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事無しに抱かれて眠りたい

作者: みずぶくれ

彼女に振られた。

まだ1月の寒い時期だった。

だから今日は誰かに抱かれて眠りたいと思った。きっと今日は眠るのが下手くそになってしまうから。


街のネオンに照らされながら、ひたすら当てもなく街を歩いていた。

コンビニで酒でも買おうか、安くて悪酔いできる酒。けれど悪酔いしてしまったら明日に支障が出てしまうな、酒に抱かれるのは今日はやめておこう。

この通りに遅くまで開いている雑貨屋があることを思い出した。何回か彼女に連れられていやいやながら入ったことがある店だった。

俺の足は店の中へするりと吸い込まれていった。

陳列されたキーホルダーや皿を見る。商品の並べられ方が乱れていた。さっき誰かが手にとって、別の誰かと一緒にどうしようか迷った跡なのかもしれない。

ふと店の奥を見遣ると20%オフの商品が詰まったカゴがあった。なんでも入っていた。買うには期限の近いスケジュール帳も、無駄にゴテゴテして安っぽい小物入れも。

その中に妙な存在感を放つぬいぐるみがあった。焦点の合ってない、ゴワゴワした犬のぬいぐるみだった。

抱き枕用みたいで長くてでかかった。


こいつにしよう。今日は人よりも酒よりもこいつがいい。

俺は迷わずそいつを抱えてレジへ向かった。

OLの様な見た目をした女の店員が、俺からそれを受け取ってバーコードを読み取る。目元が眠たげな店員の口元は僅かに引きつっているように思えた。流石にこの時間になると疲れも感情も顔に出やすくなるのだろう。

なんか分かるよ。

俺は男だけど、その気持ちは分かるよ。


袋に入ったそいつを抱えながらまた通りを歩く。胸に荷物を抱えてあるくなんていつぶりだろう。

偶に向けられる奇異の視線に気づきはすれど、平気だった。俺に後ろめたいことなんて何もない。ただ抱かれて眠って、暖まりたいだけなのだから。


家に着いた。電気をつける。

暖房を入れ、温度を28度にした。

電気ストーブも付けた。加湿器も。

ベットの上の布団を綺麗に敷き直す。買ったばかりのぬいぐるみもその中に入れた。

足元辺りに電気あんかを入れる。

どうでもいい事だが、それは実家でも愛用していた物だったという事を急に思い出した。本当に、心底どうでもいい。

風呂も早々に出てホットミルクを用意する。鍋を出すのは面倒だったから、耐熱かどうか知りもしないマグカップに牛乳を注いで電子レンジで1分半。砂糖を入れて飲んだ。

底の方がぬるかった。


布団に入る。

すっかり部屋は暖かくなっていた。

眠くなっているはずなのに、呼吸をする度に体に入ってくる空気が冷たい様に感じて、使い捨てのマスクをつけた。少しマシになった。


買ったばかりのぬいぐるみを抱きしめた。いい大人の男がこんなぬいぐるみを買うなんて、しかも抱いて眠るなんてひどく滑稽だ。

けれど、どうしても今の俺にはこれが必要だった。

ぬいぐるみは表面だけ暖かかった。きつく抱きしめると芯の冷えが伝わってくる。そのままぼんやりしていると次第に俺の体温でぬるぬると暖まっていった。

抱きしめる事でぬいぐるみに血が通って行くようだと思った。

彼女の部屋にもあったな、抱き枕用のぬいぐるみ。俺はそれが目につく度、子供みたいな趣味だなあと内心馬鹿にしていたことを思い出した。

彼女はいつも強くて、情けない俺を無理矢理引っ張って行くような女だったから。

鮮やかな赤い口紅の似合う、抱きしめると心も体も暖かくなる女だった。


ぬいぐるみに顔を埋め、静かに目を閉じる。体が暖かい。ぬいぐるみだけじゃなく、布団も電気あんかも。部屋全体が暖かい。

俺は今、部屋に抱きしめられている。

俺ってこんなに湿っぽい男だったっけ。そんな冷えた考えが脳を過ぎった。

それでも部屋は暖かかった。

段々と理性的な考えが崩れて行く。

その崩れ方に煙草の煙を思い出した。

俺は今、火を灯されたばかりの煙草で、暖まって行く度に体から毒の煙を吹き出していく。

そんな空想もぬるぬると頭を侵食していった。

早くシケモクになりたいよ。

そう願いながら眠りについた。

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