最終話 さらばトネリコ、永遠に
店の中はもぬけの殻だった。
どこを探しても、すでに来ているはずのトネリコの姿はない。
もちろん、勇者の姿も。
「もしかしてあいつら、もう旅立ったんじゃ……」
「そ、そんな……そんなのってないよ!」
「あるいは魔物退治に出かけた、とか?」
「うん。私もその可能性あると思う」
「とにかく探してみよう!」
一通り店内を見た後、俺たちは再び外に出た。
四人四様、散り散りに駆けだしていく。
手掛かりがないので、手分けして探すことにしたわけだった。
朝はあんなに晴れていたのに、すっかりと空は灰色の雲に占拠されていた。
まだ日が落ちる時間には早いが、辺りはちょっと暗い。
そんな中、ひたすらに俺は町中を駆けた。
あいつらの二人とも土地勘はないから、そんなややこしいところには行ってないと思うが。
それに勇者の方はともかく、おっさんはよく目立つ。
時には道行く人に話を聞きながら、必死に二人の姿を求める。
しかし――
「ダメだ……全然、見つからない」
さすがに走りすぎて疲れた。
足を止めて、膝に手をつきながら、ぜーぜーと呼吸を繰り返す。
もうほんと心臓と肺が痛い。
目撃情報を集めようとしたが、誰からも知っているという答えは返ってこなかった。
それどころか、露骨に無視されることがあったりして、もうメンタルがボロボロの何の。
いきなり汗だくの男子高校生に声を掛けられたらそうなるのも無理なさそうだが。
奴らが店を出たのは、もっと前の出来事なのかもしれない。
あるいはここがどちらかと言えば郊外だから、そもそも通行人が少ないということもあるかも。
なんにせよ、三十分くらい経つのに全然尻尾も掴めないなんて。
ようやく呼吸が整ってきた。
悲鳴を上げる身体に鞭打って、無理矢理に走り出す態勢を整えていく。
こんなに走ったの、体育の授業でもなかなかないな。
全くいい運動させてくれるよ、そんな風に愚痴を浮かべていたら――
「……魔物だ」
目の前を小さな何かが横切った。
それを思わず目で追った。
あまりにも異形すぎた。
それは昨日見た、仮称スライム。
その身体は相変わらず柔らかそうにプルプルしている。
まああれくらいなら害はないだろう、無視して走り出そうと思ったが。
ベチン!
なんと奴は身体をぎゅっと縮こませると、その反動を使って俺に体当たりしてきた。
地味に痛い。
すかさず俺はポケットを探った。
護身用にとおっさんから、とあるアイテムを貰っていたのだ。
また、魔物に襲われたら大変だということで。
「しかいこんなのが効くのかねぇ……」
透明の液体の入った小瓶を軽く振ってみる。
トネリコから渡されたものでなければ、ただの水にしか見えない。
ふたを開けて、その口を手で扇いでみるも、俺の鼻腔には何も届かない。
『聖水ですぞ!
振りかければ、たちまちに弱い魔物なら死んでしまいます』
言われた言葉を思い出す。
とにかくやってみるか。
未だにこちらに攻撃を仕掛けてこようとする、この生意気なモンスターに一泡吹かせたいし。
そもそも放っておいていいことはない。
俺は思いっきり瓶の中の液体を、奴目掛けてぶちまけた。
「ビギャー!」
液がかかると、スライムは甲高い悲鳴を上げた。
そして、たちまちに白い煙を上げながら、その身体は消えて行った。
……ナメクジに塩かけるアレみたいだな。
しかし、残酷な倒し方だと思う。
ちょっとだけモンスターに同乗してしまった。
今度こそ、探索作業を再開しなければ。
俺はもう一度走り出そうとしたら――
「なんだよ、いったい」
ズボンのポケットの中のスマホが震えた。
少しうんざりしながら、それを取り出して表示を確認する。
慎吾から連絡が来ていた。
「なんだよ」
「その感じだと、やっぱりまだ見つかってないみたいだね」
「もしかして、お前、見つけたのか?」
「いや、こっちもダメそうなんだけど……
一つ心当たりがあるんだ」
彼は根拠と共にその場所を教えてくれた。
聞き終わって、すぐに通話を切る。
なるほど、確かに。その考えはとても腑に落ちるものだった。
俺は一縷の望みをかけて、その方角へと走り出した。
その建物は昼間だというのに、相変わらず不気味だ。
太陽がよく照っていないせいもあるだろう。
依然として、分厚い雲がその光源を覆い隠している。
俺が着いた時には、慎吾がすでに来ていた。
女子二人はまだ来ていない。
とりあえず、外壁にもたれかかるようにして足を休める。
「早かったね。世界記録も狙えるんじゃない?」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。
まだ、中見てないのか?」
「うん。みんな揃ってからのがいいかなって」
「にしても、廃校舎か……
その発想はなかった」
電話で慎吾が伝えたのは、今は使われてないうちの高校の校舎だった。
いったい何度ここに来ただろう……と思ったけど、これでまだ三度目か。
内部で碌な目にあってないせいか、それでも十分すぎるくらいだけど。
色々と話していると、程なくして待ち人たちはやってきた。
できる限り急いできたのだろう、さっきまでの俺と同様に息は絶え絶え、汗もだらだら、顔は真っ赤。
安斉はまだ絵になるが、寧音に関しては……
ともかく目に見えて、疲労困憊なのはわかる。
「はぁはぁ、やっとついたね……」
「ずいぶんと急いできたんだな」
「だって、ねえ、ほら……
ちょっとタンマ」
寧音は必死に何かを話しているが、限界は近いらしい。
とうとう近くの壁に手をついた。
そのまま安斉と二人、息を必死に整え始める。
俺と慎吾はそれをもどかしく眺めていた。
目を合わせて、互いに辟易とした風に笑う。
「……落ち着いたら、さっさと中入ってみようぜ」
「でも鍵はどうするのよ?」
「……忘れてた。どうすんだ、慎吾?」
「ふっふっふ、それはね――」
「――ようやく僕の出番ってわけだね?」
声がした方を見ると、そこには白衣姿の担任が立っていた。
もったいつけた風に笑ってる。
旧校舎の鍵をかざしながら。
「さっき連絡しておきました」
「さすが慎吾、準備がいい」
「トネリコさん、今日で帰っちゃうって聞いてね。
僕も一応世話になったわけだし」
そういえば、清掃活動をやってたな。完全に頭から抜けてた。
新しい仲間を加えて、俺たちは早速中に入った。
相変わらず、建物内の空気はひんやりとしている。
一見人気はないようだが。
とりあえず、俺たちは階段を上がっていく。
目指すはおっさんが目覚めたあの教室だ。
――ここにいなかったら、どうしようか。
ふと、そんなことを思う。
「当たり、みたいだな」
教室が目に入ると、すぐに異変に気が付いた。
ぴかぴかと中から光が漏れている。
俺は思わず駆けだした。
「おっさん!」
「晴信ぼっちゃん! 皆さんも!」
部屋の中には、勇者とおっさんがいた。
その中央では、青白い光がぐるぐると渦巻いている。
一体これは……
「何してるのよ、こんなところで!」
考える暇もなく、すぐさまみんなが追いついてきた。
「帰還の準備を済ませてたのさ。
時間がかかると思ってね」
「だったら何か書置きでもしてくれればよかったのに」
「そうですよ。だいぶ探し回っちゃいました……」
余計な苦労を掛けられたということで、俺たちは揃って二人を睨む。
「それは悪かったね。思いの外時間かかっちゃって。
しかし、みんな、よくここがわかったね」
「ここでトネリコさんが目を覚ましたこと。
そして、魔法と思われる謎の痕跡があったこと。
その二つから考えて、勇者様もここからこっちの世界にやってきたんじゃないかと」
慎吾は自信を持って語った。
それには俺もなるほどと思わされたものだった。
「なるほど。それは正解だ。
しばらくはここを根城にしていたからね。
その時にまあ色々と細工を、ね」
勇者はどこか懐かしむようにして笑った。
「さて、何はともあれ、迎えに行く手間が省けたのはいいことだ。
それじゃ、トネリコ。最後の別れを」
トネリコがおずおずと前に進み出る。
「みなさん。本当にお世話になりました。
これまでの日々は私の人生の中でも一番に楽しい日々でした」
「それは、俺の方こそありがとう。
トネリコのお陰で、とても充実した日々を過ごせたよ」
「それならよかったです。
こんな形でお別れするのは心苦しいですが、でも本当にありがとうございました!」
深々とおっさんは頭を下げる。
「トネリコさんがいなくなっても、あたし頑張るね。
あの店をもう一度盛り立てる!
……いつになるか、わからないけど」
「ええ、ええ。そうであるならば、わたしも手伝った甲斐があるというものです」
「さっ、そろそろ行こうか」
二人は俺たちに背を向けた。
そのまま、光の渦に向かって歩き出す。
あれが、向こうの世界に繋がるゲートのようなものなのだろう。
本当は止めたかった。
もっとこの日々が続いて欲しいと思ってた。
でもできない。それが無理なことはよくわかっている。
初めから住む世界が違った。
だからこうして巡り合えて、同じ時を過ごせたのは奇蹟だった。
奇蹟はずっとは続かない。奇蹟は二度も起こらない。
「それではみなさん。さようなら。
どうかお元気で――」
最後に一言言って、二人はその光の中に消えて行った。
燃料を投下した火のように、その煌めきが一瞬激しさを増す。
目を開けていられなくて、俺は瞼を閉じた。
目を開けると、そこには何も無くなっていた。
おっさんの痕跡など、何一つない。
まるで、全てが幻だったように――
俺はポケットを探った。
そこには確かな感触がある。
ちょっとだけ液体が残った小瓶――それだけが、あの男の唯一の証だった。




