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第六十六話 異世界からの来訪者

 人気のすくない夕方の住宅街。

 誰かの家の前で、俺たちはトネリコの知り合いらしき人と向かい合っていた。

 少し互いに距離を取って、緊迫した雰囲気がその間には流れている。


 いったい、この女性は誰なんだろうか。

 紫色したくせっ毛は、胸のあたりまでの長さがあった。

 その顔は日本人のものとは、かけ離れている。

 堀が深くて、鼻が高い。瞳はエメラルド色をしていた。

 

 その風貌は、異邦人――というよりも、トネリコの、この世界での知り合いとは思えない。

 そうなると、やはり彼女もまた異世界人だろう。

 うう、なんだか頭が痛くなってきた。

 新たなトラブル発生の可能性、大である。


 彼女は、見たところトルネコとは違って、服装だけはこの世界になじんでいる様だった。

 白いタンクトップの上に、淡いブルーのシャツを羽織って。

 ホットパンツからはスパッツを履いた足が伸びている。

 スラッとして姿勢が良い。活発で健康そうだ。


「おっさん、この人は?」

「ううん、なんと言いましょうかね……」

 なぜか彼は言い淀む。複雑な関係なのか?


「自分は――っと、その前にそちらの方こそ何者かな?」

 その声は、女性にしては低く、はっきりとよく通った。

 僅かに浮かべる笑みは凛としていて、かっこいい。


「言い遅れました。橋場晴信――おっさんの保護者みたいなもんです」

「保護者……」

 女性は呟くと、形の良い眉を寄せた。

「倒れていた彼を拾って、今家で面倒を見てます」

 わかりにくかったと悟って、俺はすぐに付け加えた。

 それでようやく女性が、なるほどという顔をする。


「それは、うちのトネリコが済まなかったね」

 今度は俺が首を傾げる番だった。

 いったいどういうことだろう、少し考え込む。


 この人は、トネリコの身内なのかもしれない。

 そういえば、妹がいると言っていた。

 それが彼女で、と思うが、その整った顔立ちはとても彼には似ていない。

 美女と野獣と言ってもいいくらいの差がある。


「彼はね、わがパーティの一員なんだ」

 程なくして、答えは彼女よりもたらされた。

 なるほど、俺はすぐに合点がいった。


 となると、この女性はどんな役割を持つのだろう。

 武闘家、魔法使い、占い師、色々な可能性が頭を過る。

 大穴で、戦士かもしれない。キリッとした佇まいはなんだかそれっぽいし。

 

 それならそうと、トネリコもはっきりと言ってくれればいいのに。

 俺は抗議の意味も兼ねて、しっかりとその顔を睨んだ。

 彼は気まずそうにして、顔を逸らした。


「ねぇ、晴信。なんだか、話がややこしくなりそうだし、うちに上がってもらったら?」

 ぐいっと、寧音に袖を引っ張られた。

「まるで、俺の家族みたいな言い方だな……」 

「そう? 似たようなもんじゃない」

 意味が分からない。まあ確かに、

 しょっちゅうこいつは俺の家に出入りしているけど。


「や、やっぱり、二人はそういう関係だったんだ……」

「違うから、違うから琴乃ちゃん!」

 トネリコと女性とは関係ないところで、話がややこしくなっている。

 というか、今のは流石にこの寧音ばかが悪い。


「……とりあえず、うちで話しませんか?」

「ああ、ありがとう。そうさせてもらおう」

 女性も快く応じてくれて、俺たちはひとまず俺の家に向かうことにした。

 ……しばらく、寧音と安斉はああだこうだ言い合っていたけど。





「ずいぶん大所帯ね。何人いるの?」

「五人じゃない?」

「あら、一個足りないわね」

「いいよ、いいよ」

「ま、あんたの分ってことで」

「はいはい」

 母から、お茶が注がれたお茶碗が乗ったお盆を受け取った。


 のっそりと、それを持ちながら階段を上る。零さないように注意しながら。

 上りきって二階の廊下に出た後、俺は一つに口を付けた。行儀が悪いと自省しつつも。

 そして、自室の扉を開ける。

  

 中では、四人が俺を待ち構えていた。

 勉強会の時にも使った机を用意して、そこに座ってもらっている。

 ……寧音だけは人のベッドで寝転がっていたけれど。

 客人の前なのに、なんてやつだ。

 

「ええと、粗茶ですが……」

 幼馴染は放っておいて、俺はぽんぽんと机に茶碗を置いていった。

「これはどうも。ありがたい」

「安斉もどうぞ」

「あ、ありがとう! 橋場君」

「ほい、おっさん」

「すみません、ぼっちゃん」

 三人にしっかりと行き渡る。


 俺の分――少し量の減った湯飲みはお盆に乗せたままだ。

 そのまま、俺も腰を下ろす。

 すると――


「ちょっと、あたしの分は?」 

 トラブルメーカーが飛んできた。

「ねえよ」

「待ちなさい、一つあるじゃない!」

 目ざとくお盆の上に目を付けて、奴はそれに手を伸ばしてきた。


「これは俺のだ。もう口をつけてある」

「じゃ、それでいい」

「いや、なんでそうなるんだよ……せっかく予め手を付けたのに」

「……いいな、寧音ちゃん」

 安斉がぼそりと呟いて、俺も寧音も押し黙った。

 いたたまれない気分だった。


「……欲しかったら、自分で持ってこい」

「冷たいわね、あんた。それが幼馴染に対する態度なの?」

「へいへい、ごめんなさいでしたね」

「謝罪の言葉よりもお茶を要求します!」

「あの、二人とも、ちょっと落ち着いて……」

 あれやこれや意味のないやりとりをしていると、安斉が口を挟んできた。今度は正当な物言いだ。

 そしてちらりと、客人――女性の方を見る。


 彼女は微笑んでいた。

 どうしようもない茶番を見せられたというのに、嫌な顔一つしていない。

 対照的に、俺はかなり気まずくなったけれども。そして、わざとらしく咳ばらいを一つ。


「す、すみません。恥ずかしい所をお見せしました……」

「いやいや、気にしないでくれ。なんなら、もう少し時間を取ろうか?」

「いえ、気持だけ受け取っておきます」

 ……はあ、その心遣いが胸に痛い。


「それで本題に入りたいんだけど……」

 俺は一度言葉を切って、トネリコの方を見る。

「トネリコ、この女性ひとは結局誰なんだ?」

「ええと、そのですね……」

「なんなんだ、一体! さっきから、その煮え切らない態度は! 失礼な奴だな」

「うぅ、すみませんでした。勇者様……」

「ゆ、ゆうしゃっ!?」


 俺も寧音も安斉も思わず叫び出してしまった。

 まさかこの女性があの悪名高い勇者だったとは。確かにどこか弘毅さはあるけれど。

 その性別も驚きだが、とても暴虐無尽な振る舞いをするようには見えない……

 

「な、なんだい、君たち?」

「いえ、気にしないでください。それで、勇者様はどうしてここに?」

 まさか彼女も知らずの内にこの世界に迷い込んできたというのか。

 しかし、次に放たれた言葉はそれとは真逆のものだった。


「私はね、トネリコを連れ戻しに来たんだよ」

 ――それは、いずれ来る彼との別れの始まりに繋がる言葉だった。

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