第六十八話 残された者の想い
「追いかけないと!」
真っ先に行動を開始したのは、寧音だった。
奴はすくっと立ち上がって部屋を出ていこうとする。
「待ってくれ!」
それを勇者が止めた。寧音の腕をがしっと掴む。
入口近くに座る彼女にとってはそれは容易い行動だった。
しかし、ここで一つの疑問が湧いた。
とうしてこの人はおっさんのことは止めなかったのだろう?
いきなりのことで不意をつかれた、と言われたらそこまでだが。
でも多分、わざと見逃した。今の言葉で確信した。
だからずっと、座り込んでいるんだ。
その意図まではわからないけれど。
「どうしてよ!」
「今はそっとしておこう」
やはり勇者は思った通りの言葉を吐いた。
それでも、なお寧音は動こうとはしない。
ただじっと黙って相手の瞳を見つめている。
何か――不満とか、割り切れなさとか――そういったものを目で訴えているみたいだ。
横顔から不機嫌さはびんびんに伝わってくる。
「寧音」
俺は優しく幼馴染の名を呼んだ。
ぴくりと彼女は身体を震わせる。
ちらっとこちらを一瞥するその顔はツンとしていた。
勇者の手を振り払って、そそくさと俺のところにやって来る。
そのしおらしさは違和感たっぷりだ。
そのまま部屋に気まずい沈黙がやってきくる。
さっきからこればっかりだな、まったく。
一人、それも巨大な漢がいなくなったというのに、窮屈さは変わらない。
おっさん、どうしたんだろう?
いくらパーティメンバーと確執があったからって、帰れるというのは喜ばしいことだと思う。
家族とか大事な存在もいるだろうし。
でも、奴は逃げた。それは帰りたくない、ということの意思表示か。
全く困ったおっさんだ。本当にどうしようもない。
俺はに心の中でため息をついた。
「で、これからどうするんですか、勇者様?」
沈黙に真っ先に音を上げたのは、寧音だった。
まあそんなにずっと黙っていられる性分ではないことはよく知っている。
その皮肉めいた言い方に、勇者は少し唇を緩めた。目尻も下がる。
気分を害したのとは真逆のその反応に、寧音は呆気に取られた顔をする。
なんとなく、その間延びした感じが俺には面白く思った。
「気持ちを整理する時間は必要だろう。彼の想いもわかる」
「でも魔王退治の方は……」
「違う世界のことを案じてくれるのかい? キミは優しいな」
「い、いや、そういうわけじゃ――」
「あー、晴信、赤くなってる!」
「やかましいっ! そんなことないわっ!」
大慌てで否定したものの、安斉がこちらを見る目が冷たいのは気のせいだろうか。
「あの、トネリコさんをないがしろにしていたって話は本当なんですか?」
「彼が言うんなら、本当さ。そういうのは本人の感じ方しだいだから」
「む、なんだか曖昧な言い方だね。
こういうこというのもあれだけど、あなた、そこまで嫌な人に見えないんだけど」
「ふふっ、そう言ってもらえるのは光栄だね。
……正直なところ、彼とは一線を引いていたのは事実だよ。
私たちと彼との間には、力量の大きな隔たりがあった」
そう述べる勇者の表情はどこか自虐的だ。
力量の差……勇者とあいつに?
ただの商人じゃないのか、あの男。
ゲームでは、表現悪いが、そんなに強くない存在だのに。
だが確かに。二回の旧校舎探索の際、その異常な力具合は見せつけられていた。
しかし、仮にこの女性の言うことが本当だとしても、そこに何か問題があるというのか。
強すぎる力を誇示するならまだしも、トネリコはそんな男には見えない。
金にはがめついが、基本的には謙虚な男だ。
いくらでも、勇者含め他の仲間を立てようとしそうだけど。
そう思ったことをそのまま。勇者にぶつけてみた。
「そうだな、彼はいい人だよ。いや、いい人すぎるくらいさ。
自分の力に驕らず、嫌々ながらも旅に付き合ってくれた」
「でもみなさん、邪険にしてたんですよね?」
「キミは可愛いことして、さっきから言うことがなかなかえぐいね」
安斉の物言いに微笑む勇者。そして、おどけたように首を竦める。
「どうしてこんな男が、とは思ってた。
ほら、あの風貌は大したことない感じがするじゃない?」
「あ、わかる、わかる~。
最初会った時は、冴えない感じで怪しいとさえ思ったもん」
「寧音ちゃんも!? 実は私もそうだったんだ~」
盛り上がる同級生コンビ。それをなんとも渋い顔で勇者は眺めている。
本人はいないにせよ、もう少しオブラートに包めよ。
二人の友人の大胆さが恥ずかしいというか……。
実際のところ、俺もまあ大概なわけだけれど。
「まあどう接していいかわからなかったのさ。
それが積もり重なって――いまさら、言っても仕方ないことだけど」
勇者は曖昧な笑みを浮かべた。
寂しそうでありながら、どこかばつの悪そうなそんな笑い方。
それが俺にはとても人間くさく感じられた。
第一印象は、もっと堅苦しい人間だと思ってた。
凛とした見た目だけでなく勇者という肩書、そしてトネリコの話、色々な要素が合わさってそう感じた。
「だがまあ、どんなことがあろうとも、彼には一緒に帰ってもらう。
世界を救うために、絶対に」
勇者のその言葉には、強い覚悟が込められていた。
瞳の奥には、闘志の炎が燃え上がっている。
「今日のところはひとまず帰らせてもらうよ。
もし見つけたら、ぜひとも教えて欲しいな」
勇者はすくっと立ち上がると、そのまま颯爽と部屋を出て行った。
「教えるも何も、あたしたちあの人の名前すら知らないよね」
ぼそっと呟く幼馴染に、もっと早く言ってくれよと思わずにはいられなかった。
いつもよりも一人少ない食卓。
それは前までは当たり前だったはずの風景なのに、俺はどこか寂しさを覚えていた。
テレビの音が嫌にはっきりと聞こえてくる。
「トネリコさん、ちゃんと食べてるかしら?」
両親にはトネリコは、今日は店に泊まりで作業と説明してあった。
もう少し馬言い訳があったかもしれないけれど、寧音も来ていたし丁度良かったのだ。
「大丈夫だろ、フジミベーカリーのパン差し入れしてあるし」
「藤見さんのところのパンは本当にうまいからな。
そういえば、晴信。お前、最近買ってこないんじゃないか?」
「それくらい自分で買ってくれよ……」
「はっはっは、ということで母さん。お小遣いを――」
「ダメ」
親父のささやかな願いは、すげなく却下されてしまった。
頑張れ、親父! 心の中でエールを送っておく。
「そういえば、今日来ていた二人は初顔だったわね。どなた?」
「一人は、俺の同級生。もう一人は……おっさんの知り合いさ」
「ああ、見るからに外人さんだったもんね~」
「外人!? パツキン、ダイナマイト、ビジン!」
「なーに、鼻の下伸ばしてんだ、エロ親父!」
どごん。机の下で物騒な音が聞こえる。しかし無視。
その後、親父が痛みに悶えるような表情をしたけど気のせいだろう。
心なしか、謎の呻き声さえ聞こえた気がするぞ。
気のせい、気のせい。我が家の食卓はいつにもまして、平穏ですとも。
ふと何気なくテレビに目をやった。ニュース番組をやっているみたいだ。
適当なバラエティー番組でもよかったが、曜日的に見たいものはなかった。
それになんとなく、受験を控える身としては、世間のことにアンテナを張っておきたい気分でもあった。
「続いてのニュースです。最近、相次ぐ謎の野生生物の目撃情報ですが――」
地元のニュースだった。しかもこの辺りの話題。
「あ、なんだか、奇妙な動物が出るらしいわよ。あんたも気を付けなさい」
「母さん、俺は?」
「あなたは別に。保険金、かけてあるからだいじょーぶよ」
「負傷するの前提ですか……」
それはとどめの一撃だった。親父はしょんぼりと首を折る。
ないがしろにされる一家の大黒柱より、俺はそのニュースが気になっていた。
後で、少し調べてみるか。
そう思った時には、次のニュースに変わっていた。
完結までなんとか二日に一度ペースで更新できそうです。
よろしくお願いします。




