狸とサイフとばかしあい
学校にて、帰りが遅くなった【五条 悟】は、
お金を盗んだ犯人として、疑われてしまいます。
【五条 悟】は、【悟り】でも【妖怪】でもなく、ただの人間の高校生である。
放課後、彼は先生からの頼みで手伝いをして、帰りが遅くなっていた。
時刻は、門限ギリギリになっていて、悟は荷物を取りに自分のクラスの教室に急いでいた。
「昼にジュースは溢されるし、手伝いもあったしで、今日は散々だ」
クラスメイトと昼御飯を食べているとき、友人の悪ふざけが過ぎ、机の上でジュースの缶が倒れた。
その時に、彼のズボンにかかり、ポケットの中にも浸透してしまった。
普段は気にならないような些細なことも、今日は気になってしまい、彼は悪態をつきながら、廊下を走る。
教室の教卓側の引き戸が見えて、悟はそれを開いた。
彼が中に入ると、教室の後ろのロッカーの方に、一人の男子生徒の後ろ姿が見えた。
(あんな髪型の奴、クラスに居たかな?)
髪型を変えたのならば、昼間のうちに気づいているだろう。
それを疑問に思いつつも、自分のロッカーに向かう。
――と、その時だった。急に、男子生徒は廊下に走り出した。
彼の行動に驚き、悟も思わず追いかけて廊下に飛び出した。
廊下に出た所で、ハッとして足を止める。男子生徒の足元に、サイフが落ちたのだ。
目を離したその間に、男子生徒の姿は見えなくなっていた。
とりあえず、悟は廊下に落ちていたサイフを拾い上げる。
(今のが、落としていったのかな?)
彼は、そう考えたがサイフの様子を見て、それを改めた。サイフのチャックが、開いていた。
もしかしたら、このサイフは彼の物ではなく、中身をネコババしようとしていたところ、
悟が教室に入ってきたので、慌てて逃げだした。
そんな光景が、彼の頭の中を過った。
どちらにせよ、やれやれといった表情で悟は職員室に持っていこうと、ため息を吐いた。
すると、
「ちょっと、いいかな?」
不意に、後ろから話かけられた。ビクリとして悟が振り返ると、そこには、
眼鏡を掛けた男子生徒が立っていた。背丈は悟と殆ど同じだったが、悟は上級生だと気づいた。
眼鏡の生徒の上着の襟に 赤い色のバッチが付いていた。悟の付けているバッジは、緑色だった。
悟が通う【鳴陽街道高校】では、学年ごとに、赤、青、緑と分かれていて、赤い色のバッジが今年の三年生の証であった。
「はっはい!?なんですか?」
急に上級生に話しかけられたせいか、思わず悟は上ずった声で答えてしまう。
茶髪の整った髪型で眼鏡をかけ、一目で優等生と思わせる雰囲気と醸し出している、その上級生は、
焦る悟とは逆に、落ち着いた口調で彼に質問をした。
「ここら辺で、サイフが落ちていなかったかな?今日、通った所を探しているんだけど……」
(サイフ?ここは自分の教室の横の廊下だけど、そんな物が落ちていた記憶はないなぁ……)
悟が、自分の記憶を巡らせるが、見た覚えは無かった。
――しかし、
(……んっ?今、持ってるのって……)
ふと、手の中の感触を思い出して、目線を下方にやった。上級生も、それに合わせるように目線を向けた。
「……おや、そのサイフ、どうやら僕のサイフみたいだ」
そうだったのかと思い、悟は安堵の気持ちで、それを彼に手渡した。
「ありがとう。……悪いけど、ちょっと中を確認するね?」
そう言って彼は、サイフの口を開いた。悟は、何となく彼の手を見ていた。
彼の小指の爪先は、隣の薬指の第一関節の下にあって、悟の小指と比べると短かった。
ふと、悟は先程、サイフを拾う前の事を思い出した。
(……あれ?そういえば、さっきの奴……)
悟は、嫌な予感がした。そして、それは的中した。
「……おや、少し足りないなぁ」
上級生は眉間にしわを寄せて、呟いた。悟が想像した通り、既に中身が抜かれていたのだった。
更に――、
「君、もしかしてだけど……盗ってないよね?」
悟に、疑いの目が向けられてしまう。彼は、冷や汗を掻きながら先ほどの出来事を説明した。
「ふぅん……でも、君が本当の事を言っているのか、わからないし……」
悟は、顔をしかめた。なぜなら、それを証明する事ができないからだった。
「こっちは無くなったことが、わかるんだけどね」
そう言うと上級生の彼は、サイフの中身が減っている説明をした。
彼は朝、学校に来る前にコンビニに立ち寄り、文房具を含む八百円ほどの商品を、五千円で支払った。
今日は、それ以外に使うことは無く、お釣りの四千円と小銭が残っているはずだった。しかし――、
「三千円しかない、千円札が一枚、足りないんだよ」
サイフの中にはレシートも残っていて、この学校の売店や自販機を使っても、千円ピッタリで使い切る事は出来なかった。
「とりあえず、千円札を渡してくれれば、先生には言わないから」
彼は、悟に手を指し伸ばして、催促をする。
(うぅ……完全に疑われている。でも、騒ぎにはしたくないし……)
自分が盗ったわけでもないのに――と、悟は苦虫を嚙み潰したような気持ちで、渋々と自分のサイフをズボンのポケットから取り出した。
サイフの中には千円札が三枚、入っていた。昼にこぼされたジュースのシミが付いていた。
それを一枚、手に取り上級生に渡そうとした時、悟は手を戻した。
「ちょっと、待って下さい」
「おっと、どうかしたのかい?」
千円札を掴もうとしていた上級生の手が、空を切った。彼は、不可思議そうに悟を見る。
「すいません、このお金は自分のです」
悟には、確信があった。なぜなら、千円札にシミがあったからだった。
三枚の千円札には、乾いたシミが繋がる様に出来ていた。
今し方、千円札を一枚、盗ったのであればシミは繋がっていないはずだった。
「……なので、僕が盗ったわけではないんです」
これでダメだったら、全てのポケットの中身をさらすつもりだった。
上級生は、考える様に無言になり――、
「……ふっ、ははは!」
彼は突然、笑い出した。それに悟が、驚いていると、
「はぁ、いやゴメンゴメン。実は千円札を盗られたというのは、嘘なんだ」
「えぇ!!?」
にこやかに語る上級生に対して、悟は素っ頓狂な声を上げる。
「最近、サイフの中身の置き引きの噂を知っているかい?」
(そういえば、朝のホームルームで先生が言っていたような……)
体育や移動教室の他、部活や放課後などの時間に貴重品を置いていかない様にと、悟は思い出していた。
「僕のサイフをおとりにして、犯人をあぶりだすつもりだったんだ」
「そうなんですか……。でも、さっきのやり取りは……?」
あぶりだすだけなら、先程の行動に疑問が残る。悟は、その事を聞いてみた。
「それは、犯人が化けていると思っていたから、揺さぶりを掛けるつもりで【ばかしあい】を仕掛けたんだ」
「はぁ、なるほど」
確かに、盗みをはたらこうとしている奴が、化けないはずがないと、悟は思った。
「それにしても、君は正体を明かす様子がないね?それとも、化けてすらいないのかな……?」
上級生は、まじまじと悟を眺める。思わず悟は、後ずさる。
「はっはは、ゴメンね。まぁ、言いたくはないよね」
それだけ言うと彼は、じゃあねと踵を返して去っていく。
悟は呆気に取られ、彼を眺める事しか出来なくなっていた。
――一体、何だったんだろう……。
あの後、悟は荷物をまとめ、昇降口へと向かっていた。その間も、あの上級生が何者だったのか考えていた。
――どこかで見たこと、あったような……。
それどころか、彼と毎日の様に会った事がある。
悟は、そんな疑問を抱えていたが、下駄箱の近くに差し掛かった時、それは解決したのだった。
「……あー!そうか、この人だったのか!」
彼は、思わず叫んだ。下駄箱の近くには掲示板があり、新聞部の生徒が使っているスペースがあった。
新聞部の発行した新聞に、生徒会長へのインタビューの記事があった。
その記事の写真に写っていたのが、先ほどの上級生だったのだ。
上級生で生徒会長の名前は、【狸森 晃太】。そして、彼の弟が悟と同じクラスだったのだ。
全校集会の時にも、顔を見たことがある上に、似た面影のある弟がクラスメイトだったのだから、見覚えがあるのも納得がいった。
「……それにしても生徒会長、あのマンガを読んだ事あるのかなぁ?」
悟は、首を傾げて想像した。生徒会長の使った罠の方法が、クラスメイトが持ってきていたマンガの内容と、酷似していたのだ。
一世代前に出たマンガ作品で、生徒会長がそれを知っていた事に、悟は疑問に思ったのだったが、
人気のあるマンガだった事と、知り合いや古本屋等で読む機会があったのだろうと、
深くは考えず、最初にサイフを盗もうとしていた男子生徒の事すらも忘れて、下校したのだった。
――続く。
『今回は、悟の方からの話になります』
「なかなか、穴のありそうなトリックだったね?」
『元々はゲーム機が盗られる予定でしたが、そこは某マンガと、とあるCMを参考にして変えました』
「千円ピッタリの、金額にならないのもね」
『うっ……そこは、計算しないでほしいですね』
「所で、生徒会長は本当に千円を取るつもりはなかったのかな?」
『それは、次回に心情編を予定しています』
――以上になります。次回は、狸の心情について書く予定です。
では、ここまで読んでいただきありがとうございました。