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第六十三話 決意

「うっ……ここは……?」

「目が覚めましたかな?」

「なんだ、これ! どうなってる!?」

 青年は目を覚ますと、異常事態に気付いたのか、叫び声をあげた。


 がたがたがた。

 そいつは目の前に迫った中年男の顔をよけようとする。

 しかし、その身体は少ししか動かない。なぜなら、椅子に縛り付けられていたからだ。

 代わりに、背もたれのついた普通の背もたれ付き椅子が揺れるばかり。

 俺としては、あんまり暴れられて倒れられないか心配になるわけで。


「トネリコ。あんまり、怖がらせない」

「……そんなつもりはなかったのですが」

「いや、目が覚めたらただでさえ拘束されてるのに、そのうえいきなりおじさんが近づいてきたらねぇ」

「わたし、そんな怖い感じなんでしょうか?」

 おっさんはこちらを振り返った。その顔は少し不安げである。


「そんなことないと思うわよ。二人とも、言い過ぎ!」

「……まあ、シチュエーションの問題だから。とにかく、一度戻ってこい」

 なんにせよ、拘束した人物――戸村の警戒を解きたかった。

 とりあえずいったん呼び戻して。


 おっさんの首トンの効果は絶大で。店に戻るまで、戸村はずっと気絶したままだった。

 それこそ、まずい状態じゃないかと心配になるくらいに。

 店番をしていてくれた安斉は、ぐったりしたクラスメイトの姿を見て唖然としていた。


 とにかく店についてからも全く目覚める様子はなく。

 休憩室に連れてきて、適当な椅子にぐるぐる巻きにした。

 発案者はトネリコで、また逃げられたら面倒だと主張してきた。

 一理あると感じて、心苦しかったが俺たちもそれに同意した。

 流石に、事情を話した時のあの拒絶ぶりを見てると、ねぇ……


 しかし、どこの世界に同級生を拘束する高校生がいるのだろうか。

 推理漫画に出てくる犯人になった気分である。

 それで彼が起きるのをみんなで遠巻きに見守っていたのだが――


「おい、お前ら! こんなことやってただで済むと思うなよ!」

「いや戸村。俺たちも悪いとは思ってるんだけどな」

「だったら早く解放しろ!」

「いいでしょう。でも一つ条件があります」

「条件?」

 トネリコの言葉に、一匹狼戸村は怪訝そうな顔をした。


 おっさんはずっと手に持っていたとある本を彼に見せつける。

 それは表紙が真っ白な本。文字一つない無地のもの。

 これがさっき言ってた変わった性格を白紙に戻す本らしい。


「……それをどうしろと?」

「本の用法は一つしかありません」

 恐る恐る尋ねる青年に、おっさんは快活に笑いながら答えを返した。

 その後に豪快な笑いまでおまけして。


「だってよ、寧音?」

 思うところがあって、俺は幼馴染に声をかけた。

「……ん?」

「人を殴ってはいけないってことだ」

「ト、トネリコおじさんの方が間違ってるから!」

「苦しい言い訳だな」

「おい、やかましいぞ、バカップル!」

「誰がバカップルだ!」

 部屋の奥から飛んできた友人の声に、怒鳴り返したら寧音のものと重なった。


「わかったよ、それくらいならやってやる」

「では交渉成立、ですな」

 トネリコは、嬉しそうに頷くともう一度戸村の方に近づいていった。


 おっさんは彼の腕の拘束だけ解いた。

 それでようやく胴の部分と腕の部分を別に縛り上げた理由がわかった。

 初めから、この男はここまで狙っていたのだ。

 意外と、というのは失礼だが、結構頭切れるんだよなこのおっさん。

 基本的には脳筋だけど。


 そしてようやくトネリコから戸村へと白い本が渡された。

 戸村は膝の上にそれを置いて、静かにページを捲っていく。

 それを近くでおっさんが監視していた。


「よしよし、一件落着ね」

 一息つき始める寧音。その顔は安堵しきっている。

「ったく、お前のせいでひどい目に遭った」

「そうはいうけどさ。二十五種類も本の種類を覚えられる? 表紙にも何も書いてないのに。

 色だって、同系色は微妙な違いしかないしさ~」

 少しいじけた様子を見せる彼女に、確かに同意できる部分はある。

 さっき見せてもらったが、二十五冊の本ははっきりと色の違いを指摘できるものは少なかった。


「……え? できるだろ?」

 慎吾がきょとんとした顔をした。

「はいはい、立見君は頭いいですね~」

「キミの彼氏には及ばないけどね」

「そんなのいないけど?」

「薄井さんには、晴信が頭いいって話してるんでしょ?」

「そ、その話は居間関係ないじゃない!」

「ギャーギャーやかましいぞ。バカクラスメイトども!」

 またしても戸村に怒鳴られた。神経質な奴である。

 しかしうるさくしていたのも事実なので、俺たちは即座に閉口した。

 

「……メモ取ればいいだけの話なんだよなぁ……」

 最後にぽつりと慎吾がもっともらしい解決策を漏らした。

 やっぱり、寧音のせいじゃないか……俺は完全に呆れ切っていた。


 部屋の中にはまた静寂が戻って。

 特にする音と言えば、紙がこすれる音だけ。

 手持無沙汰で、早く戸村が本を読み終わらないかと気持ちが逸る。

 そして、彼の動きが突然止まった。がくっと首を落して――


「え? え? な、なにこれ、どういう状況……?」

 彼は怯え切った声を漏らした。

 なんだかそれはとても懐かしかった。





 正気に戻ったらしい戸村の拘束を解いた。

 閉まっていた丸机を部屋の中に戻すと、五人で改めて向かいなおす。

 そして、事情説明を行った。厄介なことに、性格が変わった後のことは覚えていないらしい。


「本と同じで記憶も真っ白ですな」

 どや顔でそう言い放ったおっさんには、お礼にデコピンを返してあげた。

 全くうまいこと言ったつもりだろうが、全然そんなことないから。


「うぅ、すいません、すいません。皆さんに迷惑をかけて」

「大丈夫だよ、戸村君。特に害はなかったから。それより身体は本当になんともない?」

「は、はい、大丈夫です」

「一応、回復魔法の杖振っておきましょうか?」

「いえいえ、自分にはそんな……もったいないですから」

 すっかり彼は元通りになっていた。なんだかとても安心する。


 そしておっさんは自嘲しろ。

 隙あらば、不思議なアイテムを取り出そうとしないで欲しい。

 ……杖シリーズと巻物シリーズは彼のアイテムの中でも別格だと思う。

 その物騒さがな! と、少し遠い思いをしながら考えていた。


「それで次はどうしよっか?」

「……待て待て。寧音、まだやるつもりか?」

 変な思考に耽っていたからか、つい反応が遅れた。

 どうやら、寧音はまだ乗り気らしい。いきなり失敗したのに、健気な奴だ。 


「もちろん! 性格を変えたいっていう戸村君の願いをまだ叶えられてないからね」

「で、でも……もういいですよ。また変なことになっちゃったら……」

 当の本人は俯いてもじもじとしている。


「今度はちゃんと選ぶから、大丈夫よ」

「例えば?」

「『コメディアンの本』とかどうです? 明るい性格になれますぞ」

 おっさんが俺たちの会話に首を突っ込んできた。

 なぜこいつも乗り気なのか……商売のチャンスを逃さない商人の鑑だな。


 はあ。俺は思わず一つため息をついた。

 この期に及んで、まだ戸村の性格を変える手伝いをするなんて。

 とてもうまくいくビジョンが見えない。

 それになんだよ、()()()()()()って!

 最も彼とは程遠い部類の存在だぞ。


 俺は救いを求めるようにして、慎吾の方を見た。

 彼はクラスメイトが元に戻ると知るや否や、また勉学の世界へ。

 今も俺の視線に気づくところもなく、黙々とペンを動かしている。

 その集中力は羨ましい。

 

「止めといた方がいいんじゃないか?」

「あんたの意見は関係ないわよ。戸村君がどうしたいか、よ」

「ぼ、僕は……」

 寧音が微笑みながら、依頼人の方を見た。

 そして、トネリコもまた穏やかな視線を彼に向ける。


 確かに。本人の気持ち次第か。

 俺たちはあくまでも手伝いをするだけ。

 困っているのであれば、手を差し伸べる。

 不思議なアイテムはその手段の一つでしかなくて、押し付けるものでもない。

 だから、俺も彼の答えを待った。


「……試してみたいです」

 おずおずと戸村は顔を上げた。

 そこには少しばかりの決意が宿っているように見えた。

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