋り方はいいでしょ。もう契約も終わったし、これから一緒に過ごすのにわざわざずっとあんな喋り方してたら疲れるもん。面倒くさいし。あと、男だったから普通の恋愛でいいって思ってただけで、女の子にされたら考え方変わるんじゃない?」
「変わんねぇよ。いや待て、この状態でも女の子が好きなら、それは変わってるってことなのか?訳わかんねぇ。てかそうだ。代償を払ってあるってことは当然、もらった力が使えるってことだよな?」
そう。代償なんかよりずっと重要な事だ。そもそもこれのために代償を払ったんだから。
「勿論使えるよ。例えば、氷を刀の形でイメージしてみ、目の前の空間に。」
言われるままにイメージする。すると、目の前の空間に氷が発生し始めた。それは、だんだんと大きくなっていき、やがて刀の形となった。
「おお!」
「そこになんかこう、力を込める感じをイメージして、魔力を送ってみて。私ほどの悪魔と契約したんだから、かなりの魔力があるはずだよ。これでも私、魔王の一人だしね。」
言われた通りに魔力を込めてみる。が、変化はない。感覚がよく分からないが、なんとなく、何かが流れていった感じはする。
「おっけ。多分だいじょぶ。試しにそれでそこの石を思いっきり斬ってみ。」
見た目に変化はないが、強化されてたりするんだろうか?目の前の少し大きめの石に向かって、思いっきり刀を振り下ろした。
「うおっ!」
石は完全に真っ二つになっていた。ただの氷では確実に不可能だ。むしろ氷の刀の方が折れる。
「だいじょぶそうだね。魔力込めるの忘れちゃダメだよ。じゃないとただの氷だから。あと、刀を振るった時の腕の力は魔力で少し強化されてるから。魔力の流れる感覚がなんとなく分かるようになれば、もっと力が出せるよ。それじゃ、とりあえず住むとこをどうにかしよっか。姿が違う以上、お前は家には帰れないし、私にも住む所は必要だし。」
「あ、そっか。そうすると俺は行方不明者扱いになるのか。姿変わった時に親とか学校の先生とかを洗脳したりとかってしてないよね?流石に。」
「うーん。それは私には無理だな。そういう魔法は使えないから。」
「そっか。親と弟に俺が最初から居なかったと思わせたりとか、学校の先生とか生徒とかに俺を最初からこの姿だったように思わせたりとかできれば良いんだけど。ついでに、お前も転校生として認識させたりとか、アパートかなんかの大家を洗脳すれば、年齢とか金とかいろいろ気にせず問題なく住めるだろうし。」
「成程、たしかにいろいろと便利そうだなぁ。というか、私もお前と同じ学校に通えたら面白そうだな。私からしたら学校なんて異世界も同然。漫画の中だけの世界だし。あ、でもアパートとかに住むんだとしたら、そんなに問題無い。私もお前も、硬貨ならいくらでも作り出せるし、いろんなところで両替して札に変えればいい。だから、学校の近くのアパートに住めばいいと思う。ただ、洗脳は私には不可能だよ。」
「そっか。金は問題無いのか。でも結局、学校通うのには洗脳する必要はあるよな。俺ら、戸籍とかない訳だし。どうする?」
「しかたない。そこは他の悪魔に頼るしかないか。」
「え?たしかにそれしかなさそうな感じはするけど、でも代償とか請求されるんじゃないの?」
「まあ、たしかに、大掛かりな洗脳ができるのは同じ王の爵位を持つ悪魔とか、そういうのに特化した上位悪魔くらいだろうし、代償も大きいかもしれないけど、悪魔同士ならそんなに大した問題じゃない。借り一つってことで済ませられる。一応私ら悪魔は、お互いがお互いの能力に頼ったりするからな。そもそも、いちいち代償なんか払ってたらお互いの体も魂ももたない。とはいえ、代償無しの洗脳なら、他の契約者とか、魔力のある奴以外しか洗脳できないけどな。そこは仕方ないとして、貸しを作ったままの悪魔で、大掛かりな洗脳ができそうな奴なら一人知ってる。貸しはチャラになるけど、まあ、仕方ないか。」
「あ、代償なくても契約的なのはできるんだ。絶対必要なのかと思ってた。」
「ただ単に、お互いができることをやってやるだけだよ。さっきの契約みたいなのはできない。」
「なんか違うのか?」
「あれはね。願いと代償を決めた上で契約という形で魔法を使う事によって、代償を犠牲に普段なら絶対にできないような魔法を使うの。契約の瞬間だけ魔力が急激に高まって、一度限りの奇跡を起こす。そんな感じ。代償は絶対必要なの。だから、私達悪魔が互いにお願いすることには限度があるの。契約という形をとらなくても叶えられるもののみっていうね。」
「成程、理解した。ならたしかに、俺の時は代償が必要で、悪魔同士の時は代償がいらないってのにも納得がいく。」
「まぁ奇跡って言っても、使える魔法の延長線上の事しかできないんだけどね。それでも、代償の有無でかなり変わるよ。さて、説明はこのくらいにして、呼ぶよ。私の友達。」
ザガンの知り合いという悪魔を召喚するために、本日二度目の魔法陣を描く作業に入った。といっても、今描いているのはザガンだが。円の中にBALAMの文字を書き、中心に模様を描く。どうやら知り合いというのはゴエティア序列五十一番目の三つ首の大悪魔、バラムらしい。魔法陣を描きおえたあたりで、あることに気付く。
「そういえば鶏肉。お前の召喚で使ったまま放置してあるんだけど。それ使っても大丈夫?」
「ああ、そういえば、肉が置いてあったね。忘れてた。一応、召喚時の供物って事になってるけど、形式だけのものだからねぇ。今晩の夕飯でいいんじゃない?あと、今度は魔法陣だけあれば大丈夫。私が召喚するから。」
「そっか。悪魔と人間じゃ、流石に召喚方法も変わるか。悪魔は人間みたく面倒な事をしなくても、魔法陣だけで召喚できるとかそんな感じだったりとかか。」
「そそ。まあ、魔法陣描かなきゃなのは面倒だけどね。あと、相手が召喚に応えなきゃだめだし、描いた位置からの距離が離れすぎてると召喚できないよ。」
「へー。てか、魔法陣って召喚者を悪魔から守るものじゃなかったっけ?」
「ん?それは魔法陣の役割の一つにすぎないよ。それに、低級や中級の無能な悪魔と違って、私はそんな風に召喚者を襲ったりしないし、上位悪魔ならこんな魔法陣くらい簡単に壊せるし。」
ザガンが魔法陣に手をかざすと、魔法陣が淡く輝きだした。おそらく、供物の代わりに魔力でも込めてるんだろう。そして、淡く光った魔法陣の上に突然、何かが現れた。
召喚されたのは、大きな熊の上で、大鷲を抱きながら寝息を立てている、右に牡羊の角、左に牡牛の角を生やし、腰のあたりの服の間から蛇の尻尾が出てきている女の子だった。ザガンや俺と、見た目は同じくらいの年齢だ。
......牡羊と牡牛は人間の顔の横に二つの頭部として付いてるんじゃなかったか?
と、女の子が目を覚ました。
「ん?え?ここどこ?」
まぁ、困惑してても無理はない。起きたら知らないところにいた。そりゃあ驚く。でも一応、召喚に応じてくれたからここにいるはずなのだが。と、そこでザガンが口を開いた。
「バラム、お前に頼みがあって召喚した。前の借りを返してもらおう。」
「んー?あー。分かった。面倒くさいから、早く済ませてよ。まだ眠たい。」
「相変わらず怠惰な奴だな。まあ、話が早く進むから助かるんだけど。暴れ牛でこられたら面倒だしな。それで頼みってのは簡単な洗脳だ。私には大掛かりな精神干渉系の魔法は使えないからな。てか、眠り羊なら丁度いいや。こいつに言われた通りに洗脳してってくれ。」
「分かった。この子の言う通りに洗脳すればいいんだよね。ところで誰?この子。異端者?なんか、むちっとしてて柔らかそうで抱き枕にしたら気持ちよく眠れそう。」
......バラムってもっとこう、戦闘狂のイメージあったんだけど。こんな眠そうな娘なの?なにこの怠惰感、ベルフェゴール?まあ、それは置いといて。
あ。
そこで初めて気がついた。
名前......。
苗字はともかく、流石に男の名前は名乗れない。俺の下の名前は、流石に女子の名乗れる名前じゃない。
でもまぁ、問題はない。これから洗脳するなら、この名前に変えて貰えばいい。ある人に貰い、そのままネット等で使っていた中性的な名前。
「ああ、俺は幻音。幻の音って書いてノア。御縁幻音だ。よろしくな、二人とも。」