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第六十四話 大反省

「さぁーみなさん。よってらっしゃい、みてらっしゃい!

 戸村智樹(ともき)、渾身の一発芸のお披露目だぁい!」


 見事なまでに、クラスメイトのテンションはおかしくなっていた。

 元の性格の原型など微塵もない。

 ちょっとひいた。寧音も慎吾もトネリコも、少し呆気に取られ気味だ。


「いや、間に合ってるから結構です」

 いたたまれなくなった。何をするかわからないけど、絶対にスベる。

「そんな……! 芸のできないピエロなんて、ただ哀れなだけですよ!」

 オーバーリアクション気味に彼は肩を落とす。

 ちらちらとこちらを見てくるのが、またなんとも……芝居がかりすぎていた。


「いや、そもそもお前はいつピエロになったんだ?」

「人間誰しも、生まれつきピエロですよ!」

 駄目だ。話が通じない。これはかなりめんどくさい人種だ。


「おい、トネリコ! 何とかしてくれ」

「ええっ! ぼっちゃん、それは酷というものですよ~」

「お前の責任だろうが」

 ばしっと、真っ黄色の本を投げつけた。

「痛っ」

 それは彼のとても柔らかそうな腹にぶつかって床に落ちる。


 そう。全てはこの文字の書いていない本のせいなのだ。

 性格を変える本シリーズ。一匹狼の次はコメディアンを戸村に読ませた。

 というか、そもそもコメディアンは性格なのだろうか。そこはお調子者とかでもいいような気が。

 やめよう。深く考える意味はない。 


「……とりあえず、戸村どの。芸を見せて頂けますかな?」

 よせばいいのに、トネリコは戸村の誘いに乗ってしまった。

「喜んで!」

 自称ピエロの十七歳は目を輝かせながら頷く。


()()()()()()()()!」

 会心のどや顔で言い放った!


 …………凍り付く空気。いたたまれない気分になる。

 俺は思わず頭を抱えた。苦虫を嚙み潰したような顔になっていることだろう。

 そのまま俯いて、だめだこりゃと首を何度か振る。


 トネリコも半笑いで、少し顔が引きつ、可哀想なものでも見るような目つきになった。

 慎吾は顔を強張らせ、しきりに自分の頬を触っている。

 しかし、寧音はなぜかどこか嬉しそうだった。意味不明である。

 

 まさか、誰が一発ギャグを予期しただろうか。

 しかもありふれた古典的と言ってもいい程のもの。

 それをあたかも、今自分が思いつきました、という様な感じで言い放つのだから、もう手に負えない。

 また、手応えを感じているのか、得意気な表情は崩さない。


「おっさん」

「はい、わかっていますとも。ぼっちゃん」

 俺が呼びかけると、彼は呆れた表情を浮かべながらも頷いた。

「これお礼です。今すぐ読んでいただけますか?」

 指し出したのは、性格リセットの白い本。

 これ以上コメディアンは色々と危険だ。


「ええっ! 恐縮でございます!」

 戸村はまたしてもわざとらしく喜んだ。そのままの勢いで、受け取った本のページを捲っていく。


「コメディアンじゃなくて、劇団員の間違いじゃない、あれ?」

 彼女もまた、彼のわざとらしい素振りが気になってはいたらしい。

 少し渋い顔で、低い声を絞り出した。


「お前も一緒に、今度お遊戯会でもしたらどうだ?」

「……いつまでも同じネタを引っ張るなんて、お年寄りみたいね」

「それはさすがに全国のお年寄りに失礼だぞ、寧音」

「マジトーンで怒るのはやめよう、晴信」

「なんなのさ、二人のその会話……」

 ノーガードの殴り合いをしているところに友人が口を挟んできた。

 そんなの俺が一番知りたい。


「それで次はどうします?」

「まだ、懲りてないのかよ、トネリコ……」

 熱心に本を読む依頼人を放り出して、おっさんも会話の輪に首を突っ込んできた。

「熱血漢!」

「はい?」

 目をかっと見開いて、行きなり叫びだす幼馴染に少し驚いた。


「そんな感じの本、なかったかしら?」

「ありますとも、ありますとも」

 嬉しそうな顔で、おっさんは机の上に並べられた本の中から真っ赤なものを持ち出してきた。


「また、なんとも戸村とは合わなそうなものを……」

「でもまだ正統な明るさな気がするわよ」

「正統な明るさって、なんなんですかね……」

「細かいこと気にしてると、ハゲるわよ。立見くん」

「お前も同じネタをリバイバルしてるじゃねえか……」

 呆れながら、寧音の頭を軽くはたいた。


「あの、僕は一体……?」

 本を読み終えた戸村はいつもの暗い顔をしている。

 そこにさつきの奇妙な明るさ――ある種のうざったさはもうどこにもなかった。

 とりあえず、そのことに安堵しながら、事情説明と次の本の提案を行うことにした。





 戸村は赤い本――俗称『熱血漢になる本』を閉じた。

 今までの三冊の中で、一番乗り気だったかもしれない。

 周りの気分を盛り上げることのできる人物に憧れがある、そう彼ははにかみながら教えてくれた。


「やあ、君たち! グッモーニンッ!」

 それはとても元気のいい声だった。

 彼の目には活力がみなぎっている。

 心なしか、普段よりも瞳が大きい気がした。


 しかし、あまりにも唐突すぎて。

 言葉を返すものはいなかった。

 戸村の言葉は空中に虚しく消えていく。


「おいおい君たち。挨拶は大事だろう?

 さあ、もう一度! グッモーニンッ!」

「ぐっ、ぐっもーにん……」

「声が小さい!」

 怒られた。体育教師か、こいつは。

 とりあえず、俺たちは顔を見合わせてからーー


「グッモーニン!」

「よしよし、オーケーオーケー。人間、元気なのが一番だからね!」

 はっはっはっ、と快活に笑う熱血漢。

 さっきとは、また違った方向で面倒くさそう。


「暑苦しいわね」

「そうだな、声でかいし」

「あたし、店の方に影響でないか心配だから見てくるね――」

「待て!」

 この場から離れようとする寧音の手をがっしりと掴んだ。


「逃げるな。そもそも誰が言い出した?」

「戸村君じゃない」

「熱血漢の提案者はお前だ。この鳥頭!」

「むっ、意味はわからないけど悪口だと言うのはわかりますよ!」

「おっと、君たち! 喧嘩はよくないぞ!」

 あーあ、寧音が声を荒げるから、戸村が来ちゃったじゃないか。


「違うよ、戸村。この二人、じゃれあってただけだから」

「おっとそうなのかい? すまない、つい勘違いしてしまったようだ」

 彼は素直に頭を下げた。


「暑苦しいけど、いい人ではありそう」

「一匹狼、コメディアンに比べれば千倍ましだな」

 しかし何かが心に引っかかる。


「ではこれで一件落着ですな」

 うんうんと、目を瞑ってしみじみと頷くトネリコ。

「そうね。戸村君もきっと満足でしょ」

 合わせる様に、朗らかに寧音が笑った。


 確かに先の二つに比べれば害はないけれど。

 世間一般で言う熱血漢のイメージに近いけれど。

 おそらくきっといい奴だと思うけれど。


 しかし、本当の戸村はどこに行ったんだ?

 きれいさっぱりいつもの大人しい彼の性格はどこにもない。

 まさに人が変わった、だ。今目の前にいるのは、戸村の姿をした戸村ではない人間。

 今までの二人もそう。その変わりっぷりは、変化という言葉では済まない。


 彼が何が理由で自分を変えたいと、思ったのかはわからない。

 何かしらの決意があったわけで、それが真摯なものだと思ったから手を貸した。

 でもこの結果は何か違う気がする。それを願った戸村すら消えてしまったように見える。


 初めから間違っていたんだな、改めて俺は思う。

こういうのはやっぱり――

「道具に頼るべきじゃないと思うな」

 俺は誰に言うでもなく言葉を吐き出した。

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