表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

自由人

作者: 九尾 蜥蜴

今回のテーマは「自由」です。

あなたは、本当に「自由」ですか?

ただ、平穏を望んでいた。

この藁葺わらぶき屋根の小屋の中で、外の風景を眺めながら、一口紅茶をすする…安泰を全身で享受しながら悠々と生きていることが、私にとって最大の幸福であり、それ以上を望むことも、それ以上に臨むこともしなかった。


だが、突如としてその平穏は幕を閉じる。





急に身体が言うことを聞かなくなってしまった。




視神経を除く全神経との接続が切れ、私は動けなくなった…金縛りのようなものにかかっているのかもしれない。しかし、その硬直も長くは続かず、私の体は再び動き始めた。


…動き始めたといっても、この動作には私の意図が含まれていない。何者かが私を操作するかの如く、私は意味もなく自分の部屋の中をグルグル歩き回った。こんな馬鹿げた行為などやっていられるかと匙を投げたいところではあったが、何分私自身が現在私の管轄下に無いために、もはやどうすることもできなかった。ただ、唯一操作できる眼球で、“何か”に支配された自分の行く末を傍観することしかできなかった。



後に、私はこの硬直と身体が言う事を聞かなくなる現象の元凶を知る。





__どうやら私は、『選ばれてしまった』ようだ。




動き続ける私の両脚は私を王宮へと導いた。

いつもは城門が硬く護られているはずなのに、今日に限っては城門は完全に開放され、その両側に立っている衛兵は、起きているにもかかわらず私が門を通過しようとしても微動だにしなかった。

王宮で働く従者を尻目に、私は長い階段を上り、王のいる部屋へとノックもせずに入っていった。



しばし視界が暗転したのち…再び光が戻り、そこに広がる光景は、異様なものだった。


先ほどまで下の階で働いていたはずの従者はみな王の部屋に規則正しく陳列され、その従者だけでなく、王も、王妃も、瞬き一つさえもしない…

まるで、自分以外の時間が全て停止してしまったと錯覚するような状況だった…いや、実は本当にそうであったのかもしれないが。




…ある程度私の脚が前に進むと、全ての時間が動き始めた。



「おお、我らが偉大なる選ばれし勇者よ!」


…今の発言は、私に向けられたものなのだろう。そして、礼儀を知らない私の体は、ズケズケと王の元へ歩み寄り、ほぼゼロ距離の王の眼前にまで近づいた。微かな電気信号を受信すると、会話は始まった。


どうやら、『私が選ばれた』というあまりにも無責任な選択をなさったのは、王であるようだった。王は親しげに私に一方的に話し続け、何かを私には嘆願するような素振りを見せた。…そこに、いつもの王の威厳や面影は微塵も感じられなかった。


…まもなく私は、『魔王』といういかにも胡散臭そうな存在を認知させられることとなった。驚くべきは、王は私にその『魔王を殺せ』と仰ったことだ。理由などない。ただこの王は『魔王』という肩書きの人物を『絶対悪』とみなし、この世から抹消しなければならないという使命感に駆られているらしい。



何の面識もない一般市民の私に、他国の王の暗殺をお命じになるなんて、私は王の御乱心を予感し、「なぜ私が」と口を開きたかったが、顔面の筋肉も声帯も支配されている私は、王の仰る使命を果たすことを誓わざるを得なかった。


私はいかにもみすぼらしい錆びた鎧を着せられ、村の子供がチャンバラで使うような木刀を渡された。一国の国の王がこれほどの装備品しか用意できないはずがないと、私の心は不信感で満たされたが、オートで動く私の両脚は、王の城から私を外へと誘った。



___王の城を後にし、両足の赴くままに見慣れた村を何周も徘徊した挙句、私は私自身に自宅へと連行された。眠くもないのに、体はベッドへと吸い込まれ、自動で湧き上がる睡眠欲に身を委ねるようにして(そもそも抗うことも不可能だが)私は眠りについた。




…………




……?



…再び目を覚ます。私は眠ってしまっていたようだ。




…一度目の睡眠から、5年が経っていた。




しかしもはや、私は何事にも驚かなくなってしまった。これは明晰夢の類いなのだろう。この奇妙な体験を終えれば、また優雅なティータイムは戻ってくるのだ。…と確信していた。


5年が経った今でも、村を出てみると相変わらず住人は各箇所に点在し、そこに突っ立ったまま静止している。…話しかけると私を激励するかのような定型文を発する者もいれば、金や物品をよこす者もいた。


現実世界の彼らにも、今回の体験を話してやろうと思いながら、私は村を後にした。




そういえば、今日はまだ例の金縛りを受けていない。


これを好機と見た私は、みすぼらしい鎧を脱ぎ捨て、そいつを土の中に埋めてやった。再び自分の支配下となった両腕を大きく広げ、目の前に広がる草原を駆け抜ける…このような生活も悪くないな…と感じられた。


…しばらく歩くと、奇妙なものに遭遇した。



半透明で粘着質の“何か”が眼前でうごめいている…まるで玩具のスライムのような…生きているのだろうか。何処と無くその不規則なアメーバ運動は、何らかの意思によるものであるようにも見えた。


こちら側に敵意を向ける様子はないようだ。



初めは異様でグロテスクな物体としか認識できなかったが、異様な光景ばかりを受容してきた私の眼球には、“彼”は少しばかり愛らしく映った。


見れば見る程、その奇妙な魅力に惹き込まれてゆく…ゆっくりと脳内のメモリを“彼”が侵食していった…そして…次第に視界がくらみ…そのまま…




世界は暗転する。





………。






再び、意識を取り戻す。


体が硬直して動かない…


それは、例の金縛りの所為か…はたまた…





先刻まで生命活動をしていたはずの彼が、無残に切り刻まれ、動かなくなってしまったのを目撃したからだろうか。




ふと、自分が例の粗末な装備を纏っていることに気づく。地面に埋めたはずだが、相変わらず錆びてはいるものの、その鎧には土埃ひとつ付いていなかった。




だが、正直そんなことはどうでも良かった。

私は、彼を失った喪失感に苛まれ、打ちひしがれていた。木刀に彼の肉片がこびり付いている。私が___彼を殺したのだ。




主観的に無意味な力が溢れるのを感じた。




悲観に暮れ…





絶望し…


























____全てがどうでも良くなった。






“私は何故ここにいる…?”



“私が生きる目的とは何だ…?”



“私の存在意義とは何だ…?”



そんな事を考えていたこともあったが、今となっては全ての問いが、ある一つの答えに収束する。




私の生きる目的は…『魔王を倒すこと』。私はこの全身に身を委ね続けることで、自身の存在意義を享受することができる…



私は、正体不明の安堵感に襲われた。



次第に、私は、要らない荷物を捨てていくように、自身の様々な機能を母体から削除し始めた。それが自動で消えているのかも、自発的に消しているのかも判断できなかったが、もはやそこを議論する必要はない。金縛りが私の身体を徐々に侵食していくことに、私は不安を感じなかった。



ただ、この四肢が赴くままに生物を殺し、王への忠誠を誓うのみ。その行動に対する全ての責任は、決して『私』に降りかかることはない。それは、私を操作する“何か”が負うものだ____完全なる支配の範疇で、私は限りなく無責任で自由だった。



___ただ頭が向く景色を眺めていれば良い。

私は、眼球を動かすことをやめた。



___何かを想うことは無意味である。

私は、感情を抱くことをやめた。



___“敵”を倒すことに理由なんていらない。

私は、思考することをやめた。



……私の脳は、もう機能していないようだ。



一歩一歩前へ進むたびに、私を取り巻いていた精神が少しずつ肉体から乖離していく……身が軽くなるような気がした……



私の身体は、究極の自由な存在へと着実に向かいつつある…その変化は一種の期待感のようなものを帯びており、私は胸を躍らせながら、私自身を削り続けていた。




そして、その行為の意味すらわからなくなり、すべてが理解不能な領域の事象へ達する頃……







………『私』が消滅した。










一種の決意に満ちた勇者の双眸には、微塵の曇りもなかった。


威風堂々たる勇者の歩みを止められるものなど、この世界には存在しなかった___




敬虔けいけんな勇者の冒険は、まだ続く。


もう一度問います…

あなたは、本当に「自由」ですか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ