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第七話 平穏を壊すもの

 俺はおっさんと共に客間に戻っていた。

 まだ彼の事情の全てを把握したわけではないから、話の続きを聞くために。


 本来ならば、そろそろ勉強しなければいけない時間ではある。

 しかし、とても集中できる気分じゃなかった。

 おっさんの話は意味深なところで終わっていたから気になって仕方がない。


「それでどこまで話しましたっけ?」

「倫理に悖る行いをした挙句、王様に偽りの恩を売って店を出したところまで」

「いやいやそんな内容の話じゃなかったはずでは!?」

「そうか? 我ながら的を射ていると思ったんだけど」

「むしろ矢は明後日の方向に飛んでってますって……」

「やかましい!」

 グダグダと文句を述べようとするおっさんを一喝して止めた。

 そんなことより、早く話の続きだ。


「わかりましたよ。

 とりあえず店を出してからの話から再びしますな」

 まず妹を故郷から呼んだのですが――

「えっ、おっさん妹居るの?」

 驚きの情報に素っ頓狂な声が出た。


 おっさんの妹……だめだ、ろくな姿が想像できなかった。

 だってねぇ、目の前の男をベースにするんだから、どうしても……


「ええ、まあ歳は離れていて。

 ちょうど、晴信ぼっちゃんと同じくらいですかな」

「はぁ、そうなんだ。

 でもどうしてそんなことを?

 連れてくるのも大変だろ」

「いえ、町々を楽に移動できるアイテムがあるんですよ。

 使用者がマーキングをつけた場所に跳べるんです」

 それはずいぶん便利だな。


 一々移動するのは面倒くさいからね。

 ゲームには定番のアイテムだ。

 現実にあれば、俺だって欲しい

 しかし悲しいかな、使い道は学校に行くくらいしか思いつかないのが悲しい。


「そもそも私一人じゃ店の経営はとても無理でしたから。

 妹に店を任せて、私は仕入れにってわけです」

 なるほどな、おっさんは仕入れ担当というわけか。

 というか、そもそも――


「おっさんの店って、何の店なのさ」

「よろず屋です。なんでもありますよ~」

「うわっ、胡散臭い」

「まあでも事実色々な物を置いてましたからね」

「例えば?」

「薬草とか、普通のアイテムやまあ武具とか、魔法の道具もですね」

 トネリコは髭をさすって記憶をたどる様にして答えた。 


「そんなのどこで手に入れるんだ?」

「本来ならば鍛冶屋とか、職人とかと契約するんですけど。

 わたしには伝手はないんで。

 魔物からのドロップ品や、ダンジョンで拾ったものですね、全部」

「最早一端の冒険者だな、おっさん……

 初めはあんなに魔物対策に悩んでいたのに」

「ええ、道中で魔物を倒しに倒しまくったら凄い成長しちゃって。

 傭兵を雇うこともありましたし、その辺はうまくやってましたよ」

 そういうことならば自分でやるしかないわけか、妙に納得してしまった。


「妹にも商才があったんでしょう。

 わたしが予想していたより高値でアイテムを売ってくれるんです。

 利益が出なかった日は殆どありませんでしたな」

「へぇ、そりゃ凄い」

「たまに珍しいアイテムも並べるので、それがまた人を呼んで。

 こうしてわたしの店はかなり繁盛したんですよ」

 トネリコは満面の笑みを浮かべた。


「毎日金庫の中にはお金が積みあがっていって――

 あの頃の日々が一番幸せでしたなぁ」

 遠い目をして、おっさんは過去に思いを馳せている。

 

「お前の頭の中、金のことでいっぱいなのな」

「まあ商人ですから。頭の中のお金も具現化できれば最高なんですけどね」

「それ最強の錬金術だよ……」

 おっさんの強欲さに呆れて何も言えない。


「まあいいや。

 で、さっきも言ってたけど、何かがやってきたんだって?」

「そうなんです。

 わたしの平穏をぶち壊しに来た奴がいるんですよ」

「それはなんとも物騒だな……」

 城下町に魔物が入ってきたとかそんなところだろう。

 そう高を括っていたが、返ってきた答えは想像を絶していた。


「勇者一行です」

「はい?」

「だから、勇者様とその一味が街にやってきたんです!」

 二度目は、大声ではっきりとトネリコは叫んだ。


 仕方ないじゃないか、聞こえていたが、信じられなかったんだもん。

 勇者パーティって、そんなイカれた集団だったか?

 強気を助け弱気を挫くイカした一味だと思うんだけど……

 トネリコ世界では常識が違うのかもしれない。


「いえ、その認識であってますよ」

 確認を取ってみたが、相違はないらしい。

 であれば、なぜこのおっさんはあんな表現をしたのか。

 まさか――


「そうか、おっさんしがない商人だもんな。

 わかるよ、ちょっとコンプレックス感じちゃうよな」

「ちょっと勝手に慰めないでくださいよ!

 わたしは自分にちゃんと自信を持っていますから」

「は、ってなんだよ!

 俺だって別に他人と自分を比べたりしないわっ!」

 とにかく劣等感からくる中傷でもないらしい。


「まあとりあえず聞いててください。

 そしたらわたしがこう言うのもわかりますから」

「そうだな、早とちりして悪かったよ……」

 ということで、暫く黙ってトネリコの話に耳を傾けることに。


「彼らはわたしの店にやってきました。

 初めお客様だと思ったんですけど――」

 トネリコが心底嫌そうにあらましを話し始める。


『勇者様! こいつです!

 この豚男が私たちの探す選ばれし者の一人でございます』

 そんな風に水晶を掲げた若い女が告げた。

 異様な程肌が白くか弱そうな女だ、と思った。


『えぇ、こんな冴えないのと歩くの嫌なんですけど!』

 次に露出の激しいアバズレそうな女がしゃしゃり出てきた。

 先の女とは似ても似つかない雰囲気で、私の好みではない。


『そんなこと言ったって、仕方ないじゃないか。

 神様のお告げで選ばれし者たちを集めなきゃいけないんだから。

 好きで連れてくわけじゃないから、我慢してくれ』

 頭に変な兜をかぶって、へんてこな格好をしているのが勇者らしい。

 

 後でわかったことだが、水晶を持っているのは占い師。

 しょっちゅう、わたしに呪いをかけようとしてきた。

 

 そして、アバズレの方は踊り子。

 彼女にはよく金をすられて、カジノで溶かされた。


「とまあ初対面からこんな感じなんですよ」

「ううん、なんだが誇張が入っている気が……」

「まったくそんなことはありません!」

 そうですか、むきになっている様なのでこれ以上は黙っていた。


「で、その後もこれはひどい話で――」

 再びトネリコの回想録が始まる。


『一体どういうことですか?』

 わたしはすかさず説明を求める。

 一体何だろう、この人たちは。

 いきなりやってきて、選ばれし者とかわけのわからないことを言って。


 この時まで、私はお告げの内容はすっかり忘れていた。


『なんか世界を救うために、選ばれた人間が必要でさ。

 それがあんたなんだよ』

勇者は心底がっかりそうに言いました。


『嫌ですよ、そんなの!

 折角、商人になる夢がかなったんですから』

『おいおい、このままだと魔王に世界が滅ぼされるんだぞ。

 そんな状況でのんびり銭を稼いでいる場合か?』

 世界情勢が悪化していることは知っていたが、わたしにどうこうできるわけがない。

 

『そ、そもそも人違いじゃありませんか?

 わたし、ほら見ての通り、ただの一般人ですよ』

『あなた、私の占いを嘘だというんですね……』

 物静かそうな女が睨んでくる姿には凄みがあった。


 しかし、この時点のわたしには本当に思い当たることはなかった。

 だが、踊り子の次の一言で、完全にあの夢のことを思い出した。

 今でもその時のことは恨んでいる。


『あたしもね、初め心当たりなかったんだけど。

 お告げみたいなの、聞いたの思い出したのよ』

『あっ……!』

 旅に出る数日前の記憶が蘇った。


『あなたは世界に選ばれし者』

 これだと気づいた時には、すでに顔に表われてしまった。


『どうやら、あんたにも心当たりがあるらしい』

 勇者はにやりと笑った。

『さあ、一緒に来てもらうぞ』

 ぐいっと勇者に腕を引っ張られた。

 意外にもその力は強かった。

 

 いやいやいやいや、なんでわたしが!?

 所詮しがない商人でしかないのに。

 魔王と闘ったら死んじゃう、死んじゃう。


『いいからさっさと来な』

『あんまり駄々こねると、店ごと吹き飛ばしますよ』

 そう言って、占い師の女が何やら詠唱を始める。


 抵抗を試みたものの、無駄だった。

 わたしは観念して覚悟を決めた。

 初めから選択肢などなかったのかもしれない。


 店のことは妹に任せて、彼らと共に外に出た。

 街の賑わいが、楽しそうな人の姿がとても羨ましく思った。

 

『勇者さまー、馬車買いましょ、馬車!

 パーティも増えたことだし』

『わたしも賛成にございます。

 占いによれば、まだこの先も仲間が増えると』

『うーん、そうしたいけど金がなぁ――』

 その時、三人が一斉にこちらを見た気がした。


『あんた、商人だったよな?』

『い、いや、でも――』

『世界を救うための必要経費だから』

 満面の笑みで脅迫する勇者。


 こうして、わたしは自腹で馬車を買わされた。

 以降、わたしはパーティの財布役になったのだ。

 

 装備や道具を買うのも私の金。

 時には船まで買わされて。

 しかし感謝の言葉は一度もなし。

 勇者じゃなくて、ただの荒くれ者にしか思えなかった。


 と、話を戻して。


 そういうわけで、三人と一緒に旅をすることになった。

 わたしの扱いはひどいもので、主に囮にされることが多かった。

 山道を一人で歩かされ、砂漠を一人で進まされ。

 やがて仲間が増えても、わたしのぞんざいな扱いは変わらない。


 筋肉しか取り柄のない男戦士には肉体を馬鹿にされた。

 戦闘狂の女武闘家は覚えたての技を試し打ちしてくるし。

 賢さが低い軟弱男僧侶は一度も回復魔法を打ってくれたためしはない。

 今にも死にそうな爺さん魔法使いには頻繁に嫌味を言われた。


「わたしの方が勇者様の仲間になったの早いんですけどね

 まったく彼らには先達を敬う態度っていうものが……」

 トネリコはまだぶつくさと文句を言っている。

 

 まあしかしなんとも個性的なパーティだなと思う。

 俺がイメージする姿とはかけ離れていた。

 おっさんの苦労も少しはわかる様な気がする。


「なんていうか、その、辛いことしかなかったんだな……」

「まあ冒険自体は楽しかったですよ。

 行く先々で魔物退治して人々に感謝されるのも悪くなかったですし」

 その発言はおっさんに相応しくないと思った。


 おっさんも金稼ぎ意外に心が動くことがあるんだ。

 そう思ったんだけど――


 世界のあちこちを観ることができたのはよかった。

 滝の裏にある幻想的な洞窟、海底の街、地下深くにある邪神の宮殿、そして大空を翔る神の居城。

 本当に色々なところに行った。

 それらすべてのツアーを開けば……ああ、いったいいくら稼げるやら。


 それに、道中様々なアイテムが集まった。

 海を割る宝玉、空を駆ける乗り物、真実を映し出す鏡、あげればきりがない。

 極めつけは、世界武具大全にも載っていない、伝説の装備の数々だ。

 それだけで十分に人を集められる。


 冒険を楽しいと思った理由はこんなところらしい。

 そして、人々の感謝はというと――


「わたしの知名度が上がるってことですから。

 やはり名声は大事ですよ。

 おかげでボンノーの店の売り上げは右肩上がりでしたから」

 ああ、少しでも感心した俺が馬鹿だった。


「おっさん、金儲け大好きだな」

「まあ商人ですから仕方ないですよ。

 わたしの存在意義なんか、金稼いでなんぼですから」

 なんだか虚しいと思ったけれど、本人が満足しているからいいのか。


 そこはある種、おっさんが羨ましかった。

 自分のやりたいことがはっきりしていて、ぶれていない。

 俺はどうだろう。

 まだ何にもわかっていない。


「それで、肝心の魔王退治はどうなったんだ?」

 半ば思考から逃げる様にして、トネリコに質問をぶつけた。


「なんとか辿り着きましたよ、魔界に。

 で、なぜか6体いた四天王を倒して魔王城に入ったんですけど――」

 トネリコの表情ががらっと変わった気がした。


 たまに表情が変わることはあっても、どこか楽し気な雰囲気は残っていた。

 しかしそれすらも今は感じられない。

 それほどに魔王との戦いは苛烈だったのか。

 何があったのか、それを聞くのがとても楽しみになってきた――



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